
「月刊少年マガジン」で連載され、後にアニメ、実写映画化もされた新川直司さんの漫画が、作曲にフランク・ワイルドホーンを迎えて2022年に舞台化。好評を受けてロンドン・ウエストエンド、韓国・ソウルでも現地プロダクションで上演されたミュージカル『四月は君の嘘』が、新たなキャストを迎えて再演されます。
今回の公演で17歳の主人公・有馬公生を(岡宮来夢さんとのダブルキャストで)演じるのが、東島京さん。日英合作ミュージカルでデビュー後、快進撃を続ける新星ですが、本作については“オタク”と自称するほど(!)、愛着があったのだとか。オーディションで役が決まるまでの“まるで片思いのような”心境から、公生役への共感、そしてご自身の今後のビジョンまで、たっぷり語っていただきました。
【あらすじ】かつてピアノの天才児として様々なコンクールで優勝していた公生は、母の死がきっかけでピアノの音が聴こえなくなり、音楽から遠ざかっていた。
それから数年、高校生の彼は幼馴染の椿を通して、かをりと知り合う。音楽コンクールで彼女の自由なヴァイオリン演奏を聴いた公生は強い印象を受けるが、かをりは公生の友人、渡に憧れていた。
“友人A”としてぞんざいに扱われ、コンクールの伴奏者に指名されてしまう公生。かをりによって半ば無理やり音楽の道へと連れ戻された彼は…。

何気ない日常の中で、隣にいてくれる人が
いることの美しさ、有難さを感じられる作品です
――東島さんは本作とはどのように出会われましたか?
「原作漫画がすごく好きで、アニメ版も実写映画版も観ています。『四月は君の噓』オタクですね(笑)」
――本作のどんなところに惹かれたのですか?
「出てくる言葉も美しいですし、そこに流れている空気の色も綺麗だなと感じます。そして、この年代だからこその“青春”、誰もが平等に与えられた時間を一人一人が精一杯、一生懸命に生きている姿勢に心を打たれて、自分にとって安心できる場所というか、嫌なことがあったり気持ちが落ち着かない時にはこの作品を読み返すという、特別な存在になっていました」
――いろいろな学園ドラマがあるなかでも、本作は特別だったのですね。
「そうなんです。主人公の有馬公生と自分が、境遇だったり考え方においてどこか似ているなと思えましたし、もしかしたら僕もどこかで、宮園かをりのような存在を探していたのかもしれません」
――かをりは或る意味、“救い”のような存在、でしょうか。
「公生から見れば、光であり、憧れでもあり、眩しすぎて好きになってはダメだと思ってしまうような存在なのかな。母親以外に“この人のために弾きたい”と心から思える人、という感じです」
――今回の公生役は、オファーがあったのでしょうか。
「今回はオールキャストオーディションでした。実は最初、(親友の)渡亮太役で受けていたのですが、演出の上田一豪さんの前で歌わせていただいた時に、急に一豪さんが“楽譜読める?”とおっしゃいまして。
僕はピアノをやっていたので“読めます”と言ったら楽譜を渡されて、それが公生のナンバーでした。その場で歌ったら、一豪さんが“どちらも歌ってみて、率直にどっちが気持ちよかった?”と聞いてくださって、正直、公生の方がしっくりきましたと答えたら、“やっぱそうだよね、そう思った”と言ってくださって、この日のオーディションは終わりました。そして後日“今度は有馬公生役としてオーディションに来てもらえますか?”ともう一度呼んでいてただいて。ただ、そこから暫く、何も音沙汰が無かったんです。
毎日ドキドキしながら、ああ、このまま何もないのかな…と思ったり、いっぽうで自分が『四月は君の嘘』のステージに立っているところを想像したりして、余計に苦しくなるような、本当に片思いのような毎日を過ごしていたんです。
そうしたらひょっこり、マネージャーさんから“有馬公生役で決まりました”という知らせがきまして。その瞬間、それまでずっと、ぎゅっと固まっていた気持ちが、霧がふわっと消えていくように溶けて、初恋が実ったような感覚になりました。
でもそれと同時に、本当にやるんだ、え⁈ 僕がやるんだ、大丈夫か⁈という不安とプレッシャーが、ものすごい勢いでドーンと押し寄せてきまして。どうやってそれに打ち勝つのかが課題でしたが、とにかく今の自分にできる精一杯のことをやって、誠実に正直に、役と向き合っていくことだと思ってきました。

――公生は17歳の高校生ですが、20歳の東島さんにとっては、17歳はまだそれほど“昔”のことではないですよね。
「確かに高校を卒業してからまだ2年なので、17歳はついこの間のことと言えばそうなのですが、本当にありがたいことに、この数年間でたくさんのことを経験させていただいたので、その中で大人としての考え方だったり、社会人としてのものの捉え方、物事の見方みたいなものも吸収できている気がします。
でも稽古になれば、高校時代の、どれだけはしゃいでも疲れなかったあの感覚はすぐ蘇ります」
――どんな高校生活を送っていましたか?
