Musical Theater Japan

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『ある男』上原理生×上川一哉インタビュー:もう一つの“家族”の物語

上原理生 東京都出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。2011年『レ・ミゼラブル』アンジョルラス役でデビュー。その後も『ロミオ&ジュリエット』『1789』『ミス・サイゴン』『ピアフ』『マリー・アントワネット』等の舞台で活躍している。 上川一哉 島根県生まれ。12歳でジャズダンスを始め、05年に劇団四季研究所に入所。 『リトルマーメイド』はじめ多くの作品で活躍。21年に退団後は『ケイン&アベル』『ムーラン・ルージュ!』『ジキル&ハイド』等の舞台で活躍している。スタイリスト:飯田恵理子 ヘアメイク:関谷美世(上原)、大西花保(上川) ©Marino Matsushima 禁無断転載


“アイデンティティとは何か”を問う平野啓一郎さんのベストセラー小説が、瀬戸山美咲さんの脚本・演出、ジェイソン・ハウランドさんの音楽で舞台化。“いったいどんなミュージカルになるのだろう”と話題の本作で、谷口恭一、大祐兄弟を演じるのが上原理生さん、上川一哉さんです。

[弁護士の城戸章良(あきら)は、谷口里枝という女性の依頼で、ある調査をすることになる。
彼女の夫・谷口大祐が亡くなり、疎遠だった兄・恭一が訪ねてきたところ、遺影の男は大祐ではないと断言したのだ。
城戸は、仮に“X”と名付けた人物について調べるうち、彼が“戸籍交換”によって谷口大祐になりすましていたことを知り…。]

という物語の中で、“X”に“谷口大祐”という名を与えるに至ったのが、上川さんが演じる人物。そしてその遠因となったのが、谷口兄弟の関係性です。彼らの間にあった何が、“戸籍交換”という行動に大祐を走らせたのか…。

昨年の『イザボー』で共演以来、気心の知れたお二人に、城戸や“X”が周囲の人々と築くものとはまた全く異なる兄弟の関係を通して、本作の奥深さをじっくり語っていただきました。

 

『ある男』公開ゲネプロより。撮影:田中亜紀

 

大祐がこういう行動をとることになった道筋を
心がぎゅーとなりながら、一緒に考えました

 

――お二人は昨年も(『イザボー』で)兄弟役を演じました。お互いをどんな役者さんととらえていますか?

 

上川一哉(以下・上川)「何を歌わせてもピカ一の男だと思っています。同い年なのですが、全然タイプも違いますし、“初めまして”からすぐに打ち解けて話せるようになったよね」

上原理生(以下・上原)「かずやんは役者としてのキャリアは自分より長いし、素敵な役者だと思うし、いい声だし…。三拍子揃った同い年の素敵な役者なので、いてくれて心強いし、彼から学びたいとも思わせてくれる存在です」

上川「今回も楽屋が一緒になる予感がするね(笑)」


――原作を読まれての第一印象はいかがでしたか?

上原「すごく緻密に、重厚に書かれた作品だと思いました。平野啓一郎さんの人物描写が的確で、こういう人、いるなと思えた部分もありましたし、別人を名乗っていたとしても、その人が過ごした時間は本物なわけで、何をもって“その人”というものを推し量れるのかというのが、非常に斬新な目線だと思いました」

上川「僕は映画版を観た後に本を読ませていただいたのですが、どちらもリアルな感じがすごくあって、今を生きる我々に問いかけをしているなと思いました。身近というわけではないけれど、問いかけの内容がどこか、我々が見て見ぬふりをしているようなものだなと思ったんです。登場人物には何かしら共感できる、寄り添える部分があって、人間くさい話だなという感じがしました」


――戸籍交換という事象があることをご存じでしたか?

上原「映画か何かで、そういう現象があることを知ってはいましたが、こういう物語に登場することで、もしかしたら起こりえるかもしれないという身近さを感じました」

 

――わけありの人であってもいいので、他人と入れ替わりたい。それほど今の境遇から逃れたい。そこまでの思いに対して“わかるな”という感覚はありますか?

