Musical Theater Japan

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『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』土居裕子インタビュー:新たな時代の幕開けに

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土居裕子 愛媛県宇和島市出身。東京藝術大学音楽学部声楽科、劇団四季研究所を経て1984年~88年、NHK教育テレビ『なかよしリズム』で歌のお姉さんを務める。88年、音楽座に入団し『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』『マドモアゼル・モーツァルト』等に出演。退団後も音楽劇『人形の家』『夢の裂け目』『この森で、天使はバスを降りた』『サウンド・オブ・ミュージック』等様々な舞台で活躍している。©Marino Matsushima

名もない男女の出会いが壮大な物語に発展してゆく、音楽座の代表作の一つ『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』。1988年に誕生し、再演の度に多くのファンに愛されてきた名作が、井上芳雄さん主演でシアタークリエに登場します。
 
初演時にヒロインの佳代役に抜擢され、その全身全霊の演技が高く評価されたのが、96年まで音楽座の多くの作品でヒロインを務め、以後も様々な舞台で活躍している土居裕子さん。今回は主人公たちを見守る宇宙人「ピア」役で出演することになり、新たな座組、新たな役柄で本作に取り組む彼女に、初演時のエピソードから“佳代”“ピア”という二つの役柄、そして現在の稽古の手応えまで、たっぷり語っていただきました。
 
【あらすじ】喫茶店でアルバイトをしながら作曲家を目指す青年・悠介は、遊園地の迷路でスリを生業とする少女・佳代と出会う。恵まれない環境でひねくれた性格に育った佳代だったが、夢を信じて邁進する悠介に心動かされ、悠介も佳代の純粋な本質に触れて惹かれてゆく。やがて悠介の作曲が認められ、二人はささやかな幸せを味わうが、実は佳代には、自分自身も知らない秘密があった…。 

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『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』
時間をかけて作り上げた、思い出深い作品

 

――本作は音楽座の代表作の一つですが、ひょっとして若い読者の中には、音楽座さんをよく知らない方もいらっしゃるかもしれません。
 
「一言で言うと、オリジナルミュージカルを作って上演するカンパニーで、私がいた当時は,演出家、プロデューサー、作曲家、俳優など率直に意見を交わしながら作品を作っていきました。
 
そのため様々な意見がぶつかり合って、ぐちゃぐちゃになったり、けんかしたりしたこともしょっちゅう(笑)。いつも平和で笑顔あふれる稽古場というわけにはいかなかったけれど、そうやって意見を戦わせ、アイデアを持ち寄ったからこそ、本作や『リトル・プリンス~星の王子さま』『マドモアゼル・モーツァルト』など、世の中に誇れる作品をたくさん生み出せたのではないかなと思います。時間をたっぷりかけて皆で作り上げていけたのは、とても贅沢で得難い経験でした。今回のキャストの中にはあの頃の音楽座の仲間も多く参加していて、やっぱり私たちの音楽座ミュージカルは素晴らしいね!と言い合っています(笑)」
 
――その中でも、本作は第一弾として、土居さんにとっても特に思い出深い作品なのではないでしょうか。
 
「私はこの作品が(『ファンタスティックス』に続く)舞台2作目だったこともあって、演出の横山(由和)さんからひとつひとつ丁寧に教わりました。当時、先輩たちから“君は乾いたスポンジが水を含むように、この作品でいっぱい吸収したね”と言われたのを覚えています。“土居はちょっとでも嘘(の芝居を)やったらアウトだよ、器用じゃないんだから、毎回自分の心の100パーセントでやらないといけない。とにかく相手の台詞を聞くこと”など、横山さんの教えは今でも自分の支えになっているし、原点にもなっています。
 
再演、再々演、さらに公演を重ねて演じさせていただいたことで、慣れることの怖さを実感することができたのも、この作品のおかげです」
 
――本作の主軸には人生のハードな側面が描かれていますが、そういう作品ではコミカル要素はスパイス的に登場するのみということが多いところ、本作では“陽”の部分がかなり多いですね。
 
「この作品は、ハードな要素のみでも成立するし、感動していただける内容だとは思います。でもそれを包みこむようなほのぼのとしたシーンや、大笑いしてしまうようなコミカルなシーンがあるからこそ、シリアスなシーンがぐっと引き立ってくるんだと思います。そのバランスの中で、主人公たちの純愛が美しく、嘘が無く伝わってくる。当時はコミカルなシーンをたくさん稽古した思い出があります」
 
