Musical Theater Japan

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『ジキル&ハイド』佐藤隆紀インタビュー:“声”の探求を通して極めたい、ジキル/ハイドの壮絶な対決

 

佐藤隆紀 86年福島県出身。国立音楽大学で声楽を学び、卒業後ボーカルグループLE VELVETSでデビュー。アルバム発表、ライブ活動で人気を得る一方で15年『タイタニック』でミュージカルに初出演。以降『エリザベート』『スカーレット・ピンパーネル』『キューティ・ブロンド』『マタ・ハリ』『ベートーヴェン』『レ・ミゼラブル』『Play a Life』等の舞台で活躍している。7月には東京・大阪でのソロコンサートの開催が決まっている。©Marino Matsushima 禁無断転載


科学実験の結果生まれた別人格に翻弄されてゆく主人公を、フランク・ワイルドホーンのドラマティックな音楽とともに描くミュージカル『ジキル&ハイド』。日本でも2001年以来、上演を重ねてきた人気作が、新たなキャストを迎えて登場します。

今回の舞台で新たにタイトルロールを演じるのが、佐藤隆紀さん(柿澤勇人さんとのダブルキャスト)。『レ・ミゼラブル』ジャン・バルジャン、『エリザベート』フランツ・ヨーゼフ等、数々の大作で重要な役を演じてきた佐藤さんですが、ジキル&ハイドは近年、ひそかに(⁈)並々ならぬ関心を寄せていた役なのだそうです。

この作品のどんなところに佐藤さんは惹かれるのか、そして(稽古に入る前の)取材時時点で思い描くジキル&ハイド像とは? 念願叶った喜びとともに、率直に語ってくださいました。

 

『ジキル&ハイド』


――佐藤さんは以前から、本作に関心をお持ちだったのでしょうか?

「初めて拝見したのは石丸幹二さん(主演)のバージョンでした。壮大な楽曲に彩られた、すごい作品だなと、ただただ圧倒されたことを覚えています。

その後、『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンという、自分がやりたかった役と出会い、向き合うことができまして、さあ次はどんな役をやってみたいだろうと考えた時に、『ジキル&ハイド』がよぎりました。人間の二面性を表現したり、(ハイド役を通して)自分に無い部分を引き出すことができたら、すごく面白いのではないか…と思い、それからは『ジキル&ハイド』をやりたいという一心で、イベントやコンサートに出演するたび『時が来た』を歌ってアピールしてきました(笑)」


――そして出演が実現。アピールは大事ですね(笑)。

「そう思います(笑)」


――本作はフランク・ワイルドホーンさんの出世作でもありますが、佐藤さんはこの音楽をどのように捉えていらっしゃいますか?

「ワイルドホーンさんの音楽は大好きです。『スカーレット・ピンパーネル』『マタ・ハリ』でも、ワイルドホーンさんの楽曲に触れさせていただきましたが、彼の音楽は本当に気持ちの高まりに沿っているし、それが実に歌いやすい音域で書かれているなと強く感じます。高すぎたり、無理なところに行かない。でも楽すぎず、ちょうどいいテンション、圧がかかった状態で歌う場所がたくさんあります。 ちょっと大変ではあるけれど、その箇所の思いや感情に乗りやすいように書かれているなというのをすごく感じますね」


――作者自身、歌いながら書いていらっしゃるのかも…?

「もしかしたらそうかもしれないですね。実は『スカーレット・ピンパーネル』でロベスピエールを演じた時に、この役のためにワイルドホーンさんが新曲を書いてくださったのですが、そのデモ音源が届いた時、ワイルドホーンさんがピアノを弾きながらって歌っていらっしゃったんです。みずから歌いながら、心地いい場所、ハマる音を探しあてて書いていらっしゃるのかもしれません」


――もう一つ、ワイルドホーンさんの楽曲は歌い手に相当のエネルギーを求めることでも有名です。

「エネルギーは必要だと思います。 圧がかかったままずっと歌う曲が多いので、僕の場合はお腹ですが、しっかり支えを持っておかないと、喉を痛めてしまいます。けれど、それがうまく行った時には、本当にパワーが伝わるので、僕自身、いろんなコンサートでワイルドホーンさんの楽曲を歌わせてもらっています」


――本作で特に「肝」だと感じていらっしゃる楽曲はどちらでしょうか?

