Musical Theater Japan

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音楽劇『組曲虐殺』上白石萌音インタビュー:“遠くない過去”に生きた人々に思いを馳せて

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上白石萌音 鹿児島県出身。2011年の第七回「東宝シンデレラ」オーディションにて審査員特別賞を受賞し、芸能界入り。『舞妓はレディ』『君の名は。』(声の出演)等の映画で活躍しつつ、『赤毛のアン』『ナイツ・テイルー騎士物語―』等の舞台に出演。歌手デビューも果たしている。©Marino Matsushima

労働者の過酷な生活を描き、権力からの弾圧に散った昭和の作家・小林多喜二。拷問を受けても信念を曲げなかった彼と、彼を巡る人々を描いた井上ひさしさんの遺作『組曲虐殺』が、没後10年の今年、再再演を果たします。 

獄に繋がれ、尋問や拷問を受ける多喜二と彼を支える女たちの日々は壮絶であったにもかかわらず、戯曲の中のやりとりはからりと明るく、どこかユーモラス。さらに小曽根真さん作曲・生演奏による魅力的な音楽に包まれ、誰もが親しみを感じずにはいられない作品です。 

多喜二役の井上芳雄さんはじめ殆どが初演から続投している中で、多喜二の恋人・瀧子役で今回、初参加を果たすのが上白石萌音さん。井上芳雄さんと昨年共演した際、本作の話は聞いていたそうで、リサーチは着々と進んでいる模様。“遠いようで遠くない過去”に生きた多喜二たちに思いを馳せつつ、21歳の萌音さんは今、何を感じているか。じっくりお話いただきました。

人は心の持ち方で豊かに生きられる、希望を持つことができる。そう感じられる作品です

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『組曲虐殺』

――井上ひさしさんの作品には以前から親しまれていたのですか?

「はい、本作を含めて何作か拝見しています。著作も読んでいますが、言葉の美しさと巧みさが、特に小説で遺憾なく発揮されているような気がします。くだけた物言いではないのに、すごく温かみを帯びていますよね。実際にお会いしたことはないので史料から想像することしかできないのですが、きっとご自身が温かな方だったのではないかなと思います。独自の世界観だな、とも感じます」

 

――ものすごい言葉の量ですよね。

「さきほど製本された台本をいただいたのですが、ぱらぱらページをめくっただけでもその膨大な台詞に圧倒され、一回閉じました(笑)。でも、実際の舞台ではそういう大変さを一切感じさせないんですよね。必然的に語られていて、観客もそれを感じない。きっと言いやすいリズムなのでしょうね。ところ狭しと活字が並んでいますが、頑張らなくちゃと思います」

 

――時代背景などリサーチもされているのでしょうか?

「まずは小林多喜二さんの作品をたくさん読もうとしています。多喜二さんには私が演じる瀧子と出会ってから書いた《瀧子もの》という、貧しい女性を描いた作品群があるので、それらを中心に読んで、あとは歴史的時代背景を調べていこうと思っています。 

それと、ひとつ楽しみにしているのが、多喜二さんや瀧子さんが暮らした土地を感じたいと思って、近々、小樽に行く予定なんです。そこの文学資料館には多喜二さんのデスマスクもあるそうなんです。

そういうものを見ることで、彼が確かに実在していたことが感じられると思うし、実際に二人が歩いたかもしれない道をたどってみようと思っています。社会情勢とかももちろんですが、そこにどういう人がどういうふうに生きていたんだろうということに興味があって。稽古に入るまでに少しずつ探っていきたいと思っています」

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『組曲虐殺』2012年の舞台より。撮影:渡部孝弘


――小林多喜二のことは以前からご存知でしたか?

「はい、でも歴史上の偉人みたいな認識しかなくて、今回このお仕事を通して彼の作品に触れることで、初めて身近に感じられるようになりました。今、代表作の『蟹工船』を読んでいるのですが、言葉づかいになかなか馴染みがないので読み進めるのが結構大変ではあるんですけれど、本作に描かれている多喜二さんの情念とか強い意思が端々ににじみ出ているような気がします。多喜二さんに限らず、名作と呼ばれるものは時代を越える魂みたいなものを持っていて、やはり触れるべきものなのだなと思います」 

 

――私たちは国語や日本史の授業で偉人の名作や著者の名前は覚えるけれど・・・。

「そこ止まりになりがちですよね。そこを深く読んだり調べたりしてその人自身についても知ることで、ただの学問ではない歴史を感じることは大切なんだなと教えられました」

 

――本作はつまるところ、どういう作品だと現時点でとらえていますか?

