ナチス・ドイツが台頭しつつあるベルリンを舞台としたJ・V・ドルーテンの戯曲『私はカメラ』を、矢代静一さん・藤田敏雄さんが満州を舞台に翻案。いずみたくさんの作曲で1980年に初演され、“日本版『キャバレー』”と話題をさらった『洪水の前』が、いずみさん創設の劇団イッツフォーリーズにより、25年ぶりに上演されます。
今回の舞台で“司会者”(『キャバレー』におけるMC)はじめ4役を演じ分けるのが、ラサール石井さん。“コント赤信号”で一世を風靡し、俳優・作家・演出家…とマルチに活躍するラサールさんですが、ミュージカルへのご出演は久々だそう。大連のダンスホールの歌姫・茉莉(『キャバレー』におけるサリー)を演じる宮田佳奈さんとともに、“隠れた名作ミュージカル”に臨む心境をうかがいました。
――ラサールさんは大学時代、ミュージカル研究会に所属されていたそうですね。
ラサール石井(以下・ラサール)「僕らの世代、子供の頃に観たものと言えば『てなもんや三度笠』にしても東映の美空ひばり映画にしても、みんな歌うのが当たり前。お芝居の中に歌があることに、何の違和感もありませんでした。ミュー研では1年生の時から8本くらい、作・演出をやったかな。僕がやるから全部はちゃめちゃなコメディで、宝塚の小池修一郎氏とも友達でした。彼と“すごい高校生がいるらしい”と玉川学園の卒業公演を観に行って出会ったのが宮本亜門氏で、3人で名画座に『ゴッドスペル』を観に行ったりもしたなぁ。それで3人ともミュージカルに行くかと思いきや、僕だけお笑いの方に行ったんです。
その後、ミュージカルを書いたり演出したりもするようになったけれど、出演に関しては、有名なミュージカルに2度ほどオファーをいただいたのにスケジュールが合わず、初ミュージカルは2007年の『TAKE FLIGHT』。作曲家(デイヴィッド・シャイヤ)がソンドハイムを意識して書いたらしく、半音だらけのめちゃくちゃ難しい音楽でした。初日があいてからも共演の城田優君や池田成志、橋本じゅんたちとキーボードで音をとっていて、舞台袖でもやっていたら照明さんに“石井さん、その曲、音程合ってたんですね。ずっと狂ってるんだと思ってました”と言われたほどでした(笑)」
――イッツフォーリーズさんとは長いおつきあいですか?
ラサール「2004年に『スター誕生』というミュージカルの作・演出を担当した時、当時イッツフォーリーズに在籍していた大塚庸介君が出演していて、彼が2014年に『ゲゲゲの鬼太郎』をミュージカル化したいので脚本・演出を、と声がかかったのが始まりです。イッツフォーリーズは歌が非常にお上手ですよね」
――宮田さんは何といっても、6月にアンサンブルで出演していた『CROSS ROAD』で、アーシャ役の代役を僅か1日半の準備で勤めていたのが印象的でした(観劇レポートはこちら)。
宮田佳奈(以下・宮田)「体調を崩された方を思いつつ、何とか舞台が続けられればという一心でしたが、本当に皆さんに支えられました。私が台本を開く度、七色の声で読み合わせしてくださった方もいらっしゃったし、衣裳やフル・ウィッグも一日で作っていただき、お芝居って本当に支え合って出来るものなのだな、と改めて感じました。この時の経験が今、とても生きていますし、先月出演した『YOKOHAMA Short Stories』では歴史あるダンスホールが会場で、雰囲気を体験できたことも幸運でした」
――では本題に入りますが、『洪水の前』の第一印象はいかがでしたか?
ラサール「防衛費を倍にするとか、防衛相がプロパガンダのシステムを作っているというニュースが流れたりする、まさに“軍靴の響きがする”時代に観ると、非常によくわかる話です。退廃的な世界の中で生き方を模索している人たちが、結局何も達成せずに、もしかしたら戦争に行くのかもしれない。まさに今の日本にも通じる話で、演出の鵜山(仁)さんも今、上演する意味を意識しながら、そういう演出をどんどん入れられています」
宮田「初演の映像を観て、まずダンサー役の方々の醸し出す生活感や“疲れ加減”だったり、ここはアピールするぞという瞬間のボディラインが強烈に印象に残りました。作品としては、その時代を描きつつ、一人一人の人生もしっかり描かれている作品だなと感じました」
――ラサールさんは“司会者”ほか、4役を演じるのですね。4つも兼ねることの意味は…?
ラサール「鵜山さんがうまく演出されていて、このお芝居そのものをキャバレーのショーに見立て、“司会者”が他の役を演じている、と暗に見せています」
――“司会者”は様々なアプローチがありうるお役かと思いますが、ラサールさんはどのようにとらえていらっしゃいますか?
