Musical Theater Japan

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ストレート・プレイへの誘い 『キオスク』石丸さち子×一色洋平インタビュー:少年の青春を通して描く、人間の尊厳への祈り

石丸さち子 兵庫県出身。早稲田大学第一文学部卒。俳優としてニナガワスタジオに参加後、蜷川作品中心に演出助手・演出補として活動。09年に演出家として独立、主催劇団Theatre Polyphonicを立ち上げ。作詞や台本執筆も手掛ける。演出舞台に『Color of Life』『スカーレット・ピンパーネル』『マタ・ハリ』『BACKBEAT』『翼の創世記』等がある。 一色洋平 神奈川県出身。大学在学中に演劇を始める。舞台を中心に幅広く活躍し、ミュージカルの出演作に『ラヴズ・レイバーズ・ロスト -恋の骨折り損-』『ドッグファイト』『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』『スライス・オブ・サタデーナイト』等がある。26年に舞台『鋼の錬金術師』第三弾に主演予定。©Marino Matsushima 禁無断転載


1937年。湖畔の村から出稼ぎでウィーンにやってきた17歳のフランツは、キオスクに住み込みで働きながら、初恋を経験し、世界的な心理学者フロイトと知り合う。いっぽう、ドイツのオーストリア併合への動きが加速化し、フランツを取り巻く世界は急激に変化。周囲の人々に起こる事柄をつぶさに見届けたフランツは…。

ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説を作者自身が戯曲化したストレート・プレイ『キオスク』が、4年ぶりに再演。リーディング公演から数えると今回が三度目の挑戦となる、演出の石丸さち子さん(リーディング公演は石丸さんによる脚本)、そして今回、フランツ役を体当たりで演じる一色洋平さんにインタビュー。稽古も終盤という某日、2025年版『キオスク』への熱い思いをうかがいました。

 

『キオスク』



石丸さち子インタビュー:辛うじて世界が破滅を逃れて
いる今、“フランツ”が劇場の中に存在する意味


――石丸さんにとって今回は3回目の『キオスク』。きっと特別な愛着がおありだと思いますが、石丸さんは、この作品のどんな部分に惹かれるのでしょうか。


「この作品では、主人公のフランツが1937年に出稼ぎのようにウィーンに出てきて、翌年6月まで過ごすさまが描かれているのですが、この1938年には、民族同一国家であるオーストリアをドイツに併合しようとするヒトラーの外交政策が、一気に進んだんですね。

ヒトラーのやり方が大変に強靭だったので、オーストリアがドイツに内包されるべきかを首相が国民投票で問おうとしたのですが、その時には既にドイツ軍によって国境線が包囲されて、国民投票を断念せざるをえなかった。そしてヒトラーはオーストリア政府の中にナチ党員をどんどん送り込んでいったので、結局、三月にはオーストリアという国は一旦なくなり、ドイツの一州ということになるんです。

フランツが勤める“キオスク”というのは、第一次世界大戦で負傷した人、特に塹壕戦で負傷した傷痍軍人の救済措置として、一気に増えていった施設。店主のトゥルスニエクさんもその一人で、無益な戦争で片脚を失った後、「どんな人種にも、どんな新聞も売る。キオスクは精神と快楽の殿堂だから、葉巻やタバコ、エロ本まで売る」とプライドを持って店を守ってきた人でした。

フランツは田舎から出てきて、この店を通してまっすぐ世界を知っていくのですが、その彼が1938年の世界を目の当たりにした時、何を感じ、どういう行動を取るのかが、あまりにも瑞々しく描かれていて。

この世界は、悪い方に転んでしまう側面と、美しい側面が辛うじてバランスが取れて、本当に辛うじて破滅を逃れてきたと思います。そしてこの美しさを支えているのが、きっと彼が演じるフランツのような人だったと思うんです。こうした人の心、精神、魂、愛といったものが存在することで世界が続いていくのだなと思いながら、いつもこの作品を演出しています。

