ラテン系移民が多く暮らす、NYワシントンハイツ。
ドミニカ系移民のウスナビは、両親の遺した雑貨店を守りながら、いつか故郷で暮らすことを夢見ている。
タクシー会社で働くベニーは、経営者夫妻の娘ニーナに心を寄せ、名門大学に通うニーナはある日、秘密を抱えて帰って来る。
ウスナビが憧れる女性ヴァネッサは、外の世界に憧れながら美容室で働いている。
そんなある日、ウスナビを育てたアブエラに奇跡が起きるが…。
人気ミュージカル『ハミルトン』の作者リン=マニュエル・ミランダの出世作で、2008年のトニー賞でミュージカル作品賞を含む4賞を受賞、21年には映画化もされた『イン・ザ・ハイツ』が、TETSUHARUさんの演出・振付で再再演。その初演にベニー役で出演、今回10年ぶりに同役に復帰しているのが、松下優也さんです。
この10年の間に様々な話題作に出演、今やミュージカル界を牽引する一人となった松下さんですが、今回はどのようにベニー役に対峙しているでしょうか。自分を見失うことなくキャリアを築く彼の信条を含め、深く語っていただきました。
ベニーにとっては、“場所”ではなく“人”が
故郷なのだと思っています
――今回は10年ぶりのベニー役ということで“お帰りなさい!”という思いの観客もいらっしゃることと思います。初演にはどんな思い出がありますか?
「ただただ、楽しかったです。というのは当時、自分はまだミュージカルの経験が少なかったので、ミュージカルというものに対して、決して疎外されていたわけではないけれど、どこか“アウェイ”な感覚があったんです。
でも『イン・ザ・ハイツ』はとても音楽的な作品だし、ウスナビ役のMicroさんもアーティストということで、カンパニーの居心地がとてもよくて。ミュージカルなんだけれど“ホーム”という感覚があって、すごく楽しかったという印象です」
――前回はアメリカの、それもラテン系コミュニティがテーマの物語の日本初演ということで、ご苦労されたことは無かったですか?
「当時は正直、芝居のことをそれほどわかっていなかったんですよ。今から思うと当時の自分がどう芝居していたんだろうって、怖いですね(笑)。もっぱら楽しくやっていました」
――では芝居の難しさや怖さを感じるようになったのはいつ頃からですか?
「芝居の深さや楽しさには気づいたけれど、難しさを感じたことは一度もないです。
“演技”“歌”“踊り”の三つの中で、自分は“歌”と“踊り”がもともと好きで、芝居をすること自体に関して好きという感情はなかったのですが、芝居を“創る”という過程はすごく好きですね。どういう流れの中で、そのキャラクターがどう思考を切り替えていくか…ということはすごく考えます。何かが起こった時にキャラクターたちはどう反応して、どう動くか。
人間って、生きていく中でいろんなことを同時にやっているわけじゃないですか。それが芝居になると、一つのことしかできなくなってしまうのは違うと思うので、(リアリティを保つために)その瞬間、瞬間の思考をどうつなげていくか…ということをよく考えています。他の人の芝居を観るのも好きですよ」
――例えばアメリカではだいたい同じ演技メソッドを学んで俳優になる方が多いと聞きますが、日本では様々なフィールドから才能が集結しているので、お芝居へのアプローチも多種多様です。そんな中で、時には迷いが生じたりもしませんか?
「“俺は俺”です(笑)。どこの組織に属しているつもりもなくて、超個人プレーなので、周りに惑わされることはないですね。変な方向に行かないよう、空気は読むようにしているけれど、だからと言って自分は自分だし、そもそも生き方からして一般的な道は辿っていないし。よそはよそ、うちはうちという考えでやってきています。そしてそれを他の人に強要しようとも思わないです」
――お話をうかがっていて、松下さんのスタンスは『イン・ザ・ハイツ』で演じるベニーにも通じるものがあるのかなと感じました。ベニーはアフリカ系アメリカ人でありながら、ラテン系移民のコミュニティに一生懸命溶け込もうとしていて、“我が道を行く”タイプですよね。
「ベニーは(肌の色こそ違うけれど)自分が働くタクシー会社の経営者一家に対してリスペクトが溢れていて、ラテンの人たちよりラテン系だという自負だったり、自分もそうなりたいという気持ちがあるんだと思います。
例えば、海外で生まれた外国人の方なのに、日本のアニメとかが好きで無茶苦茶日本人ぽい、僕らより日本人らしい人っているじゃないですか。ベニーってそういう感じなんじゃないかな。ベニー役を作っていくにあたって、そんな感覚をベースにしたいなと思っています」
――社長のケヴィンになかなか認められない悔しさもありつつ、いつかは…と諦めない姿が、健気にさえ映ります。
「ベニーとウスナビの大きな違いとして、ウスナビは自分で世界を変えられるなんて思っていないけれど、ベニーは自分が頑張れば、世界を変えられると思っている、ということがあると思っています。何かが起こった時に、ネガティブに行くのか、ポジティブに行くのか。ベニーは基本、いろんな物事をポジティブに捉えるようにしていて、根がポジティブな人間なのでしょうね。
ラテン系の人について、みんなの中では“歌って踊って明るくて”というイメージがあるかもしれないけれど、実際は普通に生活しているわけで、本作に出てくる人たちもそうです。そんな中で、ベニーは(みんなを)より明るくということを心がけている人なのかな、と今のところ思っています」
――ちなみに21年公開の映画版は御覧になりましたか?
