ベストセラー小説『ハリー・ポッター』シリーズの最新作で、舞台版のために書きおろされ2016年に世界初演、日本でも2022年に開幕した舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』が、間もなくロングラン3年目に突入。この舞台で7月から、新たにタイトルロールを(吉沢悠さんとのダブルキャストで)演じるのが、平方元基さんです。
これまでも大作ミュージカルはじめ数多くの舞台で活躍してきた平方さんですが、上演時間3時間40分にも及ぶストレート・プレイへの出演は、今回が初めて。加えて演じるのは世界的に人気のキャラクターとあって、プレッシャーもさぞや…と思いきや、学生時代から大好きだった本作の世界観を表現できることが、楽しみでならない様子です。
作品との縁からオーディションの思い出、作品テーマの一つに因んで“時間”をどうとらえるかまで、様々にお話をうかがいました。
【あらすじ】ハリーとロン、ハーマイオニーが魔法界を危機から救ってから19年後。今やハリーは魔法省で働く3児の父だが、反抗的な次男アルバスとの関係に悩んでいた。アルバスは魔法学校の入学式に向かう列車内でドラコ・マルフォイの息子、スコーピウスと出会い、友情を育むが…。
オーディションで言われた“そのままで
いい”という言葉が心に残っています
――平方さんは『ハリー・ポッター』シリーズには以前から親しんでいらっしゃったのですか?
「もともと知っていました。中学1年の時に英語の先生がシリーズ第一弾の映画を授業で流してくださって、“なんだこの世界は!”と興味を抱きまして。高校一年の頃にはすっかり『ハリー・ポッター』が大好きになっていました。
ただ、映像で追いかけていたので、ダニエル・ラドクリフさんのハリーのイメージがあまりにも強くて。『ハリー・ポッターと呪いの子』では19年後の、父親になったハリーが登場するというのがなかなか想像できませんでした。小説から入っていれば、僕の中の“ハリー観”もまた違ったものになっていたかもしれません」
――ロンドンで本作の世界初演をご覧になったそうですね。
「イギリス旅行の時に、ちょうどこの舞台が開幕したばかりで、チケットがとれるよということで観に行きました。昔ながらの素敵な劇場で、『ハリー・ポッター』という魔法の世界がマンパワーで表現されているのが素晴らしかったのですが、イギリスに到着してすぐに観たので、ジェットラグ(時差ぼけ)が酷くて…(笑)」
――2部構成で、それぞれ3時間ぐらいですよね。(注・日本では1部構成、3時間40分で上演されます)
「前半と後半を違う日にちで観ることも出来るのですが、僕は一日通しで観てしまったので、計6時間ですね…。途中からはジェットラグとの闘いで、細かい部分は観れていなかったと思います。当時はまだ日本で上演されるかもという話も全く無くて、その後自分が関わることになるなんて、微塵も思っていませんでした。
その後改めて本作に触れたのは、オーディションを受けることになってからで、ブロードウェイで観ました。
改めて感じたのが、この舞台にも魔法はたくさん出て来るけれど、ドラマとしても魅力的だということ。魔法使いたちは人間と同じように恋に落ちたり、家族の不和の問題を抱えています。ハリーも息子や奥さん、仲間たちとぶつかりながら問題を乗り越えて行く姿が、魔法の見事さに隠れることなく描かれているので、演じる側はしっかり表現しないといけないな、と思いました」
――オーディションを受けることになった経緯は?
「僕は少し(俳優のお仕事を)お休みしていた期間があって、お芝居を本当にやりたいのかどうか、自分でも迷っていた時期がありました。そこからまたこの世界に戻った時にこのオーディションの話を聞いて、はじめは“僕がハリー? ちょっと(タイプが)違うんじゃないかな”と思ったのですが、もしオーディションで外国のクリエイティブスタッフの方とお会いできるのなら、受かるかどうかは関係なく、新しい自分が発見できるかもしれない、確かめてみよう、と思って受けることにしました。そして、やるからには受かりに行こうと。…って、受かったからこんなかっこいいことを言っていますが(笑)」
――平方さんの“子育てに悩むお父さん”像がまだ想像できませんが…。
「お父さん役自体は、『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフや『メリリー(・ウィー・ロール・アロング)』で経験しているのですが、父親として息子と対峙しているシーンはあまり長くなかったですからね。でも、本作のハリーは完璧な父親ではなく、“全く父親になりきれていない”人物なので、違和感はないですし、むしろ楽しいです』
――オーディションについて、お話出来る範囲で振り返っていただけますか?
「まず、部屋に入ると“ここに来てくれてありがとう”というウェルカムな雰囲気で、すぐに緊張がほぐれました。この人たちと一緒に作品が作れたらいいな、と感じましたね。
そして演出をつけてくれるデスさんという方が、椅子に座っているだけなのに誰よりも汗だくになって、“これをやってみて、あれをやってみて”と、一生懸命伝えてくれるんです。もちろん間には通訳の方がいらっしゃるのだけど、通訳さんを見る暇がないくらい熱心に作品の思いを伝えて下さって、40分くらいだったと思いますが、あっという間に終わりました。すごく有意義なセッションでしたし、あんなに楽しいオーディションは初めてでしたね」
――作品の理解も深まりましたか?
