劇団四季を長年牽引してきた浅利慶太さんが、2014年に代表を辞して以降、主な活動拠点としてきた「浅利演出事務所」。18年に浅利さんが逝去してからも作品を継承し、彼が構築したメソッドを通して後進の育成に努めてきた同事務所が、オリジナル・ミュージカルの代表作の一つ『夢から醒めた夢』を上演します。
少女ピコの冒険を通して、“友情”や“命の大切さ”を描く赤川次郎さんのファンタジー小説が原作。優しく、耳馴染みの良い三木たかしさんの音楽に彩られた舞台版は、1987年に劇団四季で初演以来、多くの人々に愛されてきました。
今回のバージョンは、浅利演出事務所が2017年にリニューアルしたもの。キャストには劇団の出身者も少なからず名を連ねていますが、ピコが出会う少女マコ役の笠松はるさんも在団中、浅利さんの演出を直接受けた一人です。浅利さんの思い出から8年ぶりに『夢醒め』に向き合って感じたこと、稽古の様子など、溢れる思いを語っていただきました。
【あらすじ】
好奇心旺盛な少女ピコは、夢の配達人に導かれ、交通事故で命を落とした少女マコと出会います。悲嘆にくれるお母さんときちんとお別れをしたいと願うマコに心動かされたピコは、一日だけ彼女と入れ替わることに。“霊界空港”を訪ねたピコは、“光の国”への旅立ちを待つ様々な人々に出会いますが…。
劇場が創り出す“夢の世界”を
思い切り楽しんでいただきたいです
――笠松さんは本作にどんな思い入れがありますか?
「昔から大好きな作品で、劇団時代にも(2013年にマコ役で)出演させていただきました。浅利演出事務所の前回の公演も拝見し、感動していただけに、今回出演させていただけることを大変嬉しく思っています。
また、私が女優になれたのは浅利先生が私を見つけて育てて下さったからですので、久しぶりに浅利先生が作られた作品に出られることには、特別な思い入れがあります」
――笠松さんにとって、浅利さんはどんな演出家でしたか?
「私にとって、演劇における父のような方です。
先生は誰よりも演劇を愛する心で、常に稽古場にいて下さいました。本作のように、何十年と上演されている作品を稽古する時、“この作品はこういうものなんだ”という固定観念にとらわれることなく、作品を一番ご覧になっている先生が、一番新鮮な目と耳で見て“作品の感動が伝わるかどうか”チェックし、私たちについてしまっている“垢”をはがしてくださいました。お話をうかがえばうかがうほど、演劇を愛する心を強く感じる方でした」
――今回、再び『夢から醒めた夢』と向き合う中で、改めて見えてきたものはありますか?
「以前、先生とお話していて、冒頭の夢の配達人の台詞の中には、演劇に取り組む人々の、劇場やお芝居に対する思いや祈りが全部含まれているとうかがったことがありました。
今回、改めて(台本を)読み返していて、配達人の台詞がそういう意図で書かれていることを痛感します。“人生を生きるには夢が必要”という言葉が出てくるのですが、俳優の肉体を通してお客様が夢を見る、劇場とはそういう場なのだと、コロナ禍の今は改めて感じられますね」
――マコという役については、どうアプローチされていますか?
「正直、自分の年齢でまたマコをやらせていただけると思っていませんでした。最初は実年齢と少女役のギャップが気になってしまって、どうしたらいいかなと思っていたのですが、お稽古するうちに、若くする、子供っぽくするということではなく、自分の原点に帰ろうと考えるようになりました。
私の初舞台は『ユタと不思議な仲間たち』の小夜子役で、25歳で小学生の女の子を演じたのですが、初舞台だったことで、ひたむきな思いだけでぶつかっていけたと思うんです。それから年齢を重ねるなかで、自分にくっついてきた、いい意味の経験、悪い意味の垢になっているものをできるだけ捨てられるよう、シンプルに、“祈りをもった女の子”を探そうと思っています。今は自分の原点に立ち返る気持ちでお稽古しています」
――マコは交通事故で突然この世を去ってしまいますが、お母さんにさよならを言いたい一心でピコに巡り合います。共感できる部分もありますか?
