“あじゃらか もくれん きゅうらいそう てげれっつのぱー”…。
落語『死神』に登場する呪文から始まる、エネルギッシュなオープニング・ナンバー「あじゃらか もくれん」。
それに続くのは一転して、衝撃的な光景です。
旅館の欄干から転げ落ちて行く、一組の男女。
あれは事故だったのか、それとも事件か…。
本編は昭和50年代、落語家の八代目有楽亭八雲を、刑期を終えたばかりの青年・強次が訪ねる場から始まります。刑務所で聴いた八雲の『死神』に心酔した彼は、是非とも弟子入りしたいのだとか。
これまで弟子を取ったことのない八雲でしたが、行き場がないというその境遇に何かを感じたのか、気まぐれか。強次は“与太郎”と名付けられ、弟子入りを果たします。
八雲宅には、小夏という若い女性も身を寄せていました。天才肌と謳われた二代目有楽亭助六の一人娘で、助六夫妻が亡くなってからは、八雲に引き取られていたのです。
しかし小夏は感謝どころか、両親の死は八雲のせいだと思い、彼を恨んでいる様子。長く八雲に仕えてきた松田が与太郎に語る形で、八雲と助六、そして妻みよ吉の因縁が少しずつ明かされて行きます。物語は昭和11年の夏、二人の少年が七代目有楽亭八雲に入門した日に遡り…。
雲田はるこさんの長編漫画が、TVドラマ版でも助六を演じた山崎育三郎さんの企画、小池修一郎さんの脚本・演出で舞台化。山崎さん、明日海りおさん、古川雄大さんという、日本のミュージカル界を牽引する3人の共演が実現し、新作ミュージカルとして開幕しました。(東京公演を経て大阪、福岡で4月まで上演)
原作では70年間にわたる人間模様が描かれますが、舞台化にあたり小池さんは、その前半部分にフォーカス。
破天荒な助六と内向的な八雲が支え合い、修業を積むうち、芸者・みよ吉と出会って微妙な三角関係(芸道との兼ね合いという点では一種の“四角関係”)が生まれ、もつれてゆくさまを、多彩な音楽を盛り込みながら描き出しています。
(ミュージカル・ナンバーは、世情やキャラクターの心情を描写する手段として登場。落語を歌に変換することはせず、“話芸”という落語の本質を尊重した作りとなっています。)
作曲を担うのは、これまでも数々のオリジナル・ミュージカルを手掛け、音楽監督としても実績を積んでいる小澤時史さん。今回も端唄のポップなアレンジ(「梅は咲いたか」)、ロック調(「真打ロック」)、バラード調(「私は捨てられた」)と多彩な曲調で観客の耳を楽しませますが、全体的にはどこか懐かしい、昭和の歌謡曲のテイストが滲み、海外にもアピールしうる、“日本ならではの”音楽世界となっています。
まるで原作段階から“あてがき”であったのかと錯覚するほどの、主演3人の各役への“はまりっぷり”も、本作の大きな魅力。
山崎さん演じる助六は、緩急自在の歌声もさることながら、なにより今回の舞台実現のため奔走したという山崎さん自身の情熱が、時代が変わり、娯楽が多様化する中で落語の在り方を必死に模索した助六の情熱と重なり、迸ります。部分的ではあれどしばしば登場する落語の場面では、とびきり威勢がよく、聴衆をぐいぐい引っ張ってゆく助六スタイルを体現。本作再演の暁にはもっと長く山崎・助六の落語を聴きたい、という方も多くいらっしゃることでしょう。
助六・八雲の人生を大きく動かしてゆくみよ吉は、舞台版でははじめから芸者の設定。明日海さん演じる彼女が満州で歌い踊る初登場シーンでは、端正な所作から清潔な色香が立ち上り、三味線の弾き唄いでは、ミュージカルの発声が小唄に新たな趣を与えています。また後半のナンバー「見えない糸」では、自分には太刀打ちできない恋敵(=落語)に対する複雑な思いを、タンゴに乗せてダイナミックに表現。破滅型ヒロインの諸相を丁寧に描き出しています。
そして古川さん演じる八雲は、生真面目な青年がみよ吉と出会い、色気が開花して行くさまを鮮やかに見せ、特にみよ吉と二人きりとなり、微かな予感の中で言葉をかわすくだりの濃密な空気は格別。観る者の脳内に、映画さながらにクローズアップされた二人の表情が刻まれる“名場面”となっています。昭和50年代の八雲の、枯れた佇まいや口跡にも風情があり、鹿芝居(噺家が演じる歌舞伎)の場面では“女のなりで悪事を働く弁天小僧”の倒錯美を体現しています。
また、無邪気なまでの明るさの中に、助六に通じる落語愛が覗く与太郎役の黒羽麻璃央さん、透明感がありながらも厚みのある歌声が、ミュージカルにおける可能性を感じさせる小夏役・水谷果穂さん、二代にわたり八雲の付き人をつとめる松田を、滋味深く演じる金井勇太さん、そして七代目・有楽亭八雲を、師匠の風格と人間味豊かに体現する中村梅雀さんも、それぞれに好演。子供時代の助六、八雲、小夏を演じる子役たちの達者ぶり、ミュージカル界の未来を担って行くであろう若手揃いのアンサンブルが放つ熱量も、印象を残します。
まだ出会って間もない頃、やる気の出ない坊(後の八雲)に、“浮世の憂さを忘れさせ、老若男女を笑わせる”と、信(後の助六)が落語の素晴らしさを歌ってきかせ、以来助六・八雲のテーマソングとなっていった「落語心中」。ほのぼのとした曲調のこのナンバーは2幕後半、あることで途方に暮れる小夏を、与太郎が励ますくだりで再び歌われます。
かつての信と同じ台詞(歌詞)で落語の良さを語り、生きる気力を蘇らせようとする与太郎。助六の落語への思いが、与太郎を通して次世代に受け継がれてゆくことを示唆しているようにも見え、舞台版では描かれない、物語の“その後”が予感できるシーンとなっています。
こうして未来への希望も仄見えたところで、最後にステージに現れるのは…。
人生の酸いも甘いもかみ分けた上での、からりと明るいフィナーレが、感慨深くも爽やかなミュージカルです。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報 ミュージカル『昭和元禄落語心中』2月28日~3月22日=東急シアターオーブ、3月29日~4月7日=フェスティバルホール、4月14~23日=福岡市民ホール・大ホール 公式HP
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