Musical Theater Japan

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『アニー』マルシア&笠松はるインタビュー:皆の気持ちが一つになる、幸せな舞台へ

マルシア ブラジル、サンパウロ州出身。日系三世。1989年「ふりむけばヨコハマ」でデビューし、その年の新人賞を総なめに。その後女優・タレントとしても幅広く活躍。01年『ジキル&ハイド』ルーシー役が高く評価され、『レ・ミゼラブル』『アナスタシア』等、様々な舞台に出演。『アニー』は17年、21年、22年度に出演。笠松はる 大阪府出身、東京藝術大学声楽家卒業、同大学院修了。日本オペラ協会正会員。07年に劇団四季に入団し、『オペラ座の怪人』『ウエストサイド物語』等多数の舞台でヒロインとして活躍。退団後は俳優、歌手として活動。オペラ『紅天女』初演でタイトルロールをつとめた。『アニー』は21年より出演。

 

世界大恐慌直後のNYを舞台に、孤児のアニーが逆境にめげることなく、人生を切り拓いてゆくミュージカル『アニー』。1977年にブロードウェイで初演、日本では1986年以来、日本テレビ主催で上演されています。

既に約187万人を動員している本作は、21年、22年にはコロナ禍の影響で、1幕ものの“スペシャル・バージョン”で上演。いくつかの要素が割愛され、例えば秘書グレースのウォーバックスに対する秘めた思いなどの描写はありませんでしたが、その分、脚光を浴びたのが、グレースと孤児院の院長ハニガンのバトルでした。性格も境遇も全く異なる二人が、互いに一歩も引かず展開する台詞の応酬はすこぶる面白く、客席からもくすくす笑いが起こっていたほど。ここ数年、この二人を演じているハニガン役・マルシアさん、グレース役・笠松はるさんは、このバトルをどうとらえているでしょうか。実際のお二人の関係性や、フル・バージョンに向けての抱負、今年のアニー役の二人についてなど、屈託なくお話いただきました。

『アニー』

――マルシアさんは今回が4回目、笠松さんは3回目のご出演だそうですね。回を重ねていらっしゃるということで、それだけ愛着がおありかと思われますが、お二人が感じるこの作品の魅力とは?

 

マルシア「『アニー』は子供が主役の作品ですが、どの世代にも通じる内容だと思います。初演以来世界各地で上演されてきて、日本でもこれまで37年間 上演され続けてきたのは、それだけ内容がしっかり固まっているからですよね。勇気を持って生きる。つらいことがあっても、諦めない。まさに、今の時代にぴったりの作品だと思います」

笠松はる(以下・笠松)「マルシアさんのおっしゃる通りだと思います。『アニー』はミュージカルとしてはクラシックの域に入る作品ですが、色あせることがありません。生きていてしんどい時に、諦めるのではなく、前を向いて生きていくことを教えくれる作品です。自分の中のエネルギーに従って生きていくって、今の時代、特に大事だなと思いますし、私自身、毎年この作品に勇気づけられています」

 

――前回、前々回はスペシャル・バージョンでの上演でしたが、どんな思い出がありますか?

マルシア「もともと2時間半くらいあったものが90分になっていたので、いくつかのシーンがなくなりました。スマートに物語が進んで行く半面、展開が目まぐるしいところもあったので、どうしたら違和感なくお客様に伝えられるかなと、みんなで手探りで作っていきましたね。感情的なジャンプも激しかったので、全幕を観た時のような満足を感じていただけるよう、みんなでアイディアを出して、それを演出の山田和也さんがうまく調理して下さいました」

笠松「グレース的には、忙しかったです(笑)。一つの場面に出るとすぐ次の出番が来るな…という感覚でした」

マルシア「グレースはアニーにとって、いろいろな人との懸け橋を作る存在ですからね。今、フルバージョンをやっていても、グレースは“橋”なのだなと感じています」

笠松「今回、2幕版になったことで自分が舞台に出ていない時間が色々とできて、作品を客観的に見る時間が増えたことで、作品の魅力を新たに知ることができ、楽しいです」

 

