ミュージカル『ハミルトン』の作者リン=マニュエル・ミランダの出世作で、2021年には映画化もされた『イン・ザ・ハイツ』が、2014年、2021年に続いて日本で上演。まもなく東京公演が開幕します。
ラテン系移民が多く住むNYの片隅で生きる人々を描く本作で、美容室で働きながらも“いつかこの町を出て活躍してみたい”という夢を持ち、主人公ウスナビが憧れる女性ヴァネッサを演じるのが、豊原江理佳さん。
これまでも数々のミュージカルに出演し、ディズニーの実写版映画『リトル・マーメイド』では主人公アリエルの日本版声優をつとめて話題になった豊原さんは、ドミニカ共和国生まれということもあり、本作への思い入れはひとしおだそう。念願だったヴァネッサ役を演じる喜びを、本作の音楽の特徴なども交え、たっぷり語っていただきました。
“私が半分持っているカルチャーの素敵さ”を
教えてくれた作品です
――以前、ラッパ屋の舞台(『2.8次元』)に客演された時にインタビューさせていただきましたが、その後もご活躍が続いていますね。(記事はこちら)
「2019年なので、5年前ですね。ラッパ屋さんはお芝居(ストレート・プレイ)の劇団ですが、(作者で演出家の)鈴木聡さんが、私が歌うシーンを書いてくださったんです。ラッパ屋の皆さんも大好きだったし、あの作品を経験したことで、お芝居が好きになりました」
――『イン・ザ・ハイツ』との出会いは2008年、ブロードウェイでのことだそうですね。当時は悩みがおありだったとのことですが、それは例えば、日本ではなくブロードウェイで活動したいというようなことでしょうか?
「それもありました。当時ブロードウェイでお仕事をしたいと思い、レッスンの為にNYに行っていました。
でもそれとは別に、ルーツについての悩みもありました。私は生まれて半年くらいでドミニカ共和国から帰国して、その地域にはハーフの子がほとんどいなかったため、すごく珍しがられて育ったんです。両親は既にドミニカ共和国から離れていて、そのルーツが家の中に無い状態だったので、なぜ自分の外見はこうなんだろう、髪はまっすぐがいいし肌も白ければよかったのに…と、みんなと一緒でないことがずっと嫌でした。
そんな中、ブロードウェイで『イン・ザ・ハイツ』を観て、私が半分持っているルーツはこんなに素敵なカルチャーだったんだとわかり、すごく嬉しかったです。以来、この作品に出られたらと願ってきて、今回それが叶いました」
――本作にはもう一人、ニーナというヒロインがいますが、最初からヴァネッサ役でのオファーだったのですか?
「そうなんです。私自身、初めて本作を観た時に印象に残って…曲やキャラクターが好きだったのかもしれません…いつかヴァネッサをやりたい、やる!と願っていたので、(実現して)幸せです」
――ヴァネッサはセクシーで堂々とした女性という印象がありますが、今回もあのイメージは踏襲されますか?
「踏襲します! “私はここの人たちとは違う”という、ちょっとスナビー(気障)な感じでやりたいです。私のイメージでは、彼女は気高い女性。ラテンのイケてる女性ってああいうふうに、腰で歩くというか、歩く時に腰を振りますが、色気を振りまいたり、モテようとしているわけじゃなくて、(色気がおのずから)滲み出ているんです。男性もすごくナンパしてくるけれど、それをいちいち相手にしないのもかっこいいですよね。
でもそこにとどまらず、ヴァネッサの内面も深掘りしていこうと思っています」
――ヴァネッサの中には“この町から出ていきたい”という思いが明確にあるようですが、どんな未来を思い描いているのでしょうか?
「彼女には面倒をみないといけないお母さんがいて、今いるところに住む限り、彼女と一緒にいなくてはいけません。特定の夢があるというよりも、とにかく母親の呪縛、変わらない毎日から逃れて出て行きたい、という気持ちが強いのかな、と今の段階では思っています。
例えば田舎に生まれ育って、私は一生ここで生きていくのかなと悩んでいる人が、都会で暮らしてみたい、でも事情があって離れられない…というようなことなのかもしれません」
――ということは、身近にウスナビという“いい人”がいて、さりげなくアピールもされているのに、気が付いていない…⁈(笑)
「気がついているかもしれないけれど、もしウスナビと結婚したら、“一生ここにいるコース確定!”じゃないですか(笑)。
歌詞の中で“リムジンに乗ってJFKから飛んで行く”みたいなことも言っているので、ヴァネッサは野心家の女性だと思うんです。原語版を観ると、英語も、(美容室の店長)ダニエラはすごく(スペイン語風に)訛っているけど、ヴァネッサはそれがないことがわかります。大阪に住んでいるけど標準語を喋る人みたいな、“私はここに染まっていません”という意識が感じられるんですよね。
でも実際はどっぷりワシントンハイツに染まっていて、だからこそ出ていかなきゃ、ここで終わりたくないと思っている…そんな人物なのかなと思っています」
――ちなみに、映画版のヴァネッサには終盤、舞台版にはない展開がありましたね。
「私も驚きました。私としては慣れ親しんだ舞台版の設定のままで演じられたらなと思っています」
――本作の大きな魅力の一つに、ヒップホップとラテンが融合した音楽も挙げられると思いますが、例えばドミニカ共和国らしい音楽の要素も多く含まれていますか?
