Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『コーラスライン』アダム・クーパー インタビュー:“生来のチャレンジャー”が挑む、奇跡の新演出版

アダム・クーパー 1971年生まれ、ロンドン出身。1989年~97年にロイヤル・バレエに在籍。1995年にマシュー・ボーンの『スワンレイク』に出演、数々の賞を受賞。ロイヤル・バレエ退団後は振付や演出・脚本も手掛ける。日本では『スワンレイク』、『危険な二人』、『Singin' in the Rain〜雨に唄えば』、『兵士の物語』、『レイディマクベス』等に出演。 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

1975年にブロードウェイで開幕し、俳優たちがそれぞれの人生を語るというドキュメンタリー・タッチの内容でセンセーションを起こした『コーラスライン』。マイケル・ベネットの原案・振付・演出、マーヴィン・ハムリッシュの音楽は高く評価され、日本でも劇団四季が断続的に上演、長く愛されてきました。

このミュージカルの“例外的な”新演出版であり、2021年に英国レスターで初演し好評を博したニコライ・フォスター版が、今秋来日。権利上の関係で、この新演出版の上演はこの日本公演で終了なのだそうです。日本の観客にとっては“最初で最後の”ニコライ・フォスター版とは、いったいどのような演出でしょうか。今回、ザック役で出演する、日本でもおなじみのスター、アダム・クーパーさんに詳しくうかがいました。(前半は合同インタビュー、後半は個別インタビューを採録しています)

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner

【あらすじ】ブロードウェイのとある劇場で、ある新作のコーラスのオーディションが行われている。17人に絞られたところで、演出家のザックは受験者たちに「自分について語ってほしい」とリクエストを出す。俳優たちは戸惑いながらも、それぞれの悩みや葛藤について語り出すが…。

 

ザックが過去の誘惑と葛藤する“新たなシーン”が登場

 

――アダムさんは『コーラスライン』という作品と、いつごろ、どのような形で出会われましたか?

「僕は幼いころからミュージカルを観るのがとても好きで、初めてこの作品に触れたのは、8歳か9歳ぐらいの時。TVで映画版が放映されているのを観て、たくさんのダンサーたちが舞台上で踊る姿にワクワクしました。

そして2013年に劇場でリバイバル版を観て、俳優たちが自分の人生の真実を語り、その中から成功が生まれてゆく姿を目の当たりにできる本作は特別な作品だな、と改めて感じました」

 

――今回の新演出には、どんな特徴があるでしょうか?

「振付も新しくなっていますが、まず演出家のザックがずっと舞台上にいる、というのが新たな趣向だと思います。彼が(オーディションの参加者である)俳優たちをどう理解し、彼らたちの言葉にどう反応しているのかを、客席から如実にご覧いただける演出になっています」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner


――ザックの新たなシーンが挿入されているのも見どころですね。

「オリジナル版では、最後の“One”でザックも一緒に歌い踊るのですが、今回新演出に取り組むにあたり、クリエイターたちの間で、ザックが自分の演出作品である“One”を俳優たちと歌い踊るのはちょっとおかしくないか?という話になったそうです。

また、ドラマの直後に“One”が始まるのも、やや唐突だということで、ここにザックのシーンを入れ込むというアイディアが生まれたそうです。何もないステージの上で、ザックが過去の思い出に浸る。するとシルクハットが降りてきて、ザックはダンサーとしての(まだ踊りたいという)誘惑と葛藤するが、それを抑えて未来へと向かっていく、というものです。

その間、どこかから聞こえてくるのが、トニー賞受賞式でのマイケル・ベネットのスピーチ。あの声を入れることで、観客にはオリジナル版との繋がりを感じていただけますし、同時にザックから新たな世代へと、俳優の魂が渡されてゆくことも表現されています」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner


――最後の“One”はフィナーレというより、ザックが作ろうとしている新作なのですね。

「もちろんフィナーレでもありますが、(ザックの)ソロに続くので、彼の作品というイメージもあるかと思います。ただ、オーディションでは男女4人ずつを採用すると言っていて、“One”には18人登場しますので、今回作る新作ではなく、別の作品なのではないでしょうか。いわばザックの胸の中にある、理想のフィナーレのような感じではないかと思いますが、いずれにしても、ザックの作品であることは間違いないでしょう」  

 

――ザックの人物像について、アダムさんは近しさを感じますか?

「似ている点としては、ダンサーから振付家、演出家へと転向している点があります。また、オーディションでは技術面より、パフォーマー一人一人の個性に注目しようとしているところも似ています。その人がどういう人間か、どういうことができるのかを知ってこそ、振付や演出もしやすくなると思っています。

いっぽうで、ザックにはちょっと無慈悲というか、人を邪険に扱うところがありますが、僕は相手を気遣うことを心掛けているので、そこはちょっと違うかな(笑)」
 

――今回演出をつとめたニコライ・フォスターさんとのお仕事はいかがでしたか?

