
いよいよ始まった夏休み。既に盛沢山のスケジュールをこなしているファミリーもあれば、“どこに行こう”と迷っていらっしゃる方も少なくないのではないでしょうか。 Musical Theater Japanでは今年も、家族観劇にぴったりの作品を厳選し、ご紹介します。
まずはお馴染みのミュージカル『ピーター・パン』。1981年以来、上演を重ね、今や日本の“夏の風物詩”の一つと言っても過言ではない演目です。
ダーリング家の子供たち、ウェンディ、ジョン、マイケルが、不思議な少年ピーター・パンに誘われ、ネバーランドへ。高揚感溢れる音楽やフライング・シーンも楽しみな舞台を演出するのは、国際的に活躍する演出家・振付家の長谷川寧さん。そして今年はフック船長/ダーリング氏役を、『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』など多くの大作ミュージカルに主演してきた、石井一孝さんが演じます。
様々な解釈が可能と言われる本作ですが、今年は観客にどんな発見をさせてくれるでしょうか。稽古もたけなわの某日、お二人にうかがいました。
【あらすじ】ロンドンのとある住宅。ダーリング夫妻が出かけている間に、空を飛べる少年、ピーター・パンが子供部屋に現れ、ウェンディ、ジョン、マイケルをネバーランドへといざないます。ウェンディはネバーランドで出会った迷子たちの“お母さん”になり、タイガー・リリー率いるモリビト(森の住人たち)とも仲良くなりますが、ピーター・パンの敵、フック船長の魔の手が! ピーターはティンカーベルとともに、ウェンディ救出のため海賊船に向かいますが…。
今年の『ピーター・パン』は
神話の重厚感を一つのテーマにしています
――石井さんは、いわゆる“ファミリー向けミュージカル”へのご出演は初、でしょうか?
石井一孝(以下・石井)「確かにミュージカルですと大人向けの作品が多かったのですが、僕にはとっておきの切り札がありまして、ディズニーの『アラジン』(1993年)でアラジンの歌を担当したことで、人気があったりします。初対面の方にも“『アラジン』の♪見せてあげよう…♪、あれ僕です”と言うと、それだけでシンパシーを感じてもらえるんですよ。子供たちとも繋がっている感じがして、嬉しいなと思っています」
――今回は生の舞台なので、子供たちからのリアクションが楽しみですね。
石井「そうなんですよ。長谷川寧さんから“ここは子供をいじっていいです”と言っていただいているところもあるので、子供たちに話しかけるかもしれません。
今回、僕はひび割れた白塗り顔で出る予定なんです。もともと異国顔で(笑)、昨年の(フック船長を演じた)小野田龍之介君の、つるっとしたむき卵顔とは違うので、ちょっと怖いかもしれませんね。そんな僕に話しかけられて、“怖いけどキュートなおっちゃん”と思っていただいてもいいなと思っています」

――2年前に初めて本作を演出されるにあたって、長谷川さんは“身体の態度”を重視されるとおっしゃっていました。今回、圧倒的な歌唱力で知られる石井さんをフック船長に迎えていらっしゃいますが、新たな意図があるのでしょうか?
長谷川寧(以下・長谷川)「フック船長の“造型”を変えようと思っています。今回の公演では、“神話”をテーマにしていて、フック船長については海の神ポセイドンのような、ちょっと重厚なイメージを持っています。前回までは比較的華やかというか、フットワークの軽さを使っていたと思いますが、今回は重さを出したいなと思い、所作もかなり変えたりしています。新たなフック船長というより、新しい生き物、みたいな感じになるといいなと思っています」
――コミカルな側面が目立つフック船長ですが、よりシリアスな側面が際立つように?
長谷川「ピーターは若さ、喜び、自由ということをよく言っていますが、それとは対照的な、“老い”や“渇き”といったものに向き合えればと思って一緒に造型しています」
――フック船長を演じる俳優はダーリング氏も演じるということになっており、これには様々な意味があると言われていますが、石井さんはどのようにとらえていますか?
