Musical Theater Japan

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橋本さとしが語る、“お父さん”から見た『ビリー・エリオット』

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橋本さとし 1966年大阪府出身。大阪芸術大学を卒業後、劇団☆新感線で活躍。退団後は、『ミス・サイゴン』エンジニア役(2004年)、『レ・ミゼラブル』ジャン・バルジャン役(2007,2009年)等の大作ミュージカル、ストレートプレイ、TVドラマ、ナレーション(NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』、TBS「有田プレビュールーム」)、映画等、幅広く活躍している。本年12月に映画「新解釈・三國志」の公開をひかえている。©Marino Matsushima

バレエを踊りたい!という夢に向かって突き進む少年ビリーと周囲の人々を描き、17年の日本初演で大きな感動を呼んだ『ビリー・エリオット』。それから3年、コロナウイルス禍を乗り越えて実現した再演で、ビリーの「お父さん」役を(益岡徹さんとのwキャストで)演じているのが橋本さとしさんです。

『ミス・サイゴン』エンジニアなどのエネルギッシュな役から、頼もしさ溢れる『シャーロック・ホームズ』タイトルロールまで、幅広い役どころをこなす橋本さん。しかし今回のような、“地に足のついた”お父さん役は初めてだそうです。マッチョな炭鉱夫のお父さんとあって、はじめは息子が“バレエなんていう女の子のダンス”を踊るなんてとんでもない!と大反対するも、ビリーの一途な思いと才能を目の当たりにして大きな決断を下す…という役どころに、橋本さんはどうアプローチしているでしょうか。開幕直前、熱気あふれるシアターの一角で行われたインタビューをお届けします!

ビリー役の少年たちの“純粋無垢なエネルギー”に
逆に育ててもらっています

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プレスコールのフォトセッションに応じるビリー役、お父さん役、ウィルキンソン先生役の皆さん。(C)Marino Matsushima

――今、読者プレゼント用の色紙に「無我夢中」というメッセージを入れて下さいましたが、これは橋本さんの座右の銘でしょうか?
「大切にしている言葉です。僕らが芝居をするときには、どこかで自分の生きざまとかフィルターを通して役が生まれて来るものですが、その中に自分というものが存在し続けると、緊張もするし、心の中で集中が途切れてしまいます。そうならないようにするには、とにかく“我を忘れるくらい夢中になる”こと。(演じていて)橋本さとしが出てきたら、一瞬で“すみませーん”となってしまいます(笑)。無我夢中で挑んでいかないと、人の前には立てない、と思っています」

――ということは今は『ビリー・エリオット』に無我夢中?
「そうですよ、“お父さん”役に無我夢中です」

――橋本さんは2017年の日本初演はご覧になっているのですか?
「観ました。作曲のエルトン・ジョンは大好きなメロディメイカーで、彼の音楽はただ美しいだけでなく、どこかシニカルな、イギリスの曇った空を想像させるようなウェット感、詫び寂び感もあったりして、日本人の心にもフィットするんですよ。そんな彼が携わっている作品ということでものすごく興味はあったけれど、こと『ビリー・エリオット』に関しては、日本ではなかなか上演できない作品じゃないかという気がしていました。日本ではまだまだミュージカル文化が浸透しきっていなくて、少年たちは“闘いごっこ”に夢中にはなっても、ミュージカルをやろうと思う子はどれぐらいいるかな、と。演技、歌、ダンス、全ての舞台芸術のスキルを身につけている子が果たしてどれくらいいるのか、と思っていたので、オーディション風景(の映像)を観た時には、“ごめんなさい”と素直に思いました(笑)。こんなにも才能豊かな少年たちがいて、希望や可能性、未来に繋がるものを携えながら勝負に挑んでいる姿にいたく感動して、これは観に行かないといけない、作品の凄さを体感したいと思って観に行きました」

