1986年に日本テレビ主催公演がスタート以来、多くの人々に愛され、今年40年目を迎える『アニー』。
2004年にアニー役を演じたアンナ・サワイさんが昨年エミー賞、今年はゴールデングローブ賞を受賞したことでも話題となった歴史あるミュージカルが、今年も春から夏休みにかけ、東京・上田、大阪、金沢、名古屋の5地区で上演されます。
主人公アニーをめぐる大人たちの中で特に興味深いのが、共に“働く女性”でありながら仕事の満足度は対照的な、孤児院院長のハニガンと大富豪ウォーバックスの秘書グレースの“バチバチのバトル”。
近年、遠慮の無いやりとりがますます面白さを増していると評判の二人について、今回が2度目のハニガン役となる須藤理彩さん、初のグレース役となる愛原実花さんに、現代の“働く女性”目線から楽しく語っていただきました。
【あらすじ】世界大恐慌直後の1933年、NY。いつか両親と会える日を夢みながら孤児院で暮らす11歳のアニーは、ある日大富豪ウォーバックスの秘書グレースに気に入られ、クリスマス休暇を大邸宅で過ごすことに。ウォーバックスも、賢く前向きなアニーに魅了され、養子にしたいと考えますが、アニーの夢を知り、懸賞金をかけて本当の両親を探します。それを知った孤児院の院長ハニガンは、ならず者の弟ルースター、その恋人リリーとともに悪だくみを始め…。
娘たちの“ハニガン観”が、大きくなるにつれて変わってきました(須藤)
――お二人は、本作とどのように出会われましたか?
須藤理彩(以下・須藤)「子供時代はスポーツばかりやっていて、エンタメとは縁遠い日々でした。TVドラマを観たり、映画を観に行くことはあっても、舞台となると、なかなかハードルが高かったです。
でも大人になってこのミュージカルのことを知り、いつか自分の子供にも観せたいなと思っていたところ、娘たちが本作のオーディションのドキュメンタリーを観て、“舞台を観たい”と言ってくれたんです。それがきっかけで長女が小学2年生の時から、毎年親子で観に行くようになりました」
愛原実花(以下・愛原)「この作品は4歳から鑑賞できるのですよね。私はそれくらいの頃から、青山劇場で上演されていた『アニー』を観に行っていました。
当時はウォーバックスさんがスキンヘッドでちょっと怖いイメージがあったのと、“アニーごっこ”をしていたのでよく覚えているのですが、今とは歌詞が違うところがあって。“それだけがあやまち”だったのが、今は“ふかいわけがあるのよ”になっているんですよね。大人になってから観て(和訳が)“変わったんだ!”と気づきました」
――愛原さんはまだお子様が小さく、親子観劇はこれからかと思いますが、須藤さんは何度も一緒にご覧になっているのですね。“親目線”でどんなことを感じますか?
須藤「まずは、アニーの“生きる力”やパワーに圧倒されます。
したたかなところもあるし、他の孤児の子たちと比べても、アニーは親や自分を愛してくれる人を求める力がとても強いですよね。大恐慌という厳しい状況の中で、アニーは自分を愛してくれる人を、自分からつかみ取っていくじゃないですか。自分の娘たちにも、今の時代、アニーのような強さを持ってもらえたらなと思います。
何年も一緒に観るうち、子供の成長が感じられるのも、この作品ならではですね。
ハニガンについて、娘たちは最初“何この憎たらしいおばさん…”というふうに観ていたのですが(笑)、ある程度精神年齢が上がってくると、見方が変わってきました。
ハニガンは時代に取り残されて、子供たち相手に一人でもがいている。アニーに対して嫉妬していて、最後には“あんたなんか!”と乱暴な言葉を吐いてしまう、寂しい人なんだね、と。そういうことも感じられるようになったんだな、と子供たちの成長が嬉しかったし、『アニー』の魅力を改めて、娘たちの感想から教えてもらった思いでした」
――“働く女性目線”の『アニー』観もうかがえればと思いますが、まず、お二人にとって仕事とは、どのような意味を持っているでしょうか?
