Musical Theater Japan

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彩吹真央&上田一豪インタビュー 『フリーダ・カーロ』、その壮絶な人生に挑む

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(右)彩吹真央 大阪府出身。宝塚歌劇団で活躍、2010年に退団。『End of the RAINBOW』『マリー・アントワネット』『Indigo Tomato』(2019年11月再演予定)等の舞台に出演している。(左)上田一豪 熊本県出身。早稲田大学教育学部卒、東宝演劇部所属。演出作に『笑う男』『キューティ・ブロンド』『オン・ユア・フィート!』、自身の劇団TipTapでの作・演出作に『Play a life』『Count Down My Life』『Second of Life』等。(C)Marino Matsushima


『笑う男』等の大作から小劇場でのオリジナル作まで、多彩な作品を手掛けてきた演出・上田一豪さんが、メキシコを代表する画家フリーダ・カーロの生涯をミュージカル化。彩吹真央さん・今井清隆さん・石川禅さんらの出演で上演されます。

6歳でポリオのため右足が麻痺、18歳でバス事故に遭い鉄パイプに身体を貫かれるなど瀕死の重傷を負い、常に痛みに耐えながらキャンバスに向かったフリーダは、夫となる画家ディエゴ・リベラのみならずロシアの革命家レオ・トロツキー、彫刻家イサム・ノグチ、画家ジョージア・オキーフらと次々に恋に落ち、1954年、47歳で肺炎のため逝去。脚本も担う上田さんが、この人物を通して描こうとしているものとは? またフリーダを演じるにあたりメキシコを訪れ、実際に彼女が暮らした“青の家”の空気を体験した彩吹真央さんは、どんな覚悟をもってこの役に挑んでいるのか。お二人の死生観を含め、じっくりとお話いただきました。

書いてみたい、と思えた人物

――フリーダ・カーロという人物については、以前からご存じでしたか?

彩吹真央さん(以下・彩吹)「うっすらとは知っていましたが、私はどちらかというとモネのような、印象派のふんわりとした絵が好きでして。フリーダと聞いて、あの眉毛の繋がった方ですねと思い出して、それから本格的に調べ始めました」

 

――一豪さんはそもそも今回なぜ、フリーダをテーマに書かれたのでしょう?

上田一豪さん(以下・上田)「彩吹さんと一緒に作品をやりましょう、それなら新作がいいですねというお話になって、女性を主人公に書くとなったときに、いろいろ探して自分が書いてみたい、彩吹さんに演じてほしいと思えたのがフリーダ・カーロでした。彩吹さんはこれほど波瀾万丈な人生は送ってこなかったかもしれないけれど…(笑)」

彩吹「全然です(笑)」

 

――上田さんにとって、彩吹さんはどんな女優さんですか?

上田「ある意味スポンジのような方ですね。普段はふんわりしているのが魅力的なかたですが、僕が演出する作品のヒロインたちはふんわりとは程遠い女性たちで(笑)。でも彩吹さんは稽古場で話すうち、どんどん役を膨らませてくださるんです」

 

――では彩吹さんにとって上田さんという演出家は?

彩吹「舞台のことをよくわかっていらっしゃいます。今回もその知識の上にフリーダの人物像や当時の背景を上乗せしていらっしゃって、出来上がった台本をいただいた段階で、すでにその世界が出来上がっていました。こういう仕事をするために生まれてきた方だなと感じています。

私はいつも、演出家の頭の中でどういう世界が広がっているのか、私の演じる役をどう表現されたいのかを探ろうとしていますが、上田さんはその奥が深くて、私が思っている以上の私を引き出して下さいます。一豪さんの描くものに身を委ねて、それに私という素材が加わると見たことのないものが生まれるので、わくわくしかないですね。決して甘い道をたどらないように引っ張ってくださる。私はどちらかというと厳しい道の方が好きなので、耕されている感じがして嬉しいです」

 

メキシコのフリーダの家を訪ねて 

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『フリーダ・カーロ』稽古より。(C)Marino Matsushima

――フリーダの人生を作品化するにあたり、どんな点に留意されましたか?         

