Musical Theater Japan

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ストレート・プレイへの誘い:三浦涼介、ギリシャ悲劇『オイディプス王』に“裸の感覚”で臨む

三浦涼介 東京都出身。俳優として舞台、映像で活躍している。近年の主な出演作品に【舞台】『わたしを離さないで』『ロンドン版 ショーシャンクの空に』『1789 - バスティーユの恋人たち- 』『ロミオ&ジュリエット』『エリザベート』『メアリ・スチュアート』『マタ・ハリ』『フィスト・オブ・ノーススター』【映画】『るろうに剣心京都大火編』、『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FINAL ビルド& エグゼイドwith レジェンドライダー』【ドラマ】『仮面ライダーオーズ/ OOO』(EX)、『マイルノビッチ』(Hulu)『顔だけ先生』(フジテレビ)などがある。撮影:永石勝

 

輝かしき王は、過酷な運命にどう立ち向かうのか…。
今から約2500年前にソフォクレスによって書かれ、世界各地で繰り返し上演されてきたギリシャ悲劇『オイディプス王』が、石丸さち子さん演出、三浦涼介さん主演で上演されます。

二人がタッグを組むのは『マタ・ハリ』『フィスト・オブ・ノーススター』に続いて三度目。『王女メディア』『オイディプス王』等の演出で世界的な名声を得た蜷川幸雄さんのもとで修業を重ね、スケール感と丹念な人物描写に定評ある石丸さんの演出で、三浦さんはどんな“オイディプス王”を描き出すのでしょうか。

“現存する世界最古の悲劇”の一つとも言われる名作に真摯に取り組む三浦さんを稽古場に訪ね、今、抱く思いを率直に語っていただきました。

【あらすじ】
かつてスフィンクスの謎を解き、人々を救ったテーバイの王オイディプスは、不作と疫病に苦しむ人々たちの願いを聞き、王妃の弟クレオンをアポロンの神殿へ遣わす。
クレオンが持ち帰った神託は「かつての統治者ライオス王を殺した者を追放せよ」というもので、オイディプスは真相究明に乗り出す。
真実を知る預言者テイレシアスは沈黙を守ろうとするが、王に迫られ、不穏な言葉を発する。
陰謀と勘違いした王はクレオンを糾弾するが、妃イオカステに諫められる。彼女は王の心を鎮めるため、かつてライオス王にくだされた神託の内容を話すが、それを聞いたオイディプスの胸はざわつき…。

『オイディプス王』撮影:永石勝

これまで、自分はどう生きてきたのか。
僕の全てを、初めて“あるがまま”見せることになると思います

――三浦さんにとって、今回は初のギリシャ悲劇なのですね。

「初めてです。シェイクスピアもそうですが、自分がこのお仕事をさせていただく中で、ギリシャ悲劇というのは遠い存在というか、やれる人が限られていて、誰もが出来るものではない…というイメージを持っていました。題材的にもそうですし、役者の力量的にも、簡単にできるものではないんじゃないかな、と。

蜷川さんと(2012年『ボクの四谷怪談』で)出会って、共演させていただいた方たちが“次にこれに出ます”ということで観に行かせていただいたギリシャ悲劇はあったけれど、後に自分が演じることになるという目線では観ていませんでした。今回のような機会がなければ、ずっと知らなかったかもしれません」

――では今回、出演が決まり、改めて台本を読まれてみて、どんな印象を受けましたか?

