ドラァグクイーンに憧れる、16歳の高校生ジェイミー。
夢を叶えようと一歩を踏み出し、“偏見”を乗り越えてゆく彼の姿を描き、21年の日本初演も大きな話題となったミュージカルが、4年ぶりに上演されます。
今回(日本版オリジナル・キャストの高橋颯さんとのダブルキャストで)、新たにジェイミーを演じるのが、三浦宏規さん。バレエで培ったダンス力と魅力的な歌声を武器に、様々な役柄を演じてきた三浦さんですが、これまで演じたことのないタイプのジェイミー役に、特別な思いを持って挑戦中だそう。開幕を目前にしたタイミングで、たっぷりお話をうかがいました。
【あらすじ】
大きな公営住宅団地の一角で母・マーガレットと暮らしている、16歳の高校生ジェイミー。ドラァグクイーンに憧れる彼は、誕生日に母から赤いハイヒールをプレゼントされ、夢の実現のため一歩を踏み出す。学校のプロムに自分らしい服装で出席しようと計画し、学校や保護者たちから猛反対を受ける彼だが…。
心に深い傷を負いながらも、
ジェイミーは“人”に恵まれた少年だと思います
――本作はいわゆる“学園ドラマ”でもありますが、三浦さん自身はどんな高校生活を送っていらっしゃいましたか?
「既に仕事をしていたので、あまり“青春”できなかったですね。舞台漬けで、まともに学生生活を楽しんでいなかったので、今このカンパニーでちょっと学生気分というか、青春を感じさせていただいています」
――三浦さんは以前からジェイミー役に注目されてきたそうですね。
「本作は実話がもとになっているのですが、実在の人物を演じることって、勇気が要るんですよ。簡単に“今日もやろう!”というふうには演じられないと思っています。
ジェイミーはマイノリティだし、ドラァグクイーンを目指す高校生で、ヒールを履くということも含め、これまでやったことのない役どころだし、感情のジェットコースターがものすごいんです。通し稽古を重ねる度、誠実に取り組まないといけない役だな、と改めて感じています」
――ジェイミーは16歳という若さにして、かつて父親から言われた一言によって、心に深い傷を負っています。親からあのような仕打ちを受けることほど、子供にとってつらいことはないですね…。
「子供に限らず、何かしらの傷とか悔やみ、後悔、そういう部分って誰しも持っているのだろうなと思いますが、ジェイミーにとって、父からのあの一言は大きかったと思いますし、(どんな気持ちになるか)簡単に想像はつかないですね。
作品の中には彼が“傷ついている”“それを乗り越える”ということが前面に出た描写も多いのですが、僕が一番苦しいなと思うのは、傷を抱えながら誰にも話せず、わざとちょっと過剰に明るくふるまう様子。彼はそうやって周りに気づかせない、悟らせないけれど、それって自分自身をごまかしているということでもあるんですよね。
その感覚ってよくわかるけれど、それを見抜いてくれる人が彼の周りにはいるんです。母だったりプリティだったり、ヒューゴだったり。だからジェイミーは心に酷い傷を負っているいっぽうで、その分(周りの)人に恵まれていると言えるかもしれません」
――“傷ついた心”を表現することについて、どのようにアプローチされていますか?
「もちろん自分でいろいろ考えてもいますが、今回、共演の皆様が本当に素晴らしくて、皆さんと一緒にいるだけで、ジェイミーになれてしまう部分があります。
父親役は岸祐二さんが演じているのですが、(二役で)ドラァグクイーン役の時はふざけまくっているのに、(父親役の)岸さんの顔を見ると、(本当は)無いはずのつらい思い出がよみがえってきたりするんですよ。それってやっぱり役者としての岸さんの凄さだなとひしひしと感じるし、自分はそこに存在しているだけで世界が動いていったり、物語が進んでいくように感じます。
稽古もかなり早くから通し稽古に入っていて、だいぶ体に馴染んできたというか、『ジェイミー』の作品世界にスムーズに入れるようになってきましたが、(父との対面のシーンがある)2幕は心がきつくて…やりすぎてそれに慣れてしまってもいけないので、バランスが難しいなと思っています」
――この公演では前回に引き続き、演出のジェフリー・ペイジさんが振付も担います。彼の振付の特徴としては、どんな点が挙げられますか?