「面白かったです。舞台版からカットされている箇所もあったけれど、いっぽうで深く描かれているところもあって、ディテールが理解できましたね。それこそさっき話した、思考が繋がって次に行く…という過程が、ちゃんと計算されて作られているなという気がしました。ベニー役の人の感じ(オーラ)も好きで、研究しています」
――映画版では、ニーナが政治に関心を持っていることが明確に描かれていますが、その設定から類推すると、ベニーはそんな信念に共鳴してニーナに惹かれている、という面もあるのかも?
「それもあると思うし、単純に“彼女を支えたい”という思いがあるのでしょうね。彼って、めちゃくちゃ人のために生きる人だと思います。ニーナのお父さんのタクシー会社で頑張るのも、自分がどうなりたいというのではなく、人のためにという思いがあってのことだと思います」
――本作には“ホーム”というキーワードがあり、例えばウスナビは故郷に対して複雑な思いを抱いていますが、ベニーはいかがでしょうか。
「ベニーとしては、(周囲の)みんなに対しての思いが強いから、“俺にとっての故郷はここだ。だからみんなに受け入れられたい”と思っているんじゃないかな…と、今の時点では思います。彼にとっては、場所ではなく“人”がホームなのではないかな」
――本作の、ラテンとヒップホップが融合した音楽は歌っていていかがですか?
「すごく楽しいし、難しさは感じないです。クラシック系のミュージカルより、すごく歌いやすいです。やっぱり全てはヴァイブスなんですよね」
――冒頭の「IN THE HEIGHTS」や「96,000」など、変化の激しい大曲もありますね。
「ヒップホップだと、ループしていくうちに色々変化が起こるというのはよくあることなので、めちゃくちゃ楽しいですね。
そもそも、全てが譜面通りというカルチャーではないので、フェイクの仕方とか、多少のアドリブも許されるような作品です。突然生まれるエネルギーというのが面白いんですよ」
――今回、ご自身の中でテーマにしたいなと思っていることはありますか?
「“根っこ”かな。『イン・ザ・ハイツ』は日本人がやるには難しい作品で、クオリティ的なところで、作品を表現できるキャストを集めることが第一関門だと思うんですが、今回、それぞれにスキルフルで、本作に相応しいキャストが集まったと思います。ヴァイブスもマインドもあると思っていて、不安は全くないです。
そこがクリアされている今、大事にしたいのは“芝居”です。この作品は音楽のおかげで華やかな印象が強いかもしれないけれど、音楽に繋がるまでの“根っこ”の部分を伝える芝居を、大事にしたいです。
特にこのシーンとかではなく、この役がということでもなく、全てが大事で、それらがパズルみたいに組み合わさっていかないといけないと思っています。いろんなことが起こっていくけど、そこに至るまで繋がっていくものを逃さないよう、作りたい。ベニーとしては、コミュニティのみんなに憧れているということ、ニーナやみんなのためにという思い、それが反映された居方といったものを、より大事にしたいなと思っています」
――どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?
