Musical Theater Japan

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『ジャングル大帝レオ』上演中! 秋田から“今、求められる舞台”を発信し続ける「わらび座」を訪ねて

(左)わらび座『ジャングル大帝レオ』(『ジャングル大帝レオ』©手塚プロダクション)(右)わらび座俳優 三重野葵さん、久保田美宥さん ©Marino Matsushima 禁無断転載


秋田新幹線角館駅からほど近いエリアに、劇場を中心としたアート・ヴィレッジがあるのをご存じでしょうか。

大小の劇場や温泉、ホテル、ビール工場、工芸館等を擁する「あきた芸術村」では、観劇に加えて様々な体験が可能。地元のみならず遠方からの観客も楽しませてくれます。

 

あきた芸術村内の田沢湖ビール醸造所 🄫Marino Matsushima 禁無断転載


この地で多彩な舞台を創作し、高い評価を得てきた「わらび座」は、(前身の団体が)1951年に創設。全国各地の民俗芸能をリサーチし、アレンジした歌舞集やノンバーバル・シアター、「生命」を肯定するオリジナル・ミュージカルを精力的に発信してきました。全国ツアーをあわせると年間ステージ数は約600回にも及ぶと言います。

 

『ジャングル大帝レオ』を上演中の「わらび劇場」©Marino Matsushima 禁無断転載

 

現在は大劇場で2024年の新作『ジャングル大帝レオ』(脚本=高橋知伽江さん)を上演中の「わらび座」を現地に訪ね、主演のお二人(レオ役:三重野葵さん、子供時代のレオ役:久保田美宥さん)に、作品や「わらび座」について、じっくりお話をうかがいました。

民俗芸能を追求してきた劇団としての強み

 

――お二人はどんな経緯で「わらび座」に入団されたのですか?

 

三重野葵(以下・三重野)「僕は両親が劇団員で、わらび座で生まれ育ったので昔から舞台には触れていましたが、自分もやってみたいと思ったきっかけは『男鹿の於仁(おに)丸』というミュージカルです。

(わらび座の柱の一つである)民俗芸能については地味なイメージがあったけど、このミュージカルを観た時にお客さんがウワーッと引き込まれているのが伝わってきて、僕も出たいなと思いました。その後、歳を重ねていく中で民俗芸能のかっこよさがわかってきて、今はミュージカルと民俗芸能、両輪でやっていきたいと思っています」

久保田美宥(以下・久保田)「私は青森出身なのですが秋田の大学に通っていて、歌ったり踊ったりすることが好きだったのでわらび座の養成所に入りました。東北にいろいろな民俗芸能があることも知らなかったので、養成所で民舞の授業を受け“なんだろう、この踊りは…”とびっくりしました」

三重野「ミュージカルと民俗芸能を両方できるような役者を育てる養成所なので、それまでミュージカルだけ観てきた子は驚くみたいです(笑)」

久保田「でもレッスンを受けるうち、この踊りはその土地や自然と一緒に踊るものなんだ、人間の暮らしって自然と共にあるんだと感じられて、それからだんだん好きになってきました」

 

東北の6大祭りを盛り込んだ『HANA』。夏の舞台には秋田のキッズ・ダンサーたちも出演 ©Marino Matsushima 禁無断転載


――秋田のみならず、全国各地の民俗芸能を学ばれているのですね。

三重野「ほぼ全国が対象です。わらび座は今年、創立73年目ですが、はじめの45年くらいは民俗芸能だけで舞台を作っていて、先輩方が各地に取材に行った蓄積がかなりあります」

 

――その中で、東北の踊りにはどんな特色がありますか?