須藤「よく“お仕事大変でしょ”と言われるのですが、私にとって、仕事をしている時は唯一、自分のことだけを考えられる時間です。
家に帰るとすべて子供のため、家族のための時間になるので、逆に仕事中が“息抜きできる時間”。自分の成長も感じられる場なので、充実できるし、有難い存在です」
グレースを通じて、“愛するもの”を持つことの大切さを再確認できたら(愛原)
愛原「お仕事がすごく楽しくて、2年前まで独身でした。
自分に子供がいないので、母親役の時には子役ちゃんにどう接したらいいのか悩んだり、焦った時期もありましたが、バリバリお仕事をしていたグレースがアニーと出会い、お母さんのような気持ちが芽生えるのと同じで、芝居を通して母性を感じられる瞬間もあり、素敵な仕事をさせていただいてるなと感じてきました。
今回はグレースを通して、愛するものを持つことの大切さを改めて感じられるのでは、と思っています」
――ハニガンもグレースも、百年近く前の大都会で仕事をしていますが、二人のお仕事満足度には、かなりのギャップがありますね。
須藤「ハニガンはたぶん(拝金主義の)親から、金が稼げるのはニューヨークだと吹き込まれて、田舎から上京してきたと思うんです。
時代に翻弄されながらも、女性であることを武器にして、男性を誘惑してのし上がろうとしたり、いろいろチャレンジしてみたけれど、どんどん社会の中で必要とされなくなってきて…。最後に行きついたのが孤児院だった、ということなのでしょうね。
ハニガンは、なぜあれほどアニーを毛嫌いしていたのか。
おそらく、自分で何かを掴みとろうとしているところとか、大統領まで魅了してしまう歌の才能とか、自分の持っていないものをハニガンはアニーの中に見つけてしまって、嫉妬してしまったのではないか。前回公演では、そんなことを根本に据えながら、役作りをしていました。
望まない仕事から抜け出せないイライラがあって、グレースに対しても、自分には縁のない華やかな世界にいるらしいことが感じられて。
そういうものが一気に畳みかけるように押し寄せてくる切なさを、うまく表現できたら。結果的にはアル中の“怖い人”だけど、そこまで行きついてしまうまでの背景を、うまく繋げていければと思っています」
――大人のハニガンが、子供のアニーに嫉妬しているのですね…。
須藤「前回、最初に演出の山田和也さんに質問したのがそこでした。なぜアニーに対してこうなんでしょう、と尋ね、“見つけていきましょう”と言っていただきました。そして稽古場でアニー役の子たちを見ていると、二人ともそれぞれに素晴らしいんですよ。
俳優として、自然に羨ましい気持ちになり、ハニガンが抱いたのはこういう感覚に近いのかな…と、ヒントを与えてもらいました」
――グレースはそんなハニガンのいる孤児院に、ウォーバックスの秘書としてやって来ますが、ハニガンに対してはビジネスライクというか、全く遠慮をしませんね(笑)。
愛原「子供の時から(観客として)ハニガンさんを見ていて、ただ意地悪な悪役というだけじゃない、魅力的な役だなと思っていました。
(押しの)強い歌を歌っていてもその中にさみしさが感じられるし、本当に子供が嫌いだったら、孤児院の仕事も投げ出しているかもしれないけれど、どこかで離れられない優しさがあって、なんだかんだ子供たちの面倒をみているのではないかと思うんです。
その絶妙なジレンマ、脆さみたいなものがすごく魅力的だと思うので、グレースとしてはハニガンと対照的な世界で生きていることを表現したいと思っています。
例えば大恐慌の当時、労働者たちは芸術を愛でる余裕もなかったけれど、ウォーバックス邸では彼の購入した美術品が登場する場面もあります」
――グレース自身、比較的恵まれた環境の生まれなのかも?