――そして、客席でご自身も“演じてみたい”というお気持ちに?
「僕は役者なので、舞台を観に行くとどうしても職業目線になってしまって、客観的に観れなくなるのは確かです。この作品の時は、吉田鋼太郎さんと益岡徹さんという、僕がリスペクトする役者さんたちが演じる“お父さん”を観ながら、“出たい”とかではなくて、“例えば自分が父親役をやったらどういう感じになるかな”、と今の自分の状態に近いキャラクターに自分を照らし合わせて観ていました。すると、この“お父さん”は、僕にとってはちょっと距離があるように思えたんですよ。僕はこれまで、父親役をやってもどこか胡散臭い役、アウトロー的な役が多くて(笑)、こういう役はやったことがないな、と。

『ビリー・エリオット』の“お父さん”は、1985年ごろのイギリスの労働闘争の中で、自分たちのモラルを守ろうとしている頑固親父です。家族を必死にまとめようとしているけれど出来なくて、亡くなった妻の幻影にとらわれている傷ついた父親なんですね。『レ・ミゼラブル』で演じたジャン・バルジャンも父親役でしたが、あれは一人の男の生きざまを描く中での(一要素としての)父親。それに対して(本作の)“お父さん”は根っからの親父キャラクターだったので、客席で観ていたときは、これは僕にはご縁がないだろうな~と思っていました。ですから、オーディションの話をいただいた時はびっくりしました。でも、だからこそチャレンジしたい、やるべき役だと思って挑ませていただきました」

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プレスコール後の質疑応答にて。(C)Marino Matsushima

――やってみたら、意外に入り込みやすかったでしょうか?
「以前からこの作品をご覧になっている方からしたら、もしかしたらちょっとイメージが違うかもしれないけれど、それは演じる誰もがそれぞれ違う人生を歩んできてそのフィルターを通してあらわれるということだから、どなたかを追いかけるように演じるというのは出来ないんですよね。無理せず、自分なりにこの作品世界に入っていって、それぞれのキャラクター(を演じるキャスト)とディスカッションする中で育てていきました。それが今、演じている橋本さとしなりの父親像になったんじゃないかなという気がしてます。

なにより、影響を与えてくれるのはビリー役の少年たちです。僕の演じる“お父さん”はビリー(役の少年たち)に産んでもらったのかというくらい。(笑)。彼らのエネルギーから刺激をもらって、父親が育ってきました。僕からすればまだ10年ちょっとの人生の中で、僕の5分の1しか生きてない子たちから僕は育ててもらってるんだな、と。すごいものですね、純粋無垢なエネルギーって」

――“お父さん”はシングルファザーとして子育てに奮闘しつつ、認知症になりかけのおばあちゃんを心配している…というなかなか大変な境遇であるところに、ビリーに“バレエをやりたい”と(お父さんとしては)とんでもない望みを告げられます。橋本さん的に共感できる部分はありますか?
「子供を持つと、それまで生まれなかった“子供への目線”というものが生まれますよね。どういうものかというと、意外と、雑(笑)。例えば、子供に対して腰をかがめて身長をあわせてものを言う…ということをしなくても、“お、どうした”みたいな感じで意外と(心が)通じ合っていたりすると思うんですよ。親父って、必ずしも丁寧な接し方をしていない。そういう経験は、ビリーと“お父さん”の関係にも生かされているかなと思いますね。

あの(一昔前の)時代の、しかも労働者のリーダー格で、おそらく体育会系のガチガチの男社会の中で生きてきたお父さんなので、はったりをかましまくって生きてきたでしょうね。子供にも周りにも弱みは見せないんじゃないかな。役者にもそういう一面はあって、稽古が終わって家に帰ったら“なんであんなにできへんのやろ”と思ったりしますが(笑)、現場にいったら「はいわかりました、やります」とやってしまうという、正直、はったりかますところがありますが、“お父さん”もそういうところがあるんですよね。もちろん苦労もしているけれど、苦労を苦労として見せないところに、もっと深い表現があるのかなと思いながら演じています」

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ビリー役の皆さん。左から川口調さん、利田太一さん、中村海流さん、渡部出日寿さん(C)Marino Matsushima

