第一次世界大戦下のフランスで、“蚤のサーカス”から逃げ出した一匹の蚤。彼が見守る、薄幸の女と兵士の恋の行方は…。
他ならぬ“蚤”が主人公という画期的なミュージカルが、河田唱子さんの脚本、田中和音さんの音楽、菊地創さんの演出で、トライアウトを行います。
まさに“一寸の虫”と人間、そして猫のドラマをいったいどう表現するのだろう?と巷で話題の本作について、“蚤のジル・ド・レ”役で主演する岡本悠紀さん、彼と共にサーカスから逃げ出し、後に娼婦となる女クリステル役の青野紗穂さん、ジル・ド・レの“相棒”となる猫ベラ役のエリザベス・マリーさん、クリステルと恋に落ちる若い兵士ルベン役の大音智海さんに、たっぷりお話いただきました。
“一年しか生きられない蚤”の視点で描く
人生の儚さと美しさ
――今回は“蚤”のミュージカルなのですね。なぜ蚤⁈といったところを含めて、まずどんな印象を受けましたか?
岡本悠紀(以下・岡本)「最初に企画書を頂いた時は、何が起きるんだろう?と思いました(笑)」
大音智海(以下・大音)「台本を読んでも、全く想像出来なかったです(笑)」
岡本「台本を読むと“おお~!”と思える箇所がいくつか出てくるのですが、それをどうやって表現するのかわからなくて。でも稽古に入って、少しずつ見えて来ました」
――なぜ人間だけの物語ではなく、他の動物の物語でもなく、人間と“蚤”の物語なのだと思われますか?
岡本「そこなんですよね。まだすべてが見えているわけではないんですが、“人生”がつまっているドラマだと感じています。人間の目からは日々、何気なく見過ごしてしまうことも、蚤の視点を通すと、ふだんは見えない不安や嫉妬といった感情が人生に影響を及ぼしていることが、お客様に増幅して伝わるのかな、と」
エリザベス・マリー(以下・マリー)「蚤って、1年しか生きられないんですよね。それが尊いなと思っています。季節を一度ずつしか経験できない尊さ、その目線が私は好きです」
岡本「一度ずつしか経験できないなんて、僕は嫌だな(笑)。春が楽しかったらもう一度くらい味わいたいです。かわいそうです!(笑)」
青野紗穂(以下・青野)「これが最後と思いながら毎日を生きている、それが大事なのかもしれないですね。この瞬間は一回しかないと思って全力で生きる、ということを今の人たちはしないから…」
マリー「明日できるじゃん、と考えてしまうものね」
大音「この作品はすべてが悠紀さんにかかっているのですが…」
岡本「おいおいおい!(笑)」
大音「彼が蚤という“点”の存在をいかに可愛らしく、愛おしく見せられるかを追求するなかで、とんでもないエネルギーを放っています。例えばパペットを使って演じるミュージカルは『アベニューQ』とか、これまでにもあったと思いますが、今回は“点”ですよ!(笑)。演出家のとんでもない要望に日々、体当たりで臨んでいらっしゃる岡本さんが本当に素晴らしいです」
岡本「僕、学生時代にアメフトをやっていて、筋肉痛が普通というか逆に筋肉痛がないと生きていけないタイプなんですが…」
マリー「VIVA!筋肉痛(笑)」
岡本「今回は腕の筋肉が張りすぎて。あとは体勢の影響で、お尻の筋肉にけっこう来ますが(笑)、体に負荷のかかる舞台ってやりがいがあるので、毎日全力で頑張っています。(演出の菊地)創さん、大好きです!」
――蚤の役を長身の岡本さんが演じるという…。
大音「カンパニーで一番大きいんですよね」
マリー「大きな悠紀くんが小さ~いことをやるというギャップが面白くて。全部身体表現で見せるのかと想像していたので、意外でした」
岡本「まさに“目が点”になるミュージカルだと思います」
大音「とっても小さな蚤を原寸大で表現しつつ、180センチメートルの悠紀さんの表現もあって、二重構造になっています。ぜひ二回観て頂いて、一回目は蚤の表現、二回目は悠紀さんの表現に注目していただけると面白いと思います」
――青野さん演じるクリステルは、どんな女性ですか?
青野「下町育ちの率直な女の子ですが、大人っぽい面もありつつ、感情のコントロールがあまりうまくなくて、すごく幼いところもあります。感情の振り幅が出会ったことの無いレベルで、怒ったと思ったら泣いたり、落ち込んでいると思ったら喜んでいたり。かけ離れた感情を同時に出すことが出来る人なので、観ていてすっきりするかもしれません。例えば、嫌な上司に対して“こんなこと言ってやりたかった”とか、愛している人に対して“こういう言葉をかけてあげたかった”みたいなことを、すごくストレートに言う姿が、気持ちいいキャラクターです」
マリー「リアリティのある女性ですよね。ミュージカルを観ていると、“その怒り方、嘘じゃない?”と思うことがあるけれど(笑)、クリステルにはそういうところがなくて。愛されるキャラクターになる予感があります」
――マリーさん演じる猫のベラさんは…?
