障がいを持つ子を授かった夫婦。
NYで活躍する実業家の手記をベースに、妻、夫の心情、そして子が感じたかもしれないことがらに思いを馳せ、“共感し、共存する”社会に向けたオリジナル・ミュージカルが間もなく開幕します。
高橋亜子さん(『フィスト・オブ・ノーススター』)が脚本、桑原まこさん(『GREY』)が音楽、下司尚実さんが演出を手掛ける本作で、目が見えず、話すことも出来ない子を授かり、疲弊する妻を支えようとする夫・丈晴を演じるのが和田琢磨さん。『ミュージカル テニスの王子様』等、2.5次元の舞台を中心に幅広く活躍してきた彼にとって、オリジナル・ミュージカル、そして“父親”を演じる心地とは? これまでの歩みや今後の抱負なども含め、穏やかな中にも熱く語っていただきました。
【あらすじ】 NYで活躍するキャリアウーマン、美香。彼女は夫・丈晴とともに第一子の誕生を心待ちにしていたが、生まれてきた女の子の両目に眼球が無く、また知的障がいを抱えていることを知る。
衝撃を受けながらも千璃(せり)と名付けた我が子を必死に育てて行こうとするが、いつしか疲弊。美香はマンションから千璃とともに身を投げかけるが、地上で行われていたあるイベントを耳にして千璃が笑った瞬間、我に返る。もう一度“この子と生きていこう”と誓う美香だったが…。
――和田さんは本作の原作もお読みになったそうですね。
「はい、読ませていただきました。文面から、千璃のお母さんである著者・倉本美香さんの、人間的なエネルギーの強さがひしひしと伝わって来ました。千璃さんお一人の育児も大変だったと思いますが、美香さんは千璃さんに続いて、3人も出産されたそうなんです。
美香さんと周囲の人々がいい意味でぶつかりながら命と向き合うことで、さらに大きなエネルギーがうまれて行く。今回の舞台もそういったものになればいいなと、とても楽しみになりました」
――今回の舞台は、その手記を高橋亜子さんが脚本化し、桑原まこさんの音楽が加わったミュージカルですね。
「桑原さんの音楽が、とてもいいんですよ。毎日、お風呂で聴いていてニコニコしてしまいます(笑)」
――和田さんが演じる丈晴は、NYで会計士として働いているということで、かなりのエリートのようですね。
「でも、美香さんに対しては劣等感があるようです。自分は奨学金の返済もまだ残っているし、NYで一番小さい会社に勤めているのに対して、美香さんは起業し、実業家として活躍しようとしています。劣等感を隠すために丈晴はわざと明るくふるまっていて、彼の抱えている、悟られたくない部分はちょいちょい顔を覗かせるのですが、物語の中盤で心情が爆発してしまい、俺は本当はこういう人間なんだ、とソロ・ナンバーで吐露します。なので、決して順風満帆に生きている人間ではないと思います」
――美香さんは異国で起業するほどお仕事を頑張っていたのに、障がいを持つ子供を授かったことで、仕事のほうはストップを余儀なくされます。育児に専念するうち精神的に追いつめられてゆく美香さんには、出産経験のある働く女性の多くが“わかるなぁ”と感じる部分があると思いますが、男性の側はいかがでしょうか。
「本作では、はじめ丈晴のほうが“障がいは障がいとして、千璃の個性として受け止めて、二人で協力して育てていこうよ“と前向きですし、消えそうではあっても、最後まで希望の灯を持っています。
僕自身としては、子供を授かった経験がないので想像の域を出ないのですが、一番問われてくるのは“パートナーをどれだけ好きか”なのではないかな。彼女とどう居たいのか、その存在価値をどうとらえるか。そこが定まっていれば、大変なことが起こっても、乗り越えていけるような気がします」
――家族観にも繋がるお話ですね。
「僕自身、30代に入ってから、そういうことを考えるようになりました。でも、友人たちに本作の話をすると“大変な話だね”といわれるけれど、丈晴を演じていると、そういう“重さ”みたいなものは全くないんですよ。稽古をしていると、ものすごく幸せです。もちろん辛かったり、涙が出る場面もあるけれど、楽しい瞬間は倍以上あります。子供の名前を考えたり、子供が生まれる瞬間に立ち会って、何もできない不甲斐なさを体験したり。子供を授かるってこういうことなんだな、と神秘的にも感じるし、とても楽しいです」
――パートナー(美香さん)を支える大変さはいかがですか?
「奥村佳恵さんが演じる美香さんからは、台詞がない時も意思がハッキリキッパリ伝わってくるんです。だから自然と彼女の肩を抱いて誘導したり、家を出ていく時、どういう表情をしているか様子をうかがったり、彼女の意志の強さゆえに“なんとかしてあげたい”という感覚が僕の中に芽生えてきます。結果的に空回りすることがあっても、それは演出の下司(尚実)さんに指摘していただけると思いますので、自分の気持ちには素直に従っています」
――山口乃々華さんは主に身体表現で千璃を表現されているそうですね。
「あの(舞台後方の円形の台を指して)直径1.5メートルくらいの円のなかで、一人だけ汗だくで動き続けていて、その躍動感がものすごいです。この前も下司さんと、千璃の魂を表現するにあたって、魂には年齢があるのかとか、子供っぽい魂なのか大人っぽいのか…とディスカッションをされていて、エネルギッシュにつきつめていらっしゃるなと思いました」
――ご自身の中でテーマにしていることはありますか?
