Musical Theater Japan

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『The View Upstairs』演出・市川洋二郎インタビュー:“今”を生きる人々に届けたい理由

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

 

1973年に起きた事件をモチーフに、新進気鋭のミュージカル作家マックス・ヴァ―ノンが創作、2017年にオフ・ブロードウェイで初演を果たした『The View Upstairs』。衝撃的な内容が話題となり、その後全米、シドニー、ロンドンでも上演されている本作が、平間壮一さん、小関裕太さんらをキャストに迎え、日本で上演中です。
 
この日本初演で翻訳・訳詞・演出・振付を担っているのが、市川洋二郎さん。ロンドンを拠点に活動し、日本では『Tell Me on a Sunday~サヨナラは日曜日に~』等の演出、『イリュージョニスト』『グランドホテル』等の翻訳・訳詞で知られる彼ですが、今回はまるで作品に“導かれるように”関わることになった模様です。演出にあたって心を砕いた点、キャストとの議論の中で浮かび上がった、本作の“もう一つのとらえ方”など、たっぷり語っていただきました。
 

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市川洋二郎 米国テキサス州出身、東京大学文学部卒。音楽座、劇団四季を経て、文化庁海外研修制度で英米で演出を学ぶ。英国での演出作に『The Red Candle』『ユーリンタウン』等。『海からのてがみ』(ビドゴシュチ・ポーリッシュ劇場)は2020年に新国立劇場に招聘され、特別上演。日本での演出作に『Tell Me On A Sunday~サヨナラは日曜日に~』、翻訳・訳詞作品に『イリュージョニスト』『グランドホテル』『タイタニック』等がある。俳優としてBBC,Netflix『Giri/Haji』、Apple TV『INVASION』等にも出演。

 

【あらすじ】現代。NYからニューオーリンズに帰郷したファッション・デザイナーのウェスは、購入してあった古い物件を訪問。不動産屋が案内したのは、ピアノ一台が取り残された“廃墟”でした。

ドラッグでハイになったウェスが窓のカーテンを引きはがすと、空間は70年代へとタイムスリップ。活気に満ちた同性愛者クラブ“アップステアーズ・ラウンジ”で、彼は同性愛者に対する差別が苛烈だった時代を生き抜く人々と知り合います。彼らと語り合い、パトリックという青年との恋も芽生えるウェスでしたが、やがて思いがけない事件が起こり…。 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

キャストとの一週間のテーブルワークで
「新たな解釈」に辿り着きました

 

――今回はどんな経緯で本作に関わることになったのですか?

「本作との出会いは2019年、ロンドン。ウェストエンドのソーホー・シアターという小さな劇場で“面白いミュージカルをやっているらしい”と聞き、何の前知識もなしに観に行ったのですが、その後3日間立ち直れないほどの衝撃を受けました。

いつか(演出を)やりたいなと思い、劇場で台本を買ってしばらく家の本棚に置いたままだったのですが、21年、ふと書棚の前を通りかかったときにこの台本が目に入りました。その数週間後、翻訳を担当した『イリュージョニスト』が終わったところで、アミューズさんから“今度こういう作品をやるのですが、ご興味ありますか”とお声がけを頂いたのが本作。奇遇だな、と思ってもう一度台本を読もうとしたら、書棚にはなく、倉庫の方にありました。2年前に書棚の半分をそちらの方に移動させていたのです。つまり、数週間前に台本を書棚で見たと思ったのは、私の夢の中の出来事でした。

これは運命的な引き合わせなのだな、たくさんの方が亡くなった事件を題材としているだけに、生半可に臨んではいけないということなのだな、と思いましたし、自分が本作を見た時に受けたのと同じ衝撃を日本のお客様に体験いただけたら、と思いながら取り組み始めました」 

 

――タイトルには何か深い意味合いがあるでしょうか。

「直訳としては“上の階から見た眺め”ですが、本作では“窓”というのが一つの象徴的な存在となっています。アップステアーズ・ラウンジに集う人々は、窓によって世界からある種隔絶されていて、そこから外の世界を眺め、語っています。しかしこの窓には防犯のために鉄格子がはめられていて、それが後に悲劇を大きなものにもしています」
 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

――冒頭に登場するのはピアニストのバディ(畠中洋さん)。彼がピアノの弾き語りを始めることで、作品はこの時代が“主”であるように見えますが、その後、異なる時代(現代)に生きるウェスが登場し、彼が主人公であることが判明するという、ユニークな構造となっていますね。

「70年代を生きた人々の魂が(彼等が夢見た理想郷の中にいる様に)和気藹々と歌う世界と、ウェスが不動産屋と対話をする現代が、並行して描かれています。

冒頭のナンバー“Some Kind Of Paradise(此処がきっとパラダイス)”をどういう位置づけにするか、についてはいろいろと考えました。この曲は終盤のクライマックスの直前にもリプライズするのですが、それはなぜか。リプライズのシーンと冒頭のシーンをループで繋げるとどういうことが起こるだろう。バディがピアノを弾きだすというのはどういう意味を持っているのだろう‥‥と。その結果、廃墟の中に残されたピアノをバディが弾きだすことで、70年代、そこに生きていた人々の魂を呼び覚ますというところから始めようと思いました。

