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『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~ 熊谷彩春インタビュー:名曲の数々とともに、全世代が楽しめるミュージカル【親子で観たい!2025夏の舞台②】

熊谷彩春 千葉県出身。幼い頃からミュージカルを志し、レッスンを重ねる。2019年『レ・ミゼラブル』コゼット役に史上最年少で合格。以降、『天保十二年のシェイクスピア』『パレード』『魍魎の匣』『笑う男』『リトル・ゾンビガール』『東京ラブストーリー』『無伴奏ソナタ』『キンキーブーツ』など、様々な舞台で活躍している。©Marino Matsushima 禁無断転載


この夏、親子観劇にぜひお勧めしたい演目第二弾は、日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2025「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」。人間とかわいいゾンビが共生をめざす物語を、NHK「みんなのうた」から選ばれた名曲の数々とともに描くミュージカルです。

この舞台で2022年の初演に引き続き、主人公ノノを演じるのが、熊谷彩春さん。『レ・ミゼラブル』のコゼット役、『キンキーブーツ』のニコラ役など、様々なミュージカルで活躍中の熊谷さんですが、3年ぶりにノノを演じるにあたって、どんな思いを抱いているでしょうか。ご自身の「みんなのうた」にまつわるエピソードや、幼い頃からのミュージカル愛なども含め、たっぷり語っていただきました。


【あらすじ】かわいいゾンビの女の子、ノノが仲間たちと暮らす森に、ある日、人間たちが押しかけてきます。何が起きているのか、人間の世界にスパイに行ったノノは、そこでおとなしく、心優しい少年ショウと出会います。二人は友だちになりますが、人間とゾンビの対立は激しくなるばかり。森の未来を守るため、子供たちは立ち上がりますが…。

 

「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」


――本作は“NHKみんなのうたミュージカル”と銘打たれています。熊谷さんは“みんなのうた”といえば、どんな思い出がありますか?

「小さい頃からTVで『みんなのうた』を見ていて、幼稚園に行くときも、母に自転車に乗せてもらって、一緒に歌ったりしていました。あと、中学か高校の時、この作品にも出てくる〈プレゼント〉(作詞:Saori 作曲:Nakajin)という歌を合唱で歌ったのですが、その歌詞が当時の自分にすごく刺さり、忘れられない一曲になりました。出演が決まった時、この〈プレゼント〉も出てくると知り、とても嬉しかったです」

 

――確かに、“みんなのうた”には童謡的なあどけない歌もあれば、思春期の悩みに寄り添うようなメッセージソングもたくさんありますね。では本作の物語については、どんな印象をお持ちでしたか?

「まず、ノノのキャラクターが、小さい頃の自分を見ているようでした(笑)。私は何に対しても“何で、何で⁈”と尋ねる子だったらしいのですが、ノノも人間の世界に行って、“何でこうなるの?”と質問を連発するんです。好奇心旺盛なところは自分とそっくりだなぁと思い、共感しながら読み進めていきました。

内容的にも、子供はもちろん、大人が読んでもすごく胸に刺さる物語で、こういうお話を上演することがすごく嬉しいと思いました。一つのストーリーの中にいろんなメッセージが入っていて、人間の男の子に対して“自分らしく生きていいんだよ”と励ますシーンもあれば、環境問題に触れ、地球を大切にしたいねということも言っています。
分断が続く今の世の中に、ゾンビと人間のファンタジーを通して訴えかけるものがすごくある作品だな、と思います」

 

「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」2022年の舞台より。


――この作品では、話し合いが重要な役割を果たす点も素敵ですね。現実的にはなかなか難しいかもしれないけれど、言葉を通して互いに理解しあうことは大事ですね。

「本当にそう思います。〈プレゼント〉の歌詞に、知らないことは怖いから醜い言葉ばかり…みたいな箇所があるのですが、今の世の中、SNSで表面的には知ったつもりになっても、本当のところは知らなくて、だから“なんとなく怖い”。そういう感情に流されて、互いを攻撃し合ったりすることも多いような気もするので、話し合いを通して理解し合い、解決するって、とても重要だなと感じます。それは平和な世の中への一歩にもなるかもしれません」