ラサール「そもそもこの役はLGBTなんですよね。生きづらさを抱えていながら頑張って生きている。その悲しさがあるからこそ、(奔放な)茉莉と親友になれるんですよね」
宮田「ラサールさんの“司会者”は登場の度に何か一芸加えてくださるので、思わず吹き出してしまいます(笑)。
知らず知らず話芸に引き込まれますし、くすっと笑える“愛されキャラ”だと思います」
――いっぽう、宮田さんが演じるのは“恋多き歌姫”の茉莉ですが、もとはパリに音楽留学をしようとしていた“令嬢”だったのですね。
宮田「恋人の影響で大連に来て、そのままダンスホールで歌うようになりました。それまで両親に決められた道を歩んでいたのが、自分のやりたいように生きてみたいと思い、いろいろな男性に恋をしながらも、自分の進むべきを探しているところなのかな、ととらえています」
ラサール「(宮田さんの茉莉は)ちっちゃくてかわいいんだけどセクシーで、その日その日を楽しく自由に生きている感じですね。1970年代くらいにはそういう女性、多かったんですよ。デビューしてすぐの頃の桃井かおりさんみたいな感じかな。危なっかしくて、助けてあげたくなるんだけれどこちらの手をばーんとたたいて“面白くないよ、バイバイ”と去られちゃうような。
今どき、茉莉そのものという女性はいなくても、茉莉のここが自分に似てるという方はたくさんいらっしゃると思うので、そういうところにぐっと感情移入して、なぜ“愛してる”の一言が言えないのこの人は、と切なく感じられると思います」
――いずみたくさんの音楽はいかがですか?
ラサール「楽譜を見るとシンプルで、すぐ口ずさめるような音楽なのだけど、意外に技が入っているんですよね。随所に音楽的な遊びがあるのが素晴らしいです」
宮田「今回、茉莉は1曲ナンバーが増えることになって、いずみたくが書いた、映画『ひとりっ子』のテーマ曲“君の祖国(くに)を”という曲をアカペラで歌います。1週間ぐらい前にいただいたばかりなのでまだあがいている最中ですが、観ている方にも訴えかけるような歌にしたいです」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
宮田「コロナをきっかけに皆がいろいろなストレスを感じている中で、最近は“戦争”も他人事に思えないような状況になってきましたが、明日は何が起こるか分からないからこそ自分が本当にやりたいことを考えたり、一歩踏み出してみようと思っていただけるような舞台になればいいなと思っています」
ラサール「満州についての予備知識が要るのか、とか難しく考えがちだけど、そういうことは考えずに、楽しむだけ楽しんで、最後に切なさを感じていただけたらいいですよね。メインとしてはあくまで、うまく生きられない、コミュニケーションできない人たちの切ない物語を、ほろ苦く観ていただきたいかな。そして、この話ってひょっとして“今”とリンクしてない⁈と感じてもらえるといいですよね」
――最近はミュージカル俳優がTV番組にも引っ張りだこになるなど、ミュージカル・ブームと言われますが、お二人は今後、日本のミュージカル界がこうなってゆくといいなというような期待などはありますか?
宮田「私は“配信”について、少し前までは助かるなと思っていたのですが、最近は生で観に行くと感じるものが全然違って、やはり生の舞台にはかなわないのかなと感じています。もっと生の舞台を観ていただけるように工夫していきたいです」
――配信と“生”の舞台はもちろん違いますが、例えばご家族の介護だったり、出産などで外出がままならない方にとって“観劇”が人生の一部であり続けるためには、配信はとても有難い存在だという気もします。
ラサール「配信は撮り方にもよりますよね。実際の公演を撮って配信する、単なる舞台中継ではなくて、無観客で舞台をやって、カメラワークにこだわるのもいいと思いますよ。以前、観た韓国の舞台の配信では、デュエットの時に男女の間にドローンを飛ばして撮っていて面白かったです。
また、ディレクターのセンスもすごく重要で、僕の演出作品の時には、2パターン撮って、ここはこちらを使うというのを自分で選ぶようにしています。というのは、台詞を喋っていない人が重要な時があるのに、全然映っていないということもありますから。その点、生の舞台は全体を観ながら、自分で視点を決められるのがいいんですよね。だから配信ではクローズアップはちょっとでよくて、むしろ引きの映像のほうが僕らとしては嬉しい時がいっぱいあります。
あと、ミュージカル・ブームとは言っても、ミュージカル好きな人はほとんどが女性で、カップルや家族で観劇、という時代にはまだなっていないでしょう? そういうふうに定着したらと思いますね。そのためには、やっぱり“面白いモノ”をやるしかない。劇団新感線なんかは尖っていて面白いから、男の人もたくさん来ます。僕はKAATで『HEADS UP!』というオリジナル・ミュージカルを作って、初めて小池(修一郎)に認められたけれど(笑)、ああいう作品を立て続けに作っていけばいいんだろうなぁ。でもそれには資金力が要ります。
僕らとしては、任された時にいかに面白いものを作れるか。イッツフォーリーズのように(地道に)オリジナル・ミュージカルを上演していくことで、少しずつ浸透していくんじゃないか…ってなことを30年くらい言い続けています(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『洪水の前』12月22~28日=恵比寿・エコー劇場(12月19日時点で残席僅少) 公式HP
*ラサール石井さん、宮田佳奈さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。