始業式の日。学生たちが新たな日々の始まりに胸膨らませながら再会する。彼らの動きは一見なめらかだが、視線が交錯することは無い。
優等生のカルロスは、休みの間に外の世界をあちこち訪ねたが、やはり“ここ”がいい、と語る。
ここはドン・パブロ盲学校。“障がいを忘れるほど安全で自由”をモットーとするこの学校で、生徒たちは満ち足りた生活を送っている。
そこにどこからともなく響く音。“コツ、コツコツ…”
聞きなれない音に生徒たちが不安を募らせる中、転校生のイグナシオが現れる。音の正体は彼のつく白杖の音だった。
それまで“盲目であるが故の生きづらさ”を経験してきたイグナシオは、外界と遮断された世界で幸福を味わう生徒たちに“ここは偽りのユートピアだ”と反発。一度は学校を去りかけるが、ホアナに友情を差し出されて思いとどまり、学校の“幻想”をはぎ取ることを決意する。
はじめはイグナシオを敵視していた生徒たちだったが、次第にその言葉に感化され、白杖を持つように。学園の基盤をゆるがしかねないイグナシオの言動を問題視した校長ドニャ・ペピータは、カルロスを呼び出し、あることを告げる…。
スペインの劇作家アントニオ・ブリオ・バリェホによる戯曲(1950年初演)が、韓国でミュージカル化。2年前に原作戯曲を演出した経験のある田中麻衣子さんの演出で、日本初演が開幕しました。
段差と一本の樹、イスとテーブル。シンプルなステージ上で展開する物語は和やかな学園生活の描写から徐々に不穏さを帯びて行き、価値観の対立から“決闘”、さらには“取り返しのつかない事態”へとスリリングに発展。照明が完全に落とされるくだりも差し挟まれ、目の見える観客もひととき、生徒たちと同じ “暗闇”を体感します。ロックを基調としたキム・ウニョンさんの楽曲は、荒々しく打ち付けるヘヴィーなサウンドで、学生たちが迸らせる激情を強調。
カルロス役の渡辺碧斗さんらフレッシュなキャストが熱演する中でも、イグナシオ役の佐奈宏紀さん(坪倉康晴さんとのwキャスト)はその台詞と歌声にイグナシオの心に宿る“炎”を色濃く乗せ、熊谷彩春さんは意図せず悲劇の遠因を作ることになるホアナの素直さ、ひたむきさを全身で表現。
ミゲリン役のコゴンさんは、イグナシオに影響された彼の“覚醒”を鮮やかな歌声で示し、ドニャ・ペピータ役の壮一帆さんは、フラメンコ調の楽曲「鉄の精神」での気迫漲る歌唱で、生徒たちを献身的に庇護しながらも実は“支配者”であるのかもしれない“大人たち”を体現しています。
原作者のバリェホはスペイン内戦で共和国軍に入隊、敗戦後に死刑宣告を受けたこともあり、その苛烈な経験は彼の作風に色濃い影響を与えたと言います。
本作についても、盲学校は(バリェホが闘った)ファシズムに支配された社会のメタファーであり、反逆者イグナシオには作者本人が投影されているといった解釈もあるようですが、今回のミュージカル版では政治的な要素はトーンダウンし、純粋さのあまり、与えられた“幸福”を信じてやまない若者たちの揺れる心情にフォーカス。終盤の出来事も敢えて曖昧に描かれ、“あの時、何があったのか”は観客自身の想像力に委ねられています。
登場人物たちが発した言葉、声の色合い、動きをヒントに、それぞれに答えを探すうち、より大きな問い“何をもって幸福とするのか”についても考えさせられる…。観終わった後も鑑賞体験が続いて行くような、噛み応えのある作品です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『燃ゆる暗闇にて』10月5日~13日=サンシャイン劇場 公式HP