「僕は半分―渡、半分―公生のような高校生でした。友達とワチャワチャするのも好きで、休み時間に校庭でサッカーをしたり、みんなで馬鹿騒ぎするみたいなことも好きだったけれど、5時間目に音楽の授業があると、早めにお弁当を食べて、一人で先に音楽室に行ってピアノを弾くみたいなこともやっていました。きっと周りからは、あいつは何なんだ?みたいな感じに見られていたのではないかな」
――スポーツもできて、芸術にも造詣が深いとは、モテモテだったのでは?
「鈍感で、あまりわからなかったんですよね。多分、モテてなかったと思います(笑)」
――フランク・ワイルドホーンさんによる楽曲について、初演に出演された方々は“易しく聴こえるけれど、歌ってみるととても難しい”とおっしゃっていましたが、実際いかがですか?
「その通りだと思いますし、とにかく一つ一つの楽曲の、カロリーというか、エネルギー消費がすごく激しいです。
音程の高低差もそうですし、リズムもそうですし、楽曲の壮大さがフランク・ワイルドホーンさんならではだと感じます。オーケストラのパワーみたいなものを、真っ直ぐ感じるような作品だと思います。
それと同時に素敵だなと思ったのが、壮大であるだけでなく、『四月は君の嘘』を初めて読んだ時の、あの淡い儚さ、あの心地よい波みたいなものを感じられるところ。これを音楽で表現できるんだ、という驚きがありましたし、役の感情をワイルドホーンさんは綿密に音で表現されているので、しっかりと理解しなくてはいけないな、と思っています。その楽曲の波に乗れたら心強い味方、相棒みたいな存在になるのではないかと思っています」
――その“淡さ”の源は何なのだと思いますか?
「おそらく、ワイルドホーンさん自身が、役のこともシーンのことも、とても深いところで理解されているということではないでしょうか。
演じる僕らとしても、楽曲を歌いこなす技術的な部分を大事にしながら、そのシーンでの感情でそこにちゃんといて、その役の声で歌えているかどうかが問われてくると思います。
それができて初めて、本当に深いところで楽曲と出会えるし、お芝居と音楽が別々のものではなく、一つのものになるのだろうなと、今の段階では感じています」
――特にこの曲は手強いなと感じる曲はありますか?