「自分が突然そういう立場になったとしたら、やはり家族に対してそういう思いになると思います。日々悔いなく生きようと思っても、私たちの日常はどこか当たり前になってしまって、震災や今回のコロナ禍のような出来事に直面したときに、いかに日常がいとおしく素晴らしいものだったか、身に染みて感じられます。
それは私だけでなく、きっと誰もが抱く感覚だと思いますので、マコを通してお客様に同じ気持ちを持っていただけるよう、大切な人が苦しんでいるときにどうにかしてあげたい、という想いを大切に演じたいと思っています」
――今回のバージョンでは、初演で森英恵さんがデザインされた衣裳が採用されています。マコはお花のついた大きな帽子が印象的ですね。
「先程、まさにその帽子のフィッティングをしていました。私が劇団時代に出演した時は、マコは水色のワンピースに白い小さな帽子という衣裳だったので、初演の頃の写真で見ていた緑のお帽子を被れるのは感慨深いです」
――そして今回は(現・事務所代表の)野村玲子さんがマコの母を演じるのですね。
「浅利先生が演劇におけるお父さんなら、玲子さんはお母さんのような存在で、劇団にいるときからお母さんと呼んでいました。初舞台の小夜子の時、何もわからない私に、玲子さんはずっと個別で抜き稽古をしてくださいました。まわりの子供たちの台詞を全部読みながら、ここはこういう意味、動きはこうと一つ一つ教えて下さって、子供を産む様に小夜子を生んでくださったんです。
その後も『ウェストサイド物語』のマリア、『オペラ座の怪人』のクリスティーヌ、『赤毛のアン』のアン…と、たくさん生んでいただきました。『ヴェニスの商人』のポーシャとネリサ役で共演はしていますが、がっつり組ませていただく事は念願だったので嬉しいです。お母さんと娘役を演じるにあたって、頑張らなくても心委ねられる、信頼できる方なので心強いです」
――笠松さんから見て、どんな方でしょうか。
「風のような…妖精のような、軽やかさをお持ちの方です。周囲のことがいつも見えていらして、皆への思いやりが当たり前のようにあるけれど、ご本人はけろっと明るく、妖精のように微笑んでいらっしゃって…。私には憧れの方です」
――マコは“出来たお子さん”で、いったん“この世”に戻ればだれもがそこにい続けたいと願うであろうところを、彼女は“ピコとの約束”を最優先しますね。それはやはり“このお母さんに育てられたマコだからこそ”だと感じますか?
「私は浅利演出のジロドゥのお芝居がとても好きなのですが、ピコもマコも、そのジロドゥのヒロインに通じるところがあると思うんですね。浅利先生が大切にしてたジロドゥのヒロイン像を崩さないよう、丁寧にお稽古したいです」
――ピコ役は四宮吏桜さん。17年版でも同役を演じた新星です。
「年齢的には離れていますが、すごくしっかりしていて、ピコとマコとして一緒にいると安心できる方です。お互いに信頼感を持てる、ほっとできるピコマコになれたらいいねと話しながら、稽古で一緒に積み上げてきました。ピコとマコは静と動のような対照的なイメージがありますが、彼女も実際に明るくて元気で、いつもライトがあたっているような魅力的な方です」
――よく考えると、このお話の中でピコとマコが会っている時間はものすごく短いけれど、その短時間に友情が凝縮されて、永遠になってゆくのですね。
「最初の出会いから、(霊界とこの世での)一日を交換することになる友情の積み上げを、二人でも話し合って、大きな目標と課題にしています」
――お稽古もいよいよ佳境に入っているところでしょうか。
「もうすぐ稽古場アップになりますので、通しつつも止め、細かく芝居のブラッシュアップをしています。衣裳をつけて動きを確かめている人もいれば、稽古着で参加している人もいる状態です」
――劇団四季では2013年にも上演されていますが、その時のバージョンとはどう違うのかな、と気になっている方もいらっしゃるかもしれません。
「振付が謝珠栄先生に変わっていますし、衣裳も変わっていますが、台本は同じなので根底に流れている祈りやメッセージは変わりません。長年ご覧になってる方には、視覚的にどんな変化があるかに加えて、あの歌詞が今回はこれ!なども、観てのお楽しみとしていただければと思います」
――本作を今、上演する意義はどんなところにあると感じますか?
「夢の配達人さんは冒頭、“苦しいとき、哀しいときはここへいらっしゃい。さみしいとき、嬉しいときも是非”とお客様に呼びかけます。劇場は夢を創りだし、人生を映し出す大きな鏡です、と。生きている中で喜びも悲しみも様々なことがありますが、その度に、劇場でみるものに救われたり勇気をもらったり、助けられた感覚が私自身あります。今、このご時世にいらしていただけるお客様にも、思い切りこの世界を一緒に楽しんでいただいて、いろんなものを持ち帰っていただけたらと思います」
――どんな舞台になれば、と思っていらっしゃいますか?
「本作を初めて御覧になるお客様には、作品の根底にある“命の尊さ”“思いやりの心”をはじめとした祈りがそのままダイレクトに届けばと思いますし、長年ご覧になってきた方には、浅利先生の演劇への想いや祈りが変わらずに届いてくるなと感じていただけると嬉しいです。でも、まずは何も考えず、劇場に来て夢を見ていただければと思います」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『夢から醒めた夢』5月21日~6月6日=自由劇場 公式HP