「一人の役者としては、自分がもらった役をまっとうすることが全てです。きっといい公演になると思います。でも、『イン・ザ・ハイツ』という作品の素晴らしさを感じる身としては、将来的にその素晴らしさがさらに体感できるような環境が整っていくといいなという気もしています」
――5月に行われた本作のスペシャル・イベント「Flexin' on the floor」で、本作の特徴的なリズム“クラーベ”をキャストが教えてくださるコーナーがありましたが、例えばあのリズムを知っているのといないのとでは、観客の“ノリ”も全く違ってくるかもしれないですね。
「そういうところなんですよね。今の日本ではなかなか難しいかもしれないけれど、作品にふさわしい形ということを考えると、例えば立ち見で、お酒を飲みながらわいわい観られる席があってもいいかなと思います。
本作の作者のリン=マニュエル・ミランダさんは、『RENT』を観た時、自分がやれる役は少ないなと感じたそうです。アメリカ国内で、ラテン系に対するステレオタイプな見方があることに対しても抵抗があった。ミュージカルの世界に自分の居場所がないと感じたことで、『イン・ザ・ハイツ』を書いたそうです。
僕らとしては、ただ“濃い”舞台を作ればいいというわけではなくて、その原点はしっかりおさえておかないといけないし、下手をすると冒涜になってしまうような気がします。
僕ら日本人だって、海外で描かれた日本に対して違和感を抱くことって、あるじゃないですか。真田広之さんが長年ハリウッドでステレオタイプな日本人観と闘ってこられたけれど、僕も最近、海外の人が描いた日本の物語を演じた時に“日本人こんなことしないよ~”という部分があって、難しさを感じました。一つの作品の本質を、そのカルチャーまで掘り下げて理解した上で、どうしたら表現できるか、追求し続けないといけないなと感じています」
――松下さんは役を演じることにとどまらず、俯瞰しながらその公演の在り方を考えていらっしゃる方なのですね。
「たぶん、アーティスト活動もしているからでしょうね。
舞台って、誰か一人が良ければいいというものではなくて、全部が繋がっていないとダメだと僕は思います。その公演のどの要素がおろそかになっても、いいものにはならないです。それだけの愛を持ってやっている人たちがどれだけいるか、というのも大事ですよね」
いつか、自分の人生の伏線を
回収するために。
――最近のご活躍についてもうかがいたいと思いますが、今年は大作『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』で、タイトル・ロールを演じられました。手応えはいかがでしたか?
「役者はみんな、(手応えが)あったと思います。幕を開けてから徐々に変わった部分もあるし、今もう一度やるとなったら改めて変わる可能性もあると思うけれど、あの時点での最高のものを作れたと感じているので、そういう意味では手応えがありましたし、自分自身、作品の本質を掴めた気がしています。
漫画が原作の作品ですが、出演にあたって僕の中には“舞台でやるなら、人間がやらなきゃ意味がないことをやらなくちゃいけない”という思いがありました。人間には常に心のいろんな動きがあって、そこにリアリズムがあるわけですが、どうやってそれを(演技に)落とし込むかということを考えながらやっていましたね。結果的にジョナサン・ジョースター(通称:ジョジョ)はこれまで演じてきた中でも、大好きな役になりました」
――ジョナサン・ジョースターもはまり役でしたが、観ていて、松下さんは(宿命のライバル)ディオ役にもはまるような気がしました。
「今回は共演したマモ(宮野真守さん)のディオが素晴らしすぎて、あのマモのディオでないと『ジョジョ~』のミュージカルは生まれなかったと思います。
でも、役者として(ディオに)興味はありますよ。というのは、ジョジョとディオって表裏一体、二人で一人という存在なので、ジョジョ役を作っていく時、ディオはどうやったらジョジョのことが嫌になるだろうと考えながら作っていったんです。そういう意味では、ディオの考えもなんとなくわかります。ジョジョがこうしているからディオはそれに腹が立つんだな、と。
芝居って意外と、自分が何をやるかより、相手の心の中を想像することで、無理に考えなくてもできてくるんです。そういう意味では、ディオの気持ちもわかりますよ。マモみたいにはできないけれど、また違うディオが生まれるかもしれないですね」
――この後も新作『ケイン&アベル』や『キンキーブーツ』と、充実の日々が続いて行きますが、現時点でご自身のキャリアをどのように築いて行きたいと思われますか?
「先程書いた色紙の通りです(笑)。いや、本当に“よそはよそ、うちはうち”という感じですが、いつの日か、自分自身でしっかり“俺、ちゃんと来るところまで来れたな”と思えるようになりたいですね。その時に、自分の人生の伏線を回収したいというか、“僕みたいなやり方でもこうやってここまで来れた”という結果を残したいです。
僕は正統派ではないし、普通の人が行かない道を歩いてきたので、もしうまくいかなかったりすると、“ほらやっぱり、お前のやり方はダメだった”“やっぱりちゃんとした道順でやらな、うまくいかへんで”と言われると思います。
でも“こうやってやってこれたんだな”というものが残せたら、自分の次の代の人たちの、一つのリファレンスになると思うんです。自分より若い子たちに、“いいやん、好きにやったら。自分の心が動かないものはやらなくていいよ”と言えるようになりたいし、自分もそうしていきたい。そのための成功例を作っておきたいなという気持ちはあります」
――まだまだこれから、ですね。
「人生ですからね。“その時”は一生訪れない可能性もあるし、わからないけど、常に“今”が一番いいという感じにしたいし、そういう思いは口にするようにしています。…って、激深な話になりましたね(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 Broadway Musical 『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』9月22日~10月6日=天王洲 銀河劇場 10月12~13日=京都劇場 10月19~20日=Niterra 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール 10月26日=大和市文化創造拠点シリウス 1階芸術文化ホール メインホール 公式HP
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