
2023年の晩秋、ロンドン。東アジアから海を越えてやってきた一本の舞台が、注目を集めました。
本国のモンゴルで大ヒットし、それまでロングランという概念が無かった同国で180回以上の公演、10万5千人の動員を達成。
まるで博物館のコレクションのような美しい衣裳をまとった俳優たちが、古代モンゴル帝国を舞台に演じる人間ドラマらしい…。

そんな噂を耳にし、好奇心から劇場(『千と千尋の神隠し』も上演された大劇場、ロンドン・コリシウム)へ足を運んだロンドンっ子たちは、想像をはるかに超えた舞台に驚愕。瞬く間に口コミで広まり、4万2千人の観客が詰めかけたと言います。
続いて翌年の上演地、シンガポールでも話題となり、マリーナ・ベイ・サンズシアターで3万人を動員。そして今秋、本作はいよいよ日本への上陸を果たします。
いったいどんな舞台なのか、その魅力をシリーズでご紹介。第一弾では作品誕生の地であるモンゴル・ウランバートルでの凱旋公演レポートをお届けします!

”モンゴル演劇の聖地”が熱狂に包まれる
『モンゴル・ハーン』ウランバートル凱旋公演レポート

北はロシア、南は中国に隣接するモンゴル国の首都、ウランバートル。国の人口およそ350万人(2025年)の約半数が住まう街の中心部に、『モンゴル・ハーン』の“ホーム”こと国立アカデミックドラマシアターはあります。
筆者が取材に向かった昼下がり、滞在先のホテルで劇場までの道順を尋ねると、若いスタッフは“シアター”という言葉に即、反応。ニコニコしながらカウンターを出、エントランスまで同行すると、“あそこに、タワーが見えますね。その後ろに、赤い建物があります。それが“シアター”です”と教えてくれました。

いささかざっくりした説明に一抹の不安を覚えながらも、目抜き通りを15分ほど歩いてみると、彼が“タワー”と呼んだ高層ビルの向こうに、確かに赤系の建物が出現。1931年に創設以来、様々な作品を上演してきたこの劇場は、まさに“ザ・シアター”、ウランバートルの演劇の代名詞的存在であるようです。
社会主義国時代の名残りで、外観こそ質実剛健なオーラを放つ劇場ですが、一歩ロビーに入れば、『モンゴル・ハーン』仕様のスタイリッシュな装飾がお出迎え。若いカップルから高齢層まで、幅広い層の来場者が電飾のフォト・スポットで記念撮影をしたり、ゲル風の記念グッズコーナーを覗き、客席へと吸い込まれて行きます。

満席の観客の期待が立ち込める中、舞台は(TBSドラマ『VIVANT』のタイトルバックにも登場した)女性の張りのある歌声を合図にスタート。
スモークが立ち込め、幕前で狐の精役の女性ダンサーたちがひとしきり踊ると、重厚なサウンドとともに幕が上がり、観客は古代モンゴルの世界へといざなわれます。

フンヌ(紀元前3世紀~紀元1世紀後半まで勢力を持っていた民族。中国名・匈奴)の王国ではその日、二人の王子の誕生を寿ぐ祝宴が開催。主要なキャラクターが登場する度に曲調(音楽=映画音楽で活躍するオドバヤル・バトグトフ)が多彩に変わり、人々は次々と喜びの舞を披露します。
ここでの動きは99%、民俗舞踊から抽出されたものだそう。もとはシンプルな所作も、傾斜舞台を埋め尽くす50人のキャストがくるくるとフォーメーションを変えながら見せることで、圧倒的な迫力が生まれます。特に全員が正面を向き、馬頭琴がリズムを刻む中、一斉に乗馬を模した動きをするくだりは“壮観”の一言。