三重野「東北には、豊作でないと冬を越せないという死活問題があるので、田植えの踊りや虫がやってきて稲や作物を食べるのを追い払う踊り、豊作を祈る踊り、そして秋には“今年も生きてこられた”という、大地に感謝する踊りがあります。東北では“我慢して我慢して爆発する”エネルギーが大きいと感じます。そんな中でも、ここ秋田はちょっとしなやかといいますか…」

久保田「穏やかですね」

 

わらび座『HANA』より、山笠音頭のシーン。撮影:コンドウダイスケ


三重野
「社会科の教科書にも載っていますが、東北の特に三陸地方には“山背”という偏東風が吹き、作物が全てやられることがあります。そういう脅威との闘いから、大地を蹴って虫を払う、自然災害を寄せ付けないエネルギッシュな動きだったり、鬼剣舞(岩手)やねぶた祭(青森)のような力強いものが生まれたのだと言われています。

いっぽう、東京あたりまで南下してくると、粋な感じがありますし、お囃子でもタッタカタッタカという、ノリのいいお囃子が多いなという印象があります」

 

――民俗芸能を極めた劇団としての面目躍如と言えるのが、2年前に誕生したノンバーバル・祭シアター『HANA』。横内謙介さんの脚本で、東北の6大祭りを迫力たっぷりに見せつつ、若い鬼とこけしの精オハナの恋が描かれます。客席に設置された太鼓や提灯を使って観客が参加できる趣向もあり、筆者が観た回では幅広い客層が大盛り上がりでした。

三重野「今夏の公演では文化庁の支援で、2000人のお子さんたちが招待されました。“吊り橋効果”と言いますか、太鼓をたたくことでお客さんたちも余計にドキドキしてくれて、場が一体になれたのがよかったですね」

 

『HANA』上演劇場で客席に設置した太鼓。俳優たちの合図で観客も演奏する。写真提供:わらび座


――伝統的な文化に関わる方の中には、“全てそのままの形で継承するのか、時代にあわせてアレンジさせてゆくのか”というジレンマを持たれる方もいらっしゃるようですが、わらび座さんの場合はいかがでしょうか?

三重野「例えば僕らが各地の祭りをそのまま再現しても、地元の方々の“本物”にはとうていかないません。僕らがやってきたのは、全国の民俗芸能を学ぶことで、そこに詰まっている“生きる力、勇気”を追究し、舞台作品として再創造するということ。本作では、まず昔から伝わっている形を学び、しっかりやれるようになってから、アレンジしてもいいですかと地元の方々に許可をいただいています。

例えば、花笠音頭は以前からわらび座の十八番と言われていまして、地元の方がわらび座バージョンを観て取り入れて下さっていたりしますが、今回の『HANA』でも、前半は伝統的な形ですが、後半は“鬼”役の(森下)彰夫が振り付けています」

 

手塚治虫が“地球の未来”を予言した『ジャングル大帝』の舞台化に挑んで

 

『ジャングル大帝レオ』撮影:コンドウダイスケ


――あきた芸術村の大劇場「わらび劇場」では、4月から新作『ジャングル大帝レオ』を上演中です。わらび座さんが手塚治虫作品を手掛けるのは4作目なのだそうですね。

三重野「『火の鳥』『ブッダ』『アトム』と来て本作ですが、僕は有難いことに4本とも初演から出演させていただいています。

でも、その中では今回の『ジャングル大帝』が一番なじみがなくて、従弟が西武線沿線に住んでいるのでレオのマークを知っていた程度でした。今回上演することになって初めて原作を読み、75年前の作品なのに、今の世界に一番必要なことが描かれていることに衝撃を受けました。化石燃料の枯渇の問題がこんなふうに取り上げてられていて、これは今だからこそ上演するべきだな、と思いました。

本作ではレオの他に、ムーンライトストーンを探して平和を目指す博士の役をやらせていただいているのですが、本作のためにリサーチをするなかで、彼のように(平和利用のための)核融合を研究している方がたくさんいらっしゃることを知りました。本作の中ではレオが一番地球のことを考えていますが、現実世界の人間の中にもそういう思いの方がいらっしゃると、本作を通して知っていただけたらと思います」

 

『ジャングル大帝レオ』レオ(三重野葵)撮影:コンドウダイスケ

久保田「私も本作についてはタイトルしか知らなかったので、今回初めて原作を読んで、現代に通じる手塚さんのメッセージをすごく感じました。人間は動物や自然とどう関わって生きていくべきなのか。SDGsが叫ばれる現代にすごく刺さるなと思います。