石井「作者(ジェームズ・バリ)は二役やることをとても意識して書かれていると思います。ダーリング氏はよく子供たちに“静かになさい、少し静かに”と言うのですが、これと一言一句違わない台詞を、フック船長も海賊たちに言っているんです。同じ役者にある台詞を違う役として言わせるというのがとても面白いなと思って、この辺から膨らませていって、二つの役を一人の俳優がやるということをうまく使いたいなと思っています。
まだ寧さんと創り上げている途中ですが、硬質で或る種、野蛮で、少し枯れたフック船長に対して、ダーリング氏というのは、ダーリング家のなかで、勢力分布でいうと最下位なんです(笑)。一番がお母さんで、二番目がウェンディ、そしてジョンとマイケルが来て、犬のナナが来て、そして僕です」

――ナナよりも下ですか!(笑)
石井「もちろん。皆でディスカッションをした時も、ジョンやマイケル役の子たちが“お父さん、最下位だよね”と言っていました(笑)。どこか心優しくて、だけど威張っているのがちょっと情けないお父さん。
それに対して、(海賊たちの)最上位で、枯れた威圧感で人々を制圧しようとしているフック船長。僕はいろいろな声を使ったりするのが好きなので、演じがいがありますね。この、95%くらい違う二人を、ちょっとだけ、5%くらい、どこか似てるかも…みたいな感じでリンクさせたいです。
いつも家の中で威張っている、小うるさいお父さんを、子供たちは“海賊みたいだよね”と思っていて、それが彼らの妄想の世界、ネバーランドで具現化されてしまったのかな、というのが僕の勝手な想像です」
――長谷川さんから御覧になって、石井さんはどんな役者さんですか?
長谷川「もちろんいろんな経験をされていらっしゃる方ですので、ミュージカルについても詳しいですし、僕としては音楽がすごく好きでいらっしゃるというところに助けられています。それも、ミュージカル音楽に特化せず、音楽全般に詳しくていらっしゃる。
役の構築だけでなく、人生観もそうですが、いろんなものを摂取することって、僕はすごく大切だと思うんですね。ミュージカルはいろいろなものがミックスされた芸術だと思うので、“ミュージカルのみ”チョイスして来たというのも、バランス的によくない気がします。やはり全てのジャンルを摂取されていることが、役者としての“厚み”にもなっているんじゃないかなと信じています」
――長谷川さんがおっしゃるように、音楽好きとして名高い石井さんですが、本作の音楽はどのように聴こえますか?
石井「めちゃくちゃ素晴らしいです。おっしゃる通り僕はCD3万枚LP1万枚持っている音楽マニアですが、本作の音楽のクオリティはやばいと思いますね。全曲シングルカットできるような曲ばかりです。どれもメロディアスで、“アイム・フライング”なんて絶対ヒットしそうだし、“雄たけび”もヒットしそうだし、メロディーが入ってくる感じで、どれもヒットポテンシャルが高いです。
よく音楽で、メロディーが“太い”“細い”という表現を使うんですが、昔のジャズやコール・ポーター、ジョージ・ガーシュウィン、リチャード・ロジャースの時代って、メロディーが大きくて緩やかで太いんですよね。でも太いメロディがもう出尽くしてしまったので、今は細く、枝がいっぱいある音楽が多いんです。
もちろんどちらもよさがありますが、この太いメロディーの時代、1954年にこの作品は書かれています。楽曲は補助含めて複数人の作曲家・作詞家で作られています。ブロードウェイの英知を集めて作った、だからこんなにいいものができたという、ある種、冒険的な、面白い作品です。僕、音楽的には本当に『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』クラスの、スーパートップの音楽だと思いますよ。こんなにいい曲ばっかりの作品、ないんじゃないかと思っています」

――今回、どんな舞台に仕上がったらいいなと思われますか?