王子を抱く妃たちはじめ、人々の表情は朗らかですが、肝心のハーン(王)は浮かぬ顔。彼がその理由を宰相に語り出すと、舞台はスペクタクルから一転、重厚な“演劇”の色を帯び始めます。(本作はもともとバブー・ルハグヴァスレンによるストレート・プレイとして、1998年に初演)。
モンゴル現代演劇はロシア演劇の影響を受けながら発展してきたとあって、多くのキャラクターが“新劇”調で喋るのに対し、ハーンは歌舞伎やギリシャ悲劇を思わせるたっぷりとした口調で語り、別格の存在感を漂わせます。

正妃ツェツェルと折り合いが悪く、しばらく疎遠になっていたため、彼女が出産したのは不義の子ではないかと疑うハーン。宰相エゲレグやシャーマン(呪術師)が“なにも、今でなくとも…”と諫めるのも聞かず、彼は宴の場で、(正妃でなく)側妃ゲレルとの子を後継者にすると決めてしまいます。
実は正妃が産んだ王子は、王に愛されない彼女の孤独を見て取り、言い寄った宰相エゲレグとの間に生まれた子。王の宣言を聞いた宰相は、自分の血を引く子を王位につけようと、正妃との逢引(裸を見せず、アンサンブルと一体となった身体表現のみで、極めて官能的な情景が描かれます)の後、密かに二人の王子を取り換えるよう、彼女に示唆します。

自分の産んだ子を手放すことなど出来ないと拒むも、ならばその子を殺すと脅され、断腸の思いで子を取り換える正妃。宰相に裏切られ、母として究極の選択を迫られるツェツェル役の情念迸る演技が、大きな見せ場となっています。
そして時は過ぎ、二人の王子は“自身の正体”を知ることなく、成長。しかし王が後継者に定めた側妃の子アチル(実は正妃の産んだ子)が愚鈍かつ狂暴に育ってしまったことから、王には新たな悩みが生まれます。このままこの子に国家を託してよいものか。アチルと腹を割って話そうとするもうまく行かず、苦悩の末に王が下した決断は…。

その後は雪崩を打ったように衝撃的な出来事の連続となりますが、その都度、当事者たちは苦悩し激情に悶え、観る者の心も大いに揺さぶられます。ただ作者のルハグヴァスレンは執筆当時、モンゴル社会に対して思うところがあったそうで、フィクションである本作には彼自身の国家観が反映。感情に訴えるばかりでなく、“人はコミュニティのためにどう生きるべきか”を考えさせる物語となっています。
アンサンブルはモンゴルお得意のコントーション(軟体芸)やアクロバット、殺陣もこなし、演出面では最新の映像技術や宙乗りも登場。古代遺跡の発掘品を精緻に再現した衣裳はどれも目を奪い、ごく短い出番ながらニック・バーンズ(『ライフ・オブ・パイ』)がデザインしたドラゴン・パペットも出現、ヴィジュアル的にも隙の無い作りとなっています。

紆余曲折の末、物語は一つの結末へ。観客はそれまで、じっと舞台に見入っていましたが、カーテンコールでハーン役のエルデネビレグ・ガンボルトが登場するなり、空気が一変。まるで現実の王を讃えるがごとく、場内が熱い喝采に包まれました。現地の人々にとっては太古の“先祖”に思いを馳せ、アイデンティティへの誇りを新たにするきっかけとなっているようです。
いっぽうロンドンで本作は、しばしばシェイクスピア劇と比較して語られ(実際、本作には『マクベス』『タイタス・アンドロニカス』『ハムレット』的要素が随所に見受けられます)、シンガポールではエンタテインメントとしての完成度が高く評価されたそう。上演地によってリアクションは様々であるだけに、今回の日本公演では観客からどんな声が聞かれるか、カンパニーは非常に楽しみにしていると言います。

次回記事では本作のクリエイターたちにインタビュー。今回、なぜ1998年の戯曲を再び取り上げ、モンゴルを代表するエンタメとして海外進出を果たしたのか、背景にある熱い思いをうかがいます。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『モンゴル・ハーン』10月10~20日=東京国際フォーラム ホールC、10月24~26日=愛知県芸術劇場 大ホール 公式HP
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