「何系というべきか、どのジャンルとはいいがたいですね。あまりやったことのない、もはやダンスというべきなのかもわからなくて、相当苦戦していたのですが(笑)、人間、慣れるものです。
彼はお芝居に対しても振付についても相当のこだわりを持っていて、楽曲を相当聴き込み、稽古が終わっても聴いています。そのストイックさたるや、振付が完成したと思っても、“ちょっと変えたい”とおっしゃって“まだ変えるんですか⁈”と。これからもまだまだあるんだろうなという気がします(笑)。
当たり前ですが、ジェフリーが動いてみせると一番うまいんですよ。みんなで何とか、そこに近づこうと努力しているし、魔法がかかったナンバーに仕上げていこうとしています」
――ちなみに、三浦さん専用の振付もあったりしますか?
「勝手にやっています(笑)。何をやってもいいフリータイムがけっこうあるんです。ダブルキャストの颯君もすごくダンスが上手なので、二人それぞれに全然違うことをやっています(笑)」
――バレエ的な動きをされたりも?
「芝居の中で、Y字バランスをすることはあります。あくまでアドリブなので、(何をやるかは)日替わりになると思いますが…」
――バレエのご出身の三浦さんは、日ごろ身体のバランスのとり方など意識されることが多いと思われます。ハイヒールを履くとどんな変化を感じますか?
「ハイヒールだと、基本的にずっと膝が曲がった状態になるんですよ。すると出たことのないところにハリが出たりして、やっぱり普段とは違うんだなと感じます。
でも、さすがにハイヒールでクラシックバレエを踊るのは無理だけど、ガールズのダンスはハイヒールを履く前提で振付けられているから、何の不便さもないというか、むしろやりやすくて、俺昔からハイヒール履いてたかな?と錯覚するほどです(笑)。だから記事的には“苦労しました”という方がいいのかもしれないけど(笑)、そのことでの苦労はさほどありませんでした」
――ハイヒール好きの方の中には、むしろピンヒールを履いて生活しているほうが楽という方もいらっしゃるのですが、そういう感覚、わかりますか?
「わかるかもしれません。履いた時に出るラインって独特で、ハイヒールを履かないと出来ないポージングってめっちゃあるんですよ。それはどんどん感じるようになってきました。ヒールがあるのと無いのとで、ポージングの感覚が変わってきます。物理的にも重心が変わるし背も高くなって、ヒールに足を合わせているということで体のバランスも変わるのでしょうけれど、気分的な変化もありますね」
――音楽はいかにもイギリスのポップス的な、軽快なものが多いのですが、ジェイミーのソロでは、まず「頭の中の壁」の繰り返しのフレーズが印象的です。“高く、高く、高く”というように、同じワードを3回繰り返す箇所がいくつかありますよね。ストレート・プレイではよく、同じ言葉が繰り返される時は全部同じには発さない、といったことを聞きますが、歌の場合は、いかがでしょうか?
「センスの話なのかもしれませんが、100通りくらい(やり方は)あるんじゃないかと思います。クレッシェンドしながら、“たかーく、たかーく、たかーく”というふうにもできるし、パンッと一発強く出して、次にそっと置くということも出来るし、そのままストレートに3つ繰り返してもいいし、やり方はいろいろあるなと思います。
ただあの曲は、最初は父から言われた言葉が頭の中でリフレインしていて、思い出しては落ち込んでいる…というところから、それを乗り越えて先に進んで行くんだと、前向きになっていくという内容。なので、自分自身に言い聞かせて前に進んでいくイメージに、同じ言葉の繰り返しをうまく使えるなと思っています」
――後半の重要なナンバーとして、「醜い世界の醜い僕」という曲があります。旋律自体はスケール感があり、魅力的なのですが、歌詞の内容としては吹き荒れる嵐のような心境を吐露しており、内面重視であればメロディどころではなくなってしまうような気もしますが、この二つをどのように両立していらっしゃいますか?
