Musical Theater Japan

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『フラワー・ドラム・ソング』観劇レポート:ロジャース&ハマースタインの隠れた名作、21世紀版が日本初演

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

スポットライトの中に浮かび上がる、一人の娘。人民服を着た彼女、メイ・リーは花鼓(フラワー・ドラム)を叩き、澄んだ声で“A Hundred Million Miracles(一億の奇跡)”を歌い始めます。

“父さんはいつも言ってた 子供たちはどこまでも成長する…”
ナンバーの間、舞台上ではメイ・リーが父親を弾圧によって亡くし、決死の思いで新天地アメリカを目指す様子を、背後から現れた人々とともにフィジカルに表現。故郷の人々に避難民、船そのものと流れるように姿を変え、シンプルな空間に情景を作り出してゆく俳優たちの一体感が光ります。

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

ドラマティックなプロローグに続いて現れるのは、サンフランシスコのとある劇場。チー・ヤンとターのワン親子が閑古鳥の鳴く空間でチャイニーズ・オペラ(京劇)を演じていると、父の旧友であるチー・ヤンを頼ってメイ・リーが訪れます。
彼女も演者であることを知ったチー・ヤンは、女性の役を彼女にやらせてみることに。人手不足で女形を演じていたターは喜び、週に一度上演している西洋風のショーに注力します。メイ・リーと語らううち打ち解け、思わず彼女にキスしてしまうター。純情なメイ・リーは彼を喜ばせようと、ショーのスターであるリンダが見立てたドレスに身を包みますが…。 

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

サンフランシスコの中国系移民たちを描いたC.Y.リーのベストセラー小説を、ロジャース&ハマースタイン(『王様と私』『サウンド・オブ・ミュージック』)が舞台化。1958年にブロードウェイ初演、61年には映画化もされたミュージカルの新バージョンが、上陸を果たしました(初演バージョンは1992年に宝塚歌劇団で日本初演)。

今回の新版は、ストレート・プレイ『M・バタフライ』やミュージカル『アイーダ』の脚本で知られるデヴィッド・ヘンリー・ファンが脚本を担当し、ブロードウェイでは2002~03年に上演。楽曲と主要テーマ"親子のジェネレーション・ギャップ”"若い男女の恋”は不変ですが、ストーリーは政治的背景を盛り込み、アイデンティティの問題を掘り下げたものに刷新されています。また、女性のキャラクターたちもより主体性を持って登場。

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

演出によってはかなりシリアスにも傾きうるバージョンですが、今回演出・振付を担当する上島雪夫さんは、伝統にこだわっていたのがひょんなことから西洋風のショーのスターになってしまう父と、逆に新しさを追求していたのが"温故知新”に目覚めてゆく息子の対比を軸として、軽快さを保ちながら進行。ショー・シーンも大らかに描き、流麗なロジャースの音楽と21世紀の感覚のバランスのとれた舞台となっています。

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

ター役の古屋敬多さんは"本当に大切なもの”を見失っていた青年の成長を自然体で演じ、京劇シーンでは美しい所作を披露。
メイ・リー役の桜井玲香さんはまっすぐで惜しみない発声が心地よく、高音域でもボリュームをキープ。また単に可憐な娘というのではなく、自分の考えを言語化できる知性を醸し出し、"今”の女性観客が寄り添いやすいキャラクターを描いています。

父チー・ヤン役の石井一孝さん、ターのショーを売り出すマダム・リャン役の彩吹真央さんはややデフォルメ気味の芝居が楽しく、歌唱シーンでは華やかさ全開。ショーの看板スター、リンダ役のフランク莉奈さんはソロ・ナンバー"I Enjoy Being A Girl”を心から楽しんで歌っていることが伝わり、後半は結果的にターの成長を促すことになる厳しい口調が印象を残します。

メイ・リーを香港に誘うチャオ役・砂川脩弥さん、ショーに是が非でも出たいハーバード役・秦江和明さんは舞台にフレッシュな風を吹き込み、チー・ヤンの片腕チン役の八十田勇一さんは人生の先輩としてターに示唆するくだりに味わいが。

『フラワー・ドラム・ソング』(c)エイベックス・エンタテインメント株式会社/撮影:岩田えり

終盤にはターとメイ・リーが先祖からの命の繋がりに感謝する台詞がうまく歌詞に繋がる形で、主題歌がリプライズ。舞台を包み込む色…朱に近い赤がこの上なく美しく、幸福の色に映る幕切れとなっています。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『フラワー・ドラム・ソング』4月23~27日=日本青年館ホール、4月29~30日=森ノ宮ピロティホール 公式HP