上川「すごくわかるかといわれるとなかなか難しいですが、人間何かしら悩みやコンプレックスを持っていて、そこに身の回りで起こっていることや親族の事情も重なり、どこかでその気持ちが爆発するとこうなるんだろうな…と、道筋を一緒に考えることができました」

上原「(自分が)交換しようという発想はないけれど、こういう事情があったらもしかしたら考え付くことなのかな、というリアルさはあるよね」

上川「思いが爆発したとき、“死”を選ぶのではなく、他人と入れ替わって生きようとする。そこもまた、言葉にできない難しさがあるよね。その人の心の中に、理解したくてもしきれないものがあるんだろうなと、心がぎゅーとなってくるなぁ」

上原「そうだよね」

 

『ある男』公開ゲネプロより。撮影:田中亜紀


――お二人は俳優というお仕事を通して、日常的に“他人”を演じているわけですが、それが参考になることもありますか?

上原「僕は最近、狂った役が多くて(笑)。極端な表現をすることもあったので、確かに自分と全く違う人物を演じると、さあどうやったらこの人を理解して、この人として生きられるかなと考えるので、参考になっているのかなと思いますね。

狂気のただなかにいる人って、自分では正気だと思っていることがあって、『イザボー』のシャルル6世も本気でそう思っていて、周りの人たちが突然わからなくなったかもしれない。『LAZARUS』で演じた殺人鬼も、社会とうまく関われない人だったのですが、殺したくてやっていたのではなく、根底に悲しみがあったうえでの殺しなんです。

今回も、お兄ちゃんにはお兄ちゃんなりの正義感や倫理感、守りたいものがあって、結果はひどいことになってしまったけれど、ひどいやつをやろうと思って演じると薄っぺらくなると思うし、彼なりに持っている真実をちゃんと持たせてあげたいと思うし、そういうものがあると“こういう人いるよね”“わかるっちゃわかるけど”みたいに感じていただけるのかなと思っています」

上川「どの役を演じる時にも、作品とキャラクターを理解するうえで、自分の中にないものがあると、少しずつ“こうかな、こうかな”と寄せ集めていくわけでしょう? でも今回(この谷口兄弟のくだり)はリアルな、人間のすごく黒い部分を描いているので、ひとつひとつ、すごく苦しくなるんですよ。

お兄ちゃんが里枝や城戸に対して大祐のことを語るときの言葉もぐさっとくる(ほど辛辣な)ので、小さいときから家族としてそういうふうに言われてきたとなると、そのウェイトってすごいんだなと感じます」

上原「(戸籍交換をして)名前を変えたくなるのも、わかるような気もするね」

 

『ある男』公開ゲネプロより。撮影:田中亜紀


――おっしゃるように、恭一が大祐のことを語るときの表現から、客席にはこの兄弟の仲の悪さが明確に伝わってきますが、ここまで人として認め合っていないというのが、強烈ですね。

上原「けっこうひどいお兄ちゃんなんですよね(笑)」

上川「ひどいです(笑)」

上原「はじめは“なぜ?”と思いましたが、老舗旅館を営む一族の四代目ということで、彼らは家柄が良いがゆえに、家族愛というよりは世間体、体裁を重んじるところもあると思うんです。お兄ちゃんにとってはそれが自尊心、ステイタスになっていて、守りたい。だから極力邪魔するものは排除しようとするんです。それもわかるといいえばわかるかな…。決して褒められた人間ではないですけれどね(笑)」

上川「家族の形って本当にいろいろあって、それがいい形になることもあれば、そうせざるをえなかったという形の家族もあって、それをすんなり理解できるかというと、難しいですよね。老舗旅館でいろんなことがあったのかな…」

上原「血はつながっていても、人と人なので、いろいろあると思うし。難しいよね」

上川「デリケートな問題ですよね」


――これだけタイプが違う二人なのに、学生時代にどちらも美涼という、一人の女性にアタックしていたというのがまた複雑ですね。

上原「血は争えないんですよ(笑)。皮肉ですね」

上川「それがまたややこしくて。この作品って、答えがなかなか出せないよね。そういう難しさがあるからこそ、この作品が生まれて、人間とは何なのかを、問いかけ続けているのかもしれないよね」

 

舞台挨拶にて。撮影:田中亜紀


――お互いの演技に触発される部分もありますか?

