2月のNY。まだほとんど家具の無いワンルームに、新婚ほやほやのコリーが花束を抱えて帰ってくる。
いそいそと花を飾っていると呼び鈴が鳴り響き、彼女はドアを開け、「上です!最上階です!」と階下に向かってシャウト。どうやらここはエレベーターのない、年季の入ったアパートらしい。
息を切らして上がってきた電話会社の男は手際よく電話線を引き、幸せオーラを隠そうともしないコリーに“延長コードのように末永く”と言って去ってゆく。
入れ替わりに現れたのが、弁護士である夫のポール、26歳。ポーチを含めるとほぼ6階分の階段を上がって帰宅した彼は、コリーのキスの雨で酸欠になりながらも、翌日の裁判準備にとりかかろうとする。…が、家具が無く立ったまま書類を整理しなくてはならない。バスルームにはバスタブがない。そしてこの部屋は異様に寒い…よく見れば、天窓に穴があいている!
さらにはコリーの母、バンクス夫人が新居を覗きに訪れ、屋根裏の住人ヴェラスコ氏も、家賃滞納で正規ルートから自室に入れないため、ポールたちの部屋を経由して行こうとする。生活をかき乱される思いのポールに対して、コリーは不自由さや新たな出会いを謳歌している様子。熱々だったはずの二人は、バンクス夫人、ヴェラスコを交えたディナーの後に衝突し、言い合いは“まさかの別れ話”にまでエスカレートしてしまう…。
ニール・サイモンの初期の代表作の一つで、1967年にはロバート・レッドフォード&ジェーン・フォンダ主演で映画化もされたコメディが、元吉庸泰さんの演出で2年ぶりに上演。“今”の口語をベースとした福田響志さんの訳で、前回から続投のポール役・加藤和樹さん、コリー役・高田夏帆さん、ヴェラスコ役・松尾貴史さん、バンクス夫人役・戸田恵子さん、そして初参加の電話会社の男役・福本伸一さんが、“新婚夫婦の最初の危機”を軽快に、ふんだんな笑いとともに描き出します。
ポール役の加藤和樹さんはスーツ姿こそ颯爽としていますが、初登場時から(階段を上ってきたという設定のため)既に息も絶え絶え。ハネムーンで泊まった豪華ホテルとは比べものにならない“無いない尽くし”の新居に呆然…とする間もなく、来客によって大事な仕事の準備もろくにできず、フラストレーションがたまって行く一方の堅物を、人間味豊かに演じています。
対して高田夏帆さんは、冒険心豊かなコリーを溌剌と体現。ポールへの愛が全身から溢れ、彼と自分の違いが許せず、“離婚しなくちゃ”と思い込んでしまう短絡的発想がいじらしく映ります。アグレッシブな台詞も品性のフィルターを通して聴かせる発声も魅力的。
松尾貴史さん演じるヴェラスコは胡散臭くもあり、面白みもある造型で“この男性と付き合うのはなかなかのギャンブル”と思わせ、戸田恵子さん演じるバンクス夫人は、妙齢の婦人がそっと人生の新たな一歩を踏み出す姿を印象的に描き出します。夫人がコリーから10年以上ぶりにアドバイスを求められるシーンは、戸田さんの淡々としてあたたかな口跡によって、本作のクライマックスの一つに昇華。
そして福本伸一さんは、1幕冒頭では数分で姿を消してしまうものの、ポールとコリーの関係が険悪のピークに達した3幕冒頭に電話修理のため再度登場。思い切りデフォルメした演技で爆笑を誘ったかと思えば、去り際に一言、この世の“真理”と言える台詞をさりげなくコリーに投げかけ、余韻を残します。
筆者の鑑賞日には加藤さんファンとおぼしきお洒落な女性たちに加え、良質の喜劇を求める中高年齢層のカップルも多数来場。“結婚というもの”にまだ不慣れな主人公たちが巻き起こす騒動に懐かしさを覚えた(⁈)大人たちが肩の力を抜き、無邪気に発する笑い声に、子供たちが発する笑い声に包まれたファミリー・ミュージカルとはまたひと味ちがった多幸感を抱くことの出来る舞台となっています。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『裸足で散歩』9月27~29日=サンケイホールブリーゼ、10月1日=水戸市民会館グロービスホール、10月3日=湘南台文化センター市民センター、10月5日=富士市民文化会館 ロゼシアター、10月10日=曳舟文化センター、10月13日=タクトホームこもれびGRAFAREホール、10月16日=幕別町百年記念ホール 大ホール、10月18日=あさひサンライズホール、10月20日=中標津町総合文化会館 しるべっとホール、10月22~23日=札幌市教育文化会館 大ホール、10月25日=大空町教育文化会館 教育ホール、10月31日=都城市総合文化ホール 中ホール、11月2日=中津文化会館 大ホール、11月5日=えずこホール(仙南芸術文化センター)大ホール、11月8~19日=博品館劇場、11月21日=ウインクあいち 大ホール、11月23日=サンポートホール高松 大ホール 公式HP