上田「実在の人物なので、彼女に失礼なことをしてはいけないと思っていました。もうこれ以上考えられないくらい考えてみるということはいつもやっていますが、今回はメキシコにリサーチに行く時間がなかったのが残念でしたね。彩吹さんは行かれたけれど」

彩吹「行ってよかったです。台本を読んで凄い作品だと思いましたが、(あまりにも壮絶な物語で)どこか実在の人ではないような非現実感がありました。でもメキシコには彼女が実際に生まれ育って亡くなった家が今もあって博物館になっていると知って、そこに行けば何か得られるのでは、と思い行きました。 

現地でのフリーダ・カーロは今や国をあげてのヒロインで、お札にも描かれているし、空港の売店には彼女のグッズが並んでいます。限られた滞在でしたが、彼女が育った「青い家」に二日間通い、たっぷり見学出来ました。彼女が使っていたベッド、食器、イーゼルなどがそのままにしてあって、実際に見るのとパソコンの画面で見るのとは全く違いましたね。

私はフリーダが体験したような痛みや苦しみは経験したことがないし、そこまでの引き出しもありませんが、彼女が実際に吸った空気、生きていた空間を体感できた、そこで彼女を感じたということは、彼女を演じる上で大きな自信にも繋がりました。もし行っていなかったら、今でもわからないことだらけだったと思います。まだまだ吸収しないといけないことはたくさんあるけど、現地で彼女を感じることができたというのがなによりの役作り、栄養素になったと思います」

 

近しい人々がフリーダの生涯を語る意味

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『フリーダ・カーロ』稽古より。(C)Marino Matsushima

――今回はオーソドックスに時系列でフリーダの生涯を見せて行くというのではなく、周囲の人々の視点を通して彼女の生きざまを振り返るという劇構造になっていますね。

上田「人は、自分は確かにここで生きていたと思いながら死んでいくわけですが、その人を知っている人がこの世に誰もいなくなったら、生きていたかどうかもわからない。いなかったものとされるんだと思います。

今、地球上に70億ぐらいの人がいるとして、100年後にこれだけの人たちがいたということは証明できない訳じゃないですか。誰かが覚えてる、語るということでしか実在したという証明はできない。それは切ないことですが、同時に素敵なことでもあるんだなぁと思うんです。 

フリーダという(過去の)人物を振り返るに当たって、血の繋がった人であったり、彼女を知っていた人々に語らせるのが一番誠実(な表現方法)なんじゃないかなと思ったんですね。さらに言えば、その人々もすでに故人である。そういうふうに(記憶が)続いていくというのが我々の人間世界、こういうことでしか残らないというのがお客様に届いたら面白いんじゃないか、ということでこういう構造になっています」

  

――前作の『Suicide Party』しかり昨年、彩吹さんが出演された『Play a life』しかり、上田さんの過去の作品の多くは死にとらわれています。一豪さん自身の関心の表れでしょうか?  

上田「ほとんどのことは科学が成熟していけばわかるけれど、人間はなんのために生きて死んでいくのかは誰にもわからない。それは考えなくても生きていけるけど、僕はわからないことをわからないままにしておくのがすごく苦手で、どうしても答えを探したくなるんですよ。毎回お芝居を作り出す度に、答えを見つけたいなと。今回はフリーダ・カーロという人物を通して、この人がなぜこんなにも鮮烈に生きられたのかを考え、人間が生きる喜びって何なのか、生きるってどういうことなのかを見つけられるといいなと思っています」

 

――彩吹さんの死生観はいかがでしょうか?  

彩吹「私は、自分自身の死については、いつどういうふうにと考えてもしょうがないと思うタイプですが、それでも近しい人が亡くなる度、死を考えます。死という点があるから、生という線がある。一豪さんの作品に触れる度に深く考えます。苦しみがあるからこそ喜びもあるし、その逆もまたしかり。逆のパワーってあるんだなと。素直に、生きていることに感謝できるし、死ということをテーマにしている責任も重々感じ、決して軽んじず、向き合っています。それは私にとって美しいというか、重みのある時間です」

 

――今の一豪さんにとって、“死”とは、『Play a Life』の台詞や先ほど書いて下さった色紙のメッセージにあるように、生きている人の中に“溶けていく”というイメージでしょうか? 