長谷川「(自身の演出は)3年目なので、仕上がっているとも言えますが、とはいえ、キャストは新人ばかりです。かなり前回から変わっているので、いろいろビルドアップしていますし、変更点も結構多くて、アップデートをし直しています。相変わらず時間もかけていますし、大変なことをやってはいるので、全然楽には作れていません(笑)。3年目にして、手数の多い作品だなと思っています。
今回は(もとの脚本通り)3幕構成で上演しますが、それの何がいいかというと、2幕ものより、子供たちが集中して観れる時間があるんですね。1幕なんて30分くらいで終わりますし。その短期決戦なところが非常に魅力であるなとは思っていて、大人向けの作品でもそういう長さのものがあってもいいと思っています。最近、若い子はショート動画に慣れていたりと、いろんな娯楽があるなかで集中力が下がってきていると思うんですよ。そういう意味で、3幕制ってとても見やすいなと思いますし、その短い中でアップデートを重ねている最中なので、以前観た方も楽しめるんじゃないかなと思っています」
石井「僕はとにかく(ピーター・パン役を演じて3年目の)山﨑玲奈先輩についていくのが一番重要なことだと思っています。この作品を最も理解しているのが、既に二回演じている玲奈ちゃんですから。そんな中で今回、ちょっと枯れたフック船長が来て(笑)、新しいエモーションを感じてもらえているみたいで、頼れるピーター・パンとの芝居がすごくやりやすいです。
他の方たちもみんなぴったりで、朗らかで天真爛漫、ウェンディにしか見えない(山口)乃々華ちゃん、抜群の身体能力を持っている(七瀬)恋彩ちゃんのタイガー・リリー、そしてダーリング夫人役の太田緑ロランスさんは芝居が抜群にうまいので、ダーリング家を引き締めてくれています。
そして僕が一番思うのは、アンサンブルのみんな含めて、このカンパニーはいいやつばかりなんですよ。優しくて前向きですごく礼儀正しい人ばかりです。仲の良さというのは実は舞台にも出てきちゃうことで、みんなで一つのものを作り上げようというポジティブ・オーラが、演技を超えて伝わってくるんじゃないかと思います。客席のお父さん、お母さんもきっと“何かとってもいいものを子供に見せてあげたわね”と思っていただけるのではないでしょうか。今回のこの空気感、僕は30年間いろいろな舞台に出ていますけれど、一番です。これも舞台の、大きな魅力になるのではないかと思っています」

――長谷川さんは2年前、この『ピーター・パン』で、日本では初めてミュージカルを演出されました。それから3年連続で本作に関わり、『ジョジョの奇妙な冒険』も手掛けられ、ミュージカル演出の経験を重ねていらっしゃいますが、手応えはいかがでしょうか?
長谷川「そこまで数をこなしているわけではないので手応えはわかりませんが、ミュージカル俳優の方に限らず、様々な出自の方をキャスティングするということはなるべくやっていきたいなと考えているので、今回の『ピーター・パン』でもこのキャストが集まってくれたというのは大きいです。
それがきっかけになって、ミュージカルというジャンルに目を向けてくれる方が出てくれば有難いことですしね。キャストしかり、お客様しかりですが、ジャンルをクロスオーバーさせるということはミュージカルをやる前からやってきたことではあるので、そういうカルチャーをミックスして提示できたら、ということは思っています。
それはすぐに効果を出すものではないと思いますが、『ピーター・パン』で初めて舞台を観た子供たちがいずれ舞台のファンになったり舞台を志していくかもしれないのと同じように、だんだんと遅効性の薬の様に効いてくるといいなとは思っています」
――石井さんはシンガーソングライターでもあり、ミュージカルを創る夢もお持ちなのですよね。
石井「今年の1月、僕が全曲作詞作曲したオリジナル・ミュージカル『君からのBirthday Card』を朗読スタイルで上演しましたが、せっかくこの世界で生きていますので、オリジナル作品の創作はこれからもやっていきたいです」
――将来的に長谷川さんと組まれたりといったことも…?
石井「お願いしたいですよ。ちょっと今度オーダーしてみます!(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『ピーター・パン』7月28日~8月6日=東京国際フォーラム ホールC、8月10~11日=高崎芸術劇場大劇場、8月17日=梅田芸術劇場メインホール、8月22~24日=博多座 公式HP
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