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『ナミヤ雑貨店の奇蹟』辻凌志朗・戸井勝海インタビュー:人生は“白紙の地図”だと信じられる、小さな奇蹟たちの物語

(右)辻凌志朗 千葉県出身。大学では西洋美術史を専攻。2014年に俳優デビュー。ミュージカル『テニスの王子様』『ハイパープロジェクション演劇 ハイキュー!』舞台『わたしの幸せな結婚』ミュージカル『陰陽師』舞台『鬼滅の刃』等の舞台をはじめ、TVドラマや映画でも活躍している。(左) 戸井勝海 広島県出身。青年座出身。1997年『レ・ミゼラブル』でミュージカルデビューし、99年から2001年までマリウス役を務める。以降、ストレートプレイ、ミュージカル、映像作品と幅広く活躍。主な出演作に『イン・ザ・ハイツ』『タイタニック』『ジャージー・ボーイズ』等がある。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

強盗事件を起こし、廃屋に逃げ込んだ敦也、翔太、幸平。そこはかつて、店主が悩み相談を請け負うことで知られた雑貨店だった。
青年たちがそこで一夜を過ごそうとしていると、空き家である筈の店の郵便受けから、一通の手紙が落ちてくる。それは、33年前に書かれた悩み相談だった。
時空を超えた人生相談に戸惑いながら、当時の店主、浪矢雄治にかわって返事を書く3人。次第に店主、相談者たち、そして敦也たちの思いがけない “縁”が明らかになって行くが…。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』

手紙にこめられた“思い”が、やさしい奇蹟を起こしてゆくさまを描く、東野圭吾さんの同名小説を舞台化。好評を博してきたイッツフォーリーズのミュージカルが、再再演を迎えます。

今回、新キャストとして敦也役で客演するのが、舞台『鬼滅の刃』で宇随天元をのびのびと演じた、辻凌志朗さん、そして雄治役で客演するのが、最近では『イン・ザ・ハイツ』等で好演している戸井勝海さん。

イッツフォーリーズが得意とするヒューマン・ドラマで、二つの軸を担う辻さん、戸井さんに、カンパニーの空気感から作品への思い、そして俳優として大切にしていることまで、じっくり語っていただきました。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(左から)志賀遼馬さん、辻凌志朗さん、蓮井佑麻さん、戸井勝海さん


歌う幸福、演じる楽しさが溢れる、イッツフォーリーズの稽古場


――お二人はイッツフォーリーズへの客演は初めてだそうですが、これまで御覧になったことは?

辻凌志朗(以下・辻)「僕は無かったです」

戸井勝海(以下・戸井)「近作で、『バウムクーヘンと広島』という作品を拝見しました。たまたま知り合いのイッツフォーリーズの方がXで言及されていて、僕が広島出身ということもあってタイトルにまず惹かれ、調べてみたら“これは面白そう”と思って観に行き、最高にはまりましたね。

舞台を包み込むようなあたたかい空気も素敵でしたが、内容的にも、単にバウムクーヘンを通した日本人とドイツ人の交流物語ではなく、戦争に翻弄され、挫折したユーハイムさんが大成功を収めてゆく姿を通して、どうやって人間は再生していけるのか、そんな生きる力を与えてくれる作品でした。こんなに泣けるものかと思えるくらい泣けて、その作品を作った劇団から今回、声をかけていただいたので、幸せに思いつつ、プレッシャーもあります(笑)」

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』敦也(辻凌志朗)

――実際、稽古に参加されてみて、いかがですか?