「もちろん最後の『対決』ですね。ジキルとハイドの声の演じ分けをどうやるか。自分なりに試行錯誤していますが、一つトライしてはやっぱり違うと思ったり…。まだワクワクと不安感が入り混じった段階です」


――これまで、瞬時の演じわけをなさったことは…。

「『スカーレット・ピンパーネル』で、ロベスピエールからプリンス・オブ・ウェールズ(英国皇太子)に早変わりをしたことはあって、楽しかったです」


――でも今回は一度きりではなく、二つの人格を何度も行き来するのですね。

「いやー、そうなんですよ(笑)。何とかナチュラルに演じたいですが、どういうふうにすればいいのか、まだ自分の中でも見えていませんね。

今回の演じわけのために、ウィスパーの声を使えないかと試してみたのですが、それで歌い続けると喉に負担がかかりすぎることがわかりました。音楽監督の甲斐正人先生にご相談する中で、それではジキルは技術的にテノール、ハイドはバリトンの声というイメージで作ってみたら?というアイデアをいただいたので、やってみようと思っています。

あと、『対決』ではジキルがはつらつと、縦でリズムをとっているのに対して、ハイドはちょっと横揺れしながら、艶めかしく歌っているんですね。そういう違いもしっかり出しながら演じられたらいいなと思っています」


――動画サイトに、海外のツアー版のジキル&ハイド役の方が、ハイドとして歌う時に意図的に声を潰していらっしゃる映像があがっていましたが、あれは喉にとっては…。

「負担はあると思いますね。でもそういう表現を全くやらないのもどうなのかというところもあるので、喉を痛めないよう、折り合いをつけながら要所要所でできればと、探っていきたいです」

 

『ジキル&ハイド』製作発表にて、「時が来た」を披露する佐藤さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――その演じわけの根底にあるものとして、そもそも実験によって生まれた“ハイド”はどんな存在なのでしょうか。“完全なる悪”でしょうか、それとも“自由になったジキル”でしょうか…?

「僕は全く後者だと思っています。 人間、社会で生きていく上では、やはり理性で抑えなければいけないところがあって、それが表に出てきてしまった時、人はそれを悪と呼ぶと思うんです。けれど、その“悪”は時代が変われば悪ではなくなったりすることもありますよね。ジキルが、生きていく上で理性で押さえつけてきた感情、それが爆発したものがハイドだと僕は思います。

ジキルは一見、正義の人というふうに思われがちですが、それは彼自身にとっての正義であって、どこか危なっかしいところがあります。善と悪とを引き離し、善だけの人間を生み出せれば、世界は変わる…と彼は信じていて、一瞬“いいね”と思うかもしれないけれど、でも人間ってやっぱり一概には(善と悪に)二分出来ない部分があるじゃないですか。それなのに分離できると信じて突き進むところに、ちょっと危うい“若さ”のようなものを感じます。そういう男だからこそ研究に一直線でやってきて、それを邪魔する欲望や人間くささを人一倍、押さえつけてきたんじゃないかな…と僕は現時点で感じていて、その抑えつけてきたものが反動で大きく出てきてしまったのがハイドなのではないかな、と台本を読みながら思っています」

 

――科学者であれば“実験”に客観性が必要であることはわかっている筈なのに、なかなか実験の機会が与えられず、行き詰った彼は、娼婦ルーシーとの出会いの中で“自分自身で実験する”ことを思いつきますね。

「そこも彼の危うさなんですよね。猪突猛進の性格というか…。劇中、もう少し社交性があれば、という台詞もあるとおり、本当に社交性を持って、手順を踏んで実験をやってデータをとって成果が得られたら、ものすごい大発見になったかもしれないじゃないですか。でも彼は自分の好奇心だったり、彼の中の曲げられない正義感によって、立ち止まることが出来なかったのでしょうね」


――佐藤さん的には“共感できるな”という部分もありますか?

「もし共感できる部分があるとするならば、僕は発声を突き詰めるのがすごく好きなので、一つの発明に向かってああでもない、こうでもないとひたすら立ち向かっていく、その感覚はわかるなという部分はあります。

でも僕はどちらかというと社交的な方なので、もっと上手くやれるかもしれないのに…と思ってしまいますね(笑)」


――序盤の、病院の理事会で人体実験の許諾を求めるくだりでも、別のアプローチの仕方があったかも?

