Musical Theater Japan

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『Defiled-ディファイルド-』観劇レポート:リアル観劇とVR配信(グラス使用、不使用)、3通りで愉しむサスペンス

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

立てこもり犯と刑事の攻防をスリリングに描いたリー・カルチェイムの『Defiled-ディファイルド-』。01年に発表、日本でも同年10月の初演以来、上演の度に話題を集めてきた二人芝居が、シーエイティプロデュースの“新しい観劇スタイル”、「STAGE GATE VRシアター」第一弾として、リーディング(朗読)形式で上演中です。

19人の俳優が日替わりで演じていることでも話題の本作は、劇場での鑑賞に加え、VR(ヴァーチャル・リアリティ)映像配信での鑑賞も可能。本稿では3パターン(「劇場」「VR配信(グラス使用)」「VR配信(グラス不使用)」)での鑑賞について、日替わりキャストの味わいとともにレポートします!

劇場鑑賞(この日は猪塚健太×岸祐二チーム)

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:西村淳 写真提供:シーエイティプロデュース

ロック調にアレンジされた、カッチーニの「アヴェ・マリア」。陰鬱なサウンドを切り裂くようにサイレンが鳴り、場内が明るくなると、ステージ上の図書館を模した空間には二人の男性が左右に分かれて座しています。下手の椅子にはハリー役の猪塚健太さん、デスクの上にはPCとダイナマイトの束、らしきもの。上手にはブライアン役の岸祐二さん、卓上には無線機。

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『Defiled-ディファイルド-』思い詰めたハリーの心を何とか開かせようと話しかけるブライアン刑事(岸祐二)。撮影:西村淳 写真提供:シーエイティプロデュース

「ハリー!…君とちょっと話がしたい」「話す気はない」。
すげないハリーに、刑事だというブライアンは矢継ぎ早に話しかけます。ここで働いていたハリーは、情報の電子化のため蔵書目録を廃棄するという館の方針に抵抗し、図書館を爆破しようとしているのですが、いくらなんでも“そんなこと”のため、自分の命まで捨てようとするだろうか…。ハリーの真意を探るべく、図書館に潜入したブライアンは、「交渉はしない」というハリーに妻が持たせてくれたというコーヒーを勧め、何気ない会話から彼の心を開こうと試みます。

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『Defiled-ディファイルド-』抑えていた感情が迸るハリー(猪塚健太)。撮影:西村淳 写真提供:シーエイティプロデュース

文明の偉大な産物を無視する人々に対する、純粋な憤り。順調とは言えない、自身の人生…。ブライアンに乗せられ、断片的に自らを語るハリー。いつしか二人の間には奇妙な信頼関係が芽生え、ブライアンはある提案をするのですが…。

リアルに作りこまれた舞台美術に、緻密に計算された照明、音響。通常の(立ちの)芝居と何ら変わりない空間で、二人は椅子に腰かけ、台本に向きあいます。

緊迫した状況などおかまいなしに話しかけてくるブライアンに心ならずも対応するうち、爆発的な声を出してしまう猪塚ハリー。生来は真面目で、内に溜め込む性分の青年がどれほど“負”の感情を溜め込んできたかが、痛烈にうかがえます。そんなハリーに対して確実に距離を詰めてゆく岸ブライアンの話術はなんともスムーズ、職人技を思わせますが、彼がハリーの意図を本質的には理解していない…しようともしていないため、事態は思いがけない方向に。コントラストの効いた二人の演技が、“共感”力を失った社会に警鐘を鳴らす舞台となっています。

VR配信鑑賞・スマホ用VRグラス使用(この日は加藤和樹×松岡充チーム)

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VR配信視聴用のVRグラス

公式HPからも購入できるVRグラス(眼鏡)をスマホに装着し、顔を近づけて観るというこのスタイル。視聴者はまず、正面、舞台上手、下手に設置された3つのカメラのうち、どれを起点として観るか(どれを“自分の目”にするか)を選択します(途中で変更も可能)。そこから画面上に現れるカーソルを使って、360度好きな方角を向くことができるのですが、実際には客席は真っ暗で何も見えないので、舞台上を好きなアングルで観るイメージ。とりあえず下手(ハリー側)のカメラを選んでみると、劇場で一度鑑賞していたにも関わらず、別世界と言ってもいいほどの新鮮な“画”が現れました。

左右のカメラが置かれているのは、俳優に耳打ち出来てしまえそうな(おそらく1メートルもない)至近距離、それも真横に近い場所。劇場の客席からは決して観ることのできない光景が、そこには広がっているのです。

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

加えて、このグラス越しに観るには数センチの距離まで画面に目を近づけるため、視界のすべてが劇空間。劇場でオペラグラスを通して観るのにも似ていますが、身体は劇場とは別の空間にあるため、幽体離脱でもしたかのような感覚で、その劇空間に入り込むことになります。この日は後半、ブライアンの妻と電話で喋るくだりで加藤ハリーが感極まる瞬間があったのですが、“ふと”溢れ出る彼の思いが、どんなに微細な表情の変化も見逃しようのないこのグラスを通してヴィヴィッドに伝わり、観ているこちらもおよそ他人事ではない、不思議な感覚に。繊細な表現をもれなくキャッチできるのは、このグラスの強みと言えそうです。

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

いっぽうブライアン側に視点を変えてみると、松岡さんは台本こそ持っているものの、くるくると変わる表情やちょっとした仕草が“立ちの芝居”さながらに雄弁で、こちらもまた目が離せません。冷徹というより、どちらかといえば“泥臭く”、真正面から事態にぶつかっていくタイプと見える松岡ブライアン。別世界に生きるハリーとブライアンですが、決して器用な人間ではない、という点では共通点があったのかもしれません。もしも状況が違っていれば、別の関係性が生まれていただろうか…。“人間味”の濃い二人の表現が、そんな余韻も残すドラマとなっています。

VR配信鑑賞・スマホ用VRグラス不使用(この日は三浦宏規×伊礼彼方チーム)

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

明瞭なキャラクター造型とテンポの良い台詞の応酬で、本作の“スリリングなサスペンス劇”としての側面を際立たせたのが、このチーム。“図書オタク”の三浦ハリーと、ベテラン刑事としての自負がちらちら覗く伊礼ブライアンは“言葉の魔力”と“一筋縄ではいかぬ人間の心”を対峙させつつ、70分を疾走します。

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

ハリー役はある程度図書館でキャリアを積んでいる役柄のため、“立ち”の芝居では三浦さんの若さが目に付いていたかもしれませんが、この日は(若干の設定変更はあったものの)彼の落ち着いた口跡とリーディングという上演形態の相乗効果で、違和感は無し。

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『Defiled-ディファイルド-』撮影:岡千里 写真提供:シーエイティプロデュース

VR配信ではグラスを使っても使わなくとも映る内容は同じなので、一定の没入感はこちらでも得られます。また終始VRグラスから視聴するとその集中度ゆえなかなかの体力・気力?を消耗しますので、例えば一度目はグラス無しで視聴し、リピートする機会があれば要所要所でグラスを使い、どちらかのキャラクターと一体化して観てみると面白いかもしれません。
自分で視野を動かすことができ、現地のカメラを“自分の目”のように使える点で、通常の配信とは一線を画したVRシアター、一度は体験してみる価値があると言えましょう。

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*劇場での公演は終了。V R配信は8月14日まで。公式HP