――スペシャル・バージョンではハニガンVSグレース対決が際立ち、とても楽しかったです。

笠松「場面が少ない分、二人の対決は濃い目に描かれていたと思います。今回は新しい要素が戻ってきて尺自体長くなる中で、演出の山田さんからは、全幕を通したグレースの変化の様子を、昨年までよりじっくりと表現できるのでは、とお話がありました。それまでビジネスライクなキャリアウーマンで淡々と仕事をしていた人が、アニーと接するうちに自身も感情を発露しだして、人間として変わっていく変化です。90分版でも描かれていましたが、2幕版になって、その変化がじっくりと描ける分、ハニガンとの対決もちょっとニュアンスが違ってくるような気がします」

マルシア「ハニガンとしては、望んで対決していたわけではないんです。まず、彼女には根っからコンプレックスがあるというか、時代的に、物語の舞台である1933年のアメリカは本当に大変な時で、職を持てるだけ幸せです。ハニガンは幸い市に雇われて電気代もガス代も無料の孤児院に住み込んでいますが、大嫌いな子供たちに囲まれているんですね(笑)。本当は普通の人でいたかったし恋もしたい、結婚もしたいけれど、毎日子供たちに振り回されて大変だったと思います」

笠松「あれだけの人数を子育てするって物凄いことですよね。24時間体制ですし」

マルシア「そうですよ、それも一人で、ですよ! 特にアニーは両親を探したいから、それまでも何度も孤児院を家出していたでしょう、年に3回くらいは。ハニガンはしょっちゅう怒っていて、時には子供たちにあたってしまうこともありますが、それだけ頭のいい子たちにいろいろやられていて、今回もアニーが家出をして、怒りがピークになっているんです。そしてグレースは、なぜかそういう時にばかりやってきます(笑)。ハニガンは女性には興味がないので、きっと“もう勘弁して”という気分なのでしょうね」

 

本当は仲良し(!)のマルシアさん、笠松さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――お二人は既に2回共演されていますが、お互いどんな存在ですか?

笠松「マルシアさんは本当にアイデアも豊富でいらっしゃるし、役の芯をとらえていらっしゃいます。“対決”のシーンは、グレースとしては起きたことに対処するという立場なので、自分から何かを仕掛ける感じではないんです。的確にさばいていくという感じなので、過去2年間はマルシアさんが本番でいろいろと楽しいことをして下さって、それにグレースとしてどううまく対応していけるかなというのがエキサイティングな時間でした。

今回、3年目になるのですが、若輩の私にもマルシアさんはすごく優しく、仲良くしてくださるので、裏では楽しくやっている分、舞台上では遠慮することなく向き合えるんだなと感じています。大先輩でいらっしゃるのにウェルカムな空気を作っていただき、感謝しています」

マルシア「褒めすぎじゃない?(笑) 私はこれまでいろんな俳優さんと接していますが、笠松さんのことは私の精神年齢のせいか、あまり年下に感じないんです。地方公演で新幹線に乗る時に世話をやいてくれたり、コーヒーもよく買ってくれる優しい、いい人。可愛くてしょうがないし、毎日私の家に連れて帰りたいくらい仲良しです。仲がいいからこそステージでは自由奔放に、いろんなことができるのでしょうね。彼女だけでなく、ウォーバックス役の藤本(隆宏)さんや他の皆さんとも仲良しで、『アニー』がパズルだとすると、一人一人がその1ピースで、最後の1ピースはお客様。みんなのエネルギーが一つになってパズルが完成する、それが舞台の本質だと思います。みんな仲良しですが、特にはるちゃんはかわいい。ということで、今年もコーヒーよろしくね(笑)」

笠松「一緒に飲みましょう(笑)」

 

――スペシャル・バージョンからフルバージョンに戻ったことで、今回、『アニー』という作品について改めて発見されたことはありますか?