「本当にそうですよ。会議で話す前に、理事一人一人に会いに行って根回ししていたら、うまく行ったかもしれません(笑)」

 

『ジキル&ハイド』製作発表では、ダブルキャストの柿澤勇人さんと迫力の歌声を披露。©Marino Matsushima 禁無断転載


――ハイドが誕生して以降は、“善の面を被った悪”を、彼が次々に…という展開になっていきますが、一つ謎めいているのが、ルーシーに対する行動です。

「台本を読んでいると、ハイドはジキルに対して、ある種、嫉妬しているようなところがあると感じます。それが影響しているのかもしれません。

僕が中学生の頃、同級生の女の子が、あるバンドのボーカルの人に対して、好きが昂じてちょっと過激なことを言っていたのですが、その子の感覚に近いものがあるのかな、と想像します。一言で言うなら、“ねじ曲がった愛情”ということかな。ここについてはまだ演出の山田(和也)さんとお話していないので変わっていくかもしれませんが、現時点では、そんな想像をしたりしています」


――ジャン・バルジャン(『レ・ミゼラブル』)の経験が生きそうだなと感じる部分はありますか?

「それはあると思いますね。わかりやすいところで言えば、バルジャンの最初の野性味がダイレクトに生きると思いますが、それとは別に、テクニカルな部分もあります。

バルジャンって感情のまま演じてしまうと、本当に喉を痛めてしまう役なので、感情を入れながらも、どこか冷静にそれを見ている自分がいないといけないんです。今回のジキル&ハイドも「時が来た」から一幕ラストまで出ずっぱりで、実際(経験者であるダブルキャストの)柿澤(勇人)君も、そこが大変だと教えてくれました。

だからすごく感情を乗せて役としてその場にいながらも、どこか客観的に見る自分をキープしないといけないな、と。これは『レミゼ』の時にも学んだのですが、役になりきっていると思っている時より、面白いことに、意外に客観視できている時の方が、お客様のリアクションが良かったりするんですよ。そういう経験も生かせるんじゃないかなと思っています」

 

佐藤隆紀さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――レパートリーが増えていくにつれ、歌のテクニックにとどまらず、演技のテクニック、客観性…と、さまざまな財産が増えていきますね。

「実感しますね。お芝居でいうと、今回は今までやった中で一番台詞が多い役なんです。

僕はミュージカルを初めて今年、11年目になるのですが、もともと台詞に対して苦手意識があったのが、どんどん台詞の面白さを感じるようになってきました。最近、三度目の出演となった『エリザベート』でも、ちょっとした台詞について、昔は毎回"こう言おう“と意識していたのが、本当にその役の気持ちになってそこに立って言うことで、ひとりでにそう聞こえるようになって。(そのシーンが)終わって袖に戻ったときに、“あぁもっとこう言えばよかったな”と反省することがなくなってきましたね。役としてこの言葉をちゃんと届けようとすればいいんだなと掴めてきたのは、この十年の経験のおかげだったりもするので、今回もこの役に出会えてよかったなと思います」


――近年演じられたお役の中では、同じ日本人役ということもあってか、『Play A Life』の愛妻家の男性役が非常に馴染んでいらっしゃいました。あの誠実さ、あたたかみ溢れるキャラクターをご覧になった方からすれば、今回、佐藤さんのハイドは想像もつかないかもしれませんが、ご自身としては…?

「そうですよね、優しいイメージを持っていただいていることが多いと思いますが、実はですね、意外とハイド的側面、あるかもしれません(笑)。

というのは、僕は確かにふだんは温厚な方ですが、いっぽうで、自分を抑えてしまうタイプなんです。怒りを覚えても、“なんで怒っているのだろう、これが原因か、ではこうすればいいや…”と分析して、自己完結してしまうんですね。だからあまり表には出てくることがないのですが、たまーに限界が来たりして、感情が爆発する時があったりするんですよ(笑)」


――なんと!(笑)

「『ベートーヴェン』でフランツ・ブレンターノという役をやらせていただいた時も、ちょっと厭味ったらしい男の役で、楽しかったです。振り切ってやることができたので。

ただ、ちょっと怖いのが、演じた後に、ふとその役のことを思い出していると…例えば電車に乗っていて自分の顔を見ると、すごく怖い顔をしているんです(笑)。役に入り込みすぎて、タガが外れやすくなってしまうのでしょうね。日常生活にあまり支障をきたさないよう、やっていきたいです(笑)」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『ジキル&ハイド』3月15~29日=東京国際フォーラムホールC その後大阪、福岡、愛知、山形にて上演 公式HP

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