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『マイ・フェア・レディ』観劇レポート:“生きている名作”、久々に帝劇で上演

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『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

華やかな序曲が響き渡る場内。カゴを抱えた一人の少女がクラシカルなステップを踏み、舞台上には次々と本作のセットが現れます。彼女を目で追うことで観客はたちまち作品世界に分け入り、辿り着いたのは活気溢れるコベント・ガーデン。花売り娘のイライザが上流階級の青年とぶつかって売り物の花を落とし、威勢のいい下町言葉で嘆く場面から、物語がスタートします。
“ああもう!スミレが泥まみれ!”

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

通りかかったピッカリング大佐になんとか花を買ってもらったイライザは、物陰で自分を見張り、メモをとる紳士に気づき慌てますが、警官ではないと聞き一安心。彼、ヒギンズ教授は著名な言語学者で、イライザの“酷い訛り”を、研究材料として記録していたのです。教授は人々の喋り方を聞いただけでそれぞれの出身地を言い当て、自分が喋り方を教えれば、例えばこの娘も6か月以内に宮廷の舞踏会で踊る貴婦人になる、と豪語。きちんとした花屋で働きたいと思っていたイライザは彼の言葉にひらめき、翌日彼の邸宅を訪問。お金を払うからきちんとした言葉遣いを教えてほしい、と頼みます。

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

ヒギンズと意気投合して居候していたピッカリングは、遊び心で“もし彼女が貴婦人になれたら、それまでにかかった経費は全部払おう”と提案。乗り気になったヒギンズは家政婦のピアス夫人の心配をよそに、レッスンをスタートします。連日の手を変え、品を変えの特訓に耐えるイライザでしたが…。

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』をアラン・ジェイ・ラーナー(脚本)とフレデリック・ロウ(作曲)がミュージカル化し、1956年にブロードウェイ初演。63年の日本上陸以来長く愛されてきた『マイ・フェア・レディ』が、東京では久々に、帝国劇場で上演中です。ふかふかの絨毯が敷き詰められた歴史ある劇場に一歩踏み入るなり、上流階級の社交場が登場する本作との相性の良さを感じ、観劇気分が高まる方も多いことでしょう。

2013年公演から担当のG2さんによる演出は、庶民と上流階級、二つの世界の描き分けが鮮明。シックかつ豪奢な衣装と優美な音楽に包まれた後者が魅力的なのはもちろんですが、“だったらいいな”“運がよけりゃ”“教会へは遅れずに”等のナンバーで見せる庶民たちの躍動感が半端なく、価値観の多様化した21世紀ではなおさら、むしろこちらの方が生きやすい世界にも映ります。

決して“社会の底辺から上流へ”というステレオタイプなシンデレラストーリーではなく、異なるバックグラウンドを持つ男女が一つの目標に向かって努力しながら、互いの本質をどのように発見し、認め合うのか。そんな“ポジティブな化学反応”の物語としての輪郭が浮かび上がる、“2021年版『マイ・フェア・レディ』”です。“ございます”を“ごぜえやす”、“ひ”を“し”等、江戸っ子言葉で表現する下町訛りも、日本の観客にはわかりやすく、効果的。

この日のイライザ役、朝夏まなとさん(2018年公演からの続投)は、のびやかで堂々としたたたずまいが階級に関わりなく自尊心を持って生きるヒロインにふさわしく、いっぽうでは貴婦人となって下町に戻ってくると誰も自分に気づかず、ルーツを失ってしまった寂しさを滲ませる立ち姿が、強い印象を残します。ダイナミズムと繊細さの双方を兼ね備えた“理想のイライザ”と言えましょう。

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

対するこの日のヒギンズ教授は、やはり続投の別所哲也さん。知的だが人間理解に関しては少々頓珍漢、というアンバランスな人物をユーモラスに演じていますが、深夜に及ぶレッスンで疲弊したイライザに“君は今、偉大な言葉の尊厳、人間としての豊かさを身に着けようとしているんだ”と説く姿には言語への尽きせぬ愛が溢れ、向上心のあるイライザとしてはヒギンズのこの情熱に惹かれたのかもしれない、と感じさせます。

ピッカリング大佐役の相島一之さんには“貴婦人トレーニング”という壮大な賭けを思いつく茶目っ気とゆとり、この日のフレディ役・寺西拓人さんには上品なおおらかさと素直さ、プロジェクトの危うさにはじめから気づき、忠告するしっかり者のピアス夫人役・春風ひとみさんには頼もしさが。

イライザの父ドゥーリトル役の今井清隆さんは、娘から小遣いをせびっては飲んだくれる陽気なダメ親父がひょんなことから大金持ちとなり、その身分がどうにも窮屈という変化を明確に描き出し、とりわけ“運がよけりゃ”での悪戯っぽく囁くようなサビ部分がチャーミングです。ヒギンズの母役・前田美波里さんは生粋の“上流婦人”でありながら柔軟性に富み、イライザの本質を見抜いて味方となってゆく女性を洒脱に体現。

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

またアンサンブルの面々の、下町で生き生きと暮らすかと思えば(“だったらいいな”冒頭、男性たちのハーモニーの美しさは格別)、上流階級のシーンでは瞬時に優雅な空気を醸し出し、特にアスコット競馬の場ではモノトーンの衣裳をシックに着こなす八面六臂の活躍も見逃せません。

『マイ・フェア・レディ』写真提供:東宝演劇部

ところで今回、幕切れの演出では(前回公演からの)ある変化が見られました。詳述は避けますが、“大人の恋”の余韻を感じさせた前回に比べ、今回はより、肯定感の明確な表現と言えるかもしれません。日本で最初に上演されたブロードウェイミュージカル、という“古典中の古典”でありながら、常にその時々のベストの表現が模索され続けている。まさに”生きている名作“と呼ぶべきミュージカルでしょう。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『マイ・フェア・レディ』11月14~28日=帝国劇場、その後埼玉、岩手、北海道、山形、静岡、愛知、大阪、福岡で上演 公式HP