上田「そうだったらいいなと思っています。実際どうなるかはわからないけれど、自分が死んでしまったら生きている人の中に溶けていってほしいと思うし…。僕が書く作品にしても、わがままですがこのまま消えて行ったら嫌だなと思います。その点、絵画が素敵なのは、文章とは違ってその人が描いた“そのもの”が残るということ。凄いなと。どの部屋で誰を見ながら、筆をどう持って描いたかとか、その時の彼女の温もりがそのまま絵の中に閉じ込められるわけだから、こんなに凄いものはないなと思えますね」

 

絵や舞台には、“温度”がある 

――演劇は演じた瞬間に消えてしまう、ある意味儚いものですが、その世界の人間として絵画には叶わないというような思いがあるのでしょうか?  

上田「そんなことはないです。僕は映画も好きだけど、僕の感覚の中では、映画や小説って絵画や演劇のような“温度”を伝えることはできない。でも演劇にはそれが出来る、と感じています」 

彩吹「私たちが舞台で出来ることって、国も時代も違う人たちがあたかもそこにいるように演じることで、それはとてもやりがいのあることだと思っています。今年、私は宝塚での初舞台から数えて25周年で、ずっとお芝居しかやって来ていないので、偉そうなことは言えないけれど、舞台はTVドラマや映画のように“残る”ことは無くても、私たちが呼吸して演じていることをお客様に生で感じていただくということに喜びを感じます。他にどんな仕事ができるか、想像もつかないほどです」

 

――今回の舞台でフリーダ・カーロはどんな人物であってほしいですか? 

上田「彼女はすごく情熱的な人だったんだろうなと思うんです。人生を余すことなく生き抜いた人。そして生きる力に溢れた人になればいいなと思いますね。とても人を楽しませるのが好きな人だったそうです。異性だけでなく、同性にとっても魅力的な人だったと思うので、そういうふうに描きたいですよね」 

彩吹「幼いときに小児麻痺になって以来、彼女はずっと痛みを抱えていて、それによって形成されたことを絵で表現した。最初はうまいと言われたわけではないんですよね?」 

上田「そうですね」 

彩吹「でも彼女の描いているのは、彼女でなければ描けない絵。この絵の表現イコール彼女の人生だと思うんですよね。性別を超えている部分もありつつ、とても女性らしい部分もある、収まりきれないパワーの持ち主。そして知れば知るほどかわいい人だなと感じます。凄く人間くさくてかわいらしい人なんだなあと。自分より年代が上であれば尊敬していたと思いますが、私の場合、彼女が生きたのとほぼ同じ年月を過ごしてきているので、そう感じるのかもしれません」

 

――現時点で、稽古の手応えはいかがですか? 

上田「やりたいことが形になるんだなということはわかってきたので、これからはどれだけ精度を上げられるか。今回のキャストでないとできないことがこれからできていくんだなと思えるので、これから頑張っていこうというところです」 

彩吹「フリーダの体験した苦しみは、想像の域でしかないのですが、少しでも彼女が残した絵、言葉から紐解いて感じて、言葉として発することができたらと思っています。フリーダを描いたミュージカルは今回が初めてらしいのですが、私たちが彼女の人生を演じることでフリーダにも喜んでいただけるというか、彼女が嫌なものには絶対ならないと思うので、そこを信じてやりたいですね。彼女に近づくためにやりたいこともやらなくちゃいけないこともたくさんありますが、限られた中でできる限りの時間を注いで、命を削るくらいの思いで取り組みたいと思っているところです」

 

――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか? 

上田「あまりない形の舞台で、わかりにくいとは思います。時間が今と過去を行ったりきたりして、普通のミュージカルの形式で物語を追っかけていって何かが起きるというものではないから、何を見たらいいかわからないと思うんですね、これはどこを見たらいいんだろうというのが1時間45分くらい続くかもしれません(笑)。でもそのなかで、こういう人がいたんだというものが残ればと。こういう人がそこにいたという存在感がお客様に届けば、やる意味があるのではないかなと思っています」 

彩吹「フリーダ・カーロという人は、残っている写真では民族衣装を着ていることが多く、随分昔の人に思われがちですが、まだ亡くなって65年ほど。そう遠くない時代に生きた彼女のことを今、日本の私たちが語って、見に来てくださった方々が、なぜ彼女はあそこまでの苦しみに耐えられたのか、そこには彼女にとっての(苦しみの逆にある)愛、歓び、幸せがあったということが伝わるといいなと思っています」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

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*公演情報『フリーダ・カーロ 折れた支柱』8月1~7日=六本木トリコロールシアター 公式HP