 

――環境問題にも触れられていますね。

「ノノは森に住んでいるゾンビなのですが、人間たちがショッピングモールを作るために、どんどん森の木を伐採してくる…というのが、大きな問題として登場します。私の実家は田舎のほうにあるのですが、帰る度に、開発のために木々が切られていたりして、どこか風景が変わったなぁと感じることがあります。難しい問題だとは思いますが、森に住むゾンビが主人公であることで、環境問題にも触れているのは、とても意義深いなと感じます」 

 

――さきほど、子供の頃の自分自身に近しい役どころとうかがいましたが、役作りにあたって大変なことはありましたか?

「ノノは10歳という設定なので、10歳らしい喋り方や、しぐさを再現しようとつとめました。子供たちを観察していると、反応のスピード感がすごく速いというか、“こっち行きたい”“あれやりたい”というのがコロコロ変わって、見ていて面白いですよね。ノノはいろんなことに興味があって、思いついたら即行動という子供なので、そのスピード感を出せたらなと意識しました。

前回の公演で、共演の小学生役の皆さんは私よりずっとキャリアの長い方ばかりでしたが、とても楽しんで小学生を演じていらっしゃいました。その感覚を、今回私もすごく持てるようになってきて、意識せずとも子供に戻れるように感じます。ノノとして、10歳の子供として生きられるのがすごく楽しみです」

 

「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」2022年の舞台より。


――客席のリアクションは、一般のミュージカルとは異なりますか?

「やはり子供さんがすごく多くて、中にはミュージカルを初めて観る子供さんもいらっしゃるのがすごく嬉しいです。“後ろ!(を見て)”とノノに声を掛けてくれたりして、作品に参加してくれているというか、本当にこの世界に没頭しているんだなぁと思います。

そしてカーテンコールではお客様と一緒に、皆で歌を歌うのですが、子供たちは本当に目をキラキラさせながら、笑顔で歌って踊っていて。私はなんていい仕事をさせていただいているんだろうと、この俳優という仕事について、再認識させていただいています」

 

――本作に出てくる中で、特にお好きな曲は?

「〈プレゼント〉は、やっぱり自分にとっても思い出の曲なので大好きですが、〈手のひらを太陽に〉は、小さい頃にミュージカルのオーディションを受ける時、よく歌っていた“十八番”の曲でもありますので、こちらも大好きです。

あと、〈コンピューターおばあちゃん〉は母の世代の歌だったそうで、この曲が出てくると知って家で歌ってくれました。つくづく『みんなのうた』は世代を超えて愛されているのだな、と感じます」

 

――本作に登場する歌はどれもミュージカルのために作られた曲ではないので、台詞から自然に繋がってゆくよう、演じる側が工夫する必要もあるでしょうか?

「今回の脚本はすごく素敵に書かれていて、歌に繋がるまでの台詞で気持ちが自然に高まっていきます。私自身、いきなり歌い出すミュージカルは苦手なのですが、この作品ではそういう違和感が全然ないなと思いながら演じています」 

 

「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」


――そして本作は何と言っても、衣裳が可愛らしいですね。ポップでありスイートでもあり、小さな女の子たちが“私も着たい!”と言いだしそうです。

「そうなんです!どの役も個性的な可愛らしい衣裳ばかりなのですが、ノノは特に絶妙なピンクのグラデーションが可愛くて、実は手作業で染められているそうです。そこにツタがからまっていたり葉っぱがついていたり、襟はお花になっていたりと、すごくこの世界観にマッチした手の込んだお衣装で、毎回着る度にワクワクします」

 

――実は見逃せない、お勧めポイントはありますか?

