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配信有『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』観劇レポート:若き怪盗紳士の冒険を描く、ひとときの“夢”舞台

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

舞台上方に浮かび上がる怪盗紳士のシルエット、蝶ネクタイをかたどった“或る物”、ステージ中央には七本枝の燭台。作中、重要な意味を持つらしいこれらを眺めながら観客が着席すると、一陣の風が吹く音と共に幕が開きます。

時は20世紀初頭。テンプル騎士団のカテドラル廃墟の再建と施療院開設に関する会見の場で、デティーグ男爵令嬢クラリスが雄大な曲調に乗せ、燭台の謂れを歌い(語り)始めます。

かつて中世ヨーロッパで活躍したテンプル騎士団に伝わる“生命の樹”、メノラー。その枝には一本ごとに意味があり、失われたそれらがいつか戻る時、“全ての願いが叶う”という…。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

そこに考古学者のマシバン博士が到着。カテドラル発掘の過程で見つかったという金属棒を鑑定した彼は、それが燭台の枝の一つであると判定しますが、棒はテンプル騎士団研究会会長のボーマニャンにより、持ち去られてしまいます。

ところがボーマニャンを見送ると、マシバン博士はやおら声を変え変装を解き、本物の棒は自分が持っていると宣言。彼こそ怪盗紳士、アルセーヌ・ルパンだったのです。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

後日、ルパンはアメリカ帰りの実業家ルイとして、デティーグ男爵邸での夜会に参加。颯爽とした身のこなしのジェブール伯爵と女性たちの人気を二分しますが、同じ頃、ボーマニャンは借金を抱えたデティーグ男爵に対し、クラリスとの婚約を発表したいと迫ります。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

そんな中でクラリスが失踪。ルパンの名を騙る人物に攫われたようですが、目覚めたクラリスを優しく見守っていたのは、ジェブール伯爵でした。そこに本物のルパンが現れ、伯爵の扮装を剥ぐと…クラリスを“良い香り”で包んでいたその人は誰あろう、“120歳を超えているのでは”と噂される謎の美女、カリオストロ伯爵夫人!

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

“生命の樹”メノラーの枝が揃った時、そのありかがわかると言われるテンプル騎士団の財宝を巡り、ルパン、ボーマニャン、カリオストロ伯爵夫人は駆け引きを展開。そこに海を越えて名探偵シャーロック・ホームズ、ルパン・マニアの高校生探偵イジドール、ルパンを追うガニマール警部が現れ、ルパンとクラリスの間には恋心も芽生えます。いったい財宝を手にするのは誰なのか、そしてルパンの恋の行方は…?

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

強靭な体力と明晰な頭脳、そして得意の変装で鮮やかに富裕層の財宝を盗み、貧しい者たちに分け与える怪盗紳士、アルセーヌ・ルパン。モーリス・ルブランが1905年の第一作以来、25年以上にわたって書き続けた“ルパン・シリーズ”は世界的なベストセラーとなり、これまでにも度々映画化、ドラマ化されてきました。日本でも、南洋一郎さんによる少年少女向けの“怪盗ルパン全集”(ポプラ社)を、幼い頃に胸躍らせて読んだという方は少なからずいらっしゃることでしょう。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

ひょっとするとそんな少年の一人であったのかもしれない小池修一郎さんが、ルパン・シリーズを下敷きとしつつ自由な発想で書き上げた脚本を、『1789 -バスティーユの恋人たち-』等で知られるドーヴ・アチアさんの音楽で彩り、舞台化したのが本作です。
大方の登場人物や“七本枝の燭台”のモチーフは、ルパンが怪盗として駆け出しの頃の冒険を描いた『カリオストロ伯爵夫人』(南洋一郎さん版では『魔女とルパン』)に見られますが、今回の舞台版はいっそう多彩なキャラクターが登場し関わり合い、人間ドラマとしてのスリルを味わわせるストーリーとなっており、舞台ならではの演出ともども、小説とはまた異なる“わくわく感”を抱かせる作品となっています。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

“舞台ならではの演出”を象徴するのは、何と言っても1幕ラストでしょう。未見の方のため詳細は伏せますが、開幕前からヒントは示されていたとは言え、ルパンが自身のヒロイズムにのっとって決意を語る姿が、これほど爽快感と華やかさに満ちた演出に昇華されていることに、“宝塚以外でこういう表現を観るとは!”と驚く方は多いのではないでしょうか。生半可な存在感では成立しないであろうこの演出を、ルパン役の古川雄大さんはスターとしての“輝き”と(特に高音での)ハリのある歌声とでこなし、観客にとって“夢見心地の数分間”を実現しています。