「当時の様子を(直接)知っている人はもう(この世に)いないので、歴史的なことを解き明かしていくのは難しいことだと思いますが、物語の中で起こっていることについては、(意外と)わかりやすいと思いました。むしろ、現代劇のほうが、難解な作品はたくさんあるような気がします。

今、稽古していて、(文語的な言葉遣いが)聞き慣れないせいか、言われたことに対して、心の底から上がってきて言葉を返す、というところに行きつくのが難しいなと実感していますが、ストーリーとしてはすごく面白いなと思っています」

――ギリシャ悲劇というと、登場人物たち叫びながら主張し合うという、エネルギッシュなイメージもありますね。

「それってありますよね。僕もずっと、難しい台詞を大きな声で言っているというイメージを持っていました」

――冒頭からずっとオイディプスが喋っていたりと、本作では長台詞も少なくありませんが、稽古ではこれらの台詞を緻密に分析しながら組み立てているといった感じでしょうか?

「それは今、石丸(さち子)さんから細かく教えていただいているところです。

オイディプスは“王”ですが、そのイメージにとらわれてしまうと、台詞が膨大過ぎて持たないというのが難しいところです。ずっと吠えていて、途中でふらふらっと倒れそうになったこともありました(笑)。

そこで石丸さんが“そういうふうに(終始吠えるような口調で)やっていた役者さんもいたけれど、私は今回、あなたのオイディプス王で(この作品を)やる意味を考えているから、まずはあなたのやりやすいようにやりなさい”とおっしゃってくださって。言葉の一つ一つ、すべてに気持ちを入れてしまうと大変だけど、“ここが大事”という気持ちが入りやすいところに抑揚を持っていくことで、喋っていても楽になってきました。まずは自分なりに感情を出して鍛えて、そこから徐々に整理していければと思っています」

――上演時間は2時間以内だそうですが、“偉大な王”として登場するオイディプスが、たったそれだけの時間で全てを失う…。なんというジェットコースター・ストーリーでしょうか。

「オイディプスは出ずっぱりで喋っているので、体感的にはすごく長く感じます。本読みをしながら、いくら喋っても終わらないんじゃないかと思えたこともありました(笑)。でも計ってみると1時間半だったというので、すごく凝縮されているドラマだなと思います」

――今回、石丸さんの演出で特徴的なものはありますか?

「いつも変わらないのは、寄り添ってくださることです。相手をちゃんと見て、こうしたらダメになる、こうしたら良くなるとわかりながら話してくださいます。前回、前々回ご一緒した時もそうだったけど、今回特に出番が多いことで、僕と初めて向き合っている感覚だと(石丸さんは)SNSで呟いてくださっているけれど、僕自身、石丸さんを信頼しているので、彼女についていけば大丈夫だろうという感覚でいます」

【ここから*****印までは、ストーリーにさらに踏み込んだお話となります。未見の方はご注意ください】

『オイディプス王』オイディプス王(三浦涼介)撮影:永石勝

 

――オイディプスは人々に崇められ、輝かしい王として登場しますが、実は以前、神託で不穏な情報を得ています。ということは幕開け時点で既に、自分が呪われた存在であることを自覚しているのでしょうか。

「神託に惑わされる感覚はあるけれど、自分は(神託が言うような)そんなことはしていない、というところですよね。いろんな感情がそこに蠢いていて、“もしかしたら…”という予感に蓋をしているのかもしれません」

――運命の前では無力なのであれば、人間はなぜ生きるのか…と考えさせる作品でもありますね。

「この作品では運命というものがキーになっていますね。僕自身はどちらかというと、運命は信じていないというか、こうしたい、あそこに行きたいという強い思いがあれば、それは変えられる気がしています」

――王妃イオカステとは仲睦まじい様子が見て取れますが、二人に突き付けられる真実もまた残酷です。

「確かに(王妃とは)会話が多くて、いい関係だったのでしょうね。出会った時はもちろん(その真実は)知り得なかったけれど、感覚であったり生き方がどこか自分に似ていて(自然に)惹かれあってしまったのではないかな。僕はその感覚がわかる気がします。嫌いな部分もあるけれど、魅力的でもあって。“血”ならではの感覚なんですよね」

――2500年前という、途方もなく昔の人間が描いたドラマですが、今を生きる三浦さんが痛切に感じる箇所はありますか?