――88年というと、ちょうどバブルの時代でしたよね。
 
「それが関連してか、客席にはホワイトカラーのネクタイの男性も多かったです。私たち自身、いろいろな会社に営業(切符を販売しに行く)に行きましたが、景気が良かったせいか、たくさん買ってくださるところも少なくなかったですね。社員研修のようなことに使ってくださったりして。なので、普段はミュージカルなど観に来ることのないような会社員の方が観に来てくださって、初めて観たこの作品に感動なさっていました」
 
――それが口コミで広まっていったという形なのかもしれないですね。
 
「そう思います。初演時に、関係者の方々に招待状をお出しした折、フジテレビ事業部へも思い切ってお送りしました。フジテレビの事業局長さんなんて、毎日たくさんの舞台やイベントなどの招待状が届いて、当然全部観ることなんてかなわないことなのだそうですが、それがなんと観にいらしていただけたんです。面白そうだからというわけではなくて、音楽座なんて、知らない小さな劇団だし、つまらなかったら座席で寝てようかな、くらいの感覚で(笑)。ところが、作品の面白さに思いがけずハマってしまい、最後には前のめりになってご覧になったのだそうです。翌日、部署の方々皆さんに“観てきなさい”と言ってくださって、翌年にはフジテレビ主催の全国公演が実現しました。
 
この時、北海道から九州まで公演することができたおかげで、当時少年だった福井晶一さん(北海道出身)や、井上芳雄さん(福岡出身)の記憶にとどめていただけたんです。お二人とも、『シャボン玉〜』は、ライブではご覧になっていないけれど、TV中継の録画テープを何度もご覧になって“いい作品だな”と思っていらしたそうです」
 
――井上さんが熱望されたことが、今回の上演に繋がったのだそうですね。
 
「そう聞いています」
 
――初演時、ネクタイの方々にも受けたのはなぜだと思いますか?
 
「シリアスな本筋を包み込む、笑いの要素であったり、今の時代では少し希薄になってしまった、人々の人情だったり、優しさだったり。また、原作者であり作曲家でもある筒井広志さんは、小林亜星さんといろんな作品を書かれているヒットメーカー。本作の楽曲も優しくシンプルなメロディが多く、それが作品と呼応してとても素敵な楽曲になっていると思います。観終わったあと、誰もが思わず口ずさんでしまうような親しみやすいメロディ。そして、ちょっぴり昭和な懐かしさも、令和のこの時代では、むしろ新鮮に聞こえるかもしれませんね」
 
――身の回りを描いているようで、実はスケールがとてつもなく大きいストーリーも特徴的ですね。
 
「そうなんです、宇宙まで…。筒井さんはSFがお好きだったらしいです」
 
――土居さんご自身は特にどの部分がお好きですか?
 
「全部好きです!敢えていうなら、宇宙人と地球人が共に手を取り合い、愛を感じ、命をつないでいく。そんな夢のような、でもそうあってほしいと願う、壮大な発想が素晴らしいと思います。
 
まだ歌のお姉さんをしていた頃に横山さんから“一緒にミュージカルやらない?”とお誘いをいただき、“原作を読んでおいて”と言われて、下北沢の小さな本屋さんに入ったらたまたま原作の『アルファ・ケンタウリからの客』があったのですが、後にも先にも、その本を見つけたのはその一度きりだったので、見つかったのは奇跡ですよね。そうして読み始めたらとまらなくて、朝の4時くらいまで一気に読んで、横山さんに早く“演らせてください!”と電話したいと思いながら夜が明けるのを待っていたのを、昨日のことのように思い出します」
 
――舞台版では原作から大きく変わったところはありましたか?
 
「大筋は同じです。原作ではお佳代ちゃんは、どこか悲しげな薄幸の美少女の印象がありますが、本読みでそういうイメージで読んだら、横山さんから“違う、違う、じゃりん子チエみたいな子だから”と言われまして。“ゆうちゃんに薄幸の美少女は期待してないよ”と(笑)。迸る元気が、佳代のある秘密にかかわっているんです。悠介も、原作では二枚目で、シュッとした感じの人なんですが、舞台版ではちょっとドジで、何をやるにも自信はないけれど、あきらめないことが取りえと言う、二枚目ではないヒーローになっています」
"今”だからこそ見えて来る、佳代の夢のかけがえのなさ 

 