「僕の中では、そこが一番の課題です。
やっぱりミュージカル・ナンバーとして成立させなくてはいけないけれど、あの場面では心がきつすぎて、そのバランスをどうしたらいいか。
いろいろな人に相談しているのですが、まだ答えは出ていなくて、この前も出演していた舞台の打ち上げで、信頼できる人たちに“こういう曲があるんだけどどうしたらいいかな”と相談したほど今、悩んでいます。かっこいい曲なので絵的にはどうにかなるけれど、音楽と芝居のバランスをどうしたらいいか。ちょうど模索しているところです」
――ジェフリーさんから“こういうふうに”と助言があったりは…。
「ないですね。通し稽古の後も“言うことがない、完璧だ”と言われて、振付の細かいことだけ指摘されて終わりました(笑)。海外の演出家だとまず褒める方、多いじゃないですか。彼もそういう、前向きな人なんです。“完璧”と言われてこちらはいい気分で帰らせてもらえるけど、泳がされているだけかもしれないので(笑)、そろそろこちらから勇気を出して、聞きに行こうと思っています。絶対思っていることはたくさんあると思うので。
ただ、この曲に関しては、ジェフリーはもしかしたら答えを持っていないかもしれないですね。演出家より、他のプレイヤーに聞いたほうがヒントが見つかるのかもしれません」
――開幕も間近ですが、どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「『ジェイミー』ってやっぱり、いい話なんですよ。楽しいだけじゃなく、想像以上にパワーがある作品です。
俳優の皆さんも、若手も含めてすごくエネルギッシュな人が多くて、作品としてはジェイミーを深掘りする物語なので、学生全員のバックボーンが見えるわけではないけれど、彼らが出てくるとそのシーンの展開がすごく変わって、奥行きがでてくるんです。そして凄まじくエネルギッシュな彼らに飲み込まれている、ジェイミーの像が際立つ。
ジェフリーはそういうものを引き出すのがうまいし、俳優の皆さんも素晴らしいです。たくさんの試練を与えてくれるし、いっぽうで手を差し伸べてくれる。僕は全員大好きです。稽古ではいろんなことがあるけど、このカンパニーには愛が溢れています。
そういうものが、最終的にはいい形でお客様に伝わるんじゃないかと思います。きつい部分もある話なのですが、カンパニーの持っている大きな愛情みたいなものを、最後には皆さんにも共有していただけるんじゃないかな。観に来たらきっと楽しいと思います!」
――ご自身についても少しうかがわせてください。三浦さんは俳優デビュー以来、次々と大きなチャンスをものにされてきた印象がありますが、現時点でどんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「難しいですね。
たぶんあと5~7年くらいは、自分が一番脂がのっていると思うんですよ。
10代の頃には、何も出来なくて悔しかった過去があったけれど、一つずつ、ちょっとずつかみ砕いてクリアしてきて、ここ何年かでちょっとだけ自分の中でノンストレスになってきました。
ミュージカル、お芝居、ダンスといろいろあるなかで、何かに負い目を感じているとその時点で表現の可能性は減ってしまうけれど、ここ2年くらいそういうものがなくなって、あと5年くらいは今持っている、頑張ってやってきた自信でやっていけると思っています。
でもおそらく32、33歳くらいで突然壁にぶち当たる予感があって、今まで培ってきたものではどうやってもクリアできない役に巡り合うんじゃないか。そんな転換期がどこかで来るだろうと思っています。早くそこに行きついて、困りたいです(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『ジェイミー』7月9~27日=東京建物Brillia HALL、8月1~3日=新歌舞伎座、8月9~11日=愛知県芸術劇場大ホール 公式HP
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