辛い時代を生きながらも、真っ直ぐな目で、人の物差しを借りずに、自分で選んでいくようになる。危機的状況の中でも恋に夢中になり、フロイト先生と出会い、政治のおかしさに気づき、何が正しいんだろう、僕は何をすべきなんだろうと懸命に考えている。このバランス感が本当に素晴らしい作品だと思っています。

本作を初めて上演した時には、まだここまで実際に大きな戦争は起きていませんでしたが、危うさは感じ始めていました。そして再演の時は、コロナという、こんな闘いが世の中にあるのかと体験していた真っ最中で、世界は一気に変わるんだということを実感した時期でした。フランツにとってウィーンがあっという間に変わっていったように。
今回の再演が決まって、本当に嬉しかったのは、戦後80年で、改めてこの世界がどうなるのかを考えなければいけない、そして世界が激しく動いている今、何かの争いが起これば世界があっという間に変わってしまうっていうことも体験している中で、フランツが劇場の中で生きてくれることで、世界の美醜のバランスがかろうじて保たれている現在、人間の美しさの方が少しでも重くなるのではないかと信じたいです。

演劇は観てくださる人数が限られていますが、そこに生きている人の言葉、言霊が生きる時間を劇場に作ることで、人間が悪い方に、地球がおかしくなる方向に傾かないよう、共有した時間がお客様の中に強く残る可能性がある磁場だと思っています。本作は人間の尊厳がどうかずっと残りますように、と強く思える作品です。

…って、すみません。短くお話するつもりでしたが(笑)」

 

――フランツは17歳。実際にそれくらいの年齢の方が演じるという選択肢もあるかと思いますが、今回はベテランの域に入りかけている一色さんにこの役を託した意味合い、そして今のお稽古での手応えを教えていただけますか?


「彼(一色さん)のことは昔からよく知っているのですが、時折、17歳よりもピュアなんじゃないかと思うほどのハートを持った人です。

世間的にベテランと言われる年齢ではあるけれど、昔、私が自分のユニットで芝居をやった時に、親子役をやったことがありまして、その頃から変わらず、私にとってはずっと“演劇が大好きすぎる息子”みたいな存在で(笑)。本当にまっすぐに役に向き合うところは、多分これから彼が40代、50代になって、熟練になっていったとしても、変わらないと信じています。だから今回、洋平君に決まった時は、絶対大丈夫、うまくいくと思いました。

彼自身は年齢を意識しているかもしれませんが、彼は元々身体能力が、十代前半並みに高いんです。心の軽やかさと同時に体の軽やかさも持っているというのは彼の武器だし、そのうえで(経験を積み)作品の理解が深いからこそ、『キオスク』という芝居を再構築しようとする時、歴史を振り返りながら、きちんと考えられる世界観を持っています。

何かをマイナスしてフランツを作るのではなく、今の自分をそのまま丸ごと活かして、17歳のフランツを生きることにしようと言ってきて、彼はバランスをとるのにすごく苦労し、足掻いていたのですが…、先日の通し稽古で“掴んだね”と彼に言いました」

 


一色洋平インタビュー:究極に難しい課題に
挑む姿を見ていただきたいです

 

一色洋平さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――作品の第一印象をお教えください。


「オファーをいただいて、まず原作小説を読み、“ハードだな”と感じました。公園で読んでいたのですが、読み進めれば進むほど自分の体が痛いなと感じて、すごい力で眉間にしわが寄ってるのに気づきまして(笑)。きっとフランツと一緒に、時代を駆け抜けながら読んでいたのでしょうね。

これはとてつもないハードな世界観だなと感じましたし、フランツという少年は架空の人物ですが、時代背景はほぼほぼ史実で、フロイト先生やその娘さんのアンナも実在の人物。フィクションとノンフィクションがすごく面白い塩梅でミックスされている作品だなと感じました」

 

(以下のご回答は内容に深く関わっています。未見の方で鑑賞前にお知りになりたくない方は、一問飛ばしてお読みください)