マリー「猫って2,3歳でもう大人なんですよね。その感覚はすごく大事にしていて、ある種達観しているような猫にしようと思っています。ジル・ド・レやクリステルについて行くことが多いので、人間と蚤の懸け橋的な存在でいるのが楽しいです。蚤との会話のシーンでは、“点”と喋ることもあれば、悠紀さんと喋ることもあって、その切り替えも楽しんでいます」
岡本「ベラは脳殺系な振付が多いので、お客様はそこも楽しめるんじゃないかな」
マリー「猫特有のツンデレ感は大事にしています」
大音「彼女は稽古に少し後から加わったのだけど、最初から完成されていてびっくりしました。ブリキ(ダンスホールの管理人)役の田中惇之さんとどんどん動き始めて、演出家が“そんなやり方があるんだ!”と感心していましたもの」
マリー「とりあえず追いつかないと!と必死で(笑)」
青野「衣裳もすごく素敵なんです」
マリー「白くてふわふわしてます」
――『キャッツ』のグリドルボーンのような?
マリー「似てますが、『キャッツ』の猫ちゃんたちよりは、家猫の要素が強いかな。人間に頼って生きているというような。野良で頑張っている感はたまにしか出さないです」
青野「猫にせよ、人間にせよ、この作品は日常で生まれる感情やそれに近いところを通って作られている感じがします。こちらとしては作り込んでいますが、観る側としてはリラックスして御覧いただける気がします」
マリー「題材としてはファンタジーだけど、蓋をあけてみるとリアルで」
岡本「人生とは何かを考えさせる哲学的な要素もありつつ、小道具を使ってショーアップしたナンバーもあって、ミュージカルって最高だなと思わせるシーンもあって。ふんだんに“刺さる”シーンがあると思います」
青野「人によって好きなシーンは分かれそうですね」
――大音さん演じるルベンさんは…?
大音「彼はこの作品で唯一、ちゃんとしたキャラクターです(笑)。だって180センチが演じる1ミリの蚤がいたり、鬼武者みたいなお手伝いさんがいたりと、本作は曲者揃い。俳優としては曲者をやりたい気持ちもありつつ(笑)、今回は作品の中の良心として、第一次世界大戦の苦しみをいかに皆が乗り越えてゆくかというシリアスな部分を担っていけたらと思っています」
マリー「ルベンがいなければライト・ミュージカルになっていたかもしれないけれど、彼の存在によって(歴史的な背景の)重みが生まれているんですよね。クリステルもだけど…」
青野「第一次大戦の頃って、見世物小屋がたくさんあったそうなんです。人とは違う体に生まれた人、身寄りのない子供たちがそういう場所で必死に生き抜いていて、彼女もその一人として、“蚤のサーカス”で蚤たちの世話係をしていたのでしょうね。その後はジェットコースター的な人生をたどって行くのですが、本当に落差が激しいので、必死にコースターに掴まっています」
岡本「紗穂のまっすぐさが活かされていて、彼女とルベンのデュエットも、僕は蚤の視点で眺めているんですが、すごく素敵です」
――岡本さんと青野さんは『RENT』で共演されているのですよね。
岡本「そうなんです。僕らの企画(Living Room Musical)にも出てもらっていて、すごく仲良しです。ちなみに大音さんとは槇原敬之さんのジュークボックスミュージカルで彼が初舞台を踏んだ時に共演していて、10年ぶりくらいかな」
大音「“お互い成長したね”って言い合っています(笑)」
岡本「こういうと上から目線に聞こえるかもしれないけれど、彼についてはキレキレに踊るダンサーさんという印象があったので、今回彼の歌稽古を聴いて“めちゃくちゃ歌うまくなってる!”と思って嬉しくなりました」
大音「それを聞いて僕も嬉しかったです」
マリー「努力されたんですね…」
大音「頑張りました(笑)」
――デモテープを聴いた限りでは、田中和音さんの音楽は“次にこの音に行きそう”なところに行かないというか、独創的な音楽に聴こえましたが、歌ってみていかがですか?
