
昆夏美 東京都出身。洗足学園音楽大学在学中に『ロミオ&ジュリエット』オーディションでジュリエット役を射止め、デビュー。以降『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『ファースト・デート』『グランドホテル』『この世界の片隅に』等様々な舞台で活躍。17年には『美女と野獣』吹き替え版で美女役を担当した。©Marino Matsushima 禁無断転載
女性の科学者がほとんどいなかった時代に道を切り拓き、ノーベル賞を二度受賞したマリー・キュリー。
“キュリー夫人”として日本でも多くの伝記本にとりあげられている彼女の半生を描いた韓国発ミュージカルが、2023年の日本初演から二年ぶりに、新キャストを迎えて上演されます。
真摯に研究を重ねたマリーをダブルキャストで演じる二人のうち、今回は昆夏美さんにインタビュー。強い意志を秘めた演技と歌声に定評のある昆さんは、おそらく誰もが“偉人”として知っているマリー・キュリー役に、どのように命を吹き込んでいるでしょうか。稽古の手応えとともに、たっぷりお話いただきました。

【あらすじ】19世紀末。ポーランド人のマリーは、ソルボンヌ大学で学ぶためパリ行きの列車に乗り、アンヌに出会う。科学者として頭角を表した彼女は、ピエール・キュリーとともに新しい元素ラジウムを発見し、ノーベル賞を受賞。人類のためさらなる研究に邁進するが、いっぽうでアンヌの働く工場では、体調を崩す工員が現れ始めていた…。
「科学」を「芸事」に置き換えると、
とてもしっくり来るものがあります
――昆さんは文系・理系で言えばどちらのタイプですか?
「文系です。しかも、私は高校時代に音楽コースに通っていたので、物理の授業もあったとは思いますが、(音楽に時間を割くために)ぎりぎりのところまでしか習っていないんです」
――では今回いきなり、大学院レベルの領域に…⁈
「本当に、そうですね(笑)。作中、(男子学生たちが誰も答えられないなかで、マリーだけが)有名な数式をすらすら書くシーンがあるのですが、“どうしてこんなのが解けないの?”という感じで堂々と書かないといけないので、すごく緊張します。
私が焦って書いたりしたら、それはもうマリーじゃないですし、もし、実際に物理学者の方がご覧になって“ちょっと違うんじゃない?”と思われて(その方の)集中を削いでしまってもいけないと思いますし…。
台詞自体も、専門用語がたくさん出てくるので、格闘中です。“放射量”はわかりますが、“スペクトル?何それ?”みたいなものがたくさん出てきて。でもわからないと発することが出来ないので、一つ一つ学んでいます。台詞を言うまでの準備が必要な作品です」
――日本初演をご覧になったそうですが、第一印象としてはいかがでしたか?
「物語にも感動しましたが、マリーという役について、ひとりの役者として“これは大変な役だな”と感じました。
専門用語の多さにとどまらず、(心情的に)ジェットコースターのような物語で、1幕はマリーの大ナンバーで終わるんです。ミュージカル的にはまさに“ここにこんな大曲が欲しいよね”というところに来るのですが、その直前のシーンで、マリーは追いつめられ、ピエールに対して感情を爆発させてしまいます。フランス人で男のあなたに、(外国人である)ポーランド人で女の私のこの逆境は絶対にわかるわけない、と。その爆発の直後の大曲、しかも最後は高音で歌います。感情面の起伏も含めて、これは大変な役だなと思いました」
――“大変さ”を意図して作られたナンバーだと感じますか?
「おそらく意図されていると思います。韓国の作品って、ドラマなどもそうだと思いますが、激しいものが多いんですよね。この大曲で1幕を終え、ジェットコースター的な構成にすることでマリーの壮絶な人生を表現しているのかなとも思います」
――マリーとご自身が重なる部分はありますか?