本作では、地球のエネルギー危機を救う幻の石“ムーンライトストーン”を、動物と人間が手を取り合って探しに行きます。私が演じるのは子供の頃のレオなので、動物の側からの視点というのがすごく新鮮でした。本作は一つの物語ではありますが、動物も人間も、手を取り合って地球のことを考えられたらいいなと願いながら演じています」

 

『ジャングル大帝レオ』子供時代のレオ(久保田美宥)撮影:コンドウダイスケ

 

――可愛らしい絵柄から、ストーリーも可愛らしいものを連想しがちですが、特に終盤の展開は衝撃的ですね。

三重野「僕の小学1年の娘も、初めて観た時は泣いてしまったそうです(笑)。でも、ふわふわしたお話で終わっていたらこの作品を上演する意味はないので、むしろそこを届けたいなと思っています。この結末に持っていくために、そこまでの展開があります。観ている方に手塚さんの思いを繋げることが出来るよう、僕も命をかけて演じたいと思っています」

 

――観客参加型のサーカス・シーンなど、見どころはいろいろありますが、お二人の一押しはどのシーンになりますか?

三重野「やはり2幕頭のアフリカン・ダンスですね。昔わらび座の中に太鼓のグループがあって、そのメンバーでもあった演出の栗城宏が作曲した太鼓の曲に、わらび座らしい魅力があると思います。

一番大きな太鼓は女性が叩いて、男は獅子踊り的な動きをしながら小さな太鼓をたたきます。大きな太鼓のリズムと小さな太鼓のリズムが合わさった時に、今まで馴染みのある獅子踊りのリズムでもないし、大太鼓のリズムでもないグルーヴが生まれた気がして、演奏していても楽しいですし、わらび座でしかできない、胸を張れるシーンだと思っています」

 

『ジャングル大帝レオ』撮影:コンドウダイスケ


――アフリカン・ビートを日本的に解釈するというイメージでしょうか?

三重野「アフリカン・ビートと日本のビートを混ぜた感じですね。日本のリズムを叩いているところもあるのですが、変拍子などを織り交ぜていくと日本の1拍子とは違うビートになっていくのが、予定調和にならない感じで楽しいんです」

久保田「私もここのダンスが一番、テンションが上がります。同じライオンの物語ということで、『ライオンキング』とどう違うかなという方もいらっしゃると思いますが、わらび座のメンバーは全員、民舞を踊ってきているので、大地を踏み締めて太鼓を鳴らすという、より原始的な踊りをお見せできるんじゃないかなと思います」

三重野「西洋舞踊は神様に届くようにということで上に、上にと飛翔するイメージがありますが、アフリカは僕らと同じ、大地を踏みしめるイメージがありますね。全てのものに神様が宿っていて、生き物たちと平原に(同列に)存在しているという、アイヌ民族の信仰に近いイメージもあります」

 

――わらび座さんはロングランが基本ですので、本作も深まってきている実感があるのではないでしょうか。

三重野「すごくあります。本当は初日にそこまで行けたらいいのですが(笑)、お客様の反応を見ながら、俳優同士のやり取りの中で新しいものが生まれたりして、新しい解釈が生まれてきています。
それとは別に、社会情勢も目まぐるしく変わっていますよね。今も自然災害があったり海外で紛争が起こったりと、世界が蠢いているなかで、僕らも変わらないわけにはいきません。同じ作品を演じていても、台詞から受け取ることも変わってくると思います。一緒の時代を生きている方々に、しっかりと本作を届けるための努力を続けたいです」

久保田「私の役者人生はちょうどコロナ禍が始まるころに始まったので、これまではずっと“演じる人”“観る人”の間に隔たりを感じてきました。でも本作ではお客さんを巻き込んだ演出もあるので、すごく近くて。舞台の上で作品を高めてきたのが、今回はお客さんと一緒に高めているような感覚があります」

 

――デビューしてすぐに公演中止や延期というつらい経験もありながら、やめたいと思ったことはなかったのですね。

久保田「なかったです。でも今、子供のレオとして役に没入しすぎて、幕が上がるのが怖い時はあります。本作はレオのお父さんが人間たちに殺され、お母さんと離れ離れになってしまうところから始まるので…。でもその後、人間たちと分かり合える瞬間が訪れるので、希望が芽生えるところが好きです」