「僕らは自分で見てもいないものを、(ネット上などの)噂話で信じてしまいがちじゃないですか。実際、何もしていない人が犯罪者にされてしまったりと、真実が歪められてしまうこともあると思います。

この本(台本)を初めて読んだ時、全てを失ったオイディプスが自分の目を刺す終盤、彼は逆に、ここで初めて目を開いたんだな、と僕は感じました。それまで、彼は目を開けていたけれど、本当の意味では何も見えていなかった。でも愛する者を失った時に、後を追うのではなく、自分の目を潰して二本の足で立つことで、初めて人の優しさであったり体温を知るようになったのかもしれない。彼にとってはそれだけが“真実”だった…。そう思うと、僕らが(噂話など)真実でないものに振り回されて生きるのはくだらないな、と思えました」

――今回、どんな三浦さんが拝見できそうでしょうか。

「僕はどういう作品でも、理解が人の倍以上かかる方です。その人物がどういう気持ちでそう動いているのかが理解できないと何も始まらないので、まだ手探りの部分はあるのですが、今回はおそらく“新たな僕”を見ていただく…という感じではないと思います。

これまで、役を演じるということをずっとやってきましたが、今回、初めて自分と向き合う感覚があって。これまで、自分はどう生きてきたのか、それがこの作品に乗っかっているような気がします。だから“新しい”というより、“裸になる”感覚かもしれません。(ゴールに)辿り着いた時には、僕の全てを初めて、あるがまま見せることになる気がしています」

――どんな舞台になったらいいなと思われますか?

「この作品は悲劇ですが、辛さだけが残るわけではない舞台になったらと思います。どこかに希望を見出して終わりたいです。どんなことがあっても,、生きていくと自分が決めたら、どんなに辛くとも希望はある…。観てくださるかたがそんなふうに、希望を感じていただけたらいいなと思います」

――全てが失われる終幕ではなく、新たな始まりとしての終幕だと…。

「そうであって欲しいなと思います」

*****

――近作についての振り返りもお願いできたらと思います。昨年大きな話題を呼んだのが、石丸さんの演出で、孤高の拳士レイを演じた『フィスト・オブ・ノーススター』。一つ印象に残ったのが、戦いの合間に、レイが村の戦士、マミヤを妹のように見守る姿でした。この芝居によって、後の自己犠牲の説得力が増しているように感じられましたが、ご自身で工夫された部分だったのでしょうか。

「台本を読んだ時、(二人の関係性について)描かれていない部分が多いのに、次のシーンで距離が縮まっていて、“何が起きた⁈”と不思議に感じてしまったんです。二人を追ったシーンがあれば(気持ちがスムーズに)繋がっていくのかもしれませんが、ここは大勢が出ているシーンだったので、僕としては難しいなと思って。気持ちの上で続ける作業をしようと、自分なりに演じました。舞台袖に近かったし(暗かったので客席からは)見えないだろうと思っていましたが、意外と目に止めて下さった方がいたみたいで。(演技の意図が)伝わっていたようで、嬉しかったです」

――三浦さんは今年、所属事務所を移籍されましたが、これを機に新たな挑戦をというお気持ちもあるでしょうか。

「どこにいても、基本的に僕は変わらないです。今年に関しては、数年前から決まっていたお仕事が続きますが、何年かミュージカルをたくさんやらせていただいて、今はお芝居を中心にしたいなという気持ちがあります。歌うこと、踊ることは好きですが、歌やダンスが入ることで気持ちが途切れてしまう自分がいることに気づいて、そうでない形式で表現したいな、と。歌が入るのであれば、パフォーマンス的なものであるとか、自分がこれまでやってきていないもの、“これやってみたい!”と思える作品に出会えたらいいなと思っています」

(取材・文=松島まり乃)
*公演情報『オイディプス王』7月8~17日=パルテノン多摩 大ホール 公式HP

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