
1989年に日本で公開され、“ミニ・シアターブーム”のきっかけとなったと言われる映画『バグダッド・カフェ』が、パーシー・アドロン監督と夫人のエレオノーレ・アドロンの脚本で舞台化。この秋、花總まりさん、森公美子さんはじめ豪華な顔ぶれによる日本初演が行われます。
主題歌“Calling You”のサビ♪ア~~~イ・アム・コーリング・ユー…♪も一世を風靡した作品ですが、"タイトルは聞き覚えがあるけれど映画はまだ観ていない“という方も、少なからずいらっしゃるかもしれません。
そんな方にもご覧いただきやすいよう、ブレンダ役の森公美子さんに、本作の概要と魅力をじっくり語っていただきました。作品の大きなテーマの一つでもある“人間関係の構築”についても、ご自身が実践されていることを話されています。多くの人々から愛されてやまない森さんの、示唆に富んだモットーとは…?
【あらすじ】アメリカ西部。砂漠の真ん中にたたずむ一件のダイナー(兼ガソリンスタンド兼モーテル)に、夫と喧嘩別れをしたドイツ人旅行者、ジャスミンが訪れる。店を切り盛りするブレンダは日々のストレスも手伝い、外国人のジャスミンを邪険にしてしまうが、ジャスミンの行動が少しずつ、ブレンダ、そして周囲の人々の心をほぐして行く…。

砂漠の真ん中で、人々の心に
満開の花が咲いて行くような物語
――まずは今回、この役をお受けになった理由から伺えますでしょうか。
「レーザーディスクを持っていたほど、『バグダッド・カフェ』という映画が大好きだったんです。なぜそこまで好きだったのかと考えると、まずは“Calling You”という主題歌ですね。ジャスミンやブレンダの思いを代弁するように、“あなたを呼んでいるのよ”と歌っているのだけど、相手の耳には届かない。でも助けを求めている、というこの曲に、私はすごく心を持って行かれまして。
内容的にも、女性同士の友情や、ちょっとした言葉のあやで人を傷つけてしまったりすることが描かれていて、共感できるお話です。
私が演じるブレンダは、“ここは全部私が仕切ってるんだから、私の言う通りにしなさいよ”という調子で店を切り盛りしています。そこをどんどんぶち壊してくれたのがジャスミン。
ブレンダははじめ、ジャスミンを早く追い出したいと思うのですが、ジャスミンは一生懸命私たちの中に入ろうとしてくれて、ブレンダの子供たち、従業員、そして常連さんたちも、だんだんジャスミンの愛くるしさに惹かれていくんです。
ジャスミンはみんなを喜ばせようとしてマジックを見せるのですが、それも楽しくて仕方ない。ラスベガスに行けばマジックなんてたくさん見られるけれど、そこまで行く余裕のない人やトラック野郎たちにとって、ジャスミンのマジックは新鮮なんです。
ジャスミンのおかげで、砂漠の真ん中にぽつりと建っている店にはお客さんがどんどん来るようになって、ブレンダはみんなの笑顔が増えてきたことに気づきます。でもある日突然、ツーリストの滞在期限が過ぎていることがわかって、ジャスミンは帰国してしまう。そしてブレンダは“あの時はもう帰らないのね”と喪失感に襲われるのだけど…というお話です。(映画版の物語はそのままに)ミュージカル版では新たに、オリジナルナンバーがたくさんが加わっています。
人と人とが知り合って、笑顔が生まれて、友情が花開く。そういうお話はたくさんあると思いますが、この『バグダッド・カフェ』の場合、何もない砂漠の真ん中、一本の花も育たなさそうなところで、人々の心に満開の薔薇が咲くというのが、大きな魅力だと思います」
――おそらく“うまくいっていない世界”を表現しているのだと思われますが、映画は序盤、アングルが斜めになっているところもあって、非常に個性的ですね。
「そうなんですよ。(その個性ゆえに)初めは単館上映だったのだけど、それがあまりに大ヒットして、いろいろな賞もとり、たくさんの映画館で上映されるようになったんです。私も映画館で2回観てから、レーザーディスクを買いました」
――ブレンダ目線、ジャスミン目線、どちらでご覧になりましたか?
