パメラ・トラバースの児童文学をジュリー・アンドリュース主演で映画化、不朽の名作として知られる『メリー・ポピンズ』。2004年に誕生したその舞台版が、2018年の日本初上陸に続いて上演されます。
色鮮やかなビジュアルと次々に登場するビッグナンバーが魅力の本作で今回、新たにタイトルロールを演じるのが笹本玲奈さん。これまで『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『マリー・アントワネット』等、様々な大作ミュージカルで華々しい活躍を見せている笹本さんですが、本作については特別な思いをお持ちのご様子です。稽古開始を前に、期待に胸膨らむ現在の心境をうかがいました。
ずっと親しんできた楽曲を
歌える喜び
――笹本さんは本作について、どんな思い入れがおありですか?
「私は日本初演のオーディションも受けていたのですが、その時は合格をいただけず、今回、再挑戦で受かりました。ですので思い入れは、一言では言い表せないですね」
――そうだったのですね。初演の時は、例えば“メリーには若すぎる”といった理由だったのでしょうか。
「ちょうど『レ・ミゼラブル』でエポニーヌをやっている時期で、キャメロン・マッキントッシュご本人にオーディションをみてもらったのですが、彼の中では私について、少女のイメージが大きかったようです」
――では再チャレンジにあたっては、“大人の女性”像を心がけられたのでしょうか。
「初演のオーディションで直接、メリーのイメージではないと言われたことがずっとひっかかっていて、一度、生で見てもらってダメだったのなら永遠にダメなのではないかと思っていました。今回、もう一度挑戦するかどうかについては、すごく考えました。
はじめは“受けない”方に傾いていたのですが、年齢も20代から30代になって、生活環境も変わり、エポニーヌも卒業して様々な役を演じ、経験を積んできた今は、当時とは違う印象だから挑戦したほうがいい、と周囲の方々に言われまして、自分自身では変化に気づかなくとも、今の私ならメリーに合っているんじゃないかという言葉を信じてやってみよう、と思って臨みました」
――お話は戻りますが、日本初演のオーディションを受けられた際には、本作についてどんな思いがおありだったのですか?
「私はディズニーおたくで、ディズニーランドのショーが大好きなのです。それがきっかけで人前でパフォーマンスをすることに憧れを持ったので、『メリー~』に限らず、ずっとディズニー作品に出たいと思っていました。ジュリー・アンドリュースの映画版ももちろん見ていますし、ディズニーランドに行くと〈ひとさじの砂糖〉や〈凧をあげよう〉〈スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス〉がかかっていたりしますよね。今回、(念願かなって)これらの曲を自分が歌うことが出来るんだということが、信じられないくらい嬉しいです」
――ではオーディションではこれらの曲を歌われたのですか?
「課題曲になったのは〈Practically Perfect〉という、もともと映画版にはない難曲と、2幕でソプラノで歌う〈毒消しの薬〉でした。でも歌の審査はあまりなくて、審査員の皆さんがこだわっていたのが、立ち姿がメリーかどうか。すごく歌の練習をして臨んだのに、歌は一度か二度歌って終わりで(笑)、あとはダンスとお芝居の所作について、何度もコールバックを受けました」
――その場で動きをつけられて、という感じでしょうか。
「はい。この作品のメリーは、非常に独特で非人間的な動きをするんです。
ディズニーって、どの作品でもそうだと思いますが、キャラクターから外れてはいけないところがあるんですね。メリーについてはまず立ち姿がバレエの1番の足で、腕の形はここ、振り返り方はこうとミリ単位で決まっているので、それを演出家がおっしゃってすぐ対応できるかというのを見られていたと思います」
――オーディションで早速「メリーとは何者か」という核心の理解が求められたのですね。現時点では人物像について、どんなイメージをお持ちでしょうか?
「日本版の初演は観ていないので、舞台版のメリーがどういう人かはまだ語れませんが、小さいころから映画版を観て感じていたのは、とにかくパーフェクトで、立ち姿もどの角度から見ても美しく、きっちりしていて、非の打ちどころの無い女性。もしかしたらミュージカル版では、それに加えてかわいらしかったり、チャーミングな部分が加わっているのかな…と、歌詞やオーディションで受けたレクチャーで感じました」
――人間というより、魔法使いのような…?
