Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト観劇レポート:無邪気な笑いと“等身大の苦悩”の共存

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演(シュレック役=spi 以下同) 撮影:阿部章仁

 

人里離れた沼のほとりで気ままに生きていた緑の怪物が、囚われたプリンセスを救出する羽目になり、お喋りのドンキーと冒険の旅に出る…。

1990年にウィリアム・スタイグが発表した絵本『みにくいシュレック』を原作として、2001年に公開され大ヒットしたアニメーション映画を、ジニーン・テソーリ(『モダン・ミリー』)の音楽で舞台化。ブロードウェイ、ウェストエンドで好評を博した『シュレック・ザ・ミュージカル』がついに上陸、本編より少し短いバージョンでの“トライアウト(試演)”を果たしました。(翻訳・訳詞・音楽監督:小島良太さん、演出:岸本功喜さん)

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演 撮影:阿部章仁

 

映画版のヴィジュアル・イメージを踏襲した親しみやすい舞台空間では、登場キャラクターたちがかなりの頻度でギャグを連発。客席のちびっ子たちの笑い声の無邪気さ、大きさは、数あるミュージカルの中でもダントツと言えるかもしれません。

しかし本作はお気楽な冒険物語に終始するわけではなく、例えば2幕、シュレックとフィオナ姫の“こちらの勝ち(I Think I Got You Beat)”という掛け合いソングは、ユーモラスな演出も相まって大いに盛り上がるものの、その内容は“不幸な子供時代自慢”。7歳で家から追い出され、自分を嫌う人々に暴力を振るわれてきたシュレックと、ほぼ何もない塔に20年もの間幽閉されていたフィオナが、児童虐待のサバイバーであることをアグレッシブに告白し合う、胸の痛むナンバーでもあります。ここで互いに共通項を見出しながらも、それぞれにコンプレックスを抱いた二人は心の距離を縮めることが出来ず、後半は(依然として笑いはふんだんに用意されながらも)彼らが問題を克服できるか、に焦点が当てられます。

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演 撮影:阿部章仁

 

今回のトライアウトでは全役がオーディションで決定。テソーリのソウルフルな楽曲を実力派のキャストがのびやかに歌いこなし、特に姫の救出を阻もうとするドラゴン(須藤香菜さん)のナンバー“永遠に(Forever)”、2幕でジンジャーブレッドマン(岡村さやかさん)を筆頭におとぎ話のキャラクターたちがシュレックを激励する“Freak Flag(フリーク フラッグ)”が迫力満点、本作の音楽的な魅力をあますところなく伝えています。

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演 撮影:阿部章仁

 

この日のシュレック役は鎌田誠樹さん。新型コロナウイルスに感染されたspiさんから急遽代わっての出演となりましたが、自由気ままな暮らしを謳歌しているように見えて陰のあるキャラクターをおおらかに描き出し、お茶目なドンキー役、吉田純也さんともども、安定感抜群の歌声で物語を牽引。彼らに救出されるフィオナ姫はある秘密も抱えており、かなり複雑な役柄ですが、福田えりさんが小鳥もびっくりの(⁈)力強い歌声とバイタリティで、清々しいヒロインを造型しています。シュレックに姫の救出を命じるファークアード卿役・泉見洋平さんも、身体表現面の制約をものともせず、芝居心たっぷりの口跡で“憎めない敵役”を好演。

『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演 撮影:阿部章仁

 

この日のカーテンコールでは、この回が最後の出演となったヤングフィオナ役の小金花奈さんが“(このカンパニーの皆さんと出会えて)最高の夏休みでした”と爽やかに挨拶し、締めの言葉を求められた鎌田さんは“spiさんの思いも込めて、最後までやりきります”と宣言。どんな時も支え合い、助け合ってきたというカンパニーの結束がうかがえました。

およそヒーロー、ヒロインらしくないシュレックやフィオナたちが発する“自分らしく生きること、そして見かけに囚われずに他者を受け入れること”という本作のメッセージは、今回のトライアウトでも十分に表現されていましたが、主催者は今後、フル・バージョンでの上演を予定しているとのこと。大人も子供も楽しめる“ファミリー・ミュージカル”が、完全版ではさらにどのような肉付けを施されてゆくのか、そう遠くないタイミングでの実現が待たれます。

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『シュレック・ザ・ミュージカル』トライアウト公演 8月15~28日=東京建物Brillia HALL 公式HP