「僕自身がまだミュージカル一年生みたいなものなので 新鮮に感じる一方、歴史あるイッツフォーリーズさんが積み上げてきたミュージカルに自分が参加して大丈夫だろうか、と最初は不安でした。

最初の本読みの時にも、“どうしよう…”と思うほど、皆さん音楽性が豊かで、幸せそうに歌ったりお芝居をされている姿に圧倒されました。でも皆さんに温かく迎え入れていただいて、今では、自分がやれる最大限のことをやってみようと思いながら頑張っています」

戸井「ここまで、キャリアとか役の大小に関係なく、自由に発想して発言できる稽古場ってなかなかないなと感じます。演出の磯村純さんがそういう空気を作って下さることも大きいと思いますが、全員が生き生きと稽古場にいるって、凄いですよ。

ふつう、どの稽古場でも凹んでいる人がいたりするものですが、ここではたとえ落ち込んでいても、その人の体の奥でメラメラ燃える情熱みたいなものが見えるんです。そこにいるだけで楽しくなってくるし、やる気が出てくる稽古場です」

 

自分が今、ここにいることの奇蹟を再確認させてくれる作品

 

――『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は小説に始まりストレート・プレイ、映画と様々に展開していますが、お二人はどの段階で出会われましたか?

「僕は、キャラメルボックスさんが舞台版を上演した時から(概要を読んで)“これ絶対いい作品だろうな”というイメージがあって、今回出演することになり、初めて原作小説を読みました」

戸井「僕は前回公演の時に、雄治役を演じていた石鍋多加史さんからお知らせをいただいていたのですが拝見出来ず、今回、台本を通して初めて本作に触れました。

ただ、初めて読んだ時は“いい話だけど、わからないことがいっぱいあるな…”とクエスチョンがたくさん生まれまして(笑)、映画版を観ようとしたらどうやら舞台版とは切り口がかなり違うそうなので、前回のイッツフォーリーズ版の記録映像を見せていただきました。疑問が解決した上で最後に原作小説を読んだら、いやぁ、深い作品でした。

この深い作品を一本の舞台として御覧いただけるよう、凝縮していかないといけないなと思いました。そして、原作が持っている空気感や“力”を、どうやったら今回の舞台でお届け出来るだろう。特に僕が演じる雄治はポイント、ポイントに出てきて、テーマ的なことを言うので、僕の芝居がぬるいと、 みんなの頑張りを全部無駄にしてしまうと肝に命じていこうと思っています」

「僕がこの作品について素敵だなと思ったのは、世の中に僕らが存在するうえで、長い歴史の中でどこか少しでも、一瞬でも1mmでもずれてしまったら、僕らはこの世に存在していなかったかもしれない。誰かと誰かが繋がっている、その連なりの結果、一つの奇蹟として一人の人間がいるのだ、と気づかせてくれるところです。

人間ってやっぱり繋がっているんだな、一人一人の思いがつながって、今の自分が存在しているし、未来の人間たちにもバトンを渡していくんだな、自分の魂を繋いでいけるんだな…と感じます。

ファンタジーと言えばファンタジーなのですが、ここで起こるような奇蹟って、もしかしたら現実世界のどこかでも起こっているのかもしれません。そう思うと、行動の一つ一つが大事だな、悩むことがあっても、それが未来の何か素晴らしいことに繋がっていったらいいなぁ、とすごく思いました」

戸井「おっしゃる通りですよね。スーパーマンに変身することは出来なくても、ちょっと見方を変えたり、物事の感じ方を変えることで、過去の汚点も光り輝く思い出に変わったりします。

人っていくつになっても変わっていけるし、そんな可能性を秘めたすごい存在なのだな、と今回、稽古に参加して改めて痛感します。自分もけっこういい歳ですが(笑)、稽古を見ていて泣きそうになる自分がいまして(笑)。

いろいろ頑張ってきたけど、やっぱりもっともっと頑張りたいな。そして、自分だけで頑張っているように見えて、必ず誰かと繋がって、“生かされている”のだな、と思える作品です」

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』雄治(戸井勝海)

 

暗い過去を持つ敦也と、相談を受けながら自らも成長してゆく雄治

 

――それぞれ、演じるお役について、ご自身と共通項があるかを含めて、教えていただけますか?