「描かれている当時の情勢そのものは、(自由な表現をしようとする人々が)追い込まれた、大変なときだったと思いますが、本作の中の人たちは皆、明るさや逆境を跳ね返すような強さを持っているんですよね。どんなに大変な状況でも小さな喜びや幸せは見つけられる、心次第で豊かさというのは保てるのかなと、この人物たちをみて思いました。すごく希望に溢れてもいるし、人ってこうも明るく生きられるのだと」

 

現代ともどこかリンクする物語

――多喜二は小説を書いていただけなのにその表現が問題だとして拷問を受ける。現代の日本人の感覚ではありえない話に聞こえるかもしれないけれど、実際はそんなに昔ではない過去に本当に起こったことなんですよね。

「今の日本も、必要以上にものの受け止められ方を気にしたり、ちょっとした発言が誤解を生んで広がっていったりといったことはありますよね。拷問というような形でなくても、社会的に追い込まれていく人もいるので、時代は変わったとはいえ、今だからこそ響くものもあるような気はします」

 

――SNS 時代の便利さゆえの息苦しさであったり..。

「言いたいことが言えなかったり、結局同じようなことが行われているような気もします。もしかしたら多喜二さんの時代より複雑化しているかもしれません。だからこそ、今上演する意味があるのかもしれないなと思います。多喜二さんみたいな生き方は今だからこそ、いろんな人にインパクトを与えるんじゃないかなと思います」

 

多喜二の作品にヒントを探して

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『組曲虐殺』2012年の舞台より。撮影:渡部孝弘

――そんな中で今回、上白石さんが演じる瀧子さんは、小料理屋の酌婦をしていて多喜二に見染められ、身請けされたものの、彼に大切にされるあまり、いつまでも婚約者のままという微妙な存在。劇中、“苦労を買うために生まれてきた人”と形容されていますが、ご自身はどんな人物ととらえていますか?

「初演を拝見したとき、石原さとみさんが演じていた瀧子は、全て笑い飛ばすというか、無理してでも笑って頑張って生きていく健気な女の子で、つらいんだとか嫌だとか泣かされたなとか言っているときも笑っているところに胸を打たれました。でも彼女の中ではジレンマもあり、いろいろ考えています。若くしていろいろ苦労してもがいている、そんな印象を持っています」

 

――彼女は15才で家族を養うため酌婦になったのですよね。

「今で言えば中学生ですから、想像できないですよね。そして売られた先で多喜二という大人の男性と恋に落ちて身請けしてもらうけれど、そこですんなり結ばれるわけではない。普通に考えたらつらすぎますが、笑って過ごせたというのは、それほど多喜二さんへの愛情が強かったんだろうな、すごく好きだったんだなと思います。ふじ子さんという、多喜二が滞在先で身の回りの世話をしてもらっている女性の方が多喜二にふさわしいと考えて身を引くのをみても、すごく切ないというか、健気だなと。ご覧になる人が共感してくださるよう、演じられたらと思っています」

 

――現代女性からすると想像しづらい境遇ではありますが、何をよりどころにして演じていこうと思っていますか?

「ひとつヒントになるのは、多喜二さんが書いた《瀧子もの》と呼ばれる作品群です。いくら生きる苦労の種類が違う時代ではあっても普遍的な部分はあるはずで、家族への思いや責任、好きな人への気持といったものはあると思うので、最大限共感しながら演じられたらと思っています。でも今の段階ではあまり固めすぎずに、やわらかく土台をつくって、栗山(民也)さんの演出を受けたり、皆さんと一緒に空気を感じながら、少しずつ構築していけたらいいなと思っています」

 

――栗山民也さんの演出は初めてですか?

「初めてです。舞台はたくさん拝見していますが、それぞれにカラーが違って、いろいろな色をお持ちの方なんだなと思います。きっとその作品に一番寄り添う形で演出されていると思いますが、基本はシンプルですよね。照明などで変化はつけていらっしゃるけれど、あくまで役者の方々が主体となっているというところでは、お芝居の技量が試される演出だとも思いますし、ダメ出しが多いという噂があってびくびくもしています(笑)。 

映像作品とは違って、舞台って千秋楽でも完成ということはないですよね。ずっと悩んだり、追求して行く時間がすごく好きですし、演出家さんの頭の中をどれだけ覗けるかというのがすごく大事だと思っています。栗山さんは日本を代表する演出家でもいらっしゃるし、存分に鍛えていただこうと覚悟しています」 

井上芳雄さんの“聞いたことのない”声

――多喜二役の井上芳雄さんとは『ナイツ・テイル―騎士物語―』で共演されて以来ですね。

「この作品の映像を見たときに、聞いたことのない芳雄さんの声が聞けて驚きました。そこには紛れもない苦しみや葛藤が、痛いくらい声に乗っていて、役を生きるってこういうことなんだと感じました。ミュージカルをご一緒していた時はまだ私が出ることは決まっていなかったのですが、私にこの作品のお話をしてくださったことがあったんですよ。こういう舞台があって僕にとってすごく大切なんだ、あの役がずっとここ(心の中)にいるとおっしゃったのが、映像をみて、こういうことなんだな、芳雄さんは多喜二と共にあるんだなと感じました」

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『組曲虐殺』2012年の舞台より。撮影:渡部孝弘

――なぜそれほどまでに大切にされていると思われますか?