「手ごわいのは全部ですが(笑)、まずは一番最初に歌う〈僕にピアノが聞こえないなら〉です。『四月は君の嘘』の楽曲は、クラシック音楽と、ワイルドホーンさんのポップスの要素が巧みに融合した、もはや革命的なジャンルなので、まずそのインパクトと、こういうジャンルなんだという説得力を、お客様に伝えなくてはいけません。なおかつ、公生の苦悩や葛藤も全部、丸裸にされたような感覚で皆様にお見せします。
実際、公生としてあの場に立ったら、きっと怖さを感じるのではないかな。技術的にも役としても、とても難しい楽曲だなと思います。あと、公生はピアノを弾きながら歌うナンバーがたくさんあるので、歌だけに集中できないという難しさもあります。自分自身にとって大きな挑戦になりそうです」

――そして公生はなぜ、かをりに惹かれたのでしょうか。音楽を通して自分を救ってくれる存在であるということの延長線上で好意が芽生えたのでしょうか。
「音楽コンクールでかをりの自由なヴァイオリン演奏を聴いた瞬間、まずは憧れの気持ちを抱いたと思います。当時、音楽を心から楽しめなかった公生にとって、それができている彼女に音楽家として惹かれないはずがないと思います。自分にあいた穴というか、埋まっていないピースを彼女は持っていると思ったのではないかな。
ただ、そこから芽生えたのは“好き”という感覚よりは、“愛”に近いような気がします。“好き”というのは、その子に会いたいとか、一緒にご飯を食べたいとか、こんな景色を一緒に見に行きたい、手をつなぎたいといった、“自分がこうしたい”ということだと思うんです。いっぽうで、相手のために何かをするのが“愛”なのかなと思っていて。その人に笑っていてほしいとか、幸せになってほしいと考えるのが“愛”だと思うので、かをりが渡と一緒にいることに対して、心は苦しくなるけど、でも...どこか、それでいいんだと思っているんです。ただ、それが“愛”だと気づくのは、本当に物語の終わりの方なんですよね」
――そして彼女は彼にとって、永遠の存在になっていくのですね。
「そうですね。僕が公生に共感するのは、少し似た経験をしているためかもしれません。
今こうしてミュージカルの舞台に立たせていただくまで、多くを教えてくださった恩師がいるのですが、好奇心旺盛で早く歌がうまくなりたいと思っていた当時の僕は、その方に自分の願望をいろいろと伝えていた時期があったんです。でもその方は突然亡くなってしまいました。
あんなこと言わなければよかったなとか、後悔することばかりで、しばらく誰かと親しくなるということが怖くなってしまいました。離れ離れになった時に、自分が傷つくのが怖かったのでしょうね。
公生も、母親に喜んでほしいと思って、母と自分を繋げるものとしてピアノを弾いていたのに、いつしかピアノが、自分から大切な人を遠ざけてしまうものに変わってしまい、今度はかをりと…となると、きっと心の奥底に逃げ込んで、閉じこもりたくなったのかな、と理解できるような気がします。
僕の歌の中に恩師が生きているように、公生の弾くピアノの音色の中にも、母親は生きている。ずっと一緒にいる。ピアノは二人を繋げていたし、これからもずっとそうだと気づけた瞬間に、かをりとのことも公生は納得して、前を向けたんだろうなと思います。それがこの作品の本当に美しいところだと思うし、初めて読んだ時に惹かれたところだと思います」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか}
「言葉にするのは難しいですが、悲しいお話かもしれないけれど、そこにはあたたかい空気が流れていて、観に来てくださったお客様の年代、性別関係なく、観終わった時に、“今”という瞬間がどれだけ光り輝いているかということを、少しでも感じていただけたら。隣にいて笑ってくれたり、“おはよう”と言った時に“おはよう”と返してくれる人がいることのありがたさだったりとか、何気ない日常で隣にいてくれる人の美しさを感じてもらえたら…。そんなことを伝えられる作品になるといいなと思っています」

一人の人間として、表現者として
“いい人”になっていきたいです
――ご自身についても伺わせてください。まず、京(みさと)さんというお名前がとても素敵なのですが、どんな意味が込められているのですか?
「ありがとうございます。祖父が名付けてくれたのですが、確か、どこかの王様の名前だったと思います。人を引っ張っていくような品格のある人になってほしい、という意味だった筈です。そういう人になれているかはわかりませんが(笑)」
――お顔立ちから、もしかしてハーフでいらっしゃいますか?
「はい、母がオーストラリア出身です。英語も話せますが、日本語の方が楽ではあります。 日本で生まれてしばらくしてから約半年間向こうに住んで、また戻ってきました」
――舞台への興味はいつ頃芽生えたのですか?