愛原「そうなのかもしれません。キャリアに対する満足度は高いですよね。あの時代に女性として活躍するには、困難もあったと思いますが、その中で頑張ってやってきた彼女なりの、尖った感じも出せたらと思います」
須藤「たぶんグレースは、ハニガンのことは何とも思ってないのでしょうね(笑)。ビジネスライクで子供を探しに来て、一瞥すらしない。
前回、普通だったらこういえばこう返って来るという会話のキャッチボールがある筈なのに、私はグレースと話していると、全く懐に入っていけない虚しさがありました(笑)。ムキになってくれたほうが闘いがいがあるけど、相手にされないんですよ。
女性として仕事をして行くなかで身に着けた、相手をシャットアウトできる強さがグレースにはあるんだな、と思います」
二人の「にらめっこ」バトルに注目??
――出演者によって、キャラクター同士の関係性は変化すると思いますが、今回はどんな二人になりそうでしょうか。
愛原「今、須藤さんとお話しさせていただく中で、稽古場でいろいろご相談させていただけるのではないかな、とすごく楽しみになってきました。二人のバトルも遠慮せずにできたりするのかなと思うと嬉しいです」
須藤「ハニガンは子供たちとの場面が多いのですが、そこでは子供たちの決まりごとにはまっていくようにお芝居をしていきますので、大人同士の芝居で遊べるところを探せるといいですよね。例えば、グレースを(敵対的に)じーっと見るとか」
愛原 (笑)
須藤「そこでグレースが“あたしもそらしませんよ”とばかりに視線を返してきて、“どちらが先にそらします?”みたいな」
愛原「にらめっこする、みたいな?(笑)いいですね」
須藤「どちらも(意地を張って)退かない、みたいな(笑)。そういう、一緒に創る芝居が大人同士だと出来たりするので、楽しみですね」
――アニー役のお子さんは毎回、微妙にカラーが異なりますが、今年はどんなお子さんでしょうか?
須藤「めちゃくちゃしっかり者ですね。去年はしっかりしつつも“緊張してます”と子供らしく言える子たちでしたが、今回は緊張しててもちゃんと自分たちでコントロールしよう、という意志が伝わって。それぞれに良さがあるし、子供って一人一人違うんだなと感じます」
――子供たちと共演する時は、ご自身の演技にも変化がありますか?
須藤「何かトラブルがあった時に私しかフォローできないので、つとめて客観的になろうとします。…なのに前回、台詞を忘れてアニーに助けられたことがありました。子供のほうがしっかりしていたという…(笑)。
でも客観的になろうとすると、それまでやっていなかったスタンスで舞台に立つことが出来るし、視野も広くなるんです。(演技を深めるために)喰いつけるエサが転がっていたりすることもあるんですよ」
愛原「宝塚時代はデコレーションされたお芝居をやっていましたが、子役ちゃんが相手だと嘘をつけないというか、変な味付けができない、まっさらでやらなくては…という緊張感が毎回、あります。今回も視線を交わす時など、嘘はつけないなと感じています」
――最後に、来場される皆さん、特に働く女性たちに、本作をどう楽しんでいただきたいですか?
須藤「観劇って、一気に時代や国を越えて作品世界に連れていってもらえる、贅沢な時間だと思います。その中でも特に『アニー』は、明日に向かって、顔をあげていこうというメッセージもあって、大人たちも非現実的な空間で勇気をもらって帰ることが出来る演目ではないでしょうか。忙しい日々の中で、心と頭を休めにきていただけたらと思います」
愛原「誰もがアニーの魅力に巻き込まれ、勇気づけられる作品だと思います。まっすぐで明るくかわいいアニー2人の魅力が客席の隅々まで伝わるよう、精一杯支えて良い舞台をお届けしたいと思います」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 丸美屋食品ミュージカル『アニー』4月19日~5月7日=新国立劇場 中劇場 公式HP 夏に上田、大阪、金沢、名古屋で上演あり
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