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『屋根の上のヴァイオリン弾き』観劇レポート:家族と“しきたり”を支えに、逆境を生き抜く人々

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

ジェローム・ロビンス(『ウェスト・サイド・ストーリー』)の演出・振り付けで1964年、ブロードウェイ初演。日本でも67年から足掛け半世紀以上にわたって上演されている名作ミュージカルが、4年ぶりに上演中です。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

半円状に縁どられた、ロシアの風景。坂道の向こうには、果てしなく広がる空、およそ肥沃とは言い難い大地が映し出されます。ヴァイオリンのメランコリックな一節とともに現れた男…テヴィエは、自分たちユダヤ人は皆“屋根の上のヴァイオリン弾きみたいなものだ。落ちて首の骨を折らないよう、気を付けながら愉快で素朴な調べをかき鳴らそうとしている”と語り、手を繋いで歌い踊る村の住人たちを紹介。仲人のイエンテに司祭さま、そしてロシア人たち。“では(自分たちが)どうやってバランスを保っているか、それは…しきたり!”

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

服装に始まり、自分たちの暮らしには何事においてもしきたりがあるが、そのおかげで神様の心に添うことができる、というテヴィエ。自分たちの境遇や価値観をわかりやすく、ユーモラスに物語る幕開けのナンバー「伝統(しきたり)の歌」を経て、舞台は貧しくもつつましく暮らす酪農家、テヴィエ一家の日常を描き始めます。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

テヴィエの5人の娘たちのうち、上の3人の目下の関心事は結婚。長女ツァイテルは幼馴染の仕立屋モーテルと恋仲ですが、それを知らない母ゴールデは、仲人イエンテが持ってきた肉屋ラザールとの縁談に小躍りします。テヴィエも、金持ちの彼と結婚すればツァイテルは幸せになれるだろう、といったんは考えますが、気弱なモーテルが勇気を出して心情を吐露する姿にほだされ、愛し合う二人の結婚を了承。一計を案じてゴールデにも翻意させ、村人たちの見守る中、結婚式が行われます。しかし“上からのお達し”で現れた巡査部長たちが大暴れし、祝宴は台無しに。テヴィエは茫然と立ち尽くしますが…。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

それぞれの巣立ちにあたり、3人の娘たちはことごとく、親にとっては望ましくない相手を選びます。そんな彼女たちを、テヴィエはやみくもに否定するのではなく、むしろ“だが一方では…”と物事を多面的にとらえようと努力。彼女たちの幸福を真剣に願う父親が時に譲歩し、時に苦渋の決断を下す姿は普遍的な共感を誘い、ツァイテルの結婚式で名曲「陽は昇りまた沈む」が歌われると、場内はしみじみとした空気に包まれます。娘たちの進歩的な恋愛観に触れてふと自分たち夫婦の関係はと不安になったテヴィエが、おずおずと妻に尋ねる「愛してるかい?」も、素朴で愛嬌たっぷりのナンバー。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

2004年からテヴィエを演じる市村正親さんは当たり役に磨きをかけ、女性陣に押されながらも一家の大黒柱として懸命に生きる男を、時にコミカルに、時に陰影深く体現。荷車の扱いや祈りの作法などの所作の一つ一つに生活実感が溢れ、テヴィエという人物を確かに、身近に感じさせます。台詞における絶妙の間合いと口跡も魅力。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

09年からゴールデを演じる鳳蘭さんの、大地にしっかり足をつけた“肝っ玉母さん”像も印象深く、テヴィエに対して、無言でかける“圧”の大きさといったら!何かというと妻への言い訳を考えるテヴィエの“恐妻”ぶりも納得です。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

上の娘たち3人は、凰稀かなめさん演じる長女ツァイテルに朗らかで堅実なオーラ、唯月ふうかさん演じる次女ホーデルに行動力、屋比久知奈さん演じる三女チャヴァに内向的ながらも芯の強さ、と持ち味は三者三様ながら、下の娘二人(四女シュプリンツェ=神田愛莉さん、五女ビルケ=池田葵さん)ともども、自然に助け合って家事をこなす姿が美しく、最近は見かけることの少ない“大家族の絆”の良さを感じさせます。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

またツァイテルの夫となるモーテル役の上口耕平さんは、間合いを心得た台詞に加えて長い手足をうまく活かした”喜劇役者”ぶりで市村さんとの掛け合いを面白く見せ、学生パーチック役の植原卓也さんは、初対面でも動じず意見を話したり男女で踊ろうと提唱する場での堂々たる姿を通し、旧態依然のコミュニティに確かな“新風”を吹き込みます。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

フョートカ役の神田恭兵さんは、チャヴァに恋するロシア人をまっすぐで純粋な青年として体現。村人役では荒井洸子さん演じる仲人イエンテにリアルな“世話焼きおばちゃん”の味わいがあり、そんなイエンテが終盤、さらりと言う台詞「今度は幸せな時に会えるだろう。それまで苦しみに耐えて生きていこう」が胸に染み入ります。

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『屋根の上のヴァイオリン弾き』写真提供:東宝演劇部

逆境にもめげず家族と“しきたり”を支えに、日々を生きる人々の物語。終盤、あまりに過酷な事態に見舞われながらも、新たな一歩を踏み出す“市村テヴィエ”は、荷車を引こうとしてふと、自分を見つめるヴァイオリン弾きに気づき、「来い」と目くばせします。ヴァイオリン弾きが象徴する(ユダヤ人の)“宿命”を引き受け、生き抜いてゆくという覚悟に満ちたその姿の、なんと力強く、尊厳に満ちていることか。コロナ禍によって世界が脆弱さを帯びた今、気弱になりがちな観客を大いに勇気づけ、奮い立たせてくれる光景です。


(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『屋根の上のヴァイオリン弾き』2月6日~3月1日=日生劇場、その後愛知、埼玉にて上演。東京公演では当日、余裕があれば当日学生割引チケットも販売。詳しくは公演HPへ。