もちろん怪盗ルパンの代名詞でもある“変装”と、それに合わせた声色の使い分けもふんだんに登場、古川さんの確かな“腕”が堪能できますが、見せ場の連続に終わらず、奥行きのある人物造型が意識されているのが、今回の舞台らしさ。ルパンが自らの生い立ちを語る(歌う)くだりでは、アンサンブルキャストが当時の出来事を再現する傍らで心の傷を覗かせ、襞のある人物としてのルパンが印象付けられます。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

加えて今回の脚本で面白いのが、ジェンダーの壁を軽やかに超えてゆくキャラクターの存在。“伯爵”として登場し、女性たちを虜にしたかと思えば、“伯爵夫人”として妖艶な姿を見せるカリオストロ伯爵夫人は、宝塚で男役を極めた演者のスキルがあってこそ可能となる“難役”でしょう。

この日の当役、柚希礼音さん(真風涼帆さんとのダブルキャスト)は、伯爵として余裕たっぷりに“格好良さ”を見せていたかと思えば、こぼれるような色香の伯爵夫人へと瞬時にスイッチ。後に判明するその“正体”も痛快で、ルパンに引けをとらない“自由”で魅力的なキャラクターが誕生しています。(ルパン役の古川さんも、とあるシーンで思いがけない“壁の乗り越え”を見せています)。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

ヒロインのクラリスは、まだ女性に参政権が無かった時代に自立心を持ち、慈善事業に打ち込もうとする一方で、古風な一面も併せ持つ女性。演じる真彩希帆さんは、これらを無理なく共存させつつ、おおかたのミュージカルで男性に任されることが多い“水先案内”的な冒頭のナンバーを力強く、スケール感を持って歌い切り、観客をたちまち歴史ロマンの世界へ誘います。スピーディーな展開において的確に、かつくるくると変わる豊かな表情も印象的。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

はじめにテンプル騎士団研究会会長として登場するボーマニャンは、ある時点でその本性をあらわしますが、この日演じた黒羽麻璃央さん(立石俊樹さんとのダブルキャスト)は、デティーグ男爵やクラリスに対するやや強引な口跡に自信が溢れ、野心家の色気がたっぷり。後半に見せる立ち廻りでの、ダイナミックな剣捌きにも注目です。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

もう一つ今回の舞台のお楽しみと言えるのが、原作シリーズでは他の巻でルパンとに登場するシャーロック・ホームズが“特別出演”とばかりに現れ、伯爵夫人やルパンと接点を持つという趣向。演じる小西遼生さんははじめこそお馴染みの“沈着冷静な名探偵”のイメージをまとっていますが、ホームグラウンドの英国ではないこともあってか勝手が違い、伯爵夫人に翻弄されてゆくという“ひねりのある”役柄をユーモラスに造型。伯爵夫人役・柚希さんとのデュエットでは、大人の男女にしか醸し出せない“退廃の美”を漂わせています。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

ルパンおたくの高校生イジドールは自らも変装して“現場”に飛び込む行動力の持ち主で、加藤清史郎さんが溌剌と体現。ルパンを追いかけるガニマール警部役・勝矢さんの“頼りになりそうでならない”感も楽しく、彼らが関わることでルパンの冒険はいっそう賑々しく、スリリングなものとなっています。

『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

楽曲もキャッチーで耳に残るものが多く、昨年日本で上演された『キングアーサー』同様、イーリアンパイプ風の音色で中世の風味付けがなされたり、男声で合いの手が入るナンバーも。立ち廻りのシーンではルパンのモチーフが躍動感をもって繰り返され、帰途につくころには観客の脳内でもエンドレスに演奏されているかもしれません。

古川雄大さんというまたとない“ルパン役者”を得て、胸のすくような冒険活劇に練り上げられた『LUPIN』は、日本のミュージカルにおける財産演目の一つとなったと言えるでしょう。原作者のルブランが四半世紀以上にわたってルパン・シリーズを書き続けたことで、今後の舞台化のインスピレーションとなりうる物語はまだ数十話、存在します。古川さんがライフワーク的にこの役を極めてゆき、渋みがかかった俳優となられた頃に最終エピソード『ルパン最後の恋』に到達する…というのもアリかもしれません。ミュージカル『LUPIN』のシリーズ化が、大いに期待されるところです。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
公演情報 MUSICAL PICARESQUE『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』2023年11月9~28日=帝国劇場、12月7~20日=御園座、12月29~1月10日=梅田芸術劇場メインホール、1月22~28日=博多座、2月8~11日=長野ホクト文化ホール 大ホール 公式HP 
配信情報 LIVE配信 2月11日大千穐楽にて実施。アーカイブ配信は2月18日23:59まで視聴可能(販売は20時まで)。情報はこちら