「彼は成功している演出家であるばかりでなく、劇場の運営もしています。レスターにあるザ・カーヴというこの劇場は、英国で最もオリジナル作品を生み出している劇場。彼の演出はいつも作品を異なる角度から見せ、新たなエネルギーを生み出しているのが素晴らしいと思います。

また、コラボレーションを大切にし、役者の視点に耳を傾けてくれるし、振付家や音楽のスーパーバイザーとも密に協調されていました。今回の舞台は“みんなで作った”という感覚がとても強いです」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner


――マイケル・ベネットの振付の印象が強いだけに、新振付のエレン・ケーンさんはプレッシャーも大きかったかと思いますが、彼女の新振付はいかがでしたか?

「もちろんプレッシャーを感じていたと思います。シンボリックな作品ですし、ダンスもたくさんありますし。私がダンサーとしても振付家としても感銘を受けたのは、彼女が全ての振付に意味と物語を与えていた点です。彼女の動きは具体的ですし、ダンサーたちを1つのグループとして、粘土のように柔軟に、同時に非常に精緻に振りつけています。

彼女自身もとてもエネルギッシュで、いつも元気に大きな声を出していて、本当に素晴らしい振付家だと思います。

ずっとオリジナル版のままで上演すると、作品はミュージアム・ピース的というか、“こうでなくてはいけない作品”になってしまいますが、僕は作品というのは進化していくべきだと思います。新しい手法が取り入れられたのは、とてもいいことだと思っています」 

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner


*以降は個別インタビュー*

 

――もしこの新演出版が10年、20年前に上演されたとしたら、アダムさんはどの役を演じたかったですか?

「序盤のビッグナンバー(“I Can Do That”)を歌うマイクですね。僕自身は“ねえ、僕のダンスを見て!”というようなタイプの人間ではないのですが、あの振付はとても楽しく踊れます。グレッグという役もキャラクター的に面白いし、ボビーも台詞で聞かせるけれど…、僕が思うに、本作の名曲はほとんどが女性キャラクターによって歌われるんですよね…(笑)」

 

――キャシーの「音楽と鏡」とか…?

「そうですね。あのシーンは照明がいいんですよ。あちこちから照明が向けられては消え、すべての明かりが集まった時、ある種幻想的な時間が始まる。キャシーが自分だけの世界で、歌い踊るんですよね」

 

――あのナンバーの後、ザックは優しく声をかけますね。

「本作ではザックと昔の恋人キャシーの関係性も、一つのテーマとなっています。別れたとはいえ、長い間つきあっていた女性が自分のオーディションに現れれば、何も感じないということはないでしょう。彼女は主役歴があるにも関わらず、(ハリウッドで挫折し、再起を目指して)コーラス・ガールのオーディションにやってきました。彼女のダンスをまた目にしたことで、ザックの中に過去の愛情がよみがえるのです。ただ、既にお互い別々の道へと踏み出しているので、その感情は長くは続かないのですが」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner


――前回の英国公演を拝見して一つ驚いたのが、オーディション中に俳優たちが語らう箇所で、ザックが床の上に寝そべっていたことです。非常にフレンドリーな描写でしたが、70年代にこういう演出家がいたのでしょうか。

「面白い点に着目しましたね。実はマイケル・ベネットは『コーラスライン』を創り上げるにあたり、俳優たちを誰もいないスタジオに連れていき、床の上に座ってタバコを吸ったり飲食をしながら、彼らから取材したのだそうです。リラックスできる環境を作ることは、相手に心を開いて本音を語ってもらうためにとても重要ですから。

また、お客様から見れば“演出家らしくない”かもしれませんが、ザックはダンサー出身なので、僕らから見れば床に寝そべるのはごく自然な行動です。この描写があることで、今回のバージョンではザックのダンサーとしての“性(さが)”を強調していますし、本作がザックの視点から描かれていることを明確にしています。ベネットがスタジオで俳優たちから話を聞き、本作誕生のきっかけとなった夜を思い出させてくれる点でも、僕はこの演出をとても気に入っています」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner

――もう一つ、とあるキャラクターが(オリジナルでは男性でしたが)女性によって演じられていたのにも驚きました。

「そこも面白いんです。2021年にレスターで初演した時には男性が演じていたのですが、再演のオーディションにある女優が現れ、あまりにもパワフルだったため“あの役にぴったりだ”という声があがったそうです。その人物のミュージカルナンバーがたまたま、男性女性どちらの声域でも可能だったので、ではこの役は彼女に演じてもらおうということになりました。

僕らはとかく“これはこうあるべきだ”と考え方が硬直しがちですが、演劇界、とりわけウェストエンドでは今、いろいろな考え方があっていいという気風が生まれています。男性が演じていた役を女性が演じる、またその逆も含めて、です。『ロミオとジュリエット』というタイトルでも、演じているのは男性と女性ではなく、女性と男性ということもありえるかもしれません。突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、イギリスではこうした例は実際、増えてきています。