「母親がミュージカルを観るのが好きで、小学生の時、劇団四季さんの『ライオンキング』を一緒に観に行きました。冒頭、通路から様々な動物たちが舞台上に上がっていった瞬間、一気にサバンナの世界が広がって、“なんだこれは!”と驚いたミサト少年は“これがやりたい”と思いました。
でも小学1年生の時から、サッカー好きの父を喜ばせたくてサッカーをやっていまして。自分自身はあまりサッカーが好きになれなかったのですが、なかなか辞められず、中学1年の時にやっと、音楽をやりたいと母に言ったら、ダンスボーカルスクールがあるよと教えてくれました。そこから本格的に歌やダンス、お芝居を習い始めて、そのスクールの代表の方の繋がりで、今の事務所に所属できることになり、“やるぞ!”と心を決めました」
――習い始めてすぐ、才能が開花したのでしょうか。
「そんなことはないです。小さい頃から歌が好きでよく歌っていたので、歌は少しずつ“素敵な声だね”と褒めてくださる方が増えてきたのですが、ダンスはなかなかうまくならなくて、今も奮闘中です。
演技に関しては幼い頃から映画を観るのが好きで、実家でも毎週金曜の夜はムービーナイトと決めて、みんなで寝転がって映画を観ていたこともあって、いろいろな俳優さんの演技に触れてきました」
――20歳にしてこれだけの出演歴がお有りなので、挫折などはまだ体験されては…。
「たくさんあります!作品のたびに挫折を繰り返しています(笑)。根がネガティブなので、その分、ポジティブなことをたくさん言うようにしています。
でも本当にありがたいことに、これまでどの作品でも素晴らしい方々とご一緒するご縁をいただけています。
こんなにも素敵な方々と同じ舞台に立てているのに、僕はなんてダメなんだと思ってしまうけれど、悔しさのなかで、少しでも多くのことを吸収しよう、盗めるようにしようと心がけてきました。心が折れそうになっても踏ん張って今日まで立ってきたという感じです」
――最近の舞台で印象的だったのが、オスカー・ワイルドにとっての“運命の男”を演じた『ワイルド・グレイ』。どこか甘えん坊で、抗いがたい魅力をたたえたアルフレッド・ダグラスを見事に体現されていましたが、役作りには紆余曲折が?
「あの時は急遽代役で出演させていただいたのですが、本当に時間がない中で、名だたる方々と三人芝居をさせていただくということで、毎日がもう必死でした。心が折れる暇もないぞミサト!という毎日で、たくさんの資料を読んだり、『ドリアン・グレイの肖像』を読んで浮かび上がる人物像を書き出して、それから台本と向き合って…ベッドで台本を読みながら寝落ちして、目が覚めるとまた台本を読むという日々でした。
逆に、もし稽古期間が二ヶ月くらいあったら、あの人物像にはなっていなかったような気もして、本当にあの瞬間、あの時の自分の必死さが、うまくボジー(アルフレッド・ダグラス)の“全てを吸い込みたい”みたいな感覚とうまくリンクしたんじゃないかな、とふと思ったりします」
――現時点で、表現者としてどんなビジョンをお持ちですか?
「この仕事を始めた時からずっと、いい作品、いい人に出会いたいと思いながら、今日までやってきました。自分の根本には、“いい作品を作りたい”という思いがあります。舞台に限らず、映像でもお芝居をしたいですし、色んな方々と共鳴し合いながら作品作りに関わり、人間的にも役者としても“いい人”になっていきたいです。
そして僕はピアノも弾きますが、作詞作曲するのも好きなので、いずれは自分の曲も出したいなと思っています。
やりたいことがたくさんあるので、一つ一つの出会いを大切にして、実力をつけながら、自分に正直に、挑戦したいことをできるような人間力、そして技術力を身につけていけたらと思います」
――作詞作曲をされるのであれば、ミュージカルを書いたりは?
「夢のまた夢で、何十年後かもしれませんが…挑戦してみたいです」
――ロンドンの舞台にも立たれたことがあるそうですが、海外進出はいかがでしょうか?
「ものすごく魅力的だなと思いますし、海外でもやりたいなと思っていますが、それを実現するためにも、今の自分にできることをちゃんと見極めて、誠実に正直に役と向き合って、その作品で得られる最大限のことを吸収して、一つ一つのステップを積み重ねていくことが叶える一番の近道になるんじゃないかなと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『四月は君の噓』8月23日~9月5日=昭和女子大学人見記念講堂 その後愛知、大阪、富山、神奈川公演有り 公式HP
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