「僕が演じる敦也とははじめ、共通項はあまり見いだせなかったのですが、そういえば僕も、今も仲のいい高校時代の友人たちとは、3人で会うことが多いです。そして一緒にいると、二人から“お前の行きたいところに行くよ”と言われることが多くて。知らず知らず引っ張って行くタイプというところも、敦也に似ているかもしれません。今回、3人組のシーンを稽古していても不思議とやりやすいのは、そういう部分が反映されているのかもしれないですね。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』敦也(辻凌志朗)

 

全く違う要素としては、敦也は幼少期に、実の親から虐待を受けていたということがあって、今回、養護施設さんにお話をうかがいに行きました。

虐待を受けると、精神も不安定になるし、行動も乱暴になってしまったり、本当に犯罪に走ってしまう子もいるそうです。自分を否定され続けることで、社会が信用できなくなるし、希望も見いだせなくなる。そういう(精神的な)負の部分、闇の部分というものを、敦也を演じる上で大切にしていこうと思っています。

あまりその要素が強くてもいけないけれど、ちょっとした表情や姿勢を通して表現できる機会はいっぱいあると思うので、そこは重要視していきたいです」

戸井「僕は今回老け役で、これまであまり演じる機会がなかったので、この見た目をどう老けさせて貫禄を出したらいいか、皆さんの知恵を借りながらやっていこうと思っています。

でも見え方以上に大事なのは、その年齢相応に人生で負ってきた傷の深さだったり、それを乗り越えて手に入れた強さ、あたたかさ。そうしたものを表現できれば、きっと雄治に見えてくるのだろうな、と思っています」

 

――たくさんの人生相談に答えているという点で、人格者的な側面もあるでしょうか。

「最初はそこまでのつもりは全然、なかったと思います。だって、“どうやったらテストで百点取れますか”という質問に、“あなたについてのテストをしてもらったら、きっと百点をとれます”なんて答えを書いていたくらいですもの。はじめはある種のおふざけから始まったと思いますよ。

雄二自身、過去の恋愛で傷を負ったりはしているけれど、いろいろな人の悩みと真剣に向き合う中で、“同苦”といって同じ苦しみを感じたりと、彼自身も成長させてもらえたんじゃないかと僕は思っています。

だからこそ最後の最後で、あの台詞、あの歌詞に繋がっていくのでしょうね。決して雄治が“すごい人”だから言えたのではなく、これまで彼から答えをもらってきて、“ありがとう”と言ってくれている人たちがいたことで、あの台詞が言える雄治になれたのではないかな…という気がしています」

 

不思議な“魔法”がかかった音楽

 

――小澤時史さんの音楽はいかがですか?

「心にすっと入ってくる、めちゃくちゃいい曲ばかりです。特に戸井さんが歌う“白紙の地図”という曲(2020年公演の稽古動画はこちら)が、本番で大号泣しそうなほど良くて。それだと僕自身、自分の箇所で歌えなくなってしまってよくないので(笑)、感情をコントロールできるよう、稽古の様子を録音して、何度も聞き返しては耳を慣らしています」

戸井「そんなふうに言われたら責任重大…。ハードル上げないでください(笑)」

「(小澤さんの音楽は)歌うとなると難しいのは難しいのですが、台詞に乗っかった時にすごく歌い易くて、言葉がそのまま旋律になっているような印象です。あと、そのシーンごとにすっとはまった曲が揃っているのも凄いなと思っています」

戸井「日本語が乗せやすいのは、やはり国産ミュージカルの強みだなと改めて感じます。翻訳ものだとどうしても、“え、日本語のイントネーション、そうじゃないでしょう?”というところにアクセントを当てないといけないことがあって、そうすると音楽の良さは伝わるけれど、言葉の力がちょっと弱くなったりすることがあるんです。

でもこの作品は、喋るように歌えそうな曲が多くて、だから余計染みてくるのかな。僕も他の人の曲を二小節聴いただけで、涙出そうになる瞬間がありますもの(笑)。

小澤さんは、魂のドロドロしたものを生々しくなく伝えられる、不思議な魔法を曲にかけてくれているような気がします」

 

“一年生”とベテラン、刺激に満ちた共演

 

――お二人は今回、初共演なのですよね。お互い、現時点でどんな俳優さんだと感じていらっしゃいますか?

