Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『のだめカンタービレ』観劇レポート:ミュージカルの手法で描く、突き抜けたヒロインの恋と音楽修業の日々

『のだめカンタービレ』

 

映し出された音符たちが、モビールのように揺らめく幕。“好きなように弾きたい”と願いながらピアノに向かう少女、世界的指揮者に憧れる少年の姿に続き、舞台上では大学生になった二人の、運命的な出会いが描かれる。

子供の頃のトラウマから飛行機に乗れず、未だ留学を果たせない千秋真一。酔って自宅の前で眠ってしまった彼は翌朝、見知らぬ部屋で目を覚ます。ゴミ屋敷同然のその空間で平然とピアノを演奏していたのは、同じ音大のピアノ科の学生・野田恵(通称・のだめ)だった。

巨匠と呼ばれる指揮者シュトレーゼマンが学内に新設した“Sオケ”に、千秋は“副指揮者”として、のだめは“マスコットガール”として選出。個性的な仲間たちとともに、二人は音楽を究めて行くが…。

『のだめカンタービレ』

2001年に連載開始とともに話題を呼び、累計発行部数は3900万部超、後にTVドラマやアニメ、映画化もされた二ノ宮知子さんの大ヒット漫画が、遂に舞台化。原作のストーリーをぎゅっと凝縮し、クラシックの名曲に加え、和田唱さんによるオリジナル楽曲をふんだんに盛り込んだ作品となっています(作詞・脚本・演出=上田一豪さん)。

『のだめカンタービレ』

特に“ミュージカルらしさ”があらわれるのが後半、音楽コンクールでのだめが過労にもめげず、演奏するくだり。バレエ経験のある三浦宏規さんはじめ、俳優たちがこの曲の世界を、フィジカルに視覚化しています。該当バレエのエッセンスを見せながらもどこかカオス的な光景を通して、観客はのだめにとってのこの曲のイメージや過労が及ぼす影響を体感出来ることでしょう。様々な要素を盛り込むことができる“ミュージカル”ならでは、そしてキャストの持ち味を生かしやすい“オリジナル作品”ならではのクライマックスとなっています。

『のだめカンタービレ』

原作や実写版に登場したクラシックの名曲の数々も登場し、耳を楽しませますが(ブラームス「パガニーニの主題による変奏曲」、ガーシュイン「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏は阪田知樹さん、ストラヴィンスキー「『ペトルーシュカ』からの3楽章」は亀井聖矢さん、その他のピアノ曲はぶどうさんが演奏)、和田唱さん作曲のミュージカル・ナンバーも、親しみやすいものばかり。中でも、オーボエ奏者の黒木が歌うナンバー「不完全だから」は、シナトラの「マイ・ウェイ」ばりの雄大な曲調と“リードを削る…”という地味目の歌詞のギャップが面白く、またシチュエーションの妙もあり、客席を沸かせます。

『のだめカンタービレ』

無頓着で楽天的、マイペースにもほどがあるけれど、優しく繊細な部分もあるヒロイン・のだめを演じるのは、一世を風靡した実写版(TVドラマ版2006年、スペシャル版2008年、映画版2009、2010年)でお馴染みの、上野樹里さん。“あののだめが帰ってくる⁈”という歓喜の声の中、誰もが不思議に魅了されてしまう突き抜けたヒロインを、ほんわりとした口跡や動きで体現しています。

『のだめカンタービレ』

 

千秋真一役の三浦宏規さんは、本来はクールな"俺様”キャラの筈が、のだめに散々振り回され、ついには思わぬ形で彼女に救われもする…という変化のある役どころを、歌声を含め終始力強く演じ、前述のクライマックスでは目の覚めるようなバレエを披露。今回の舞台化の意義を大きく担う一人と言っても過言ではないでしょう。

『のだめカンタービレ』

 

峰龍太郎役の有澤樟太郎さんは、自信家の“ロックなヴァイオリニスト”を嫌味なく演じ、登場の度に場面が明るくなるような“華”も。三木清良役の仙名彩世さんも、その峰がほれ込む才能を、楽器を手にした立ち姿と確かな歌声に滲ませます。

『のだめカンタービレ』

体は男性だが心は乙女チックなティンパニー奏者、奥山真澄役をのびやかな歌と所作で演じるのは、内藤大希さん。峰と清良のロマンスを目撃し、反応する姿があまりに可愛らしく、この一瞬で真澄ファンになる観客も少なくないのでは。オーボエ奏者、黒木泰則役の竹内將人さんも、“正統派”の歌声でストイックな音楽青年の頓珍漢な(?)恋を際立たせ、ミュージカル版ならではのをおかしみを醸し出しています。

『のだめカンタービレ』

音大生たちにとどまらず、本作では教授陣も個性豊か。スパルタ式指導で知られる“ハリセン”ことピアノ科・江藤耕造役のなだぎ武さんは、芝居のキャッチボールの巧さにとどまらず、タンゴ風?のポーズを決めては江藤の美意識?をうかがわせ、そこはかとない笑いを誘います。

『のだめカンタービレ』

そして世界的指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマン役を実写版に続いて怪演し、上野さんとの“夢の再共演”が話題を呼んでいるのが、竹中直人さん。時代の変化とともにこの役のセクハラ的描写は和らいでいますが、破天荒なオーラは健在、加えてその美声がミュージカルナンバーでたっぷり生かされています。自由奔放なこの巨匠が後半、大学を去り際に千秋に対して発するワンフレーズには、どこか醒めたリアリティが。一見無責任のようで、芸術の道においては真実を衝いているのかもしれないフレーズが、印象を残します。

『のだめカンタービレ』

最悪の始まり方(⁈)をしたのだめと千秋の関係性は、どうなってゆくのか。音楽修業の日々を通して、二人がそれぞれに見つける“進むべき道”とは? 原作や実写版を通して既にストーリーを知っていても…いや知っているからこそ、“次はどのエピソード/場面が登場?”と目が離せませんが、俳優たちが複数の役を(時には素早い早替わりで)演じ分けていたりと、舞台ならではの趣向をチェックするのも楽しい、ミュージカル版『のだめカンタービレ』です。

 

(取材・文=松島まり乃)

*無断転載を禁じます

*公演情報 ミュージカル『のだめカンタービレ』10月3~29日=シアタークリエ、11月3~4日=サントミューゼ 公式HP  (10月29日公演はライブ配信を予定。アーカイブ有)