大音「曲はめちゃくちゃいいです!」
マリー「難しいです」
青野「作曲家自ら、弾くのにてこずっているみたいで(笑)」
大音「誰が書いたんだこの曲、って言いながら弾いてますね(笑)」
青野「“ミュージカル俳優あるある”の一つに、歌うのがすごく難しい曲ほど、それを乗り越えた時にお客様に伝わる濃度が高い、ということがあるんです。今回もお客様にはすーっと染み込みそうだけど、歌う側としてはめちゃくちゃ難しい。でも歌えればきっととても濃いものをお届け出来るな…という曲ばかりです」
マリー「一曲一曲のボリュームがすごくありますよね」
青野「そして飽きないです」
マリー「この音楽を、みんなが凄く魅力的に歌うんです。私も出演者なのに、“ずっと歌い続けていて…”と聴き惚れてしまうくらい(笑)」
大音「このミュージカルではクリエイターも出演者も、“日本語でいかにかっこいいリズムやグルーヴを生み出すか”という意識を持っている人ばかりで、歌唱指導の時にも“ここはマイケル・ジャクソンの感じで”“桑田佳祐さんだったら…”といった例を挙げながら、リズム感を追求する作業がすごく楽しかったです。お客さんにもこのノリをきっと楽しんでいただけるのではないかと思います」
――稽古の過程で、改めて感じることはありますか?
大音「この前、ブロードウェイミュージカルを観に行ったときに、主役とアンサンブルキャストの格差感が薄くて、“総力戦”という印象を強く受けたのですが、今回の蚤ミュージカルはまさにそういう作品で、皆が箱を運ぶし、100万匹の蚤(!)が出てくるシーンも、みんなで総力戦で演じます。僕がブロードウェイで感じた“みんなで最高のものを作るんだ”という空気をすごく感じて、めっちゃ楽しいです」
マリー「誰の目線で観ても楽しいと思います。ジル・ド・レでもクリステルでも、誰に感情移入しても楽しめると思います」
青野「それはどのミュージカルでもあるべき姿なのかもしれないですね。誰を切り取ってもそのキャラクターの人生をしっかり生きているということですから」
マリー「今回は出演者9人だしね」
岡本「ちょっと待って…9人しかいなかった?」
マリー「9人なのよ~」
青野「それだけ今回のカンパニーは、一人一人がとてつもないエネルギーを持っています」
マリー「さぼる暇がないし…皆、常に何らかの役で舞台上にいますね」
青野「それか着替えているか舞台裏を移動しているか…」
大音「第一次大戦って、“総力戦”という言葉が生まれた戦争なんですって。それまでは職業軍人が戦うのが戦争とされていたけれど、この大戦では市民も皆巻き込まれることで総力戦となっていったそうです。そういう背景を持った作品だからこそ、僕たちの総力戦を観てほしいなと思います」
――最後に、今回どんな舞台になったらいいなと思われますか?
岡本「23年のこの時期に上演する作品なので、23年の忘れられない思い出になればと思います。若手クリエイターたちとキャストの思いがつまった、こんな素敵な作品があるんだよということが日本中に轟いたらと思いますし、この作品を観た方を起点として、優しさの連鎖が広まっていったら嬉しいです」
青野「明日生きる勇気をもらって帰っていただいたらと思います。たとえどんなにつらいことがあっても、そこで諦めてしまったらおしまいだし、今、目の前にいる人も、急にいなくなってしまう可能性もあるわけですが、日をまたいで朝日を浴びたら、小さいかもしれないけれど、何かが、誰かが、待っているかもしれません。明日を迎える、新年を迎える勇気を、この作品を通して持っていただけたらと思っています」
マリー「さきほども少し言及がありましたが、本作では“今、どう生きるか”ということを強く感じていただけると思うので、もし今、一歩踏み出すことを躊躇している人がいたら、この作品を観て勇気をもらっていただけたらなと思います。あと、個人的には、これまでミュージカルがメインの俳優さんと共演することがあまりなかったので、私のファンの方々に、日本のミュージカル俳優の底力を知っていただけたらと思っています」
大音「日本国内で新作ミュージカルを作るということは大きな課題だと思うので、それに立ち向かう人たちの生きざまを見てほしいとすごく思います。僕はこの前まで、『ムーラン・ルージュ!』という、世界最高峰の作品の一つに出演させていただいていたのですが、調べてみたら、初演の時に38億円もかかったそうです。映画以上の予算ですよね。
それに比べたら日本では様々な制約があるけれど、今回、脚本の河田さんも演出の菊地さんも、音楽の田中さんも、ブロードウェイに負けない、いつか超えるものを作りたいという思いがあって、それが今回のトライアウトとなっています。もしかしたら数年後、今回歌った曲がライブの定番曲になっているかもしれない…という意識で僕らは作っているので、その情熱、生きざまがお客様に伝わったら最高です」
マリー「いつか“あの作品のトライアウトに出てたんだよ”と言う日が来るかも⁈」
青野「ここから作品を大きく育てて行ければ、可能ですよね」
大音「“伝説のオリジナル・キャスト”になりたいな」
岡本「なろうよ。そのために(挑戦を)続けて行こう!」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』12月28日~31日=ラゾーナ川崎プラザソル 公式HP
*岡本悠紀さん、青野紗穂さん、エリザベス・マリーさん、大音智海さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。