冒頭の廃墟のシーンにピアノがあるのに最後にないのはなぜ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、一つには、パトリックとウェスの向き合うシーンでピアノがないほうが(情景として)美しいということもありますが、私が思うに、ピアノそのものも幽霊だったのではないか。そこにピアノの旋律がこだまのように残っているのではないか、と思うんです。私が初めてNYに旅行したのは“9.11”の直後だったのですが、ワールドトレードセンターの跡地に行くと、辺りの空気が“ものすごいことが起きたのを覚えている”ように感じられました。それと同じような感覚で、こだまの旋律がここで起こったことを覚えているのではないか、と思うのです」
 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

――ウェスも不動産屋に案内されて最初にこの空間に足を踏み入れた時、そういった異様な空気を感じたでしょうか?

「彼が(案内されて)室内を歩き回る時のピアノのアンダースコアが、パトリックの“虚空のワルツ”というナンバーで、彼は亡霊であるピアノの上で不動産屋と話しています。実は存在しないピアノを存在するものとして扱い、聴こえていないはずの曲がアンダースコアとして聴こえてくる、というのは面白いかもしれないと思いました」
 
――作者のマックス・ヴァーノンさんとはやりとりはされましたか?

「密に行い、そのうえで、マックスは作品解釈を僕に一任してくれました。僕はト書きだけではなく、台詞から作品がどう作られるべきか解釈する演出家なので、今回ト書きとは違うこともたくさんやっていますが、それは(演出を学んだ)イギリス的な考え方かと思います。作家の書く世界は作家のものだけど、それが演劇として立ち上がる時は演出家や役者の視点も入るべきで、いろいろな考えを入れたほうが新しいものが生まれる、というのがイギリス演劇的な考え方だと思います。新しい視点が入ってくるからこそ化学反応が起きて面白いと思いますが、マックスは“君の世界観を信用するからやってごらん”と言ってくれて、有難かったですね。

翻訳の時もそうですが、僕は作者が存命中の場合は密に作者とコンタクトをとるので、今回も“ここがこうアップデートできるのでは”とマックスとディスカッションし、日本版のために書き直した部分は相当あります。話し合う中で“ここはオフ・ブロードウェイ版の出演者にあてて書いたので、日本の役者に合わせて変えていい”と言われた部分もあります。例えば、岡幸二郎さん演じるウィリーの長いモノローグについては、原作にインスピレーションを受けつつも、岡さんと相談しながら相当書き直しましたね」
 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

――主演の平間壮一さん、小関裕太さんとは初めてのお仕事だったかと思いますが、お二人との稽古はいかがでしたか?

「お二人ともものすごく努力家でまじめでいらっしゃって、日々、さまざまなことを考えてきてくれて、いろいろな意見交換が出来ました。お二人の考えと僕自身の考えとを比較し、話し合いを重ねる中で、新しい視点が生まれてきていたと思います」

 

――平間さんは『RENT』でエンジェルを演じた経験がおありなので、ゲイカルチャーについては理解も深かったのではないでしょうか。

「もちろん知識はお持ちでした。その上で、実際にそれがどのように展開されているかについてなど、僕の方から補足させて頂くこともありました。例えば、欧米人と日本人では恋愛感覚が異なっていて、ウェスとパトリックが気軽にロマンスを始めていく過程がなぜこんなにカジュアルなのかと、一つ一つの過程を大事に育む日本人にはわかりにくいかもしれません。そういう意識の差は、ディスカッションをしながら埋めていきました」

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

――キャストの皆さんは個性豊かなキャラクターをそれぞれ魅力的に演じていますが、個人的にはとりわけ、バーテンダーのヘンリ役に関谷春子さんが非常にフィットして見えました。

「ヘンリは歌も芝居も難しく、オフブロードウェイでは黒人が演じた役で、音楽的説得力がまず必要です。関谷さんは大学の時からの役者仲間なのですが、“黒人のように歌ったデモを送ってくれますか?”とお願いして、それを聴いて“彼女ならいける”ということでキャスティングさせていただきました」

 

――全員で一つの情景を作る振付も特徴的ですね。

「僕はフィジカル・シアターでトレーニングを受けた人間なので、collective、皆で集まって作るというスタイルなんです。例えばパトリックがウェスに出会って“今日は木に登って叫んだ、まじない師にみてもらった…と歌う、“今日の出来事”というナンバーでは、それまで酒を飲んでいた人たちが急にパトリックの背景となって、情景をぱっと作り出す。人間の体を使って一つの風景を作るのが、僕はとても好きなんです。

今回は大村俊介(SHUN)さんに共同振付として入っていただいたのですが、大村さんはミュージカルの振付もたくさんやってこられた方だから、僕がこういうシーンを作りたいというと、“そこはカウントを使ってこうしたら”といったふんだんなアイディアで、振付をより進化させてくださいました。こうしたところでも異なる視点が交わり、新しいものが生まれていきました」