「ゾンビの仲間たち、一人一人に本当に個性があって、ついつい目がいってしまいます。私自身、前回ダブルキャストだったので、客席から観たときに、ここでこの人たちはこんな会話をしていたんだなとか、新しい発見が毎回ありました。本当に実力のある俳優さんばかりなので、そういうところも細かく作りこまれていて、きっと楽しんでいただけると思います」 

 

――今年の舞台、どう御覧いただきたいですか?

「私自身、小さい頃にミュージカルに触れて、この道に行きたいと志した一人だったので、ミュージカルって面白いな、もっと観てみたいなと興味を持ってくれるお子さんが一人でもいたら嬉しいです。大人から子供まで、本当に幅広い年代の方が楽しめる作品だと思うので、ぜひ多くの人に見ていただきたいなと思います」

 

「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」2022年の舞台より。


――ご自身のプロフィールについてうかがわせてください。熊谷さんは小さい時からミュージカルに興味がおありだったのですね。どんなきっかけがあったのでしょうか?

「『マンマ・ミーア!』の〈サンキュー・フォー・ザ・ミュージック〉の歌詞ではないですが、父曰く、私は喋る前から歌っていたほど、歌や踊りが大好きでした。

父の仕事の関係でイギリスに住んでいた2歳の時、小さな子も観に来ていい公演があって、ウエストエンドで初めて生のミュージカルに触れました。演目は『ライオンキング』です。すごく衝撃を受けて、その日はずっと家でミュージカルごっこをやっていたそうです。自分ではあまり記憶はないのですが、動画が残っていて、ソファーの上からスカーになりきって、ぬいぐるみを落としたりしていました(笑)。両親も音楽好きで『レ・ミゼラブル』のCDがよくかかっていたので、弟とよく毛布を振り回しながら〈民衆の歌〉を歌っていました」

 

――小さい頃の“好きなこと”が今に繋がっているのが素敵ですね。ブレたことはなかったのですか?

「他に目が行かないほど一筋でした。ミュージカルを仕事にできないなら生きている意味がない、というくらい憧れました。今考えたら怖いくらいですが、この仕事につくことができて、つくづく幸せだなと思います」 

 

――ミュージカルのスクールに通われたりも?

「イギリスでは幼稚園生のときにバレエを習っていて、日本に帰ってからも、バレエとピアノとミュージカルのスクールに通いました。ミュージカルスクールは週によって歌のレッスン、ダンスのレッスンと内容が異なっていて、楽しみ過ぎて前の日の夜に寝付けないくらいでした。今でも仕事が大変な時にあの頃の楽しみな気持ちを思い出すと、幸せな気持ちになってまた頑張れています」

 

――高校2年の時には米国バークリー音楽院の研修にも参加されたそうですね。

「前の年に参加して、今はブロードウェイで活躍している友人が“絶対行った方がいいよ”と絶賛していて。実際行ってみて、すごく刺激がありました。同世代の、アメリカ中から集まっているミュージカルを志す仲間たちと一緒に、寮で生活して、朝から晩までレッスンを受けたり、ご飯を食べに行ってミュージカルについて語り合ったり。貴重な経験で、ますますこの世界に入りたいなという気持ちになりました。

技術的な学びとしては、オペラの先生がボイスレッスンでベルティングという、地声で声を張る歌唱を教えて下さいました。日本だとオペラの方は、喉を痛めるからベルティングはダメと言われることが多いのですが、アメリカだと両方学ばれている方が多いらしいです。分野にとらわれず、こうしたらもっとこういう声が出ると教えていただきました」

 

――そして高校3年の時、『レ・ミゼラブル』でコゼット役に、史上最年少で合格されました。

「同級生たちが受験に向けて模試に励んでいる時、私はオーディションに挑んでいて、精神的に大変な部分もありましたが、レッスンやオーディションで学校を休んだ時には先生が追試を用意してくださったり、その内容も『レ・ミゼラブル』の背景についてだったりして、愛に溢れた追試でした。同級生たちもすごく温かくて、今、それぞれ全然違う道を歩んでいますが、月に2,3回は集まっています。

