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『ビューティフル』観劇レポート:愛ゆえの悲喜こもごもを、極上のパフォーマンスを織り交ぜて描く

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

華やかなオーバーチュアに続き、微笑みながら舞台に現れ、自身のヒット曲「So Far Away(去り行く恋人)」を歌い始めるキャロル・キング。途中で演奏を止めた彼女は、「人生は自分の望み通りにならない時もあるけど、そんな時、人は何か見つける。何か、美しいものを…」と語ります。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

そんな彼女の半生を振り返る形で、物語はスタート。飛び級で大学に入学した16歳のキャロルは、母親の心配をよそに書き溜めたポップス曲をプロデューサーのドニーに売り込み、成功。大学で出会った先輩ジェリーとも意気投合、17歳で結婚し、作詞・作曲家デュオとして活躍を始めます。全米一位に輝いた「Will You Love Me Tomorrow」などヒット曲にも恵まれ、仕事場で出会った同業者のシンシア、バリーとも友情を育み、切磋琢磨の日々。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

しかしポップス界に変化の波が押し寄せる中で、ジェリーはヒットを連発し続けなければならないストレスに押しつぶされ、家庭生活から目を背けるように。それでも創作に子育てにと奮闘するキャロルでしたが…。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

1950年代に作曲を始め、夫のジェリー・ゴフィンとともにアメリカを代表するソングライターとして活躍、71年以降は自らも歌い、日本でも「You’ve Got A Friend(君のともだち)」等多くのヒットソングで親しまれるキャロル・キング。そのキャリアの始まりから28歳までを描く『ビューティフル』が、2017年の日本初演を経て、3年ぶりに再演中です。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

才気煥発だが人生に関しては無垢だった少女キャロルが、悲喜こもごもを経験し、大人の女性として自立してゆくドラマ。彼女一人のストーリーにおさまらず、親友であるシンシアとバリーの関係性も要所要所で描かれ、二組の愛が対比されているのが見どころです。キャロルとジェリーは彼女の妊娠を機に結婚、仕事も上り調子で当初は順風満帆ですが、結婚が早かったことが彼らにとっては仇となり、堅実な家庭生活を築きたいキャロルに対して、ジェリーは息が詰まり、次第に心の溝が生まれてゆく。一方のシンシア&バリー組は、愛のない結婚を続ける母への反抗心もあってシンシアがバリーのプロポーズを拒み、そのまま別離か…と思われますが、年月をかけて互いを十分理解し、確かな絆で結ばれてゆきます。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

試練の中で深まる愛、衝突、すれ違い…。エピソードの数々はリアルで身につまされるものも多く、アメリカのポップス史に名を刻む“セレブ”たちが、いつしか身近に感じられます。ゆるぎない歌声でキャロルを体現する水樹奈々さん・平原綾香さん(特に水樹さんは全てが吹っ切れたような終盤の歌唱、平原さんは深い悲しみと必死に闘う一幕終わりの歌唱が出色)、本音を隠さず生きるあまりキャロルを傷つけてしまうジェリーをチャーミングに演じる伊礼彼方さん、神経質でシンシアにぞっこんなバリーを人間味たっぷりに演じる中川晃教さん、知的で自立しているがどこかで愛を求めているシンシアを、独自のスタイルを確立して演じるソニンさんという充実のキャストを得て、それぞれに苦悩を抱えた等身大の男女がどこへ向かってゆくのか、目の離せないドラマとなっています。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

もちろん、キャロルの楽曲に加え、「On Broadway」等のバリー&シンシアの作品や時代を彩ったヒット曲がふんだんに登場し、極上のパフォーマンスで聴けるのもこの舞台の大きな魅力。キャロルとジェリーがドニーの前でしっとりと歌った「Some Kind Of Wonderful」が、直後のザ・ドリフターズによるバージョンでは同じ曲とは思えないほど華麗なR&Bナンバーに変貌したり、作詞作曲家が書く曲をプロデューサーが歌手たちに振り分ける時代から、ビートルズのように自身で曲を書き、歌う“シンガーソングライター”時代へとポップス界が激変、キャロルが巧まずしてその流れに乗ってゆく展開も興味深く映ります。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

ナンバーは前述の4人が自身で歌うほか、アンサンブル・キャストがかわるがわる当時の歌手に扮して歌唱。とりわけ序盤、キャロルが初めて訪れたブリル・ビル(音楽事務所やスタジオが集まり、“音楽工場”と呼ばれたビル)でメドレーを歌う若い業界人たちや、「The Locomotion」で、リトル・エヴァ役のMARIA-Eさんを中心に歌い踊る歌手たちの、舞台から飛び出してきそうな躍動感が印象的です。(演出リステージはエネルギッシュな舞台づくりに定評ある上田一豪さん)。

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『ビューティフル』写真提供:東宝演劇部

幕切れは再び、コンサート・シーン。様々な出来事を経て新たな一歩を踏み出したキャロルは、凛々しくも軽やかに、あるナンバーを歌います。シンプルでさりげないこの“人生の応援歌”の背景にあるものとは…。キャロルのそれまでの経験、思いを知る観客としては、感慨深さもひときわでしょう。彼女流の人生の肯定に勇気づけられ、足取り軽く帰途につくことの出来る舞台です。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ビューティフル』11月5~28日=帝国劇場 公式HP