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『マーダー・フォー・トゥー』観劇レポート:芝居心と”確かな腕”で構築された110分

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『マーダー・フォー・トゥー』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

舞台左右に設置された扉から、一人ずつ俳優が登場。奥に置かれたピアノのカバーを二人で外すと、挑み合うように鍵盤に向かい、疾走感たっぷりの序曲を弾き始めます。

ひとしきりの連弾の後、一人がピアノを弾き続け、もう一人はとある邸宅に住まう“ダリア・ホイットニー”に変身。高齢女性の声色で、これから有名作家の夫アーサーのため、サプライズ・パーティーを開くのだと客席に語りかけます。邸宅には続々と招待客たちが到着…する様子を、同じ俳優が次々と表現。

暗闇に潜んだダリアとゲストたちは、アーサーの靴音を聞いて“サ~プラ~イズ!”と声を挙げますが、その時一発の銃声が。眉間に銃弾を受け、床に倒れたのは他ならぬアーサーでした。

検分に訪れたのは警官のマーカス(これまでピアノを弾いていた俳優)とルー。休暇中の刑事が到着するまでの場繋ぎでしたが、ダリアたちは二人を刑事だと早合点します。もともと昇進願望のあったマーカスは、“もしここで事件を解決できれば、刑事になれるかも”と発奮。マニュアルを手に、張り切って事情聴取を始めますが、そのうち驚くべき事実が浮上します。果たしてアーサーを殺したのは誰なのか…?

2013年にオフ・ブロードウェイで上演され、16年に日本上陸を果たした二人芝居『マーダー・フォー・トゥー』(作=Kellen Blair、作曲=Joe Kinosian)が、続投の坂本昌行さんと新キャスト・海宝直人さんの顔合わせで再演。東京公演を経て、現在は大阪で上演中です。(この後仙台、松本で上演予定)

一人で何役も演じ分けるスタイルの芝居は数あれど、本作ではそれに加え、ピアノ演奏も当人たちが担当。伴奏の際は相手の歌いやすさにも配慮する必要があり、通常の演技の枠を超えたものが求められる舞台を、今回の二人は軽々とやってのけています。

容疑者たち全員を演じるのは、坂本昌行さん。喧嘩の絶えない中年カップルに美貌のバレリーナら、個性豊かなキャラクターを台詞と歌、身体表現を駆使して瞬時に演じ分けていますが、特に驚かされるのが序盤、マーカスと挨拶を交わした直後に人々が“口々に”話しかける、ちょっとしたくだり。自己紹介を続けるマーカスにかぶせるように、実際には坂本さんがAさんからBさん、Cさんと順繰りに扮して喋っているのですが、客席にはまるで彼らが一斉に喋っているかのように聞こえてきます。“切り替え”を意識させない、坂本さんの滑らかな演じ分けと絶妙の間合いによる“芝居の魔法”を目の当たりにして、一気に物語世界に引き込まれ、“次はどのキャラクターが出てくるか”と目が離せなくなる観客も多いことでしょう。

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『マーダー・フォー・トゥー』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

登場人物それぞれのストーリーに沿ったナンバーの歌い分けもカラフルですが、中でも印象を残すのが好奇心旺盛な大学院生、ステフの〈パートナーが必要〉。バレリーナに気をとられて構ってくれないマーカスにやきもきしながらも、彼との未来を夢想するナンバーを、坂本さんは晴れやかに、温もりをもって歌い上げ、謎解きが混迷するストーリー中盤に新たな空気を吹き込んでいます。

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『マーダー・フォー・トゥー』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

主にマーカス役を演じる海宝直人さんは、昇進を思い描いてやる気満々、しかしあくの強い容疑者たちに振り回されっぱなしの警官を、強靭な喉と(坂本さんから)どんな球が来ても打ち返す芝居心で演じ切り、序盤の〈マニュアルは語る〉では、コミカルでありつつ一音も歌詞・音をおろそかにしない歌唱で、人物像を鮮やかに浮かび上がらせます。坂本さんとのコンビネーションも上々、役から“素”に戻った(ていの)瞬間の軽妙なやりとりでも客席を楽しませます。

確かな“腕”を持った二人の俳優が13人ものキャラクターを演じ分け、随所で大小の笑いを起こし、“もう一つの謎解き”が鮮やかなラストまで走り抜ける110分。これぞ快作、年齢を問わず(本国では″8歳~98歳にぴったり”と謳われています)お勧めしたい舞台です。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『マーダー・フォー・トゥー』1月8~23日=Bunkamuraシアターコクーン、1月26日~2月1日=森ノ宮ピロティホール、2月8~9日=仙台電力ホール、2月12~13日=キッセイ文化ホール 長野県松本文化会館大ホール 公式HP