マルシア「昨日の稽古では、スペシャル・バージョンの台詞が出てきてしまって、緊張感が倍増してます。下手をすると時間が飛んでしまうので、本番に起きてはいけないことですが、ありえなくはないので注意が必要です。あとは増えたシーンもあるし、私に関しては台詞が増えました。やりとりを注意しないといけないと思っています」

笠松「90分バージョンではアニーという作品の中心の骨がしっかり描かれていたと思いますが、2幕になった今回は、その周りに身がついていると思います。そこには美味しいところがたくさんあって、例えばラジオ局のシーンでは、ラジオが当時の芸能界の花形で、みんながラジオにわくわくしていた…。そういうシーンが見られたり、当時の政治家たちが大恐慌の後をなんとか乗り切ろうとしているけれどうまくいっていないことが、民衆の姿を通して描かれたり…。それによって、どうしてハニガンが大変なのか、ウォーバックスはどういう立ち位置なのか、より分かりやすくなっていると思います。グレースを演じるにあたっては、恋心は初の要素なので、いいバランスで自分の中で作ろうと探っているところです」

 

――今年のアニー役の二人は、どんなアニーちゃんですか?

マルシア「アニー役は毎年2人いるのですが、活発な子とちょっと活発じゃない子という組み合わせが多いんです。表現、合っているかな?(笑)」

笠松「じっくり考える子とぽーんといく子、という感じですかね(笑)。今年は比較的、二人ともじっくりタイプで、はじめは緊張していて元気がないのかなと思ったけれど、2回目はしみてくるんです。さすがオーディションを受かった二人だなと思いますし、ぐんぐんアニーとして私の心を揺り動かしてくれてかわいいです。いつも笑っていて楽しい2人です」

マルシア「美人さんだしね」

笠松「山田さんからの演出をいっぱい台本に書き込んで頑張っています」

マルシア「アニー役はやることが多くてはんぱない役だけど、これからブラッシュアップしていってますますアニーになって行くと思います」

笠松「今回、2匹いるサンディ(アニーの相棒になる犬)役のワンちゃんの1匹が新たに変わります。2匹ともとても賢いです。でも言葉の通じない相手と芝居をしながら歌うって、大人でもとても難しいことだと思います。それを11~12歳で果敢にチャレンジするなんて、アニー役のレベルの高さに改めて驚いています」

今年のアニー役、(左から)深町ようこさん(11年2月生まれ)、西光里咲さん(12年3月生まれ)。©Marino Matsushima 禁無断転載

――数あるミュージカルの中でも特に、本作は親子のお出かけにも適しているし、親にとっては子育てのヒントになりそうな要素があるのでは、と思われますが、いかがでしょうか?

マルシア「例えば、1933年という時代背景を一緒に振り返るだけでも、あのシーンはこうだったねと話すだけでも、親子のコミュニケーションにちょっとしたエッセンスが加わりますよね。見に来ていただくことで、家族の絆が深まるのではと思います。

これだけ子供が中心の作品も珍しいので、ご覧になったお子さんによっては、アニーを演じてみたいとか、ミュージカルをやってみたいという夢も見られるかもしれません。お子さんがそういう才能を秘めているかもしれないので、一つの発見のツールにもなるかと思います」

笠松「親子の会話が増えるきっかけになる、というのはマルシアさんのおっしゃる通りです。また、最近はみんなと足並みそろえてものを言わないといけないという空気感があると思いますが、アニーは自分が正しいと思ったことを言える子なので、同世代の子がそうしてるのを見て、人を傷つけたりしなければ、思ったことを言っていいんだ、と体感していただければと思います」

 

――どんな舞台になるといいなと思われますか?

マルシア「やっとコロナ明けの空気になってきた中で、今回久しぶりのフルバージョンですので、改めてエンタテインメントの素晴らしさを体感していただいて、お金で買えない幸せをプレゼントしたいというのが私の願いです」

笠松「長年『アニー』のファンでいらしてくださったお客様にも、オーケストラとの久しぶりのフルバージョンを楽しんでいただきたいですし、私自身、念願のフルバージョンで、ようやくだという気持ちもあります。初めて舞台をご覧になる方にもみんなの気持ちが劇場で一つになって、生で体感するエンタテインメントって素敵だなと感じていただければ嬉しいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)

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*公演情報『アニー』4月22日〜5月8日=新国立劇場 公式HP

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