 

人のぬくもり、日々の暮らしが溶け込んだ“わらび座”の舞台

 

三重野葵 秋田県仙北市出身。劇団員の両親を持つ二世俳優。わらび座養成所卒業後、2002年『つばめ』で初舞台。主な出演作品に『火の鳥 鳳凰編』『アトム』『ブッダ』『げんない』『松浦武四郎』等がある。久保田美宥 青森県東北町出身。わらび座養成所を卒業後、2019年『ジパング青春記』で初舞台。主な出演作品に『だってあなたの娘ですから』『いつだって青空』『HANA』等がある。©Marino Matsushima 禁無断転載


――あきた芸術村には宿泊施設などもありますので、日本全国から「わらび座」観劇をめがけて角館へ…という方が増えるのが理想でしょうか。

三重野「来て頂けたら嬉しいです。会社としては、アメリカのAshland(オレゴン州)で開催されているシェイクスピア・フェスティバルを一つのモデルにしていて、そこには毎年、他の州から何千もの人々がお芝居を観るために集まってくるそうです。
僕らも遠方から来ていただくのに値する舞台をお見せできるよう、クオリティの高い舞台創りを心がけています。

いっぽうで、こちらからも日本各地、そして海外にもツアーで舞台をお届けしています。ただ『ジャングル大帝レオ』の場合、これまでにないスケールなので、あのセットをどうトラックに乗せていくかが問題です(笑)」

 

あきた芸術村には、木材のあたたかみが活きた「小劇場」も。©Marino Matsushima 禁無断転載

今夏、小劇場で上演されたオリジナル・ミュージカル『青春するべ!』は、秋田の高校民謡部の実話に基づくみずみずしい青春物語。12月には茨城県、秋田県で上演。撮影:コンドウダイスケ


――では最後に、お二人が感じる「わらび座」の魅力を教えてください。

久保田「東京では洗練された、素敵な舞台がたくさん上演されていると思いますが、わらび座の舞台には“温かみ”というか、暮らしと結びついたものが感じられます。もちろん東京の舞台にも温かさはあると思いますが、自然の中で生きているという感覚、日々の暮らしがそのまま舞台の中に入り込んでいるような豊かさが、わらび座の魅力だと思いますし、私は好きです」

三重野「(わらび座の魅力は)“伸びしろ”ですね。ミュージカルにしても『HANA』のような作品にしても、僕らができることはまだまだいっぱいあるし、自分自身もできることはあると思っています。今も精一杯のことはやっているけど、全国の皆さんに知っていただけるためにできることはまだあるはず。“こうしたい”と思ったことをカタチにできるのが、わらび座の魅力だと思っています。

現代に必要な表現、パフォーマンスとは何なのか。みんなでいろんな考えを合わせ、人と人との関わりあいのなかから作品を創り上げるのがわらび座です。この劇団で、体と頭の動く限り、新しい、現代に必要な表現を探していきたいと、僕は思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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公演情報 『ジャングル大帝レオ』ロングラン中~11月24日まで。10月公演には「ファミリー招待」枠も有り=わらび劇場、祭シアター『HANA』2025年2月15~16日=あきた芸術劇場ミルハス〈中ホール〉 
*あきた芸術村アクセス情報 秋田新幹線「こまち」JR角館駅下車、車7分(無料シャトルバスあり。3日前までに要予約)、秋田自動車道大曲ICより30分 公式HP

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TRAVEL TIPS 『ジャングル大帝レオ』10~11月公演は10時半もしくは13:45開演。首都圏からの日帰りも可能ですが、時間にゆとりがあれば“小京都”角館の武家屋敷散策、秋田駅周辺の洋風建築や美術館巡り、さらに足を延ばして日本海の景色が楽しめる列車の旅もお勧めです。

青森と秋田を繋ぐ五能線「千畳敷」駅付近にて。©Marino Matsushima 禁無断転載