Musical Theater Japan

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』2025 観劇レポート:ささやかな日常を懸命に生きる人々への、深い共感

『屋根の上のヴァイオリン弾き』🄫Marino Matsushima 禁無断転載


暗がりに浮かぶ男のシルエット。
屋根の上で足を踏ん張り、ヴァイオリンを奏で始めた彼を、下手に現れた主人公テヴィエは、ロシアの寒村アナテフカに住む自分たち、ユダヤ人の比喩だと語ります。 

 

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“落ちて首の骨を折らぬよう”バランスをとって生きてきた彼らの支え…“それは、しきたり”。
重層的に展開し始めた音楽とともに同胞たちが現れ、テヴィエの歌に加わります。広大な大地を模したステージを埋め尽くし、彼らが“父”“母”“息子”“娘”それぞれの役割や、慣習を守ることで得てきた平穏無事を歌い踊るさまは壮観。
 

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しかしそこで生まれ育ったにもかかわらず、アナテフカは彼らにとって、真に心安らぐ土地とはなりえない様子。
テヴィエの何気ない一言を、幼馴染であるロシア人の巡査部長が聞きとがめた際の場の凍り付きようが、ユダヤ人の当時の境遇を明確に示します。(1820年代以降、ロシアではユダヤ人に対する迫害“ポグロム”が顕在化し、略奪、暴力、破壊行為が繰り返されていたと言います)
 

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そんな中、牛乳配達で生計を立てるテヴィエ一家の目下の関心事は、適齢期の娘たちの嫁ぎ先。
娘たちがあれこれ夢想する一方で、妻ゴールデのもとを仲人イエンテが訪ね、長女ツァイテルへの縁談をもちかけます。
 

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ツァイテルを見染めたのは、肉屋のラザール。自分とはそりのあわない彼の申し出に、テヴィエははじめ戸惑いますが、娘にとっては裕福な家に嫁ぐのが幸せだと考え、了承します。
妻ゴールデも大喜びですが、実はツァイテルには幼馴染の貧しい仕立て屋、モーテルという恋人の存在が。

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おとなしいモーテルの決死の訴えにほだされ、二人の結婚を認めるテヴィエですが、さてラザール、そしてゴールデに何と言い訳をしたものか…。
 

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1964年にブロードウェイで開幕し、67年には森繫久彌さんの主演で日本版が初演。以来再演を重ねてきた『屋根の上のヴァイオリン弾き』が、2004年から市村正親さんの主演で、4年ぶりに上演。東京を皮切りに、富山、静岡、愛知、大阪、広島、福岡、宮城、埼玉を巡演します(6月1日に川越にて大千穐楽)。
 

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子供たちの巣立ちを軸とした主人公一家の悲喜こもごもを、雄大かつ民俗音楽色の濃いジェリー・ボックの音楽とともに描くミュージカル。

 

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「Sunrise, Sunset」(陽は昇りまた沈む)や「If I Were A Rich Man」(もし金持ちなら)等のナンバーは、ミュージカルの域を超え、多くの人々に愛されてきました。

 

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今回が7回目の市村さん、5回目のゴールデ役・鳳蘭さんはじめ、続投の出演者が多いこともあり、舞台上には終始、“一つのコミュニティの確かな存在感”が。
特に安息日の祈りや結婚式の場面では、俳優たちの“体に染み込んだ”動きが格別のリアリティを生み、遠い時代・土地の物語をぐっと身近に感じさせます。

主演の市村正親さんは、既存の価値観と子供世代が持ち込む新たな価値観の板挟みとなり、神様に向かってぼやくテヴィエを、愛情深く表現。対して鳳蘭さんは、しっかり者の妻ゴールデに、茶目っ気を覗かせます。共演を重ねた二人だからこそ、夫婦のやりとりは“遠慮無用”でいっそう可笑しく、テヴィエが今更ながらに“愛してるかい”と問うくだりでは、年月をかけて理解し、思い合う相手がいることの幸せを、しみじみと描き出します。

加えて、長女ツァイテルをつつましく、堅実なオーラを漂わせながら演じる美弥るりかさん、次女ホーデルの信念と行動力をヴィヴィッドに表現する唯月ふうかさん、恋と家族愛が両立しえない環境に苦悩する三女チャヴァをみずみずしく演じる大森未来衣さん。

 

『屋根の上のヴァイオリン弾き』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

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ミシンを前に新妻と話す何気ない様子にも、モーテルのあたかな人柄がうかがえる上口耕平さん、堂々とした居ずまいと安定した歌声で、ホーデルのある種インスピレーションとなってゆくことに説得力を持たせるパーチック役・内藤大希さん、属性に縛られないロシア人フョートカを清廉に演じる神田恭兵さん。

そして縁談を巡ってわだかまりを抱えつつも、裕福な商売人としてのプライドを示すラザール役で貫禄を示す今井清隆さん、“近所の世話焼きおばさん”の風情を、まろみのある口跡で絶妙に表現するイエンテ役・荒井洸子さんら、出演者全員が活き活きと、1905年のアナテフカを生きています。

 

(以降・結末への言及があります。気になる方は鑑賞後にお読みください)

 

それだけに、“上からのお達し”一つで、彼らに災難が降りかかる展開は衝撃的。ユダヤ人であるというだけで、彼らは生まれ故郷のアナテフスカを出て行くことになるのです。自分たちが何をしたというのか、こんな理不尽がまかり通るものなのか…。悲嘆にくれるテヴィエたちの姿が、時を経た今の世界情勢とも重なり、これまで以上に強い感情が芽生える観客もいらっしゃるかもしれません。

 

『屋根の上のヴァイオリン弾き』🄫Marino Matsushima 禁無断転載


同胞たちが散り散りになってゆく中で、アメリカを目指すテヴィエたち。家財道具を荷車いっぱいに積み込んだテヴィエは、“ふっ”と気合を入れて荷車を持ち上げ、ゴールデや残った娘たちが、阿吽の呼吸で押して行きます。そしてその後を追いかけてゆく、ヴァイオリン弾き。

 

『屋根の上のヴァイオリン弾き』🄫Marino Matsushima 禁無断転載


全てを奪われたように見えても、まだテヴィエには共に泣き笑う家族があり、命がある。
一縷の望みをかけて新天地へ繰り出してゆく彼らのシルエットに、人間の強さ、人生の厳しさ、あるいは家族のかけがえのなさを思い、心揺さぶられる幕切れです。

 

囲み会見にて。「全国にパワーを届けます」(市村さん) 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『屋根の上のヴァイオリン弾き』3月7~29日=明治座、4月5~6日=オーバード・ホール大ホール、4月11~13日=愛知県芸術劇場、4月19~20日=富士市文化会館ロゼシアター 大ホール、4月24~27日=梅田芸術劇場メインホール、5月3~4日=上野学園ホール、5月9~18日=博多座、5月24~25日=名取市文化会館大ホール、5月31日~6月1日=ウェスタ川越大ホール 公式HP