オフ・ブロードウェイを経て1996年にブロードウェイ初演、以来世界各地で愛され続けるジョナサン・ラーソンのロック・ミュージカル『RENT』の日米合作版が、マーク役に山本耕史さん、モーリーン役のCrystal Kayさんを迎えて上演。1998年の日本語版初演で同役を演じた山本さんが、26年ぶりにマークを演じていることで話題の舞台をレポートします。
ステージにふらりと現れる二人の青年。テーブルに腰かけた一人(ロジャー)のギター・サウンドと、もう一人(マーク)の第一声“We begin on Christmas Eve…”とともに、物語は始まる。
20世紀末のNYイースト・ヴィレッジ。家賃(レント)が払えないほどに困窮する映像作家の卵マークは、ルームメイトのロジャーと暮らしている。
かつてルームメイトだったベニーは裕福な女性と結婚し、今やマークたちの大家。再開発のためアパートの住人たちに立ち退きを求め、“ボヘミアン”たちの反発を招いていた。
恋人のモーリーンから振られた痛手から抜け出せないマークは、パフォーマンスの機材設営に手こずる彼女の“今カノ”、ジョアンを手伝う羽目となり、気まぐれなモーリーンについて語り合ううち、奇妙な連帯を感じることに。
ミュージシャンのロジャーは恋人を亡くし、以来部屋にこもる日々。“渾身の一曲”が書けずに悶々としているところに、ナイトクラブ・ダンサーのミミがキャンドルの灯を求めて訪れる。
いっぽうマークたちの友人コリンズは強盗に遭うが、心優しいドラマーのエンジェルが介抱。彼に惹かれたコリンズは、サンタ・フェでレストランを開くというささやかな夢を語る。
立ち退き要求への抵抗運動として、モーリーンはとっておきのパフォーマンスを披露。打ち上げのカフェでベニーに嫌味を言われたマークたちは、ボヘミアンの生きざまを高らかに歌い上げ、圧倒する。そして互いにHIVポジティブであることを知ったロジャーとミミは…。
プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の世界観を現代NYに移し、AIDSが社会に暗い影を落とす中で、貧しい若者たちが過去でも未来でもない”今”を必死に生きる様を、メロディアスなロックに乗せて描くミュージカル。
マイケル・グライフによるオリジナル演出を踏襲した今回の公演は、米国からのいわゆる“ツアー版”ではなく、クリエイター、キャストを一から契約する形でカンパニーを形成し、英語で上演。鉄パイプとランタンが特徴的な(オリジナル演出版でお馴染みの)舞台美術(ポール・クレイ)の中で、キャストはそれぞれのストーリーをのびのびと豊かな声量で語り、歌い、大きな劇場空間にボヘミアンたちの生きざまを刻み付けています。
その中で舞台を力強く牽引しているのが、マークを演じる山本耕史さん。癖のない英語で(“er”等、語尾の発音にも終始、神経が行き届いています)テンポよく台詞を発し、緩急を心得た歌唱で楽曲の魅力を引き出しつつ、“La Vie Boheme”等のナンバーではしなやかな身のこなしも披露。実年齢を感じさせることなく、ナチュラルに“マーク”として存在しています。
モーリーン役のCrystal Kayさんは、アーティストとしてのキャリアが存分に活き、パフォーマンス・シーンではカリスマ的に空間を掌握。アメリカからのキャストの中では、ミミ役、チャベリー・ポンセさんの体当たりの演技が抜群に眩しく、はじめはロジャーをうろたえさせるも、“今を生きたい”という思いに衝き動かされたそのまっすぐな愛が彼を目覚めさせてゆくという展開に、十分すぎる説得力を与えています。
今回は東京、大阪公演のみとなりますが、このまま海外ツアーが続いてもおかしくないカンパニーを日本で立ち上げている点で、日本のミュージカル興行の新たな歴史を拓いたと言える今回の舞台。こうした試みが続いて行くとしても、作品は当面、海外のヒット作に限られるかもしれませんが、将来的には日本で誕生したオリジナル・ミュージカルが、インターナショナル・キャストで海外に羽ばたいて行くことも期待されます。日本のミュージカルは今、新たなフェーズを迎えていると言えるのかもしれません。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『RENT』8月21日~9月8日=東急シアターオーブ、9月11~15日=SkyシアターMBS 公式HP