オーディションの期間中は、あの憧れの舞台に出るためだったら何でもするというくらい気が張っていたので、合格したと聞いた時は、頭が真っ白になってしまいました。解禁されてみんなにおめでとうと言ってもらえて、だんだん“出るのだな”という実感が沸いてきましたが、お稽古が始まると右も左も分からなくて。周りの俳優さんたちが温かく、一から教えてくださり、すごく優しくしてくださいました。ファミリーみたいなカンパニーで、長くやっていらっしゃる方もいれば、新しい方もいて、(大人になってからの)初舞台が『レ・ミゼラブル』で本当に良かったなと思っています」

 

――それにしても、高校生にしてコゼットという大役ということで、緊張も尋常ではなかったのではないでしょうか。

「初日前は不安過ぎて、楽屋で一人泣いていました。そうしたら弟から応援メッセージとともに、サンボマスターさんの〈できっこないをやらなくちゃ〉がポンと送られてきて。それを聴いて“よし、やるぞ!”という気持ちになれました」

 

熊谷彩春さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――良いスタートを切り、着実にキャリアを築いてこられていますが、今も声の探求は続いているそうですね。

「昨年末にもアメリカで2週間ほどレッスンを受けたのですが、“この曲はソプラノの曲だから、こういう歌い方をするよ”と教えていただいた直後に、“この曲は声を張るから、こちらの喉の使い方をするよ”と、真逆の歌唱法を一人の先生が教えてくださることに衝撃を受けました。これからも少しでも休みがあれば、レッスンを受けたいなと思います」 

 

――どんな声を目指しているのですか?

「ソプラノの役をすることがすごく多いので、ソプラノの方が得意だなという気持ちはあったのですが、『キンキーブーツ』ではかなりベルティングというか、地声を使うテーマで、全く新しい声の引き出しを探求しました。アメリカで習った先生がオンラインで教えてあげるよと言ってくださり、そういう機会も活用しつつ、地声で張る歌い方にも磨きをかけたいと思っています」

 

――昨年強い印象を残したのが、ある盲学校の生徒たちの、息づまる人間模様を描く『燃える暗闇にて』。終始緊張感が漂う作品でしたが、演じていて手応えがあったのではないでしょうか。

「とても難しい作品でした。スペインの戯曲なのですが、初めて読んだ時に“なんだこの作品は”と震えが来ましたね。70年前に執筆されて、当時のスペインの政権に対する批判が詰め込まれているそうなのですが、今の時代にやる意味のある内容でしたし、先生役の壮一帆さん以外は同世代の俳優さんばかりだったので、毎日居残りをして、稽古場が締まるよと言われるまで、演出助手の方を含めてディスカッションを重ねました。部活のように仲間たちと一つの作品を作り上げるのが、すごく面白かったです」

 

――王道ヒロインのコゼットに始まり、いろいろな役を経てこられましたが、どんな表現者を目指していきたいと思っていますか?

「生きている限り、ずっとこの仕事をやっていたいなと思うので、年齢に応じて、どんどん新しい扉を開いていけたらなと思っています。コゼットにはじまって、最初は純粋でまっすぐな役をいただくことが多かったのですが、徐々に影のある役だったり、ニコラのようなバリバリのキャリアウーマンで強い女性だったり、その直後に今回の『リトル・ゾンビガール』と、全く違うタイプの役柄が出来るというのは、これ以上ない、幸せなことだなと思っています。これからも、与えられた役を精一杯できるよう、頑張っていきたいです」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*公演情報 日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2025「NHKみんなのうたミュージカル『リトル・ゾンビガール』~ノノとショウと秘密の森~」 8月23~24日=日生劇場 (推奨年齢6歳以上。3歳未満は入場不可)公式HP

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