「私は物理や科学のことは全くわからないけれど、それを芸事だったり、ミュージカルだったり、舞台の上に立つこと、表現することと置き換えると、すごくしっくり来ます。
自分が好きなものを人に紹介するときって、テンションが勝手に上がりますよね。物理の魅力を伝えたいという思いでワーっと喋ってしまうのもすごくわかりますし、私は舞台に立つという夢を叶えたくて、オーディションに何度落ちても一度も辞めたいと思ったことがなかったので、マリーの原動力もわかる気がします。
私は大学に入った時、二年生までに絶対事務所に入ろうと思っていました。自分が卒業した時に“舞台に立っています”と言えるような人でありたいと思っていたので、逆算してのことでした。事務所に入ってもすぐ仕事があるとは思えないし、二年間くらいはオーディションで落ちまくって何もない状態かもしれない。でも大学生だからと思えるように、自分に猶予を与えたかったんです。
実際には、ありがたいことに二年生のうちに事務所も仕事も決まり、想像もしていなかった未来が待っていたのですが、きっと舞台に立つという目標があったので、何があってもへこたれず、心を燃やし続けることが出来ました。それはマリーがラジウムを見つけようとしていた時の情熱と共通するものだったのだろうなと思います」

――一つの物語として改めて台本を読まれていて、どんなところに胸を打たれますか?
「本作ではマリー・キュリーという女性が、聖人のようには描かれていないんですよね。誰も知らなかった“ラジウム”という、可能性に溢れた物質を発見した。けれどもそれが危険性を含んでいるとわかった時、すぐに(研究を)やめると言えず、どうしても希望を諦めたくない、何か可能性を見つけようとしてしまう。エゴというか、すごく人間らしいなと思います。
ラジウムとポロニウムという物質を発見した偉人、で終わらない話になっているところに胸を打たれますし、マリーを“人間”として描いている作品だなと思います」
――外国人であり、女性でもあることでマリーが悔しい思いをする描写もありますね。
「私自身はそういう経験があまりないけれど、マリーはずっと疎外されてきて、逆にそれをエネルギーに変えています。女性だからといって理不尽に自分を外してきた人たちに対して、研究を通して自分の存在を突き付ける。私だったら、そこまで疎外されたら“すみません”と委縮してしまうと思うので、彼女はやっぱり強い女性だなぁと思います」
――昆さんは今までも、強い意志を秘め、突破して行くヒロインを数多く演じていますが、そうした一面はもともと昆さんが持っていらっしゃるものだと感じますか?
「確かに私は逆境に負けない女性を演じさせていただくことが多いのですが、私自身はそこまで“へこたれない強い力”は持っていない人間です。パワーを爆発させたりといったこともないですね」
――ではむしろ、『この世界の片隅に』で演じた“すず”さんタイプ?
「そうですね。とにかく平和で、みんな争いなく横一列で笑えてたらいいなというタイプです。みんなの前で引っ張っていくのではなく、横か、30センチくらい後ろにいたいですね(笑)。
でも真逆だからこそ、自分ではこうしないけれど彼女はこうなんだ…と客観的にとらえることができるのかもしれません」
――絶賛お稽古中ですが、ストレート・プレイご出身の鈴木裕美さんの演出はいかがですか?
「(鈴木)裕美さんはミュージカルも数多く演出されているので、楽譜の成り立ちであったり、ここがこうなるから次に進めるといった、音楽的な思考も持っていらっしゃいます。
お芝居に関しては、こちらが“こんなニュアンスかな…”と小手先でやってしまうと、すぐに見抜かれます(笑)。ノートについても、なるほどなと納得できるところが本当に多いので、私だけでなく他の方のノートも真剣に聞いています。
あと、裕美さんについてすごく好きなのが、例え話の仕方。演出家さんの中であるイメージがあって、それが演者に伝わりにくい時、例え話をされるじゃないですか。その時、裕美さんの例えって、スンっと入ってくるんですよ。自分の実体験や、実生活の中にあるような例を言ってくれるので、そのシーンや台詞を組み立てやすいし、裕美さんの中にあるイメージを実現しよう、ついていこうと思えます」
――ジェットコースター的な人生を辿るマリーですが、特に二幕、自分の夢に裏切られてゆく彼女の心中を昆さんがどう表現されるのか、注目されます。
「自分が求めてきたもの、信じてきたものがどんどん崩れて、ぼろぼろに剥がれていってしまう。そして彼女は一人になって行く…というような展開なのですが、そこで感情過多になって歌えなかったり、言葉を届けられなかったら、それこそ本末転倒ですよね。初演を観た時に、感情と技術のバランスがすごく難しいと思ったのはそこなんです。
感情に吞み込まれて歌を届けられなかったり、言葉が聞こえなくなってはいけないし、だからといってロボットのように技術に特化してもいけない。こんなに素敵な、心の機微を殺したくない…というのが、本当にこの作品の難しいところです。いろいろ計算したくもなりますが、今はまだその段階ではないと思うので、全部放出して、裕美さんのノートを聞きながら、自分でも匙加減というものを見出していけたらと思っています」
――どんな舞台になりそうでしょうか。
「この作品は、いいことも悪いことも、天才的なところも、未熟さも、全てをひっくるめて“これがマリー・キュリーです”という物語なのかなと思います。彼女自身は一人だと思っていたとしても、ピエールやアンヌが存在し、彼らとの繋がりがあったことで、人間らしさを保ち、研究が続けられた。そんな一つの人生を見届けていただける作品だと思いますので、出演者として、互いの関係性を細やかに、嘘無く描けたらと思っています」

――ご自身についても少しうかがわせて下さい。さきほど学生時代のお話が出ましたが、昆さんは高校、大学と洗足学園でミュージカルを学ばれたのですよね。読者の中には俳優を志している若い方もいらっしゃると思いますので、当時の様子をうかがえますでしょうか。
「高校時代は、普通の高校生活プラス好きなことを学べる部活のような感じで、本当に楽しく過ごしていました。そのままエスカレーターで大学に行くこともできたのですが、とにかく早く舞台に立ちたい、大学に通っている場合じゃないと思ってしまい、少しでも実践の場に近づこうと思って、東宝アカデミーに行こうと思っていた時期がありました。
でも、大学は出ておいたほうがいいのではという先生の意見をうかがって、やっぱりAO入試で洗足学園を受け直し、入学したんです。
授業は楽しいことは楽しかったのですが、私はやはり早く舞台にという目標があったので、1年生の頃はどこか物足りないというか、悶々としていました。
でも2年生で事務所に入り、作品も決まって…。学校や同期の子たちは好きだったので、公演のない休演日などは大学に通っていたけど、毎週出席できなかったので、実践授業は見学だけになりがちでした。
3年、4年の頃には(多忙で)ほとんど通えませんでしたが、今、私が何より嬉しいのは、最近、“私も洗足出身なんです”という方と現場をご一緒することが本当に多くなってきていて。
後輩もいっぱいいますし、レコーディングに行けばスタジオのエンジニアさんが、私が学生時代に関わりのあった先輩だったりして、そういうふうに母校と繋がりがあることが素敵だなと感じています」
――7年ほど前にお話をうかがった時、まだまだお若かったにも関わらず、後輩たちのことを考えていきたいとおっしゃっていたのがとても印象的でした。俯瞰の視点をお持ちなのではと拝察しますが、今後の日本のミュージカル界について、何か夢などはありますか?
「私は自分自身がまだまだ発展途上なので、7年前にそんなことをお話していたのでしたらちょっと気恥ずかしいですが(笑)…。
私はとにかくミュージカルが好きで、小さい頃からこの道を志してきた生粋のミュージカルっ子なので(笑)、これからもこの世界がミュージカル愛と、さらに良い作品を作ろうという空気に満ちた業界であってほしいなと思っています。
20年くらい前には、日本ではミュージカルを専門にやっている方がミュージカルをやるというイメージが強かったと思いますが、最近はいろいろな分野の方が参加されるようになって、広がりが生まれています。
分野を問わず、ミュージカルを心から愛する、そして作品の素晴らしさをお伝えできる人たちが集まって、一緒に良い舞台を目指す…そんな場で有り続けてほしいな、と感じています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『マリー・キュリー』10月25日~11月9日=天王洲銀河劇場、11月28~30日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 公式HP
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