「芳雄さんは多くは語らない方なんですが、井上ひさしさんが投げ掛けているメッセージと今の社会を照らし合わせているとも思うし、私が“前に演じた作品の台詞って覚えてるものですか”と尋ねた時、印象的なものは覚えてるとおっしゃって、話して下さったんですよ。小林多喜二さんも言葉と生きた方だし、芳雄さんも言葉とともに演じていらっしゃって、そこにシンパシーを感じられているのかもしれません」

 

――現時点で、お好きな台詞はありますか?

「印象的なのは、“絶望するな”という台詞です。瀧子の生きざまも感じられますし、逆説的に、もう絶望するしかないと感じているのかもしれないし、それでも前向きな言葉をはける瀧子の強さがそこにつまっているような気がしていて、あの台詞は彼女の核なんだろうなと思います。多喜二さんに対して言っているだけでなく、自分自身に言っているのかもしれません」

――ご自身の中で、課題にしたいと思っていることはありますか?

「稽古が始まってからどんどん変わるとは思いますが、今の段階ではやはり、人間を愛するということなのかなと思います。人を純粋に愛して、ついていく強さ。多喜二に限らず(その姉の)チマさんも、です」

 

緊張を弛緩させる存在としての音楽

――本作は音楽劇ですが、なぜ音楽が多用されているのだと思いますか?

「前回公演を拝見した時、台詞の応酬のなかで、音楽が入ることでぴんとはりつめていたものが弛緩するようなものがあって、言葉のスピードが落ちるからこそメロディがばしっと入ってくるのを感じました。台詞に込められてる強いメッセージ性から一歩引いたところにあるのが音楽のような気がしていて、ちょっとやわらかくしてお客さんに投げ掛けるというということなのかな、という感じを受けました」

 

――瀧子が歌いだす“豊多摩の低い月”はシンプルでありながら含むものがあって、印象的ですね。

「情景が浮かぶというか、日常を手繰り寄せられるような歌ですよね。月は普遍敵なモチーフですし、終演後に思わず空を見上げたくなるような余韻が残ります。昭和の時代と令和の時代を繋ぐものなのかなと思います。小曽根(真)さんの音楽はどれもシンプルで日本的で、すごく好きです」

 

――どんな舞台になればいいなと思っていらっしゃいますか?

「個人的には、大先輩方に胸をお借りして少しでも多くのことを吸収できたらと思いますし、新キャストとして作品に新しい何かをもたらせるようがんばらないとと思っています。見てくださる方々にとっては、自分の正義や信念を貫くことだったり、逆境でも強く生きることだったり、そういう(登場人物の)生きざまが希望になればと思います。この作品は終わり方も投げ掛けるような形で、糸を引くというかずっと考えてしまうような作品なので、これをきっかけに自分と向き合ったり、いろんなことを考えてみていただけたら…。緊張しますが、頑張ります」 

“隣にいそうな人”、そんな表現者でありたい

――舞台の開幕が楽しみです。ところで、上白石さんはお芝居だけでなく、音楽活動もされていますが、芸能界に入られたきっかけは何だったのですか?

「ミュージカルが好きで、舞台に出たかったんです。鹿児島出身で、小さい頃は劇団四季のファミリー・ミュージカルや、ディズニーのDVD、『コーラスライン』が大好きで繰り返し見ていました。2、3才の頃から歌が好きで、そこからミュージカルが好きになり、ミュージカル女優になろうと思って、教室に通っていました。そして、オーディション(「東宝シンデレラ」オーディション)を受けたんです」

 

――以来、今日に至るまでさまざまな形で夢が叶ってきたという実感はありますか?

「あります。憧れだった方と仲良くさせていただけたりとか、ありえないことだとずっと思っていますが…。幸せはいつも噛み締めています」

 

――(『ナイツ・テイル』で)帝国劇場にも出演されました。

「早すぎたとは思ってます。田舎者にとっては雲の上の、観劇に行くだけで緊張するような場所でしたので(笑)」

 

――あのふわふわのカーペットが…(笑)。

「リニューアルされて余計ふわふわになりましたね(笑)。舞台に立った時のあの興奮と感慨は忘れられません。特別な日常でした」

 

――今後は映像ばかりでなく、舞台にも積極的に?

「出たいです。具体的なお話もあります」

 

――どんな表現者を目指していらっしゃいますか?

「隣に住んでいそうな人がいいなと思っています。画面の中だけ、舞台の上だけの人というのではなく、隣に住んでいるかもしれないという親近感をもって観ていただける歌や演技が出来て、私を通して“自分だったらどうしよう”とか、“自分がこの子と知り合ったらどうなるだろうか”と考えていただけたら意味があるというか。普通に演じるというのが一番難しいので、匂いがしそうなくらいのリアリティをもって演じられたらと思っています」

 

――そういう親近感を持って見てもらえる。それが出来たらある意味、最強ですね。

「そう思います。そこを目指したいです」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

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*公演情報『組曲虐殺』10月6~27日=天王洲 銀河劇場 公式HP

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