BBCのドキュメンタリー番組をもとに、自分らしい生き方を模索する主人公をとびきりポップな音楽とともに描いたミュージカルが、日本に上陸。ウェストエンドで大ヒットし、ディズニー配給の映画版も作られた本作で、ドラァグクイーンに憧れる16歳の少年ジェイミーの母、マーガレットを演じるのが安蘭けいさんです。カミングアウトした息子を受け入れ、全力で支えるシングルマザー役をどうとらえているか、うかがいました。
【あらすじ】
大きな公営住宅団地の一角で母・マーガレットと暮らしている、16歳の高校生ジェイミー。ドラァグクイーンに憧れる彼は、誕生日に母から赤いハイヒールをプレゼントされ、夢の実現のため一歩を踏み出す。学校のプロムに自分らしい服装で出席しようと計画し、学校や保護者たちから猛反対を受ける彼だが…。
作品全体を包み込む
“お母さん”のような
存在になれたら
――安蘭さん、『ビリー・エリオット』のウィルキンソン先生役に続く“イギリスのお母さん”役ですね。
「そうですね、意識してなかったです(笑)」
――ご縁を感じますか?
「『リトル・ヴォイス』(2017年)でもイギリスのお母さん役でしたね。この時は飲んだくれのダメなお母さんでしたが(笑)。2000年ぐらいに初めて一人で海外に行ったのがイギリスだったのですが、そういえばどこか日本と似ているなと感じました。皆さん、マナーもいいし男性は紳士的で、シャイなところもあって。島国ゆえの特性というものなのかな、と勝手に感じました」
――今回演じるマーガレットさんは、初登場のシーンからドラァグクイーンに憧れる息子を応援していて、とてもさばけたお母さんに見えるのですが、最初から同じスタンスだったのでしょうか?
「もちろん最初に彼がカミングアウトした時は、母親なりに考えるものはあったと思います。その時はまだ離婚してなかったかもしれないけれど、すぐ親友のレイに相談しにいったんじゃないかな。
でも根本的に、彼女はジェイミーを産んだ時から“私はこの子を何があっても応援しよう”という気持ちを持っていたと思います。道だけは外さないように。でもあなたがやりたいと思ったことは応援する。あなたがその道を信じるならそちらを選びなさい…。そんなふうに彼に言ってきたんじゃないかと思います」
――いつか息子が結婚して、孫が生まれて…という図式にはこだわらなかったのですね。
「そういうものを求める人ではないと思います。今のイギリス人の“普通の感覚”がどういう感じかわからないけれど、マーガレットの場合は“あ、そちらに進むのね”くらいの受け止めだったのではないかと思います」
――子供の思いを受け止めて、応援する。深い愛ですね。
「素敵なお母さんですよね。こんなお母さんがいたら、と思っていただけると思います」
――彼女は目下シングルマザーですが、次の相手を募集するどころか、“男はいらない”オーラが全開です。相当、これまで痛い目にあってきたのでしょうか?(笑)
「たぶん、これまで好きになってきたのがことごとくダメ男さんだったのでしょうね(笑)」
――ジェイミーの父である元夫も、なかなか残念な感じに描写されています。
「これは想像ですが、ジェイミーのドラァグクイーン願望を知らない頃は、もっといいお父さんだったかもしれないですよね」
――ということは、それまでは、あの本質が隠れていたのかも??
「本質が分かったことで、マーガレットとしては(夫に対して)あなたそういう人だったの…というもの(落胆)はあったのかもしれないですね」
――それで“男はこりごり”と…。
「そうなんじゃないかな。今はジェイミーが自分の人生を満たしてくれていて、それで十分。彼が巣立っていったらその時初めて、パートナーがいたらいいなと考えるかもしれません」
――その分、ご近所さんのレイとはいつも一緒ですね。
「今の日本だとなかなかそういうご近所づきあいというのはないかもしれないけれど、『リトル・ヴォイス』でも目の前に住んでいる女友達といつも一緒だったので、イギリスではあるのかな、と違和感なく想像できました」
――毎日、“バーゲン品”のお菓子を手土産に訪ねてくる彼女と、お茶を飲みながら何でも言い合える…というのがいいですね。
「マーガレットにとっては一番の理解者で、親友。こういう人がいたらいいですよね。今回は保坂知寿さんが演じていらっしゃるのですが、劇団四季でヒロインをされていた頃から観に行っていた、大好きな方なんです。いつか共演できるといいなと思っていたら、こんなに親密な間柄の役でご一緒できて、逆に不安です。知らず知らずファンの目線になっていたりしないかなって(笑)」
――高校のシーンが多いのでフレッシュな若手もたくさん出演されますが、安蘭さん、保坂さんのみならず、大人キャストの豪華さも話題です。
「強烈な個性がぶつかり合っています(笑)。楽しみにしていてください」
――ダン・ギレスピー・セルズによる音楽はいかがですか?
「素敵ですよ。私の歌うソロナンバーで、“我が子”というのがあるのですが、マーガレットの心情がメロディで伝わるというか、歌詞がいらないくらいきれいなメロディです。歌いこなしたいなと思っています」
――今回、ご自身で抱いていらっしゃるテーマはありますか?
「そうですね…。ジェイミーを目の前にして芝居をする中で、意識しなくても母性は生まれてくると思うんです。今は、この作品自体の母になれたら。大きく包み込むような存在になれたら…そんなことを考えています」
――カンパニー全体を俯瞰で見守る、というような?
「常にみんなを見回せていけたらいいですよね」
――『ビリー・エリオット』のウィルキンソン先生の時もそうでしたでしょうか?
「そうですね。子供たちが頑張っているのを見て、勝手に応援団みたいになっていたかもしれません」
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
「熱い思いを持つジェイミーの物語をご覧いただいて、勇気や元気を持ち帰ってほしいです。自分の人生は自分で切り開くんだな、結局は自分自身なんだな、と感じていただけたら嬉しいです」
――マーガレットをはじめ、ジェイミーには心強い味方もいますが、それでも最後に壁を乗り越えられるかどうかは自分にかかっている、と?
「ジェイミーにはもちろん親やほかの大人たちのバックアップがありましたが、決め手になるのは彼自身のポジティブなパワーなんですよね。若い力って、素晴らしいな。若い人が夢を掴みにいく力ってすごいな、と思います。宝塚を受験する女の子たちを見ていても、あんなにがむしゃらにレッスンするパワーって、大人には持てないです(笑)。若いからこその夢に向かって進んでいく力、そういう姿を見て私自身ほほえましいですし、お客様にも尊い時間を味わってほしいです。根っからの悪人も出てこないし、本当にいいミュージカルなんですよ。ぜひご覧いただきたいです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジェイミー』8月8~29日=東京建物Brillia HALL、9月=大阪・新歌舞伎座、愛知芸術劇場 大ホール 公式HP
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