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『手紙』2025 観劇レポート:いつか、その日は訪れるのか。――重い問いに、真摯に対峙し続けるミュージカル

『手紙』2025 🄫 Marino Matsushima 禁無断転載


1999年。公園と思しき、開放的な空間。
「ばぁば!」
幼児の呼び声が響き、上品な身なりの老婦人が、父親に連れられてきた孫との久々の再会を喜ぶ。

 

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いっぽう、音楽好きの高校生・直貴は、兄・剛志から誕生祝に中古のギターを贈られ、さっそく練習に励む。しかし仲間の祐輔と話していると、一本の電話が。
「えっ…」
それは、剛志が強盗殺人を犯したという知らせだった。

 

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被害者はさきほど舞台に現れた老婦人・緒方敏江。
剛志は引っ越しの仕事で彼女の家を訪れたことがあり、裕福であることを知っていた。腰を痛めて仕事をクビになり、直貴の大学進学の費用を工面しようとこの家に忍び込んだが、不在のはずの敏江に見つかり、とっさに襲ってしまったという。

 

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両親を亡くし、親代わりの兄とともに生きてきた直貴が必死に情状酌量を訴え、剛志には15年の刑が言い渡された。“人殺しの家族”となった直貴に“世間”は冷たく、次々と夢や希望を手放す過程で、彼は心を閉ざして行く。しかし元・同僚の由美子が“彼を差別しないでください”と就職先の社長に直訴していたことを知り、彼女の思いに胸を打たれる。二人は結婚、やがて娘を授かるが…。

 

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ある日突然、犯罪加害者の家族となってしまった主人公の心の軌跡を描いてベストセラーとなり、映画化もされた東野圭吾さんの小説を、2016年に高橋知伽江さんの脚本・作詞、深沢桂子さんの作曲・音楽監督・作詞、藤田俊太郎さんの演出で舞台化。好評を博して2017年、2022年と回を重ねた作品が、4回目の上演を果たしました。

 

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一瞬にして激変する日常。
もしも家族が犯罪者になったなら、“普通”に生きることは許されないのか、社会に“居場所”は無いのか。

 

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重いテーマを扱う原作は、高橋さんの筆によってテンポよく再構成され、深沢さんのメロディアスな旋律を織り込み、藤田さんが緩急をつけて立体化。上演の度に進化を続け、観客の心に強い印象を残してきました。

 

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今回の上演で大きな効果を挙げているのが、子役(江原璃莉さん、君塚歌奏さん)の登場。特に冒頭、被害者の老婦人が孫と交流する姿が可視化されることで、被害者にも家族があり、奪われた日常があったことが改めて浮き彫りとなり、観客は(直貴のみに心寄せるのではなく)より客観的な視点を与えられます。この子役が別の設定で登場し、冒頭と相似形で家族を呼ぶラストは、本作のテーマが決して“個”の人生にはおさまらず、“家族”の問題として連綿と続いていくことを示しているのかもしれません。

 

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また精鋭キャストによる一分の隙もない演技も、本作を“日本を代表するオリジナル・ミュージカル”の一つたらしめていると言っていいでしょう。

 

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挫折と再起を繰り返してゆく直貴を、村井良大さんは繊細かつ力強く演じて物語を牽引し、剛志役のspiさんは過ちを悔いるナンバーを不釣り合いなまでに美しい声で歌い、取り返しのつかない罪が強調されます。剛志の慟哭の後に登場する由美子役の優河さんは、ふわりとしながら芯のある歌声が個性的。バス停で見かける哀しそうな横顔の青年(直貴)への恋心を歌うナンバーが、場内全体を一瞬にして癒します。

 

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また直貴のバンド仲間をナチュラルに演じ、実際にエネルギッシュな演奏も聴かせる鈴木悠仁さん、青木滉平さん、稲葉通陽さん、窮屈な境遇とはうらはらに、歌で自分を解放する朝美を確かな歌声で表現する青野紗穂さん。

 

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被害者の息子・忠夫役に忸怩たる情念を漂わせ、特に終盤の直貴との場面に厚みを加える染谷洸太さん、教育者らしからぬ言葉で最初に直貴を苦しめる担任役を容赦なく演じる遠藤瑠美子さん、突然の侵入者に動転する“ばぁば”の不運と無念をリアルに見せる敏江役・五十嵐可絵さん、そして平野社長役として“世間”の厳しさ、自分を思ってくれる人のかけがえのなさを直貴に語る言葉に人生の重みが滲む川口竜也さん。

 

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鈴木さんから川口さんまでのキャストは、場面ごとに他の役でも登場。特に彼らが(わずか8人で)“世間”の醜悪なまでの冷淡さ、もしくは攻撃性を体現するくだりは、背筋の凍るような迫力を生み出しています。

 

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直貴は一つの決断を下しますが、彼とその家族、そして剛志の人生はそれからも続いて行きます。

 

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いつか、“赦し”は訪れるのか…。
最後のコーラスの中で重い問いが投げかけられ、家族という存在の呪縛と希望、両者の余韻を残しながら物語は終わります。社会のありようについて、家族について。帰途、それぞれに思いを巡らせたくなる舞台です。

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『手紙』2025 3月7~23日=東京建物Brillia HALL、3月29~31日=SkyシアターMBS、4月5~6日=岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場 公式HP

*修正のお知らせ 冒頭部分、電話の種類についてご指摘をいただき、本作クリエイターに確認の上、修正させていただきました。ご指摘有難うございました。(4月19日)