――今回は小林香さんの演出です。
 
「女性の目線が感じられてとても素敵です。お佳代ちゃんの母性みたいなものをすごく大事にしているんじゃないかと感じます。おそらく脚本を読み込んだ小林さんが感じたのであろうことで、私も共感するのですが、佳代の夢は、頼りない亭主と出来の悪い息子にお弁当を作ってあげて、“気張りや”といって見送ること。“そんなんできたらええなぁ”…と、そんなささやかな夢が佳代のすべてなんです。
 
これは私の意見なのですが、今の時代は女性たちも昔に比べれば仕事も子供も、両方持とうと思えばそうすることも可能でしょ。私の若い時は出産か仕事かを選ばなければいけない空気が濃かった。女性にとって、いい時代になってきたなと思いますが、その一方では昔では考えられないような猟奇的な事件も起こって、とても危ういものも感じます。母親がどんな風に子供と向き合うか、どう愛を注ぐのかということが問われている気がします。そんな時代に、佳代ちゃんの抱く夢は、宝石のように輝いて見えるのです。今回の佳代役の咲妃みゆさんは、その部分を大切に大切に演じてくださっていて、いいなぁと思います」
 
――井上芳雄さんの悠介はいかがですか?
 
「あんなに二枚目の方なのに、ぱっと立った瞬間から本当に井上さん?というくらい“だめんず”な感じがにじみ出て(笑)、凄いです。『エリザベート』のトートだったことが信じられない、それほどの表現力をお持ちです」
 
――そして土居さんは宇宙人のピアを演じるのですね。
 
「ピアたち宇宙人は、地球人よりワンランク上の知的生命体で、悪意なく地球人のことを植物程度にとらえていたけれど、いざいろいろなことがあって接してみたところ、自分たちにない素晴らしい感情のうねりがあることがわかって、これは宇宙を平和にするのに絶対必要なものだと理解するんです」
 
――宇宙人には感情のうねりがないのでしょうか?
 
「宇宙人に会ったことはないので確かなことはわかりませんが(笑)、今回私たちが演じるラス星人は、地球人のように感情が表に出て来る前にぱぱっと計算して、胸におさめる、のではないかと。そのラス星人が地球人の行為で一番感動するのが、“与え合う”ということ。惜しげもなく与え合う。その繰り返しを、宇宙人たちは悠介と佳代に見出すんですね。彼らは何の計算もなしに与え合う。その美しさ。そこに彼らは感動して、地球人と与え合い、分かち合う約束をするわけです」
 
――ピア役はご自身で選ばれたのですか?
 
「いえ、はじめは、上演にあたって助力は惜しみませんが、私自身は出ないほうが良いのでは、と申し上げていたんです。それでもぜひ、ということで参加させていただくことになりまして。光栄以外の何物でもないです」
 
――土居さんのみならず、きら星のごとき方々がお集まりですね。
 
「俳優のほうから“どの役でもいいから出たい”と直訴されたケースもあったそうですよ。この作品が好きで集まった方ばかりで、とてもいい雰囲気です。ジャン・バルジャン(福井晶一さん)やメリー・ポピンズ(濱田めぐみさん)を演じた方々が一つになって踊っているのですから壮観ですが、余計なところでは粒立てないというのが凄い。それこそ“与える”という気持ちをお持ちなんだと思います」
 
――どんな舞台になりそうでしょうか?
 
「お客様が感動なさることは間違いないけれどそれに加えて、何かをプレゼントできたらいいなと思います。例えば“今日帰ったら、留守番してくれてた家族に、有難うって言おう!”と思っていただける、とか…。そういう優しい気持ちが芽生える作品なのかなと思います」
 
――土居さんにとってもある意味“原点回帰”ですね。
 
「初演のころを思い出すと、小さな、かつかつの劇団だったので、衣裳は自分たちで縫っていたし、セットも自分たちで作れるところは作って、手作り感満載だったけれど、そこも魅力だったと思います。少しずつ舞台が出来上がっていく過程が昨日のように思い出されて、30年ってあっという間だな、私は幸せだったなと感じます。今回は新しい顔ぶれで、また新たな『シャボン玉』が生まれるといいですね。令和にもなりましたし、また新しい時代が始まるんだなという気持ちです」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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公演情報『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』2020年1月7日~2月2日=シアタークリエ、2月7日~9日=福岡市民会館、2月12日~15日=新歌舞伎座 公式HP
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