Musical Theater Japan

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『トッツィー』観劇レポート:ふんだんな笑いとともに描く、崖っぷち俳優の“一か八かの賭け”

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

格調高く観客を迎える、舞台上のレッド・カーテン。
手前のピットではオーケストラが華やかな序曲を奏で始め、音楽監督・指揮者の塩田明弘さんが客席に合図を送ります。
“ノリノリで観られる演目”と了解した観客は、さっそく手拍子で演奏に呼応。場内に一体感が生まれ、室温も一度ほど上昇(?)したところで開幕すると…。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

そこはNY、とあるブロードウェイ・ミュージカルのリハーサル風景。俳優たちが笑顔で歌い踊っていると、その中の一人、マイケルが大声を出し、ナンバーを中断。作品の難点を指摘して演出家ロンを怒らせ、そのままクビになってしまいます。

めげずにオーディションを受けまくるマイケルでしたが、情熱は空回りするいっぽう。40代への突入も、焦燥に拍車をかけます。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

そんな中でマイケルは、同じく舞台俳優の“元カノ”、サンディのオーディション準備に付き合ったことで、あることを決意。その臨時オーディションに、“女優・ドロシー・マイケルズ”として参加すると…、なんと合格してしまっただけでなく、稽古での即興芝居が評価され、脇役から主役へと引き上げられます。

ヒロイン役のジュリーや二枚目俳優マックスにも信頼され、絶好調のドロシー(=マイケル)。ルームメイトであるジェフの警告など意に介さない彼でしたが、いつしかジュリーに恋してしまい…。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

ダスティン・ホフマン主演の同名映画(1982年)を、デヴィッド・ヤズベックの作詞作曲、ロバート・ホーンの脚本で舞台化。2019年にブロードウェイで開幕した『トッツィー』が、日本上陸を果たしました。

原作映画ではTV界だった舞台をブロードウェイに移し、キャリアの危機にある役者の“一か八かの賭け”の顛末を、躍動感溢れる音楽とともに描くコメディ。演劇ファンが思わずニヤリとしそうな芝居ネタから勘違い、言葉の言い間違いまで、多彩なギャグが次々飛び出し、シーンによっては場内に“もしや日生劇場史上最大級”⁈というほどの笑い声が響きます。

いっぽうでは、自己主張の激しかった主人公が“女優・ドロシー”として仲間たちに信頼され、彼らの本音を知るなかで、どう変化してゆくか…も、見どころの一つ。予想もしない方向に進んでゆく事態がどう収拾されてゆくかとともに、主人公のある種“成長物語”的なコクのある喜劇にもなっています。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

主演の山崎育三郎さんは、俳優として崖っぷちに立たされたマイケルをエネルギッシュに演じるいっぽう、“窮余の策”として生み出した“女優ドロシー”として、エレガントなオーラを放ちながら登場。ドロシーの快進撃を確信したナンバー“Unstoppable”では、スケール感溢れる歌声と早替えで、カンパニーとともにわくわくするような一場を作り上げています。物語がうねってゆく、後半の内面描写も鮮やか。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

愛希れいかさん演じるジュリーは、才能が集まるブロードウェイで主演をつとめる女優ならではの、輝きとタフさを体現。ドロシーに過去の恋愛を語る“There Was John”では、出来事を明瞭に語り(歌い)ながらも行間にほろ苦さを漂わせ、ワークライフバランスに悩む女性たちの心の琴線に触れるナンバーが誕生しています。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

“元カノ”でありながら頻繁にマイケルを訪ね、よく喋る(そしてそれがその都度ラテン調のナンバーに変換されるという、ミュージカルならではの趣向が楽しい)女優サンディは、コメディ・センス必須のキャラクター。崑夏美さんがパンチの効いた歌声と惜しみの無い演技で、登場の度に場を楽しくかき回します。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

金井勇太さん演じる劇作家のジェフは、終始冷静な口調が山崎マイケルとは好対照ですが、その率直なコメントは的を射たものばかり。結果的にマイケルの支えとなっている頼もしきルームメイトを、力みを見せずに演じています。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

肉体美を誇るヴィジュアル系俳優マックス役の岡田亮輔さん(おばたのお兄さんとダブルキャスト)は、猪突猛進型の“天然”キャラクターを明るく演じ、パワハラ気味の演出家ロン役のエハラマサヒロさんは、特にダンス稽古シーンでお笑いセンスが炸裂。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

マイケルのエージェント、スタン役の羽場裕一さんは、絶妙の台詞の間合いに百戦錬磨の役者の味わい。そしてキムラ緑子さんは、直観的なプロデューサー、リタ役を生き生きと、思い切りデフォルメして演じ、作品の“喜劇”味に大きく貢献しています。

『トッツィー』©Marino Matsushima 禁無断転載

原作映画へのオマージュの意味もあってか、1980年代前半当時“ミュージカルの代名詞”的存在だったボブ・フォッシーや『コーラスライン』のテイストが振付や音楽に見受けられ、また業界人たちの素顔(の一端)が垣間見られる“バックステージもの”的な楽しみもある作品ですが、何より、誰しも一度は抱いたことがあるだろう変身願望を、とびきりゴージャスに叶えるミュージカル。終演後のオーケストラの演奏が終わった後も、音の余韻に“あと少しだけ”浸っていたくなるような舞台です。

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『トッツィー』1月10~30日=日生劇場、その後3月30日まで、大阪、名古屋、福岡、岡山を巡演 公式HP