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『ピーター・パン』2024観劇レポート:幸福な“遊びの時間”が続く世界【親子で観たい!2024夏の舞台④】

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

【親子で観たい!2024夏の舞台】シリーズを締めくくるのは、今や日本の夏の風物詩の一つにもなっている『ピーター・パン』。バリの戯曲をミュージカル化した1954年のブロードウェイ・ミュージカルは、日本でも長く愛され、1981年に始まったホリプロ版は今年、実に44年目の上演。東京で開幕し、現在各地を巡演中です。

数年ごとに演出家やキャストが替わることで、作品の風合いも変わり、常に新鮮さ、“永遠の若さ”が保たれてきたとも言える公演。昨年に引き続き長谷川寧さんが演出・振付を手掛け、山﨑玲奈さんがタイトルロールを演じる、今夏の『ピーター・パン』をご紹介します!

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

東京国際フォーラム ホールCで行われた東京公演では、大型パネルを使ったフォトスポットが入場者をお出迎え。この日はキャラクターのグリーティング・デーも重なり、(着ぐるみの)ピーター・パン、フック船長にフレンドリーに迎えられた子供たちが、楽しそうに記念撮影をしています。

エスカレーターを上がったエリアには、ピーターやウェンディをかたどった紙ヒコーキが作れるコーナーも(参加有料)。折り紙ヒコーキ協会制作の“よく飛ぶ紙ヒコーキ作りのポイント”が配布されるとのことで、“自由研究、何にしよう…”と迷っている小学生には、願ってもないヒントになるかもしれません。客席扉の前には座高の低い子供たち用のクッションがうずたかく積まれ、子供たちが大事そうに“マイ・クッション”を抱えて場内へと吸い込まれて行きます。(ツアー公演でのサービスについては、各劇場にご確認ください)

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

着席して見渡してみると、この日は観客の半数近くが“小さいお友達”。朗らかな序曲が流れ始めると、客席のざわめきが少しずつ落ち着いて行き、さあ開幕です。

舞台上に現れるのは、ベッドタイムを前に“お父さんお母さんごっこ”に興じるウェンディ、ジョン、マイケルの三きょうだい。
様子を見に来た母(ダーリング夫人)は、お父さん役をやらせてもらえない末っ子のマイケルに優しく相手をしてあげますが、そこに“ネクタイが結べない!”と、ダーリング氏が飛び込んできます。

子供たちの前で威厳を保とうとするものの、苦手な薬を自分は飲まずに子供だけに飲ませようとするなど、“子供じみた”行動が笑いを誘うダーリング氏。それが大事件を呼び寄せることになろうとは露ほども思わず、子守がわりの犬ナナ(長年、着ぐるみで表現されていましたが、長谷川寧さん版ではパペットで表現)を子供部屋から追い出し、妻と外出してしまいます。(ダーリング氏役の小野田龍之介さんが軽妙な味わい、ダーリング夫人役の壮一帆さんもおおらかに好演)

 

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

眠りにつく子供たち。大きな窓がふわりと開き、颯爽とピーター・パンが現れます。フライングの想像以上のスピードに、客席のあちこちで小さく“あっ”という声が。
登場こそ颯爽たるものでしたが、ピーターがこの部屋にやってきたのは、以前ここに自分の“影”を置いてきてしまったためでした。ティンカー・ベル(映像と愛らしいベル音だけで表現)の助けで引き出しから発見すると、今度はなぜか石鹸を使い、“影”を自分の体に接着しようとするピーター。つるりと逃げる“影”と彼の格闘が、身体表現で愉快に表現されます(山﨑玲奈さん演じるピーターは力強く、いかにも“わんぱく少年”。自由を謳歌し、自信に満ちた姿が、終盤に見せる寂しそうな表情とのコントラストを際立たせています)。

うまく行かずにべそをかくピーターに気づき、優しく声をかけたのは、ウェンディ(鈴木梨央さんが、“しっかり者のお姉ちゃん”の空気を滲ませて体現)。糸で影を縫い付けてあげた彼女に、ピーターは“ネバーランド”から来たことを話します。
冒険でいっぱいの島と聞いて、ウェンディは興味津々。弟たちも誘い、ピーターに“飛び方”を教わります。妖精の粉をかけてもらい、楽しいことを思い浮かべるうち、次々に宙に浮かぶ3人。ピーターに続いて彼らが家を飛び出してゆくと、ロンドンの街並みはどんどん小さくなってゆき…。
心浮き立つ音楽とともに、あっという間に1幕が終了します。

 

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

15分の休憩を挟んで再び幕が上がると、カラフルなスロープが置かれた舞台を縫うように、(どこかペーパークラフトを思わせるデザインの)動物パペットたちが登場。タイガー・リリー(住玲衣奈さんのダイナミックなダンスに注目!)率いる“モリビト”たち、ロストボーイズ、海賊たちの3勢力が拮抗する中で、ウェンディはロストボーイズたちの“お母さん”になることに。

海賊たちのリーダーはフック船長。昔、ピーターに左手を斬り落とされたことを恨み、復讐の機会をうかがっています。(小野田龍之介さんが、1幕の“大人になりきれていないダーリング氏”との関連性を微かに匂わせつつ、清々しいほど?卑劣な“史上最高の悪党”を体現)。

海賊たち(スミー役の今村洋一さんが愛嬌たっぷり)の稚拙な計略はなかなか成功しませんが、一瞬の隙をついて遂にウェンディと子供たちを誘拐。さあどうなる?というところで、再び幕。こまめに休憩が入る3部構成は、特に“観劇は初めて”のファミリーにとって、大いなる安心材料でしょう。

 

『ピーター・パン』2024年公演 撮影:宮川舞子 写真提供:ホリプロ

3幕は海賊船の甲板の上で物語が始まり、舞台前方に張られた布が船のへさきを表現しているようですが、すぐに切って落とされ、そこに現れるのは2幕と同じセット。遊具を思わせる装置といい、ペーパークラフト風のパペットの登場といい、そしてこの、一つのセットを様々に“見立てる”手法といい、目に入る要素はどれも“子供の遊び”に根差したもの。小さなお子さんも親近感を抱き、想像を膨らませやすい舞台作りが貫かれています。

絶体絶命の状況、勇気、決戦、そして…。スリリングな展開の果てに、ウェンディたちの“遊びの時間”は終わり、場内はしっとりとした空気に包まれます。しかしカーテンコールで再びピーター・パンが迫力のフライングを見せると、無邪気な歓声が復活。高揚感に包まれながら帰途につく子供たちの姿に、いつか終わりが来るからこそ、彼らの“遊びの時間”が濃く、幸福なものとなるよう、改めて願わずにはいられなくなる舞台です。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ピーター・パン』7月24日~8月2日=東京国際フォーラム ホールC、8月11~12日=御園座、8月17~18日=広島文化学園HBGホール、8月24~25日=新川文化ホール 大ホール、8月31日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP