実在の連続殺人事件“ジャック・ザ・リッパー”に想を得た、チェコ発・韓国経由のドラマティック・ミュージカルが、日本版演出、日本人キャストで登場。華々しくも個性豊かなキャストの中で、ジャーナリストのモンローを演じるのが田代万里生さんです。これまで様々な役を演じ分けてきた田代さんですが、その彼をもってしてもモンローは“やったことのないタイプの役”だそう。いったいどんな役どころなのか、モンローを通して見えてくる今回の日本版『ジャック・ザ・リッパ―』の世界観を探ります!
【あらすじ】1888年ロンドン。刑事アンダーソンは娼婦ばかりを残忍に殺す殺人鬼を追っていたが、解決の糸口が掴めず、焦燥の中でコカインに溺れていた。それを知った新聞記者モンローは彼を脅し、連続殺人犯に関する情報提供を約束させる。
4件目の殺人が起こった時、アメリカから7年ぶりに来英したという外科医ダニエルがアンダーソンの前に現れ、ジャックというその犯人に自分は会ったことがある、と語り始める。彼の話を聞いたアンダーソンはおとり捜査を計画するが…。
ジャックとは何者なのか…
そこに哲学的な意味が
含まれているように感じます
――お稽古では作品の全体像が見えてこられた頃でしょうか?
「まだ全貌は掴めていませんが、作品の空気感、演出の白井(晃)さんの考えている世界観はとても新鮮です。舞台美術の絵コンテを見せていただいたのですが、何と言ったらいいのか…平らなところがなく、凸凹した、抽象的なセットなんです。どこそこの場面だからこういう建物が出てくる、といったリアルな表現ではなく、抽象的。でも、足元にはロンドンの街並みを示す、小さなジオラマが置いてあったりして、実際の舞台ではどうなるんだろうとわくわくしています。白井さん曰く、韓国版とは全く異なるイメージです」
――劇中でも何度か“ロンドン”という街への言及がありますが、ロンドンという都市だからこそ起こり得たドラマと言えるもしれない、そうしたものがジオラマに凝縮されているのでしょうか?
「舞台美術のデザイナーさんが意図されたことを僕も聞いてみたいです。ただまっさらで平らな形状ではなく、斜めになっていたり。きれいなだけではない、雑然とした街の感じが伝わってきて、そこに生きる人々の心情のいびつさが示されているのかもしれません」
――白井さんは照明を絞った舞台を作られることが多いですが…。
「確かに、絵コンテはかなりダークでした。でも、僕が演じるモンローに関しては対照的に、わくわくした、常に喜びに満ち溢れている人物像です。ダークなセットの中だからこそ人間の喜びであったり、快楽に溺れる姿が際立つのではないかと思います」
――欲にまみれたネガティブな人物というより、むしろポジティブなのですね?
「モンローは、自分のことをネガティブとは一切思っていません。めちゃめちゃポジティブですね(笑)。特ダネをとろうという欲にはまみれていますが、それがあるからこそ生き生きしていると感じているのだと思います。
稽古をしていても、モンローという人物は最初に僕が台本を読んで感じた以上に、白井さんの中ではもっと重要人物であるように感じます。今日の稽古でも、情報提供を求めるくだりで、アンダーソンにいろいろな言葉を投げかけて食いついてきたら思い切って引っ張り込む、食いつかなければすぐ違う餌を出しておびき寄せようとする、という巧みな駆け引きを求められました。新聞記者としての話術というのをすごく大切にされていて、僕がやってきた役柄とは本当に違うので、テクニカル的にも高めていきたいと思っています」
――これまでの演目では歌い上げ系のナンバーを担当されることが多かったけれど、本作のモンローのナンバーはちょっと違うタイプの楽曲ですね。
「どちらかというと、皆を注目させて、どんどん巻き込んでいくようなナンバーです。ソロではあるけれど、皆を操っているようなイメージですね」
――年齢設定的にはどのあたりでしょうか?
「僕の実年齢でということなので、37歳くらいですね」
――従来のバージョンでは、これまで必ずしも人生がうまく行っていなかったけれど最後に一花咲かせたいおじさん、というイメージが強かったのですが、今回はまだまだ若い、働き盛りの記者なのですね。
「そうですね。意外に若い設定です。これからの稽古でまた変わっていくかもしれませんが、現時点ではこうした方向性になっています」
――本作はチェコ発ですが、韓国でアレンジされ、大ヒットに至りました。田代さんは韓国ミュージカルには親しんでいらっしゃいますか?
「今年出演した『マリー・アントワネット』『スリル・ミー』『マタ・ハリ』は全部韓国で上演されている作品ですよね。昨年は『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』『スウィーニー・トッド』を観に行きましたし、それ以前にも、韓国では『エリザベート』や『スリル・ミー』など、何本か観ています。『ジャック・ザ・リッパ―』でモンローが人々を煽るごとく、韓国のミュージカルでは観客を煽る要素が求められるし、歌い上げるシーンが盛り上がるので、観客の熱狂の度合いが違うな、という印象です。お客さんも感情を表に出していると感じます」
――日本の観客は静かだとよく言われていますが、韓国ミュージカルが人気ということは、日本の観客も潜在的には熱狂を求めているのでしょうか。
「他の国に比べると静かに見えるかもしれないけど、中身は熱いと思います。クラシック音楽でも、イタリアのお客さんは“ブラヴォー”と歓声をあげますが、ウィーンの楽友協会のコンサートなどは拍手だけで静か。でも音楽の歴史が詰まった国とあって、コンサートの後にとても熱く感想が語られています。日本人も観劇を通して非日常を味わいたい気持ちは強いと思います。それによって感情を解放したいという感覚は、日本のお客さんの中にも十分にあるのではないでしょうか」
――白井さんの演出は初めてだそうですが、いかがですか?
「言葉選びにインテリジェンスを感じます。すごくクールでありながら、熱い。全て考え抜かれた言葉でお話されるし、迷いがないんですね。
白井さんは俳優さんでもいらっしゃるので、”こうやってみてほしい”というのを実演して下さるのですが、白井晃バージョンのモンローはめちゃめちゃ完成度が高いんですよ。白井さんにモンロー役をとられるんじゃないかというくらいです(笑)。白井さんモンローの話術、言葉で相手を操りながら駆け引きをしていく姿を観ていると、白井さんがもし出演されたらモンロー役はぴったりだろうと思うし、白井さんがモンローという役を面白くとらえていらっしゃるのがすごく伝わってきます。その分、僕にとっても求められていることが多く、今、闘っているところです」
――メロドラマに流れる危険性もあるストーリーではありますが、そのあたり、白井さんはどう対処されていますか?
「“ミュージカルにはいろいろなスタイルがあって今回は日生劇場という大きな空間でやりますが、マイクに頼りすぎた芝居はしないで下さい”とおっしゃっていました。“マイクに助けてもらうのはいいけれど、それに頼ってしまうと、この作品は死んでしまいます。マイクがなくても絶対(お客様には)届きます”、と。僕らとしてもこの作品は口先だけではなく、お腹の底からのエネルギーが必要だなと実感しています。
また、ミステリーに加えてメロドラマ要素もあり、時間軸も何度も行き来する非日常な物語です。ストーリー的に少し強引な部分も、モンローには台詞芝居を通して人間関係をしっかり見せていくことが求められているので、しっかりとモンローとしてお客様を納得させる芝居を目指したいと思います」
――今回の『ジャック・ザ・リッパ―』には何かキーワードがあるでしょうか?
「特に提示されているわけではありませんが、何だろう…。ジャックとは何者なのか。どこにいるのか。そうした言葉に、哲学的な意味が含まれているように感じます。難しいですが、ジャックとはいかなる存在なのか、というようなことでしょうか。
面白いのが、中盤でジャックが狂気に満ちている時に歌う旋律を、2幕の終盤でモンローも歌うんです。ジャックが持っていた要素をモンローも持っていたということが、音楽の中に秘められていて、とても興味深く感じています。誰の心の中にもジャックが潜んでいる、ということかもしれませんね」
――そこが一番怖いですね…。
「そうなんです(笑)」
――稽古場の空気はいかがでしょうか?