「オーディションではいくつかのシーンしか渡されないので、(作品の)全貌はわからないんです。“怒って下さい”と言われて、なぜ怒るのかわからないんだけど、とりあえずやってみると“そのわからない感じがいいです、それも含めて(思い切り)行ってみましょう”と言われて。めちゃくちゃだな~と思いながらやるのが楽しくて、デスさんもそんな僕を面白がってくれました(笑)。
あと、オーディションって一人で喋ることが多いのですが、今回は相手役の方が来てくださって、対話のシーンが出来たのも楽しかったです。日本のオーディションではあまりないかなと思います。
デスさんは僕が(ディレクションに対して)どう対応できるのか、どういうやり方だと僕の良さが出るのかとか、いろんな方向から探って下さっているように感じました。オーディションなのにすごく楽しませてくれて、最後は“またね”と握手してくださって。僕も受かるといいなと思って“またね”と言って、稽古場を後にしました」
――平方さんの新たな一面が引き出されたと感じた瞬間はありましたか?
「ちゃんとしようとしなくていいんだよ、という言葉が印象的でした。今回、ハリーは父親なので、オーディションにはお父さんが着ていそうなセーター姿で行ったのですが、“ハリーは父親になれていないので、少年の心のままでいいんですよ。そのままの姿でいい”と言われ、素のままでやってみようと思いながら、役を膨らませていきました」
――そして見事合格。ご自身のハリーを、どう仕上げて行かれたいですか?
「オーディションでデスさんに“無理に何かをしようとしなくていい”と言われたことは自分の中ですごく大きくて、まずは共演者とのセッション、相手がどう出てくるか、それに対してどうこたえるかということを大切にしたいと思っています。言葉(台詞)はちゃんと覚えるけれど、それを喋る時の感情は、相手役と対面している時に作って行く。そういうふうに積み重ねていったほうが、よりリアルにお客様に伝わるかなと思っています」
――台本を読み込むなかで、ハリーについて共感できるところはありますか?
「ありますね。台本を読んでいて覚えにくいところって、たいがい僕自身がしないような選択をする箇所だったりしますが、ハリーについては、例えば激高した時に出てくる言葉に思い当たる節があったりして(笑)。彼は失敗だらけで、全然成功した人には見えないのですが、それが彼の魅力だし、僕からは遠くないと感じるし、きれいなだけでは生きていけないということを体現しているハリーをもっと知りたい、と感じます」
――息子のアルバスと言い合ううち、売り言葉に買い言葉とはいえ、“親としてそれを言ってはおしまい”級のことを言ってしまったりしますね(笑)。
「そうなんですよ(笑)。マクゴナガル先生に対しても、酷いことを言ってしまう場面があります。普通は口を衝いて出ることはないけれど、心の底で思っているかもしれない、人間の嫉妬心だったり汚いものが、隠さずに現れているんですよね。ハリーがつらかったり痛みを感じるようなことも表に出してしまう性格で、単純なヒーローではなかったからこそ、このドラマが生まれたのだなと思います。19年後に解き明かされる彼の苦悩も、大きなテーマだと思います」
――ネタバレ回避のため詳述できませんが、ハリーは終盤にとても大きな選択もしますね。
「いろいろなことを経て、真実を知ったハリーは、彼なりに覚悟し、その結果を受け止めます。その光景は…僕自身、感情が爆発するかもしれませんが、愛を感じながら、しっかりと見届けると思います。だからこそ、あのラストシーンに繋がっていくのだと思っています」
――平方さんにとって、今回のハリー役はどんな経験になったらいいなと思われますか?
「自分の中にあるものを、役を通して、作品を通して表現できるということは、怖いけれど幸せなことだなと思っています。普通、僕らはつらい時に“つらい”とは言わず、我慢することが多いけれど、それが台本に書いてあれば、思いっきり言うことができるし、お客様に何かを受け取っていただくこともできますよね。
今回のハリー役では、それが存分に出来るような気がしています。(次々に繰り出す)魔法が印象的な作品ですが、その後ろに隠れた感情をたくさん引き出せたらと思っています」
――では最後の質問となりますが、平方さんは前作の『生きる』で、余命いくばくもない主人公と関わる小説家役を演じ、今回は劇中で“タイムターナー”という、時間を逆転させる呪文がかけられた時計を扱うなど、近頃“時間”がテーマの作品に縁がおありです。こうした作品に出演する中で、より“人生の時間”を強く意識したりなさいますか?
「本作に因んで、よく“過去に戻れるとしたらいつに戻りたいですか?”と聞かれたりするのですが、僕は一度も過去を悔やんだり、あの頃に戻りたいと思ったことが無いんです。いつか必ず終わる人生だから、いつも通りに日々を楽しく。常に、自分の人生の最前線にいたいです。
ただ、まだまだ若僧ではありますが、とはいえある程度の年月を生きてきているので(笑)、時間の精度を高めたい、という感覚はあるかもしれません。例えば稽古の後に体力が回復しづらくなったりするので、むやみやたらに突っ走らず、その分、しっかり台本を読むようになってきました。今という時間をより深く生きられたら、と思います」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』上演中(平方元基さんは7月8日から出演)=TBS赤坂ACTシアター 公式HP
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