Musical Theater Japan

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『フラッシュダンス』観劇レポート:不確かな未来へ、手探りで踏み出してゆく若者たち

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

煉瓦の壁を模した背景中央が開き、向こう側を通りかかった若い女性…アレックスが自転車を止め、ウォークマンで音楽を聴く。カセットテープで彼女が聴き始めたその曲は…とばかりに、3人の女性たちが“Flashdance ~What A Feeling”を歌い継ぎます。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

映画版公開時に一世を風靡したこのナンバーとともに場面が変わると、そこは騒音と火花が飛び交う製鉄所。鉄鋼の街(としてかつて栄えた)ピッツバーグで、アレックスは昼は溶接工、そして夜はバーでダンサーとして働いているのです。

社長の息子、ニックに見染められても靡くことなく、逆にコーラをかけてからかい、颯爽と去ってゆくアレックス。名門のダンススクールで学び、プロのダンサーになるという夢を持つ彼女にとって、“ぼんぼん”とのデートなど眼中にないのです。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

しかしスクールのオーディションは激戦で、受験生は正規の訓練を受けてきた者ばかりと知り、独学の自分ではとても…と弱気に。元バレリーナのハンナに“あなたが必要なのはたった一つの枠だけなのよ”と励まされ、アレックスは再び奮起します。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

目標を持って逞しく生きるアレックスに衝撃を受けたニックは、自身の生き方を見つめなおすように。内面をさらけ出すニックにアレックスは初めて振り向き、二人は“過去も未来も忘れ、今この時を分かち合おう”と恋に落ちます。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

しかし工場の経営状況は芳しくなく、リストラを迫られる中でニックは打開策を見いだせず、苦悩。いっぽうアレックスの働くバーでは、仲間のコメディアン、ジミーが成功を夢見てNYに旅立ち、ダンサー仲間のグロリアはストリップ・バーのオーナー、C.C.の甘言に乗せられ、移籍します。アレックスはオーディションの一次試験を通過し喜びますが、それがニックの口利きによるものと知って傷つき、二次試験の準備を中止。それぞれに現実の厳しさを知った若者たちは…。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ


映画版のヒット曲はそのままに、登場人物一人一人の心情を描写する新曲を数多く取り入れ、アレックス一人の物語にとどまらない若者たちの“青春群像劇”に仕上がっている舞台版(2008年世界初演)。今回の日本初演で日本語脚本、訳詞、演出を担う岸谷五朗さんは、(設定となっている)1983年の空気の再現や回顧に囚われることなく、“世間に一歩踏み出して荒波に揉まれ、挫折し、それでも前に進んでゆく若者たち”の普遍的な物語を、“2020年”のキャストの魅力を引き出しつつ、鮮やかに描いています。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

中でも若くして自立し、鉄鋼所の荒くれ者たちにも一目置かれるアレックスを溌溂と演じ、物語を力強く牽引する愛希れいかさんが出色。明瞭な台詞と伸びやかな歌声、一つ一つの振りを丁寧にこなす姿からは、コロナウイルス禍を乗り越えて無事開幕したこの舞台に対する、彼女自身の強い思いが感じられます。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

またこの舞台版では、何不自由なく生きてきた富裕層のニックが自分の無力さに気づき、葛藤する過程が丹念に描かれていますが、演じる廣瀬友祐さんはソロナンバーで“持てる者ゆえの苦悩”を赤裸々に表現。ステレオタイプな二枚目とは一線を画したリアルな人物として、観る者の共感を誘います。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

グロリア役の桜井玲香さんは、夢の大きさはアレックスと同じながら、ふとしたことで転落してゆく様を熱演。前半の無邪気な面影と後半のショー・シーン(“グロリア”)での自暴自棄な姿のギャップに驚かされます。だからこそ、夢破れてNYから戻ってきたジミー(福田悠太さんの朗らかな持ち味がコメディアン役に活き、舞台に明るさをもたらしています)とグロリアが失意を分かち合う姿は胸を衝き、観客は挫折した二人の再起を願わずにはいられないでしょう。主題歌やショー・ナンバーを歌うキキ役Dream Shizukaさん、テス役・石田ニコルさんの弾む歌声、ショーガール役ではセクシー、工員役ではエネルギッシュこの上ないアンサンブル・キャストも魅力的です。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

一方の“大人たち役”では、本作唯一の“悪人”C.C.役を妖艶な凄みを醸し出しながら演じ、“もっとこの人物を見たい”と思わせる植原卓也さん、一度は自分のもとを去ったジミーの出戻りを許し、懐の深い店長ハリーを味わい深く演じるなだぎ武さん、雇い主のハンナと何かと言い合いながらも少しずつ心通わせてゆく付き人ルイーズを、姿勢や口跡を作りこんで面白く演じる秋園美緒さん(ダンススクールのミス・ワイルドとの二役)の好演が光り、元バレエ・ダンサーのハンナを気品とユーモア、大人の女性の余裕を漂わせながら演じる春風ひとみさんが物語を引き締めています。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ

今回、筆者が観たのはちょうど、劇場の入場者数制限の緩和に伴い、それまで空けていた席にも観客が入り始めた日でした。すぐ隣に、観劇体験を共有している誰かがいるという、懐かしい感覚…。手探りで未来へ向かってゆく若者たちの物語が期せずして、不確かな"新たな世界”に一歩踏み出す私たち自身へのエールともとれる舞台です。

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『フラッシュダンス』写真提供:アミューズ


(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『フラッシュダンス』9月12~26日=日本青年館ホール、10月3~4日=日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、10月8~11日=梅田芸術劇場シアタードラマシティ 公式HP