「今回は初共演の方も多いのですが、同世代の俳優さんが多く、楽しい稽古場です。今日は夕方遅めに稽古場に入ったのですが、とあるダンスナンバーを初めて見て、それがすごい完成度だったんです。“これ、いつ作ったの?”と尋ねたら今日だ、というので、一日でここまで作ってしまうアンサンブルキャストのレベルにびっくりしました。ここから開幕までにどれだけブラッシュアップするんだというくらいレベルが高いカンパニーです。
メインキャストも、ダブルキャストが多いのですが、個性が豊かで組み合わせごとに全くカラーが変わってきます。(シングルキャストとして対峙する)モンローとしては常に緊張感があるし、どんな芝居が向かってくるか、それにどう返そうかと、ワクワクドキドキしながら取り組んでいます」
――プロフィールについても少し伺わせてください。コロナ禍の中でも田代さんは精力的に活動され、特に今年は充実されているようにお見受けします。ご自身の手応えはいかがですか?
「手応えはかなりあります。去年の分のエネルギーの蓄積もありますが、今年は特にバランスよく、『マリー・アントワネット』『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』『スリル・ミー』に関しては再演なので、準備期間的にも心構え的にも、ある意味余裕をもって取り組むことが出来、いい形で初演からのブラッシュアップが出来てきていると感じます。
いっぽうでは『マタ・ハリ』の再演に、(加藤)和樹さんとのダブルキャストで出演しましたが、僕はそれまで、初演メンバーとして再演に取り組むことが多くて、新キャストとして入っていくのが初めてだったので新鮮でした。役柄的にも、ラドゥーというのはある意味、お客様に嫌われなくてはいけない要素がある、初めてのタイプの役で、それまでやってきたことが全く通用せず、大きなチャレンジでした。この役で発見できたことがたくさんあったので、今回のモンローに活かすことができそうだなと感じています」
――田代さんは海外作品に出演されることが多いのですが、コロナ禍の今、演劇界ではよりオリジナル・ミュージカルの必要性が高まっても来ています。そんな中で、俳優のお立場から見て、日本らしさを活かせるミュージカルはどんなものだと感じますか?
「最近のミュージカルは本当に多様化していますが、オリジナル・ミュージカル、例えば『デスノート』を観るとまず、登場人物が日本人の名前であったり、渋谷や新宿といった地名が出てくることで、“演じられている世界”ではなく、リアルなものを観ているという感覚がすごくあります。そういう意味では、日本が舞台のミュージカルがもっとたくさん生まれたら…と思います。日本発のカテゴライズの必要がない音楽性のミュージカルがどんどん生まれると嬉しいですね!」
――ということは、田代さん的にはオリジナル・ミュージカルに対して抵抗は…。
「全く無いですし、むしろやりたいです。僕はクラシックを勉強してきたので、モーツァルトやプッチーニが200~300年前に書いた音楽を勉強しましたが、それらと比べればミュージカルはまだまだ新しいものです。『レ・ミゼラブル』がミュージカルの古典と呼ばれたり、シルヴェスター・リーヴァイさんが“ミュージカル界のモーツァルト”的存在になってきてはいますが、スマホを見ればアンドリュー・ロイド=ウェバーさんがSNSで呟いていたり、ミュージカル・コンサートを開けば作曲家は皆ご存命です。
そういう意味では、ミュージカルはまだまだ創世期だと思いますので、既存の作品にとらわれることなく、新しい作品にどんどん挑んでいきたいです」
――次回のホリプロさんのミュージカル・コンペでは、田代さんにあて書きされた作品が出てくるといいですね!
「ぜひ!(笑)待っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ジャック・ザ・リッパ―』9月9日~29日=日生劇場 10月に大阪公演有り 公式HP
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