いいじゃないか、やってみようよ、と僕も思います。これまで、演劇においては男性がメインキャストをつとめる作品が多く書かれてきましたので、こうした形で男女の活躍機会が均等になるのはいいことだと思います」

 

――その役を女性が演じると、最初にザックが受験者たちに問われて「男女〇人ずつ採用する」と言っていたのが…。

「確かに、そこは僕も思いました(笑)。矛盾が生じることになるな、と。そこで僕は、ニコライが例の女優を見て“彼女をあの役に”と思ったのと同じように、前回の公演の間、ザックもその俳優を見た瞬間、男女〇人というこだわりを捨てたのだと解釈し、演じていました。今回の来日公演でその役のキャスティングがどうなるかは、オーディション次第です。そこも含めて、楽しみにしていてください」

 

『コーラスライン』Photography by Marc Brenner

 

常に“最も困難に見える道”を歩んで行きたい

 

――プロフィールについても少しうかがわせてください。アダムさんはロイヤル・バレエでプリンシパルとして活躍中に、新解釈で一世を風靡した『白鳥の湖』に主演、その後ミュージカルにも進出し、活躍の場を広げ続けています。とりわけ、2年前に『レイディ・マクベス』で天海祐希さんと共演した際には、マクベス役をナチュラルな日本語で演じ、客席を驚かせました。

「ありがとうございます。発音コーチに大いに助けられながら、長期間、ハードに練習しました。私が“こういう感情でこの台詞を言いたいんだ”と言うと、コーチが的確な抑揚を教えてくれ、それを一つ一つ、体に入れていったのです。

でもそれ以上に、自分以外の台詞を覚えるのが大変でした。皆の台詞にきちんと反応するには、英語版の台本を完全に覚えないと、日本語で彼らが何を言っているのか見当もつかないので…。

外国語での芝居はこれまでやった中で最も恐ろしく、同時に最も自分を誇らしく思えた仕事でした。今となっては、あんなことができたのが信じられないくらいです。演出のウィル・タケットとは35年来の仲なので、彼と仕事ができたのも嬉しかったですね。僕にとって最も素晴らしい経験です」

 

――アダムさんは“チャレンジャー”なのですね。

「挑戦は大好きです。決してたやすい道は選んできませんでした。自分にとって一番難しく見える道を歩んできたつもりです。

初めてミュージカルに挑んだのは2001年、『オン・ユア・トーズ』という作品で、演じるだけでなく振付も担当するようオファーされ、引き受けました。馬鹿なことをしてしまったと気づいたのは、稽古が始まってからです(笑)。

この作品はダンス満載の大作であるにもかかわらず、稽古期間はたった4週間しかなく、その中ですべての振付を仕上げなくてはなりませんでした。またそれまでダンサーだった僕は、この作品で初めて台詞を喋らなくてはなりません。それもアメリカ人の役なので、アメリカ英語のアクセントで、です。さらに、歌うのも初めてでした。これらの初体験が一度に襲ってきたのです! 若くナイーブだった僕は、なんでもできると思ってしまったのでしょうね(笑)。

とはいえ、僕は今も挑戦を恐れません。失敗のリスクがあったとしてもです。挑戦することで成長し、自分が何を達成できるか知りたいと思っています」 

 

アダム・クーパーさん。 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

 

――今回『コーラスライン』の演出を手掛けるニコライさんは、有名な作品に新演出を施すことを得意としています。アダムさんの中で「次は彼とこの作品を…」といったアイディアはありますか?

「今後やってみたい作品は2,3ありますが、ニコライはとても忙しく、今、イギリスではツアーを含めて3つか4つ彼の演出作を上演中という状況なので、僕からアプローチするのは気が引けます(笑)。最近だと『ミュリエルの結婚』が開幕しましたね。『オズの魔法使い』や『キンキー・ブーツ』『グリース』も手掛けています。本作の稽古場で機会があれば、ちょっと彼と話してみたいと思ってはいます」

 

――例えばアダムさん主演の『クレイジー・フォー・ユー』を観てみたいという方はたくさんいらっしゃると思いますが…。

「『クレイジー~』のボビーは非常に踊りの多い役ですが、僕はもうそういう役をやる時期は過ぎたと思っています。人は己の限界を知るべきで、僕は以前のようなダンサーとしての自分をお見せしたいとは思っていません。“若者の役なのに、50歳の俳優が演じているよ”なんて思われるのも嫌ですしね(笑)。

20年以上ダンス・ミュージカルをやってきましたので、新しいことに挑戦する時期だと思っています。詳しくはまだ言えませんが、ダンス主体ではないけれど、歌も踊りも愛する自分にとってぴったりのミュージカルはいくつかあります。今後そのような作品でまたお目にかかる機会もあると思っています」 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『コーラスライン』9月8~22日=東京建物Brillia HALL、9月27~28日=仙台サンプラザホール、10月2~6日=梅田芸術劇場メインホール、10月10~19日=シアターH 公式HP 

*アダム・クーパーさんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。