――当初、ビリーがバレエを踊ることに大反対していたお父さんですが、彼の一途さ、そして抜きんでた才能を目の当たりにして大きな決断を下したお父さんは、ビリーがオーディションを受けられるよう、お金のためにスト破りをしますが、そこで長男のトニーに“おやじ、何してるんだ”と咎められますよね。あそこはお父さんとしてはかなりおつらくないですか? こちらをたてればあちらが立たずという…。
「つらいですよ、めちゃめちゃ。子供に対する愛情って、ビリーに対してもお兄ちゃんに対しても同じですからね。どっちの方がかわいいというのはないけど、ただ、トニーは自分が歩んできた道を歩んでくる。それに対して、ビリーは自分が通ってこなかった見ず知らずの道を選ぼうとしている、という違いがあります。そこで親父は親父なりに、その新たな道の可能性を見せてあげたくなる。トニーは20歳くらいで、もう大人として接しているのに対して、まだまだ選択肢がいっぱいあるビリーを、あそこではやむをえず優先する、その気持ちをトニーと共有したいんですよ。お前とビリーに対して、同じくらいの愛情はあるけど、ここは大人の俺たちでビリーを応援してやろうや、というのをトニーには伝えたいんですよね。“He Could Go And Shine(あいつには輝く道がある)”という、二人がバトルするナンバーがあるけど、あれはつらいですね。あれはトニーとの対立の歌ではなく、お父さんはトニーの言ってることを何も否定しない、だから黙って殴られています。あの状況での息子たちに対する愛情表現の仕方というのは、難しいというか悩ましい、つらいところではありますね」

――そしていろいろなことがあって、ビリーと“お父さん”たちは対照的な道を歩いていくことになります。その直前、ビリーと(炭鉱に潜ってゆく)“お父さん”が無言で見つめあう瞬間が非常に印象的です。
「台詞の無いあの瞬間には、いろんな思いがよぎりますね。俺はお前を守る。そのために闘う。だからお前は輝いて生きてくれ、というメッセージもあるし、厳しい社会の中で強く生きるんだぞ、というメッセージもあります。会話の無い会話の中で親父なりの覚悟をビリーに伝えて、それを彼が受け取る。気持ちを伝え合う。客席から観ているときも、ここでは“おお”、という感動がありました。これが人生なんだ。ここで一人の男とその息子が、全く違う人生を歩んでいくという、人生の厳しさを目の当たりにした思いで…。今も、このシーンでは、ビリーに対して、俺の覚悟を受けろよという一心で彼と対峙しています」

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プレスコール後の質疑応答にて。(C)Marino Matsushima

――(取材は開幕数日前ということで)お稽古はいかがですか?
「今の時点ですら、ものすごい仕上がりになっています。ここからまだまだステップアップしていくんだろうなと思いますね。というのは、クリエイターたちが一切妥協を許さない方たちで、やってもやっても、一つ解決すると次は…とリクエストが来るんですよ(笑)。これだけ細部にわたって稽古をする現場って、しかもこの状況下でですよ、なかなか自由に出来ないことがある中で、一分一秒無駄にせず稽古を積み重ねてきています。だからこそレベルが上がっていくんでしょうね。最高の舞台をお届けできる、という自信を持っています」

――では最後に、どんな舞台になりそうでしょうか?
「キャッチコピーで言っているように“あなたの人生を変える”くらい、生きる意味だとか、人生捨てたものじゃないとか、希望というものを感じてもらえる舞台になると思います。変えるといっても、それまで生きてきた人生を捻じ曲げるようなことではなく、肯定できるような作品になっています。エンタテインメントとしてもたっぷり楽しめるし、今だからこそ観てほしい作品です。いろいろと気を遣わないといけなかったり、いら立ちを抱えることがある日常の中で、生きることは素晴らしい、明日から頑張ろうと思っていただける。それが人生を変えてもらえることに繋がっていくと思います。もう、絶対観ないと損ですよ(笑)」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 Daiwa House presentsミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』9月11日~14日(オープニング公演)、9月16日~10月17日=TBS赤坂ACTシアター、10月30日~11月14日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP
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