*****

――途中まではみずみずしい青春小説の趣ですが、社会情勢が急変し、フランツも知らず知らず巻き込まれて行くさまが衝撃的ですね。


「終盤の展開については、僕自身ショックを受けました。
ただ、読み終えて本を閉じて改めて考えると、納得してしまう部分もありました。なぜなら、彼がウィーンで出会ってきた人は、人間としてあまりにもかっこいい背中を見せてくれる人たち。その背中を見てきたなら、影響を受けずにはいられないなと思ったんです。

僕が稽古でいつも心揺さぶられる台詞に、オットーの“俺は黙っちゃいないぞ”という台詞があります。俺は黙っちゃいない、俺の手はまだ血塗られていない、俺の頭は俺のものだと、大勢の人間に向かって叫ぶのです。フランツはそんなオットーの背中を見つめ、それが他の人々の言動とともに、彼の中に焼き付き、彼なりに何かをしたいと思ったのではないか。本作にも登場するフロイト先生の言葉を借りるなら、かなりの勇気と根性と愚かさ、その全てを詰め合わせたある種の答えが、終盤の展開に繋がっていくのだと思います。

一読者の時には愚かさを感じたけれど、演じていると、語弊を恐れずに言えば、一瞬スーパーヒーローになったような気持ちにもなるんです。そしてオットーさんのズボンのシルエットを見ながら、すごく誇らしいというか、笑顔になってしまう自分がいて…あの瞬間はえも言われぬ気持ちになります」

*****


――一色さんが演じるフランツは、純朴な17歳の少年。彼が田舎から都会に出てきて、ものすごい速度で成長していくさまを、三時間弱で演じ切るのですね。


「おっしゃる通り、そこが本当に難しくて、さち子さんもよくノートで伝えてくださいます。“特に二幕は山場の連続だけど、洋平には、フランツがウィーンにいた一年間という時間をしっかり演じてほしい”と。

このシーンからこのシーンまで飛ぶという時、ちゃんとその時間経過を心の中で飛ばしてほしい。いくらここのシーンで涙が止まらなかろうが、やっぱり次のあかりに入った時には二ヶ月なり三ヶ月経過していてほしい。

そうでないと、お客さんが単に3時間弱の時間経過を見たという気持ちにしかならないから、フランツの一年を見せる上では、洋平がリードして飛んで行ってほしい、とよく言ってもらっています。

原作小説には結構細かく、季節や日付が出てくるので、自分で時系列を整理することは容易なのですが、やっぱり気持ちの切替えがなかなか難しくて。

いくら気持ちを切り替えたとしても、自分の体は涙と鼻水まみれで、それをマフラーで拭きながら…みたいなこともよくあります(笑)。映像だったらカットがかかって別のシーンに行くことができますけど、舞台はそうはいかないので、そこは舞台俳優の意地として“ぜひ軽やかにやってのけてね、俺”と思っています(笑)」

 

――石丸さんとのタッグというと、ハガレン(舞台『鋼の錬金術師』)を思い出す方も多いと思います。ハガレンでは一色さんの身体能力が全開ですが、今回は封印されているのでしょうか。


「ハガレンのようなエキサイト的な身体表現は一つもないけれど、ちょこちょこスパイスのように身体表現で工夫しているところはあります。

例えば、走り方。子供が、まだ関節が整っていなくて、見ていると転んでしまいそうでちょっと危なっかしい走り方ってあるじゃないですか。ちょっと前のめりで、いつでも助けてあげられるよう準備しちゃう走り方、ああいうのができたらなと思っています。稽古場だと(スペースの関係で)全力では出来ないので、劇場入りしたら思いっきり挑戦したいなと思っています」

 

――さまざまな手練れの方々との共演はいかがですか?