「オーディションでは“宇宙人的”というお話がありました。人間は普通、メリーみたいにまっすぐ立ちませんので、その時点で人間ではないですよね(笑)。
また彼女と周りの人々の会話は、成立しているようでしていないというか、突拍子もない言葉を使っていたりするのですが、全体を通してみると深みがあるんです。そして、気が付くと皆、彼女の波に乗ってしまっている。影響力のある、頭のいい女性なのだな、と感じます。
“ディズニーのメリー・ポピンズ”と言えば誰もが抱くイメージがあると思いますので、それは打ち壊さないよう、これからの演出で受けるものをしっかり吸収したいなと思っています」
――日英の文化的な違いも興味深いですね。メリーは“nanny(ナニー)”という職業で、ベビーシッターとは違うようです。
「確かに、日本人から見ると、彼女の役割はわかりにくいかもしれません。私自身、子供の頃は映画版のメリーを家庭教師のように見ていましたが、住み込みで(親にかわって)子供を育てる役割のようですね」
――特にメリーの場合は、子供たちのみならず親に対しても、人の道を教えていますね。
「決して優しくはなく、むしろ厳しいけれど、そこに逆に愛情深さを感じますね。4歳の子供がいるので、我が家にもメリー・ポピンズに来てほしいです(笑)。今回、この役を経験することで自分の子育ても変わるかも、と楽しみです」
――名曲揃いの作品ですが、ミュージカル版ではダンスもふんだんに登場しますね。
「それも本当に楽しみで仕方がないです。せっかく小学生からタップダンスをやってきたのに、最近のミュージカルではなかなかタップを踏ませてくれないな…と思っていたので、今回、久しぶりにカビの生えそうなタップシューズを出してきて(笑)、これがまた履けると思うと嬉しかったです。10年ぶり? いえ、もっとですね。『ミー&マイガール』も歌やダンスのある作品でしたが、今回は比較にならないくらい踊るし、歌います。ようやくミュージカルらしいミュージカルをやれる日が来たな、と思っています」
――他に楽しみにされていることはありますか?
「舞台写真を見て、衣裳がとても可愛いな、(メリーのみならず)周りの方たちもすごく華やかで、いかにもディズニーの世界だなと感じました。この鮮やかな世界に入れることが楽しみですし、マッキントッシュ・カンパニーと久々にご一緒出来るのも楽しみです。『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』の演出が変わった時にご一緒した演出の方や音楽監督が今回、入っていらっしゃるようです」
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
「まずは、私自身が楽しめるといいなと思っています。最初のうちは、(稽古の中で) 息切れすることがあるかもしれないし(笑)、メリーの役作りも苦労すると思いますが、舞台に立った時に、自分なのかメリーなのか分からないくらいその世界で生きて、この公演、楽しかったなと思えるようにしたいです。そうすることで、お客様も自然と笑顔になっていただけるのではないでしょうか。最終的に、その空間にいる2000人近い人たち全員が、笑顔で劇場を後に出来たら最高だな…と思っています」
――プロフィールについても少しだけうかがわせてください。笹本さんのお母様は宝塚のOGでいらっしゃいますが、今、振り返ってみて、ご自身も女優の道を歩まれたのは必然だったと思われますか?
「母が宝塚出身でなければ、小さいころから劇場には行っていなかったとは思いますが、それは母の同期生が出演していたのを観に行くという感じで、私が舞台をやりたいと言った時には、“そんな茨の道をわざわざ行かなくても…”と、むしろ反対されました。
でも、私の中にはエンタメに限らず、子供の頃から“人を感動させたい”という気持ちが大きくて、何か自分のすることで感動を与えられたら、という気持ちがあったところに、出会ったのが舞台やディズニーのショー。そこで得た感動を、私も人に与えられたら…と思ったのです」
――13歳の時にオーディションで『ピーターパン』タイトルロールを射止めました。
「低学年の頃からダンスや歌のレッスンを重ねました。いきなりピーターパン役を射止めたように見えるかもしれませんが、それまでは子役の出るいろいろな演目で不合格も体験しました」
――ピーターパンとの出会いは、運命だったのかもしれないですね。
「後々、オーディションで審査員をされていた玉野和紀さんが“部屋に入ってきた瞬間に(笹本さんのオーラが)ピーターパンだった”とおっしゃっていました。雰囲気勝ちだったのかもしれません」
――その後は次々に大作に出演し、充実したキャリアを築かれていますが、どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「やはり、見に来てくださる方に感動を与えられる表現者になりたいです。以前、『レ・ミゼラブル』のキャッチコピーで“(この作品は)あなたの運命を変える”といったものがありましたが、私も誰かの運命を変えられるようなパフォーマンスが出来るよう、努力し続けていきたいです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『メリー・ポピンズ』3月26日~5月8日(プレビュー3月20~25日)=東急シアターオーブ、5月20日~6月6日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP
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