「劇中で歌う作品は久し振りなので、皆さんのピースになれるよう歌をしっかり頑張ることと、稽古が始まる前の取材では、美香から台詞をもらう(投げかけられる)中で自分の役作りをしていきたいとお話していましたが、それに加えて、自発的に美香に対して発信してゆくことも大事だと思いましたので、先程お話したように美香さんを誘導するといったしぐさもどんどん取り入れていきたいです」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「作品の音全体が、千璃ちゃんが生まれてから成長するまで彼女が感じていた音だったんだ、と思って頂けたらいいなと思います。また、カーテンコールの時に“こんなに少ない人数で表現していたんだな”と驚かれるほど、厚みのあるお芝居を創れたらいいなと思います。決して暗い話ではないですし、エンタテインメントとして素敵な作品が生まれつつあると感じています」
――プロフィールのお話も少しうかがわせてください。和田さんは上京されてまずはカットモデルをされていたそうですが、上京にあたってはどんな夢をお持ちだったのですか?
「工業高校の建築科に通っていたので、大工さんや設計士、あるいは父の仕事を継ぐということを考えていました。
ですが、カットモデルをやっていた時の美容師さんに“和田ちゃん、俳優やってみたら?”と勧められて、当時その方がある俳優さんのマネジャーさんの髪を切っているということで、その事務所のワークショップに行ってみたんです。そうしたら演技というものがとんでもなくできなくて、“世の中にこんなにできないことがあるのか”と衝撃を受け(笑)、のめりこみました。
その時は、ビルの屋上から飛び降りようとしている人を止める、という役をいただいたんですが、“和田君、それじゃ届かない”“それじゃ飛び降りちゃう”と、永遠にダメ出しをされまして。それまで普通に映画やテレビで見ていた芝居というものがこんなに難しいものかと。それからワークショップを受けつつ、事務所探しも始めましたが、これも不思議なもので、スカウトを受けてから半年後くらいに連絡したら“もうあなたの年齢の方はたくさんいますので”と断られて、悔しい思いをしたり。そんな中で飲食店でアルバイト中に声をかけてくれたのが、今のマネジャーで、23歳でデビューしました」
――早々にミュージカル『テニスの王子様』に出演し、以来破竹の勢いですね。
「オーディション情報は大きな事務所にしか来ない中で、どうしたら道を切り拓けるかマネジャーと考えていたところ、『テニスの王子様』は事務所の大小に関わらず門を開いているらしいという噂を聞きまして。書類を送ったところ、本当にオーディションを受けることが出来ましたが、2回落ち、もう一度落ちたら郷里に帰ろうと思っていたら、3度目で合格しました。これがいいきっかけとなって、以来、僕がやりたいこと、マネジャーがやらせたいことが合致するお仕事を一つ一つ、丁寧にやらせていただいています」
――その中で辿り着いたのが、今回のミュージカルだったのですね。
「昨年、以前お世話になった演出家の板垣恭一さんが手掛けられた『魍魎の匣』を観に行った時、板垣さんをお見掛けしたのでご挨拶したところ、そこに今回のプロデューサーの宋さんもいらっしゃいました。その時、板垣さんに近況を聞かれまして“僕も(本格的に)ミュージカルをやりたいと思って、最近ボイストレーニングをやっています”と申し上げたんです。その後、別の作品でご一緒した下司さんが、『SERI』のキャスティングで私を推薦して下さり、宋さんも『魍魎の匣』の時の私の言葉を覚えていてくださっていたことから、お話が進展しました」
――良きタイミングでボイストレーニングをなさっていたのですね。
「運は準備をしている人のところに来る、と言いますが、本当にそうなんですね。素敵な俳優さんが、実はめっちゃ歌もうまくて、陰で努力されていたということはざらにありますので、僕も普段から準備するよう心がけています」
――どんな表現者を目指していますか?
「憧れているのはヒュー・ジャックマンさんです。映像も舞台もやられていますし、出演作はどれも僕の好きな作品ばかり。そして演技をしていない時はめちゃくちゃいい人そうで、今のようなコロナ禍にはとりわけ、皆から渇望されるような存在に映ります」
――ミュージカルの分野では、どんな作品がお好きですか?
「『ロミオ&ジュリエット』『レ・ミゼラブル』のような海外作品も素敵ですが、個人的には今回のような、日本語の美しさを活かしたオリジナル作品に惹かれます。ゼロから作品を立ち上げる、音楽を生み出すというのは大変なことですし、これから日本でこうした作品がどんどん増えてゆくよう、僕も役に立てるなら参加させていただきたいです。2.5次元の舞台で僕を知って下さった方もたくさんいらっしゃると思うので、そういう方々にも、オリジナル・ミュージカルの魅力をお伝え出来ればと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『SERI(セリ)~ひとつのいのち~』10月6日~16日=博品館劇場、10月22~23日=松下IMPホール 公式HP
*和田琢磨さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。