 

「いやー、面白いですね。一役を演じられる方もいらっしゃれば、10役近く演じるメンバーもいて、その忙しさも見ていてすごく面白いです。“今、はけ切れてないよね?着替え終わってないよね?”みたいなところもあって、演劇的にすごく面白かったりするんですよね。そしてフランツとの出会い方がそれぞれみんな違うというか、風のように出会う人もいれば、本当にどっしりと出会う人もいらっしゃいます。

山路(和弘)さん(フロイト役)とは、ベンチで一緒に座ってお話をするシーンが印象的で、3 分ぐらい隣に座ってお話ししてるだけなのに、何十人ものフロイト先生と出会うような気持ちになるんです。あぁ、この人は本当にたくさんの人間と会ってきた人なんだなというのが香ってくるんですね。

一路(真輝)さん(母役)に膝枕した時は、自分の子供だった時代がグッと蘇って来ますし…。

オットー役の石黒(賢)さんは、本当に気さくで優しい穏やかな方で、たぶん僕より少年味があるような方なんですよ。よくフランツが、“その商品違う”みたいに叱られるシーンが結構あって、“違う”という言葉は字面は厳しいんですけど、目の奥がすごく笑ってくれているのが手に取るようにわかるので、お客さんにも石黒オットーの優しさが伝わったら嬉しいなと思っています」

 

――ご自身の中で、今回課題にしたいなと思っていらっしゃることは?


「一つはパルテノン多摩大ホールという、とても大きな劇場なので、大きさに飲まれずに、稽古場で作っていることを丁寧にのせたいです。場当たりのはじめの頃はもしかしたら少し飲まれちゃうかもしれないけれど、リハーサルの段階で慣れていって、初日には作品の空気感をしっかりとお届けできたらいいなというのと、役者としてはそうですね…。

さち子さんが、今回はあまり演じさせたくないと言っていて、すごく難しい、究極だなと思っています。何度もそういうふうに言ってくださるのは、もっと力を抜いた方が、見える景色がすごく広がると思うよという意味なのだと思っています。

確かにその通りで、やっぱり力を抜くって怖いんですよね。なぜなら、戯曲って、普段平和な生活をしている自分からは程遠いものだし、しかも自分の演じる役は他人です。他人の言葉を自分のものにするってとんでもなく遠い作業なので、やっぱり力むし、頑張るぞ、感じなきゃと思ってしまう。でも今回に関してはどうやらそう思うこと自体がおこがましくて、それが邪魔になるらしいというのがようやくわかって、少しずつ力を抜いていきました。その結果、フランツがどういう人たちとどのように出会ったかが、情報として新鮮に入ってくるようになったんです。

涙を流すシーンとかも、すごくハードルが高いじゃないですか。“涙を流す”というト書きがあったら、やっぱり俳優は涙を流さないといけない。でも、涙を流すって日常生活だと結構特別な感情なんですよね。

でも、ふっと力を抜いた時に、涙を流させてくれる人たちにちゃんと出会えるんだなということを今作で痛感したので、役者として“次に進めた感”みたいなものが今、ちょっとだけあって、それが昔から見て下さっているお客様にも伝わったらいいな…なんていうことも思っていて。そんなところも楽しんでもらえたらいいなと思っています」

 

――どんな舞台になったらいいなと思われますか?


「ひときわ多摩の空気を美味しく吸って帰ってもらえたらいいなと思いますね。(劇場のある)多摩センターは自然が多くて、もともと空気が美味しいところですが、本作の、激動の時代を生きた人々を見た後に、劇場の外に出て感じる空気を一段階、二段階美味しく感じていただけたら嬉しいです。

平和な世界に生きている喜び。フランツのように時代に捻じ曲げられることなく、仕事や恋に悩むことができる自分を、いいものに感じていただけたら。

フロイト先生の台詞に、“明日が来るのか誰もわからない”という言葉があって、彼らは本当にそういう時代を生きています。明日が当然のように来ることの有難さというか、いつものように日が沈んで、普通に日が昇る世界に生きていることを実感していただけたら嬉しいですが、皆さんはどんな感想を抱かれるでしょうか。僕自身、非常に気になっております(笑)」


(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『キオスク』12月5~10日=パルテノン多摩大ホール 公式HP
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