「(四拍子の中にシンコペーションを入れ込んだ特徴的なリズム、クラーベをベースとする)サルサや、(2ビートの)メレンゲ、(4ビートの)バチャータなど、ふんだんに入っていると思います。
私の父がミュージシャンで、よくバチャータとメレンゲの違いを語っていまして、現地の人たちの(音楽に対する)こだわりがこの作品にも表れている気がします。
ドミニカ共和国らしさが感じられる箇所としては、クラブでのシーンや、2幕の“旗を掲げろ”と歌うナンバーも挙げられると思いますし、冒頭のヴァネッサの登場シーンで“ふわーん”と鳴り響く管楽器もドミニカ共和国っぽいです。そうそう、幕開けに聞こえる拍子木のような楽器クラベスは、私の父が作曲する曲にも出てきます。
これまでラテン音楽を好んで聴いていましたが、自分が歌ったり参加するような機会は無かったので、その点でも今回の出演は嬉しく思っています」
――ご自身で歌ううち、自分の中に眠っていたものが呼び覚まされる感覚はありますか?
「それはありますね。安心感があるし、自分の国の音楽だな、と感じます。不思議ですよね。19歳の時に1週間、生まれた頃以来久しぶりにドミニカ共和国に行ったのですが、その時もスペイン語はほぼ忘れていたのに、不安感が全くなくて。今回もセリフの中にスペイン語が出てくると、抱きしめられるような、あたたかな感覚になります」
――ヴァネッサのソロ“It won’t be long now”は典型的なミュージカルナンバーとはちょっと異なり、ふわっと展開していくような独特のナンバーですね。
「聴くのとやるのとでは別物で、めちゃくちゃ難しいです(笑)。日本語で歌うと日本語のリズム感とラテンのリズム感が違うというのが、また難しくて。クラシカルなミュージカルソングだと、ここは響かせる、伸ばす、みたいなポイントがあるので、どうしても響かせようとして遅れがちになったりするので、自分が思うより“前に、前に”歌っていかないといけないな、と感じています。いかにもドミニカ共和国らしい、管楽器の“ほわーん”“チャー”という音とも一体になって歌うようにしています」
――ボーカルと楽器がまさに一体となった楽曲なのですね。
「(歌唱指導の方から)“音をよく聞くように”と指摘されて最近、特に意識していますが、この曲は特にリズムが大事なので、楽器と一緒に歌っているという感覚は大事かな、と感じます。
でも何を言っているかわからないと音楽の良さも薄まってしまうので、歌いすぎないように。言葉を大切に、ということも意識していて、個人的に新たな挑戦だなと思っています」
――カンパニーの空気はいかがですか?
「再演からの方も多いので、いろいろ教えてもらっていますが、ずっとみんなで旅公演をしているような仲の良さで、和気藹々とやっています。お互いにリスペクトしながらお稽古していますし、笑い声が絶えないです(笑)」
――どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?
「“ホーム”というこの作品のテーマを、お客様にお伝えしたいです。
私自身、自分の居場所はどこだろう、と小さい頃から模索してきました。東京に住んでいると人とのつながりを感じにくいし、一人で頑張らなくちゃいけないという気持ちも増すけれど、だからこそ自分に笑顔を向けてくれる人、そう思える人や場所を認識することで自分も緩むし、そういう場所があってもいい。だって、人間は一人では生きていけない…ということを、この作品は教えてくれていると思います。
友達や家族、自分が大事に思う人に久しぶりに連絡したくなったり、昔聴いていた、自分の心が緩む曲をまた聴こうと思っていただける、“そこに帰っていただけれる”舞台になったら、と思っています」
――最近のご活躍についてもうかがいたいと思います。実写版の『リトル・マーメイド』日本版のアリエルの吹き替えは大きな話題となりましたが、この実写版では、アニメーション版や舞台版以上に、アリエルのナンバーが増えていましたね。
「増えました!(笑) 実は『イン・ザ・ハイツ』の作者のリン=マニュエル・ミランダさんが新曲を書いていて、ご縁を感じます。『アンダー・ザ・シー』に裏拍で管楽器が入っていて、リンさんぽいですよね。
アリエルの新曲もシンコペーションが難しかったけど、楽しく歌えました。私、ラテンの曲を歌えば歌うほど自分のリズム感は日本人ぽいな…と痛感するので、最近は自分の中のラテンのリズムに“目覚めろ~”と意識しています(笑)。
『リトル・マーメイド』で吹き替えを担当したことで、ディズニーファミリーの一員になれた感じがしますし、他のディズニー作品で吹き替えをされた方にもつい、親しみを抱いてしまうほど、大きな経験となりました」
――充実のキャリアを築いていらっしゃいますが、現時点で、どんなヴィジョンをお持ちですか?
「『リトル・マーメイド』がきっかけで葉加瀬太郎さんの公演に呼んでいただいたりと、最近は役ではなく、自分自身としてステージに立ち、歌う機会が増えてきました。
それによって、役として舞台に立つときも意識が変わってきていて、それまでは自分を完全に消してセリフを発していましたが、自分という存在の言葉の力、お客さまに伝えられるパワーを自覚できるようになってきたので、これからは、キャラクターとして台詞を発しつつも、(相手役に投げかけるだけではなく)それがお客さまの人生にも刺さるようにとか、そういう力を持てる表現者になりたいなと思っています。
自分自身としてステージに立つことももっとやっていきたいです。今年ソロライブを開催した時にはお客様のエネルギーを感じ、私からも歌や言葉で皆さんを元気に出来るよう、もっとパワーを持ちたいなと思いました。エネルギーをすごく使う仕事ではありますが、楽をしないで(笑)、諦めずに、自分が経験した傷なども、歌にこめて表現していけたらと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 Broadway Musical 『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』9月22日~10月6日=天王洲 銀河劇場 10月12~13日=京都劇場 10月19~20日=Niterra 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール 10月26日=大和市文化創造拠点シリウス 1階芸術文化ホール メインホール 公式HP
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