「ミュージカル一年生として、戸井さんとご一緒させていただけたことが本当に有難いです。最初の歌稽古の時から、年輪というか、今までのご経験が歌声と台詞に滲み出ていて、僕もこういうふうに成長出来たらと思いました。この方から滲み出ているものをしっかり吸収して、僕も少しでも作品の役に立っていけたら…と思わせて下さる、素敵な先輩です」

戸井「そうおっしゃるけれど、辻さんは最初の歌稽古の時からすごく綺麗な声が出ていて、第一印象は“いい声してるなあ”。それなのにミュージカル一年生というので、びっくりしました。そして、これまで役者としてやって来られた方なので、歌だけやってきた人とは明らかに違って、やっぱりその歌の中にちゃんと“思い”が乗っかってきていて、僕はそれがすごく素敵だなと思いました。

それから僕はしばらく別の公演に出ていて、1か月ぶりに本作の稽古に戻ってきたら、(辻さんの)歌声が俄然、進化していて。歌が楽になったのではないですか?」

「なりました」

戸井「でしょ。こういう声を出さなきゃ、みたいなものがなくなってるんですよ。だからなおさら、歌に“思い”が乗ってきているし。やっぱり若い人の成長速度ってすごいな~と思って、それを見せてもらえるのは僕にとってすごく刺激です。彼が頑張っているんだから自分ももっと頑張らなきゃ、と思わせてもらえる…のだけど、本作では僕ら、がっつり絡むところがないんですよね(笑)」

「そうですね(笑)」

戸井「同じステージ上にいるナンバーもあるけれど、目を合わさせてくれないんです。どこかですぐそばを通りながら歌ってみたいな…と思ったけど、演出家に却下されました(笑)。“白紙の地図”でしっかり彼の眼を見て歌ったら面白い気がするのだけど…」

「そうなったりしたら、もう(涙腺が)大変ですね(笑)。今、背中しか見えなくても、心に刺さってくるものがあって、本当に戸井さんの表現、凄いなぁと思っています」

戸井「辻さん、口調としてはスマートに、“普通ですよ”と言う感じでおっしゃっているけれど、多分内面はすごく燃えてて、物凄い勢いで吸収しているんだと思います。

さっき、高校時代の友人たちと集まるとみんなに“じゃあどうする?”と聞かれるという話をされていたじゃないですか。それを聞いて、あ、彼は生来のスターなんだな、と思いました。自然に周りが彼の方を向いてしまう、そういう存在なんだろうな、と。

これから数年経ったら、彼はでっかい役者さんになっていらっしゃると思うけれど、そういう勢いで成長している人と、常に自分も一緒に成長していきたいなと思います。だから彼に対して“後輩”という感覚はないですよ」

 

――今回の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』、どんな舞台になったらいいなと思われますか?

「この舞台を通して、若い人たち…いや、僕も若い世代だと思っていますが(笑)、未来というものに漠然としたイメージしか持っていない世代が、雄治さんが最後に歌う“白紙の地図”のように、無限の可能性を感じていただけたら嬉しいです。

未来って本来、白紙であるはずなのに、僕らは現時点の環境のせいで、こう生きなくちゃいけないといように、道を定めてしまいがちだと思います。でも、選択をするのは自分だし、どんな選択をしたっていい。自分がときめく方向に進んでいける子たちが増えたらいいな、そんなメッセージが伝えられる作品になったらいいなと思います」

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』雄治(戸井勝海)

 

戸井「最近は閉塞感のためか、夢を見にくい世の中になっていると言われますよね。少し前に、小学生へのアンケートで将来の夢を尋ねたら、一位が“サラリーマン”だったという新聞記事を読んで、結構ショックを受けました。僕らが子供の頃ってプロ野球選手だったり歌手だったり、よく考えたら“いや無理だろう”というものでも平気で夢見ていたけれど、いまどきはサラリーマンなのか、と。

僕の子供も11歳の時、ダンサーを目指したいと言ったら友達に“現実見なよ”と言われてしまったそうです(笑)。確かに、夢を見てもそれが手に入らない人の方が多いかもしれません。でも、あまりにも早く自分から扉を閉じていかざるを得ない環境というのは、どこかいびつな気がするんですよね。