「どちらかというと、ジャスミン目線でご覧になる方が多いと思います。彼女は普通の主婦なのですが、アメリカ旅行中に夫に歯向い、喧嘩別れをして、一人で何キロも歩いてブレンダのダイナーにたどり着きます。
ドイツ人で、英語も得意ではないので、言葉も少ない。だからはじめはブレンダからもいぶかしがられるけれど、彼女がいない間に、砂埃の積もったオフィスをきれいに掃除してあげるんです。
そこからジャスミンは自分の力を発揮していって、ブレンダが一人で(キャパオーバーになりながら)育児も店の仕事もやっていることを知ると、彼女と周囲の人たちに、いろんな形で手を差し伸べます。そして 2 、 3 ミリずつ、それから 5 ミリ、 5 センチ、 10 センチ…というイメージで、少しずつみんなとの距離が縮まっていくんです。
ジャスミンの優しさが伝わって、子供も懐くし、いつのまにかこの店は、彼女なしには成り立たなくなっていきます。1980年代のアメリカには、まだ(第二次)大戦後のドイツに対する感情的なものも残っていたらしいので、ここまでの変化って、すごく大きいことだと思うんですね。きっと誰もが、いつの間にか“ジャスミン頑張れ”って思ってしまうと思います」
――観ている私達にとっては、人間関係の構築のヒントにもなる作品ですね。
「そうですね。ちょっとしたことでも手助けすることで、誰かが笑顔になる。そんなことの喜びが感じられる作品ですし、私たち日本人にとっては、言葉がうまく出てこない時のコミュニケーションの参考にもなりますね。よく英語でものを尋ねられて“あわわわわ”となった時に、つい“イエス”と言ってしまいがちですが、ジャスミンの場合、まず相手の言っていることを一生懸命聞こう、聞こうとしています。そういう姿って、相手にも伝わるんですよね」
――読者の中には、学校や仕事で新たな環境に身を置く際、どう関係を築いたら、あるいはどうママ友を作っていったら…等、悩んでいる方もいらっしゃるかと思います。作品ごとに、数十人の方々と出会って、稽古、本番をされて…というお仕事を長くなさっている森さんは、人間関係を築くにあたって、大切にされていることはありますか?
「皆さんに共通して言えるのは、まず笑顔を見せることではないでしょうか。やっぱり、不機嫌そうな顔をしてたら、誰も近寄らないし、関わらないようにしようとすると思うんです。
ジャスミンは手品を一つのコミュニケーションツールにするけれど、それに加えて満面の笑顔を見せるんです。それに惹かれて、みんなが一つになっていくのが素敵なんですよね。
それともう一つは、“リスペクト”ですね。私はおしぼりを配られる時にも、必ず渡してくれる方の目を見て“ありがとう”と言っていますし、お掃除されている方にも“お疲れ様です”と声をかけます。ちょっとした言葉でも、言われたほうは“頑張ろう”と思えるかもしれません。
相手の目を見て、有難いことに対して“ありがとう”と言う。それって人間関係の一番基本にあって、そこからいろんなものが派生するような気がします」

――ありがとうございます。作品のお話に戻りますが、さきほど少し触れていただきましたが、ミュージカル化にあたっては、オリジナル曲がかなり増えているのですね。
「いろいろな曲があります。モータウン風のものもあれば、ザ・ミュージカルなものもあって。キャラクター一人ずつの個性が際立つような曲ばかりです。
ブレンダに関しては、私がいなきゃここは何もまわっていかない…というような、独り善がりな歌があります。ブレンダの心そのままを歌っているんですけど、“そうじゃないんだよ”というところに気がつくまで、ブレンダが一番時間がかかっています(笑)」
――今回、チャーミングな森さんが、ジャスミンに対してはじめ、とげとげしくあたるブレンダを演じるということに驚かれた方もいらっしゃると思いますが、『カム フロム アウェイ』で、どちらかというと受動的で内面に葛藤を抱えた母親を演じた森さんを覚えている方なら、きっと今回のブレンダにも期待されていると思います。あの役を経験されて、今回何か役立ちそうな部分もあるでしょうか?
「『カム フロム アウェイ』のハンナは、今でもどうやったらいいのか、正解がわからない役の一つです。ハンナはNYにいる消防士の息子の安否が心配で、電話して電話して電話して…でも、出てくれない。私は今、ガンダーにいるから、ここにいると伝えて…という歌を、稽古で泣きながら歌っていたら、演出家から“そこで泣いたら、彼が死んでいるということになってしまう”と言われて、必死に涙を堪えて、堪えて、頑張って、最後に…というのが大変でした。今、思い出しても涙が出てしまいます」
――では最後に、今回の『バグダッド・カフェ』、どんな舞台になるといいなと思われますか?
「この作品は、ジャスミンによって一人一人が何かに目覚め、チームワークというか、お互いに支え合い、与え合う、そういう人間になっていくのが、すごくいいなぁと思っています。人に影響されることで人は優しくなれる、そういうことを皆さんに感じていただける舞台になったらいいな、と思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『バグダッド・カフェ』11月2~23日=シアタークリエ その後愛知、大阪、富山で上演 公式HP
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