Musical Theater Japan

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生と死の境を超える、甘美な愛『イリュージョニスト』観劇レポート

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

英国人プロデューサー、マイケル・ハリソンと梅田芸術劇場がタッグを組み、短編小説『幻影師、アイゼンハイム』を舞台化(脚本=ピーター・ドゥーシャン、作詞作曲=マイケル・ブルース)。トム・サザーランドが演出する新作ミュージカル『The Illusionisut-イリュージョニスト-』が1月27日、日本人キャストのコンサート版という形で世界初演を果たしました。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

上方に紋章を戴いたアーチに囲まれた舞台。奥にオーケストラを配し、中央に置かれた四角いアクティング・スペースに進み出た男…ウール警部が、革表紙のノートを手に、メランコリックな旋律に乗せて“真実は虚しいだけだ…”と回想を始めます。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

19世紀末、ハプスブルク帝国が衰退の一途をたどるウィーン。天才幻影師として興行師ジーガとともに世界を巡業していたアイゼンハイムは、この地で巡業中に偶然、幼い日々に恋心を寄せ合った公爵令嬢ソフィと再会します。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

婚約者である皇太子レオポルドの過激な思想に疑念を抱く彼女とひそかに密会し、変わらぬ愛を確かめ合いますが、それに感づいたレオポルドは逆上。その夜、ソフィの死体が発見され、ウール警部は事件の真相究明に乗り出しますが…。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

コンサート版とはいえ、キャストがスタンドマイクの前で直立で歌う形式ではなく、かなり動きがつけられ、アンサンブルの迫真の歌唱によって物語世界にも立体感が生まれている今回のスタイル。舞台美術は略されていますが、照明が多くを語り、後半の降霊術のくだりでは絶妙の薄闇と俳優たちの透明な歌声があいまって、背筋に何かを感じる瞬間も。また大掛かりなセットがないことで観客は中央のアクティング・スペースの中で思いを吐露し、激しく衝突しあうキャラクターたちにいっそう集中することとなり、まるで小劇場演劇を観ているような濃度の2時間弱です。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

イリュージョンのくだり等での、観客の想像力に委ねた演出も功を奏しており、今後フル・ステージ版が実現したとしても、このバージョンを“過去の習作”とせず、二つ並べて交互上演といったことも大いにアリ、でしょう。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

主人公アイゼンハイム役のナンバーはファルセットを含めかなり高音を駆使し、ミステリアスな人物の内面…ソフィへのひたむきで狂おしいまでの思い…を表現するものとなっていますが、海宝直人さんはこれらの大曲を力強く歌いこなし、作品全体をロマンティックに染め上げています。また本作の物語はソフィが起点となっているだけにその造型が注目されますが、愛希れいかさんは居方、芝居、歌唱とも芯がありながら、生と死の境を超える存在を演じるに相応しい儚げな風情もあり、これ以上ないソフィ像。この二人が禁じられた愛を歌うデュエット“その腕の中で”の甘美さは格別です。

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『イリュージョニスト』撮影:岡千里

帝国の没落を痛感する中で過激思想に走り、暴走してゆく様をダイナミックに演じる皇太子役・成河さん、やり手だが、アイゼンハイムに対して特別な情も抱いている興行師ジーガ役で風格を見せる濱田めぐみさん、本作の狂言回しとして物語を客観的に語る…ように見えて実は最も“翻弄される”役どころを生き生きと演じるウール役・栗原英雄さんも好演。今回は回数を限った中での公演を余儀なくされましたが、遠からずの再演が待望される舞台です。


(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『The Illusionisut-イリュージョニスト-』1月27~29日=日生劇場 公式HP