いつかはそれぞれに、道が選ばれたり、決まっていったりしますが、自然にそうなる前に自分から閉じていくのは、可能性を自分で消してしまうようで、悲しいですよね。

若い人たちには本作の、“人生は白紙だからどんな地図でも描けるし、失敗したらまたそこから描けばいいんだ”というメッセージが伝わるといいなと思うし、いろんな経験をしてきた人たちには、おそらくしみるところがいっぱいある作品じゃないかな。

いろいろな経験をされていたとしても、まだゴールには達していないわけですからね。これから先のあなたの人生の中で、今のあなたが一番若いということだから、 自分で地図を描こうという意識さえあれば、“ずっと青春”なのかな、とも思います。

そういう前向きなエネルギーを持つだけで、幸福度は増すと思うし、素敵な人生になるんじゃないかと思います。御覧になる世代ごとに届くメッセージが違う作品だと思うので、ぜひいろいろな世代の方に見ていただきたいし、家族を含め、いろいろな人間関係について見つめ直せる機会にもなる気がします。絶対に元気になれる作品だと思います」

 

舞台に立つ、その先に何があるのかを問いかけながら

 

――ご自身についても少し伺いたいのですが、まず辻さんと言えば、近年の話題作は何と言っても舞台『鬼滅の刃』での宇随天元役。舞台では逞しく見えましたが、今、目の前の辻さんは同じ人に見えないくらいスレンダーですね。

「よく言われます(笑)。僕は太れない体質なので、あの役に決まった翌日から2年半から3年くらい、一日八食食べては筋トレをして…という日々を送りました。それでも17~18キロしか増えなくて、1年くらい前にやめたとたん、すぐ細くなってしまいました(笑)」

 

――役のためにそこまでされるということは、やはり戸井さんのおっしゃるように熱いものをお持ちだと思いますが、今後どんな表現者になって行きたいと思われますか?

「僕は倉本聰さんのドラマを観て育ちまして、倉本作品好きの父を喜ばせたいという気持ちもあり、20代まではその世界観にこだわっていました。しかしそのために、可能性を自分で塞いでしまったかもしれないな…と思うことがあります。

ですので、今は何でもやってみたい。ミュージカルでも映像でもストレート・プレイでも、それぞれの作品で爪跡を残せるように成長していきたいなと思っています」

 

――キャリアを積まれた戸井さんのお話は、辻さんにとってもヒントの宝庫かと思いますが…。

「うかがいたいです」

 

――戸井さんは役者人生を続ける中で、何か大切にされてきたことはありますか?

戸井「何のために自分が板の上に立つのか、役者になりたいという先に何があるのかを、日々自分に問いかけていたかもしれません。

ミュージカルの世界って“やってなんぼ”というか、発信する、見せるということが重視されている傾向があると思います。でも、ただぽつんと舞台の上に座っているだけでも、滲み出る空気の変化や目線の変化で、お客様がおおーっと思って下さる、そんな存在感のある役者になりたいと、養成所にいる頃から思っていました。

これはどこかでも話したことがあるのですが、以前、目の見えない人たちと話している時に、言葉の限界を痛感しまして。リンゴの“赤”という色は、視力を途中で失った方には言葉で伝えられても、生まれつき見えない方には伝わらない。僕の言葉の力はなんなのだろうと思ってしまったんです。そんな折に喜多郎さんのシンセサイザー音楽を聴いて、音楽でならいろいろなイメージが伝わるかもしれないと思い、歌を習うようになりました。

目の見えない人たちだけが客席にいて、明りも何もない。そんな舞台で、音や声、人が動く時の空気の変化を通して、健常者に対するのと同じものを伝えられるような役者になれたら。本当に出来るようになったら世界レベルの役者なのかもしれませんが、とにかくそこを目指したい、というのが僕の役者のスタートでした。今もそれがベースになっているし、こだわり続けていることでもあります」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます

*公演情報 ミュージカル『ナミヤ雑貨店の奇蹟』3月19日~23日=こくみん共催coopホール/スペース・ゼロ 公式HP (21日、22日のアフターイベントでは、登壇者によるお悩み相談もあり。)

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