上川「理生君の、僕(が演じる大祐)についての言葉がぐさぐさ刺さってくるんですよ(笑)。兄弟役は2度目ですが、関係性は違っていて、今回はぼろかすに言われる役なので、逆にそこでダメージをキャッチしていけたらなと思います。ぐさぐさ刺されたほうが、こちらもリアルに演じられるので(笑)」

上原「俺としては心が痛いんですよ(笑)。弟君は兄ちゃんの言動によってすごく傷ついていて、心底いやだと思っている。本当に合わない兄弟だったのだろうなと思うし、(上川さんの)たたずまいを見ていると、相当窮屈だったんだろうな、ということが伝わってきます」


――美涼は大祐とつきあっていたということで、恭一としては弟に対する嫉妬もあったでしょうか?

上原「完全にあったでしょうね。“なんでだ”と。たぶん美涼さんと大祐は内面的に惹かれてつきあっていたけれど、お兄ちゃんは彼女の表面的な魅力しか見ていなくて、“(つきあって)いい思いをしたい”くらいの動機でしかない。そういう側面しか見えない、浅はかな男なんです(笑)」


――どんな兄弟になるか、要注目ですね。

上原「すれ違いの兄弟だけどね(笑)」

上川「縁を切ってしまっているので、同じシーンに出てこないんです。

瀬戸山さんは今回、人と人とのつながりを大きなテーマとしていると話されていました。歌稽古で、ジェイソンと話していた時には、どんなに小さくてもいいから一筋の光が見えて、そこに向かって進んでいけるような作品にしたいということだったのですが、僕と兄に関しては光はいらないそうです(笑)。現在進行形で渦の中に居続ける、そういうリアルな人間関係というものも現代にはあるということを描けたらいいですよね」

上原「いわゆる“ダークサイド”だよね」

上川「(この世は)ただ一筋の光だけ存在するのではない、というリアルさが見え隠れするようにしたいですね」


――上原さんは最近も、デヴィッド・ボウイが死の直前に、映画ではなく舞台作品として作り上げた『LAZARUS』に出演されましたが、舞台という「生」の表現の意義を、本作でも実感されますか?

上原「原作小説があって映画版もあるものが舞台になるわけですから、生の空気感をもってこの物語を伝えられたらいいなと思いますね」

上川「より“近く”感じていただけたら。それは劇場でしか感じられないものだと思います」


――この物語をミュージカルで表現する意味は、どんなところにあると思われますか?

上原「難しい質問ですね。デリケートな物語だし、本当によく書かれている小説を、どうミュージカル化するのか、決して簡単ではないと思います。

でもミュージカルという、音楽のある表現なので、原作から出てくる各場面の雰囲気、緊張感、キャラクターが抱えている心情といった、目には見えない情報を、耳から入れていただくことができるのではないか。挑戦し甲斐があることだと思います」

上川「今は(稽古場で)ピアノ一本だけで稽古していますが、今後演奏が入ってきて、どういう音でアレンジして編曲されているのかによっても、ジェイソンが伝えたいものが見えてくると思うし、その時にミュージカルでしかできない表現が生まれるといいですよね。それも挑戦だと思います」

 

上原理生さん、上川一哉さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――どんな舞台になったらいいなと思われますか?

上川「先ほど、2幕の稽古をやって理生君とも話していたのですが、この物語を通してしょっぱさであったり苦さ、甘さであったり、そういういろんな味をしっかり味わっていって,、最後に一つの味になったら面白いですよね。そして、各シーンごとに感情や話の流れをお客様にキャッチしていただいて、作品が問いかけているものをギフトとして持ち帰っていただけたら、このミュージカルをやる意味があると思っています」

上原「同感です」

上川「この作品、言葉にするのが難しいんです。僕らもどう話そうかと言っていたくらいで。まだまだ創っている段階なので、ディスカッションしていいものにできたらなと思っています」

上原「本当にそうなったらいいですね。僕は作品の“苦味”担当ですが(笑)、それを含めたいろいろなものが重なって、この作品の旨味が出るといいなと思っています」


――まだまだディスカッションを重ねるのですね。

上原「まだまだですよ」

上川「初日まで続くと思います。逆にそれが必要な作品じゃないでしょうか。瀬戸山さんがおっしゃることを漏らさず、キャッチしていきたいです」


――歌詞が変わったりということもありそうですか?

上原「十分、あると思います」


――新作ならではの緊張感が続きますね。

上原「暑い夏になりそうです(笑)」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『ある男』8月4~17日=東京建物 Brillia HALL、8月23~24日=広島文化学園HBGホール、8月30~31日=東海市芸術劇場 大ホール、9月6~7日=福岡市民ホール 大ホール、9月12~15日=SkyシアターMBS 公式HP

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