“生きづらさ”や孤独を感じている方を
勇気づけられる舞台だと信じています

 ――テーマ的なお話になりますが、本作では性的マイノリティの問題と、社会からつまはじきにされた人間の絶望という、二つの問題がクロスしているようにも見えます。

「本作には、マイノリティの中のさらにマイノリティな存在として、東山義久さん演じるデールという人物が登場します。多様性を求めているはずのゲイ・コミュニティから疎外される人物がいる、というのは何とも残酷ですよね。コミュニティの中でも無意識に排他的な構造が出来てしまい、デールのような存在が生まれてしまうのではないか。そうではなく、“大きく受容する”ことはできないのか。マイノリティの中のマイノリティをいかに受容するか考えなければいけないのではないか、というのが一つ。

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

もう一つ、これは稽古の最初に濃密に行ったテーブルワークの中で生まれてきた解釈ですが、あのラウンジというのは“ウェスそのもの”なのではないか。現代を生きるウェスは、自分の弱い部分を見ないようにしていて、そこから逃げるためにドラッグや表面的な虚栄に走ったりしており、実際、彼の心は崩壊しかかった状態で物語は始まります。

僕は以前、心理カウンセラーにこういう話を聞いたことがあります。人間の人格は一つの船みたいなもので、そこにはいろいろな“自分”が乗っている。その中には“嫌いな自分”もいて、自分はそれを無視しようとするけれど、無視すればするほど“嫌な自分”は“もっと自分を見てくれ”と腐っていってしまう。包括的に一つの人格として成立するには、ダメな自分も受け入れる過程もないといけない、のだそうです。

この話を本作に当てはめてみると、登場人物それぞれがウェスの人格の一部であって、デールは見たくない自分の象徴であり、押さえつけようとすると人格として破綻してしまう。弱い自分を見つめることで、ようやく地に足の着いた人間として生きていけるようになる、という解釈が生まれました。一週間のテーブルワークの中で皆で見つけた答えで、僕にとっても発見があったし、そう考えた時に本作は多重構造的にいろいろな観方が出来るな、と思いました」 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

 

――“今”の人々にとってタイムリーな作品にも感じられます。

「コロナ禍の今、リアルではなくバーチャルでしか人間関係が構築できない私たちに響く作品だと、僕も感じます。マックスと話し合って、最初の不動産屋のシーンを、パンデミックの渦中である2022年という設定に書き直しました。人と人とのつながりが希薄になるなかで、本当に大事なものを考えていただく機会になればと思います。

もう一つ、ゲイカルチャーと一口に言っても、ゲイの中には作中のフレディ(阪本奨悟さん)のように見た目も女の子のように可愛らしいゲイもいれば、体格のしっかりした男性的なゲイもいて、幅広いグラデーションがあることをご存じない方も日本にはまだいらっしゃるので、LGBTQのリアリティをお伝えできたら。現代の、特に若い人たちに観て頂く価値のある作品だと思います」 

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『The View Upstairs-君が見た、あの日-』写真提供:アミューズ

――デールのような社会的弱者にも届く機会があるといいですね。

「そうですね。弱者への温かな視点をなくしてはいけない、と感じています。今回日本版で大事にしたのが、デールを悪者にしない、ということでした。今回、“仲間の遺志を胸に、未来に進んで行こう”とウェスが歌うラストナンバーにデールを出すか出さないか、ずいぶん悩みました。そこで、デールとウェスのつながり、デールを通してウェスが自分の弱い部分と向き合うという瞬間を大切に、デールがより大きな存在として見えるように気をつけました。

東山さんとも相談して、デールを通してウェスが彼へのシンパシーをいろんなところで積み上げていき、最後に何が見えるかを試したい、とお話しました。御覧になった方からは“自分の中にもデールがいるのかもしれない”と共感してくださる声も頂き、我々の意図は伝わったかなと思っています。」
 
――どんな方に観ていただきたいですか?

「今を生きるのが大変だなと思っている人に観て頂きたいな、という思いがあります。ちょっとしたことに生きづらさを感じてしまう人、孤独を感じている人が、本作を観て勇気づけられる部分はすごくあるはず。

本作は、いろんな生きづらさを抱えている人たちの物語です。10人のキャラクターの中に、きっと自分と通じるもののある人物が見つかるのではないでしょうか。本作をご覧になって、ご自分の問題も一人で向き合っていると大きく見えるかもしれないけど、いろんな人たちに助けてもらえたらもう少し生きられるかもしれない…と考えていただけたら、と思います」

(取材・文=松島まり乃)

*無断転載を禁じます
*公演情報『The View Upstairs-君が見た、あの日-』2月1~13日=日本青年館ホール、2月24~27日=森ノ宮ピロティホール ライブ配信(2月9日18時~公演終了まで)、アーカイブ配信(公演終了~2月16日23:59まで)有り。 公式HP